デモンベインが雑に強いです。
「やりすぎた……」
選手控室でうなだれる僕の口から今日、何度目になるか分からない言葉が溜息とともに、転がり落ちた。
できたてほやほやの選手控室の床は、選手たちに踏み荒らされて、埃や砂、砂利から血が落ちて、汚れている。
掃除が大変だろうな。どうでもいいことが僕の頭の隅を過る。
「兄さん、いつまで凹んでるのよ」
呆れたスーの声、視線。もちあげると呆れ顔のスーがベンチに腰掛けている。
そう言われてもだ。やりすぎたのは事実だ。アガーは、あのまま病院送り。容態は聞けていない。
「試合の中のことだから死んでても事故で済まされるわよ」
僕の内心を見透かしたような言葉がスーから飛んでくる。
「死んではない……はずだ」
一応、死なない程度にはしたはず。手加減というかリミッター的なものは弾けてたけど殺人をする気はない。
……でもあの時の僕の口から出た言葉は、今の僕が考えていることを真っ向から否定しないだろうか。
思い返せばあまりに冷たい声。自分のことながら身震いしてしまう。
「多分……」
曖昧な言葉が次に出た。
「ま、私はいいわ。あいつ控室で気持ち悪い目向けてきてたしね」
「これからトドメ刺しに行ってくるよ」
思考が一瞬で闇色に染まった。今の僕はダークシルヴァだ。何でも誰でも殺れる。神様だって殺してみせる。
「兄さん、頭でも打った?」
本気で心配した様子のスーの声に、僕は立ち上がろうとして我に返った。尻を元の場所に戻す。どうかしてた。
「……いや、すまない。あれだ。闘技場の熱気とか対人戦闘の興奮が残っててちょっとおかしかった」
「あーうん、そっか。とりあえずそれでいい」
僕の要領の得ない言い訳に、スーは、苦笑いした。
「それでどうする? 午前は、一回戦だけで残りは午後からだったよね。残りの試合観に行く?」
そうしよう。特にアイディアのなかった僕は、スーの提案に乗ろうとした。
「シルヴァ・フィルメントとスー・フィルメントでよかったよな?」
その時、名前を呼ばれた。知らない声だ。声のした方に振り向く。少年が一人。少年と言うのは僕とそう変わらないように見えたからだ。背丈は、残念ながらあっちが高い。暗めの赤髪、焼けた褐色の肌、革の鎧を纏い、手足は、鍛えた筋肉で装甲していて、その上を細かな古傷が這い回ってる。
彼の青い瞳と人の良さげな笑みを浮かべた顔が僕らに向けられていた。
「誰?」
クエッションマークを浮かべたスーが小首を傾げた。
「おっと、俺は、レント・ファインス」
知ってたけど、名乗ってくれたから僕が言う手間が省けた。
「ああ、1試合目の……。それで何かようかな?」
「一応、挨拶を。同年代は俺らくらいじゃないか。仲良くしていても悪くないかなってな」
そう行って、手が差し出される。ここで取らないのも感じが悪い。別に、彼が嫌いってわけでもない。
「シルヴァだ。よろしく」
「ああ、よろしく」
軽い握手。スーはどうするかと視線を向ける。
「これから倒す相手の手を握ってもしょうがないわ」
握手をする気なんてさらさらなかった。あくまで高飛車に、敵を見る目でスーは、エルビンを見ていた。
「すまないな。そういうことだ」
「いいさ。気にしていない」
「あら、なんだか楽しそうなことをしてるじゃない」
また増えた。かつかつと歩み寄ってきた顔は、知っている。僕の前の試合で見た顔だ。
夜闇のような黒髪を後ろでまとめて、ぴたりとした体のラインが大きく出る衣類の上から最低限の防具をまとった女性は、赤い槍を携えていた。
年頃は、僕たちより上に見えた。それでもそんなに年齢差はない。
「ア―シェ・ストランドさん、だったかな」
「そう。アーシェ・ストランド。憶えていただけたとは光栄ね」
「光栄?」
どういう意味だ? 眉を顰めて首を傾げた。
「君の試合見たわ」
「……見苦しい試合を見せたね」
僕としては苦い思い出になりつつある。激情のままの魔法の行使だ。人様に見せて良いものじゃない。
「感情的であったけど、君の魔法は実に素晴らしかった。威力にキレ、精度。どれをとっても筆舌に尽くしがたい。それに、近接を近づけさせず、釘付けにする単純かつ有効な戦術を成立させる魔力量!
あんな無慈悲な攻撃を向けられた時、私ならどうするか作戦立案と考察がとまらないの!!」
苦々しい顔をしている僕と裏腹に、アーシェさんは、顔をきらきらと輝かせている。といか顔が近い。今もなお、距離が詰められてくる。唇が目と鼻の先。鼻と鼻がちょんとぶつかるくらい。
「独学で魔法を憶えたの? それとも師匠とかがいるの? 是非知りたい!」
「そ、それはほら、秘密だよ」
「秘密!?」
近い。近いよ。……なんだかいい匂いがする、気がする。香水かな。ハオさんもそういうのをしていた気がする。花、果物? 分からない。
「ほら、アーシェさんとは次戦うわけだろう?」
「アーシェでいいわ。それはそうね」
「ああ、そう……。えーとだからだよ。戦う相手に情報はなるべく与えたくないものじゃないか?」
ただでさえ感情に任せて魔法を披露してしまった僕は、些細な情報でも与えないようにしておきたい。
「確かに。道理だわ。ごめんね、興奮しすぎたみたい」
申し訳無さ気なアーシェの顔が遠のいていく。やっと落ち着ける。ほっと胸を撫で下ろした。
「……兄さん」
「……なんでスーは怒ってるんだ?」
なぜだか分からないけどスーが頬を膨らませている。不機嫌な目が僕に突き刺さる。どう見ても怒ってる。なんで? 分かんない……。
「はは、面白い兄妹だな」
からからとレントが楽しげに笑う。なにがおかしいんだよ。視線で訴えかけるとレントは、肩を竦める。
「んじゃあ、どっちか準決勝で会おぜ」
「何言ってんの。あたしが勝つわよ」
立ち去ろうとするレントに、アーシェが言う。言ってくれるね。さてどう返したものか……。
「何言ってるのよ。兄さんが勝つわ。私と決勝戦で会うんだから」
先を越されてしまった。
「まあ、そういうことだ。妹のためにも、僕のためにも負けるわけにはいかない」
「はっ、言うね」
三者三様に笑みを浮かべて、僕たちは別れた――次に会うのは、闘技場だ。
「兄さん。お腹減ったわ」
僕たちだけになった控室に、スーの呑気な声が響く。同意だった。
「外の露天でも行くか。いい匂いがしてたよ」
「ええ、そうしましょうそうしましょう!」
るんっと軽いスキップで、ベンチを飛び越えたスーが腕にひっついて、僕を引っ張る。苦笑が浮かぶ。
「ちょっと待ちなさい!!」
と、そこに聞き慣れた声。
「ハオさん? どうしてここに?」
「どうしてって、お昼のお誘いよ」
これまた軽やかにステップを踏んできたハオさんは、スーと反対側の腕に腕を絡ませた。うおっ……。柔らか……。色々と僕の中で弾ける音がした。火花とか……火花とか。
「兄さん、鼻の下伸びてる」
「……何のことだ?」
じとーっと向けられたスーの目から目を逸らした。
「おっ、モテモテじゃん。シルヴァ」
続けて入ってきたカイムさんは、僕を見て、にやっと笑った。
「カイムさん。来てたんですね」
仕事で来れないと思っていたから意外だった。恥ずかしいところを見せたな……。
「ん、まあな。一応弟子の晴れ舞台だ。見ておこうと思ってな」
「! ありがとうございます!!」
「頭なんてさげんなよ。恥ずかしい」
素直に嬉しかったからつい大げさにしてしまった。僕が頭を上げるとカイムさんは、控室の中を隅から隅まで見回してる。何か気になることでもあるだろうか。
「どうかしました?」
「いや、案外立派な控室だなって思ってな」
「なるほど?」
「あ、カイム、試合はどうだったの?」
「ぼちぼちだったよ。飯行くんだろ? 食いながら話すよ」
くるんと回れ右して、カイムさんが控室から出ていく。
「はいはい。んじゃ、行こうか。シルヴァ、スー」
「あ、了解です」
絡んだ腕が前に引っ張られる。スーも一緒に引っ張るから一瞬引きずられた。パワーがありすぎる。
「私、たこ焼き食べたいわ」
「俺は焼きそば食いてえな。美味そうなのを見かけたんだ」
「へえ、いいわね。シルヴァはどう?」
廊下を歩きながらハオさんが訪ねてくる。背が伸びて、顔と顔の距離が縮まったからこの距離感で話されるとかなりどぎまぎする。
「串焼き、とかですかね」
でもそのどぎまぎを悟られたくない格好つけな部分が僕にだってある。
「じゃあ、こうしましょう!」
「おっと、面倒くさい空気になってきたな……」
「面倒くさくないわよ」
おどけたようなカイムさんに、ハオさんがむっと言い返した。そういう顔もかわいい。
「なんであろうと私は、負けないわ」
何をやるか聞いても無いのに、スーが張り合う。引っ付かれてると歩きにくいな……。
「誰が一番美味しいものを買ってくるか選手権よ!」
そういうことになった。
「普通に、皆で買いにいくのじゃだめなのか?」
カイムさんが面倒くさそうに言う。お腹が減ってるのでそっちの方が正直嬉しい。
「ハオには負けないわ」
スーは既にやる気だ。腕が痛いという視線を送ってみたけど。
「私勝つわ。見てて兄さん」
ふんすとやる気満々な顔が向けられた。
「そっか……」
否定するのもできなくて、僕は、曖昧な返事をしてしまう。
「俺は適当にそのへんで食ってるから適当なとこで呼んでくれ」
「あら、びびってるの?」
「あ”? ビビってないが?」
沸点が低すぎる。ハオさんの煽りで、踵を返したカイムさんがすごい勢いで戻ってきた。ハオさんを至近距離で睨んでる。
「じゃあ、できないの?」
「できらぁ!! 待ってろ、目にもの見せてやる!!」
なんだか知らないけどノリノリになったカイムさんは、そう言い残して出入り口の方へ去っていった。すぐに人混みに隠れて、背中が見えなくなる。
「あ、15分後にさっきの観客席に集合よー」
その背中にハオさんが声をかけて、僕の腕からハオさんが離れていく。熱、重みが急速に消えていく。少し残念。
「兄さん、鼻の下伸びてる」
「伸びてない」
冷たい視線には、応えない。だって伸びてないから。
「じゃ、2人ともそういうことね」
なんて言って、ハオさんもカイムさんと同じ様に出入り口の方へ向かっていく。
「はっ……!!」
「? どうしたんだ」
「兄さん、急ぎましょう。既に先制されているんだから急がなきゃ」
なんて言って、スーに腕を引っ張られる。とりあえず付き合うか。僕も状況に流されることにした。
……のだが。
「うお、あんまり引っ張ら――足が浮く! もう少し速度を……上げないでくれ!! スー、頼む!!」
決勝で勝てるかどうか不安になってきたな……。僕は自分の体が完全に浮くのを見ながら思った。
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丁度その頃。闘技場のスタッフルームにて。
「ふー疲れたぜ」
ネクタイを緩めて、どすんとソファに尻を落としたのは、今日、闘技場で実況席に座っていた男。がぶがぶと差し出されたドリンクを飲み干してる。
ざわめくスタッフルームには、昼休憩といえど働くのをやめられないスタッフがいっぱいだ。皆忙しくなく動いてる。
男の役目は休むこと。腹を満たして、喉を潤し、次の2回戦に備えることだ。
「お疲れ様っす! これ弁当っす!」
「お、サンキュー。お、美味そうなサンドイッチだな」
通りすがりのスタッフに差し出された弁当を受け取り、嬉しげに言葉を零した。
ギルド酒場謹製のサンドイッチ弁当。たまごサンドからホットチキンサンドに、トマトサンド。後は、各種惣菜付き。食べきれば満腹が約束されてる。
「うん、思った通り美味え」
満足そうに、男はサンドイッチを頬張っていく。
「っす。よかったっす」
「あ、そういえば君さ」
「っす。なんすか?」
立ち去ろうとしたスタッフに、男が声をかける。
「午前中の第7試合、急に変わった人いたけどなんかあったん? あの勝ったほうの、イン・フィルメントって人にさ」
実況席でこそおくびにも出さなかったが、どうやらそういうことがあったらしい。
「っす。元々参加する予定だった方。飛び入りで募集したら来たっす」
「なるほどね。納得」
男は、納得したようにフライドチキンを齧った。
「だめだったっすか?」
「いんや全然。不戦勝より全然いい。盛り上がらないしな不戦勝」
にやっとお代わりしたキンキンに冷えたアイスコーヒーをごくごくと水みたいに飲み干した。
「それに飛び入りのビジュアルもいい。なんかいかにも怪しげだしな」
「っす! よかったす!」
スタッフは、ほっと胸を撫で下ろした。そういえばと男は、言葉を続けた。
「君も今日はじめて見るけど……バイトかなんか?」
人が多い場所だし、単純に憶えていないだけかもしれないが気になったので男は、聞いていた。
「っす! 当日募集があったっす!」
「なるほど。一緒に頑張って盛り上げようぜ」
「っす!!」
笑みを浮かべて、スタッフに拳を向けた。ああと理解した彼はこつんとぶつけて、応えた。
「君も一緒に食って力つけてこうぜ」
男が指した先には、テーブルに積まれた弁当。今、彼の手元にあるものと同じだ。
「いいんすか?」
「いいんだよ。いいんだよ。一緒にやってる仲間じゃねえか!」
「ざっす! ご馳走になるっす!」
満面の笑みを浮かべたスタッフに、男は頷いた。それからご機嫌に、フライドチキンを咀嚼した。骨を置いて、サンドイッチを一口。
むしゃむしゃと咀嚼する音がスタッフルームに響いた。むしゃむしゃと、むしゃむしゃと。
「ご馳走様っす」
そして、スタッフルームは静まり返った。
感想評価よろしくお願いします。
※修正
フィオがあまりに名前が近いキャラが多いのに気づいてアーシェに変えてます