「っと間に合ったな」
「遅い。どこで道草食ってたのよ」
試合が始まる寸前、カイムが戻ってきた。あんまりにもぎりぎりだから私は、プンプン。昼をすっぽかしたのにもプンプン。
「悪い悪い」
「悪いと思ってるならこれ食べなさい」
カイムの席取りついでに置いておいた荷物を私は、指差す。それを見たカイムが「うへ……」と顔を歪めた。失礼ね。まったく。
紙袋が4つ。口から覗いてみると分かる通り、大量の露天で買った食べ物が入ってる。
「まじであれやってたのかよ」
「あれって何よ。誰が一番美味しいものを買って来るか選手権よ。おかげで買いすぎたわ。責任取りなさい」
スーと私が買い漁った露天の食べ物。色々目移りして買いすぎた。
「俺の責任あったか?」
「あるわよ。買ってあげてたのに戻ってこなかったわ」
本当にまったく。ぷんすかとソフトクリームを舐め取る。チョコレートとバニラをまとめて口に含むと舌いっぱいに広がる冷たさ、甘さ、ちょっぴりの苦み。満足度が高い。
「……それは……すまなかったよ」
バツの悪そうなカイムがおかしくてぷっと吹き出した。
「別に、本気で言ってるわけじゃないわよ」
『2回戦、第2試合!!』
「ほらシルヴァの試合始まるわ」
ま、それはそれとして。
「カイムは、それ食べといてね」
「なんか扱い悪いんだよなぁ……」
不満げなカイムを放っておいて、入場してきたシルヴァへ私は視線を向けた。
『アーシェ・ストランド VS シルヴァ・フィルメント!!』
試合が始まる。
+++
2回戦 第2試合。
第1試合で、レントが勝った。レントと戦う為には、僕はこの試合でアーシェに勝たなきゃいけない。
2人とも出会って間もなく、相手のことなんてほぼ知らないに等しい。それでも負けたくないと思った。
同年代への対抗心とかそういうのが僕にそうさせたんじゃないかと思う。
――させた、んだけど。
鋭い呼気とともに繰り出される穂先が僕の頬を浅く斬り裂いていく。ぶわっと冷や汗が背中に浮かぶ。
試合開始直後。僕がドミネーターを抜くより早く、彼女、アーシェの槍が僕へと放たれていた。
前述の通り、なんとか躱せた。でも安心はできない。追撃が来る。彼女の素早さを僕は知っている。だから油断はしない。魔力を手繰る。ドミネーターを今度こそ引き抜く。
最初、僕にできたのは、そこまでだ。
槍の追撃が止まらない。暴風雨のような槍捌き。赤い嵐。
アーシェは、僕に何もさせないつもりだ。
自由自在にうねる突きが放たれる。体の中心を狙う穂先を躱すには、シンプル、彼女の前に居ないことだ。
必然、僕は転がるようにアーシェの正面から逃げ出した。一心不乱の回避行動がなんとか功を奏し、僕は直撃を避け続けられている。これも普段の体力トレーニングの成果ということだろう。
ありがとうございます、ハオさん。感謝の言葉を内心で呟いた。
「ふっ……」
呼吸を整える。思考する。最初から分かっていたことだけど、近接で勝てる相手じゃない。
距離を作って、ドミネーターと魔法を使うしかない。相手のペースを受け入れるな。自分の領域に引き摺り込め。ってのも分かってる。分かりきったことだ。
「どうしたの、シルヴァ・フィルメント!! 君は、そんなもの!?」
耳朶を叩くアーシェの声とともに、僕の居た空間を穂先が貫いた。返答の暇はない。なんとか現状をひっくり返そうと考えるので手一杯だ。
整理しよう。現状、完全に防戦一方。距離は、槍の距離をとられている。剣で槍に勝つには、その3倍の実力が必要だという。まあ、僕は剣なんてもってない。近接で使うなら拳か、銃床で殴りかかるくらい。無謀にも程があるので絶対しないけど。
まず完璧に張り付いたアーシェを引き剥がさないと僕に勝機はない。
槍の届かない場所。銃と魔法の領域に、僕のジャンルに変えるしかない。
「くそっ……!!」
苦し紛れに弾丸を放った。ドミネ―ターから放たれた円錐形の金属が螺旋を描いて、アーシェへ飛ぶ。
だが躱され、はたき落とされた。お返しとばかりに赤い閃光が僕に飛来する。突き出した手のひらを支点にシンプルな氷の盾を構築。突き刺さる穂先。嫌な音。電撃めいた直感。僕が盾の後ろから横に転がると穂先が盾を貫いていた。
高い膂力とそこから出力されるスピードを乗せたランスチャージ。弾丸を見切る動体視力。ハオさんと同じで、魔法だろうか。それともスーと同じ? 砂埃に塗れながらも僕は思考した。答えを導き、策を練らなければ勝てない。
追撃が来て、それも中断された。
『シルヴァ選手に、アーシュ選手の槍が襲いかかる! 試合開始直後から始まったアーシュ選手の猛攻に、シルヴァ選手は回避に専念! 反撃に出なければジリ貧だ〜〜!!』
うるさい。分かってるよ、そんなこと。実況席に声無き苛立ちをぶつける。そんなことよりもだ。
「どうする、僕」
自問自答。このまま負けるのは、あまりにかっこ悪いぞ。
「だけどどうする。考えろ、シルヴァ・フィルメント」
壁を作る? だめだ、槍の速度に間に合わない。何より足を止めると危険だ。
足、か。今、僕がアーシェに張り付かれているのは、槍の技法もあるけどあの歩法にもある。何かしらの武術の技術であるのは間違いない。けど僕はそっちの知識がない。明確な対策は立てられない。
だけど無理矢理止めることはできる。
「
自分を中心に、地面に氷を張り巡らせる。アーシェにも届くように円形を作る。範囲を取ることを考えると呪文が必要だった。思考だけで術の範囲を定められなかった。
「邪魔よっ!」
言葉一つと踏み込み一つでアーシェは、僕の作った足止めを粉砕した。あまりに無造作、あまりにあんまりだ。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。
妨害の意味もなく。その踏み込みとともにアーシェが僕へと突進してくる。アーシェは、つまらなさげな表情だ。期待はずれだなとか思ってるんだろう。
そんな顔、許せない。
「これならどうだ!」
地面に張った氷が鎖へと転じて、その鎌首をもたげると弾けたようにアーシェの四方八方から襲いかかる。
穂先が僕の前から急旋回。ごうっと空気をかき回した槍が氷縛鎖《アイスチェイン》を粉砕する。前髪が持ち上げられるほどの強風。
「これだから純粋前衛は……!!」
思わず悪態が出る。僕だってただ見てるだけじゃない。残った
「だめだ」
負けたくない。こんな中途半端なところで負けたくなんて無い。
「……やるぞ」
ドミネーターのホルスターと真逆に下げた魔道銃エリミネーターのグリップを握る。ホルスターから引き抜く。ブラックメタルのボディが鈍く輝く。ドミネーターよりも少し重い。
もう近づかせない。釘付けにして、全火力を叩き込む。
いつだってやることは一つだけ。ワンパターンだけど、それが僕の必勝法だ。
『シルヴァ選手、追い詰められたァ!! その眼前に、アーシェ選手が迫る!!』
絶対に負けない。勝って、魔王種を滅ぼすための糧にするんだ。
「行き止まりよ!」
槍そのもののように、アーシェが僕目掛けて突っ込んでくる。僕の張った氷なんて枯れ葉を踏み潰すみたいにバキバキと砕かれていく。
アーシェのまとめた黒髪が翻る。獣のような視線が僕に突き刺さる。まるで一匹の四足獣。しなやかな筋肉を駆動させ、僕を仕留めに迫ってくる。
美しく、あまりに恐ろしい光景だ。ハオさんには劣るだろうけど、スーに匹敵、迫る迫力があった。なにより確実な驚異がある。二人と違って、そこに加減はない。
「邪魔!」
スピードを殺せないかと生やした氷柱が突進で粉砕された。壊されるのは分かってたけど流石にそれには、ぎょっとしてしまった。薙ぎ払うとかそういうアクションをせめてして欲しい。
勢いそのままに、アーシェが来る。
――足止めにならないのは分かってた。
ちょっとだけ時間が欲しかった。エリミネーターとドミネーターをアーシェに向ける時間が欲しかった。
「――――っ!?」
そして、引き金を弾く時間が欲しかった。
『おっとこれはなんだ!? 何が起こってる!!』
実況席から驚愕の声が聞こえる。きっと上から見れば何が起こってるか分からない。
『白い! 真っ白だ! 闘技場の中に急に白い煙が現れた! これは蒸気……ってあちっ!!』
僕も結構熱い。でもこれくらいやらないとアーシェに効果はなかったと思う。
小規模の水蒸気爆発。材料は、そこら中にある僕の作った氷の破片。媒介は、ドミネーターから放ったクリエイトウォーターとエリミネーターから放ったクリエイトファイア。
ここまで綺麗に水蒸気爆発を起こせるかは賭けだった。
アーシェが丁寧に僕の氷を片っ端から砕いてくれたこと。空気中に散らばった氷片を媒介にしたおかげで水蒸気を大きくできた。
アーシェが突っ込んできてくれたこと。一番の熱いのを、アーシェの顔面にこれで真正面から叩きつけられた。
そういう偶然が僕のチャンスになった。まだチャンスだ。ここで生かさなきゃただのチャンスで終わる。
アーシェは、今、どうして――やばい。
水蒸気の帳が内側から膨らんだ。引き裂かれて、その奥から見慣れた穂先が現れる。僕に逃げる暇はなかった。
「…………やるね」
「……ありがとう」
逃げる気は、なかった。
数センチだけ肩に突き刺さった穂先がじくりじくりと痛みを発する。良かった。
もうちょっと魔法が遅れてたら思いっきり突き刺さってた。そうなると魔法が決まっても僕は負けてたかもしれない。激痛の中での今もなお維持してる魔法の行使は難しい。
「硬いし、冷たい。早く開放してくれないかな」
アーシェを僕は、氷漬けにしていた。彼女のほぼ全身を凍らせている。拡散した水分の熱を奪い、一点に凝縮させる。言ってしまえば簡単だけど過程もそうだし強度の維持が大変だ。相手は武闘派も武闘派。さっきまで僕の氷を紙くずみたいに破壊してた。
急激な熱量の簒奪。動くものの動きを止めるのは、先程の真逆の作用をもたらすのは非常に魔力を喰う。
これを突破されたら僕の負けだ。
「君が降参したらするよ」
「チッ……」
舌打ちをするアーシェは、眉間にシワを寄せて、唸りながら力を込めてる。困ったな。この人まったく諦めてない。いい性格してる。
なによりの証拠として僕は、さっきから亀裂が入っていく氷を補修するの繰り返してる。魔力が底尽きる前に終わらせなきゃいけない。
「ちょっと痛いことするけど許してくれよ」
「……乙女の顔にそれは酷くない?」
引き攣ったアーシェの顔に、ドミネーターを突きつける。そう言われてもだ。
「君が勝利を諦めてないように、申し訳ないけど僕は、君に勝ちたいんだよね」
「むうううううう…………」
唸り声を上げ、顔を真赤にしたアーシェが力を振り絞るのが氷の上からでも見えた。その後、ばきばきばきと嫌な音が聞こえきた。さっと血の気が引いた。
これには、余裕ヅラしてる場合じゃなかった。一刻も早く彼女の意識を奪わなきゃとトリガーに力を込める。
その時だった。
「……はあ」
アーシェが脱力して、溜息を吐いた。急な変化に、ドミネーターを向けたまま固まった僕へ彼女がへにゃりと笑う。
「降参。降参でいいよ」
槍から手を離して、氷漬けでもできる降参のポーズをとった。槍も中途半端に凍っていて、地面に転がらず固定されてた。
「……と見せかけて……?」
「流石の私もそんな卑怯なことはしないわよ」
疑心暗鬼な僕に、むっとしたアーシェが言い返してきた。これには平謝りした。
「すみません……」
『おっと! どうやらアーシェ選手の降参のようです! では、試合終了!!』
実況がアーシェの降参の意思を認めたらしい。
やっと一息つける。僕は、上げたままのドミネーターを下ろして、魔法の制御を手放した。そうすればすぐに魔法の構成が崩れて、氷は砕けるか溶けていく。
『ウィナー、シルヴァ・フィルメント!!』
そうして、僕はまた一歩優勝に近づいた。
「……分かってはいたけど」
観客の声援に応える気力のない僕は、その場でへたりこんだ。肩が大きく上下させてしまう。極限の集中力の結果は、多大な体力の消費。次の試合が心配だ。
「根本的に、近接戦闘力が低いと辛いな」
苦く呟くいたのは、今後、ずっと付きまとうことが予想させる、解決の難しい課題だった。
「それにしても、疲れた」
まだ二回戦なのに、この調子じゃだめだよなあ……。重い溜息が思わずこぼれた。
「なんで私より疲れてんのよ」
「しょうがないだろ。結構全力だったんだ。そうじゃないと君は止められなかった」
呆れたようなアーシェに、僕は、言い訳を吐いた。
僕の魔法から抜け出してきたアーシェは、少し濡れていた。衣類も鎧には、引っかき傷とか破れがある。けど頬が赤いくらいで無傷もいいところ。いくら前衛でもちょっと頑丈すぎないか?
「仕方ないなーもう」
「えっと……?」
しゃがみ込んだアーシェが服の上から僕の体をぺたぺたと触り始めた。え? 何? 何? 突然のことで固まった僕を他所に、「へー」と意外そうな声を出した。
「案外鍛えてるね。でも細いや。もっと肉つけなよ」
「あ、え? そ、そうだな。たしかに。ちょっと気にしてる。ハオさんにもつけたほうが良いって言われてる」
「自覚あるならいいか。お肉食べなよ。それでハオって? 師匠?」
「ああ、うん。そうだ。僕とスーが師事してる冒険者の人だよ」
「今度会わせてよ。君たちの師匠に。君たちを育てるほどの魔法使いで、前衛なら私も気になる」
「ああ、機会があれば……。えっとそれでこれは?」
「触診。うん、よく躱してたし、擦り傷、軽い打ち身くらいかな。ちょっと癪。他に、何か違和感は?」
ひとしきり僕の体をぺたぺたと触るとアーシェがそう訪ねてくる。そうだな……。と自分の体を顧みて答えた。
「いや、特に無いかな。魔法の使いすぎで疲労があるくらいだ」
「はいはい。そこは君の回復能力しだいだね。じゃあ傷は治しておくよ」
「傷を?」
「私に勝ったのに、つまらないことで負けられても困るしね」
僕の疑問符に答えず、アーシェは、僕の胸に掌をつけると目を瞑った。するとその手のひらがほのかな薄緑の輝きを帯びた。
それを見て、僕の疑問は、一気に氷解した。道理で傷の一つも負っていないはずだ。
「なるほど。君は癒術師だったか」
癒術は、名前の通り、生き物の傷や病を癒やす術。光神ロウの信徒にのみ赦され、与えられた御業だ。
治癒の能力その他にも身体能力を高めたり、五感を強化したりする力もある。
癒術も才能――神への信仰心とか本にはあった――で力の規模や強さが変わるらしい。
スーみたいに天秤神に愛されてるということだろう。
みるみるうちに全身が軽くなる。痛みが引いていく。疲労も消えていく。
「これはすごいな……」
素直に感心した。同じ癒術師のフォンさんもあっという間に傷を癒やしていたが、負けずと劣らずアーシェも凄い。
「でしょ。それに特別なんだぜー? 私がわざわざ治療してあげるってさ」
「ふふ、そうか。ありがとう」
「そこは、ありがとうじゃないわよ」
ジト目のアーシェの言葉に、僕は目をぱちくりしてから気づいた。
「次も、勝ってみせるよ」
「もう一声」
「……分かった。君に勝ったからには優勝してみせる」
「よし! 頑張れ!」
ぱんぱんと気合を入れるようにアーシュが僕の肩を叩いた。普通に痛い。
でも彼女のお陰で、前を向いて、次の試合に挑めそうだ。
しかし、僕は誰かに尻を蹴られてばかりだな……。自分の情けなさに僕は、内心で苦笑した。
これもまた要改善。
それはそうと。
「……離れないのか?」
癒術の光が消えたのに、アーシェの手が離れない。僕をじっと見ている。そうもじっと見つめられると居心地が悪い。暗い紫陽花色の瞳が僕を捉えて離さない。
蛇に睨まれた蛙は、きっとこういう気分だ。
……口に出すと絶対怒られそうなので言葉にはしないけど。
「結構、好みの顔してるなーって」
「えっと……ありがとう……?」
「なにそれ」
おかしそうに笑ってからアーシェが僕から離れていく。なんて返せば正解だったんだ?
「……分からないな」
後で、カイムさんに聞いてみよう。詳しそうだし。
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