「ヒヤヒヤするな」
「そうね……」
カイムは、集中しすぎて忘れていたシーフード焼きそばの存在をようやく思い出して、ずずっと啜って、渋い顔をした。「辛い……」って呟いてる。スーが買ってきたやつね。
こんなところで激辛にハマるとは思わなかったわ。今後に微妙な不安が残るわね。
「流石のハオもか」
水をがぶ飲みして口を落ち着かせたカイムの言葉に私は、重々しく頷いた。
「ええ、訓練メニューの近接項目もっと固めないといけないわね」
確定事項よ。今から完璧に練っておかなきゃ。ふふ、楽しい。どうしましょう。
「ああ、そういう……」
「? それ以外に何があるのよ」
「いや、なんでもない。シルヴァは、良い師匠にであったな。うん」
遠い目をしたカイムが食べ物の山に手を伸ばした。メンチカツ。私が買ったやつじゃない。ということは――。
「ぐおっ……」
順当にカイムは、悶絶した。手の中にあるメンチカツ?の断面は、真っ赤に染まってる。見た目から分からないのが怖すぎる。食べないと分かんないじゃない。
「ほら、水でも飲んで」
うつむいたまま、無言で受け取るカイム。どんだけ辛いのよ。
「がっ!?」
「え、こわ」
目を見開いて顔を真っ赤にしたカイムから思わず距離をとった。緊急避難的な。
「ふーふーふーふーー……水を飲んだら辛さが爆発した。罠の中に罠があるのやめろよ」
「ああ……ご愁傷さま」
死にそうな顔でカイムがうなだれた。毒味させてよかった。メンチカツやめとこ。
「んで。なんで遅れてきたのよ。時間は基本守る男だと思ってたけど」
「ふー……誰だよこんなバカみたいに辛いもの買ったやつ……。ちょっと野暮用だ」
毒づいてからカイムが私に答える。けどその肝心の中身が分からない。
「野暮用ってなによ」
「まあ、試合見てたら分かる。ていうか俺も聞きたいんだけどさ」
無理矢理話を切り替えた。しょうがないので私は、話の流れに乗ってあげることにした。
「はいはい。んで、なに?」
「シルヴァの銃増えてないか?」
「ああ、それね。的屋で貰ったって」
「的屋の気前が良すぎる。魔道銃って、王都に家買えるくらいの値段するはずだろ? どこの大富豪だよ」
「知らないわよ……。この話、散々やったからもう話したくないんだけど」
意味がわからなすぎてもう話したくない。
「そーかい。そもそもドミネーターの時点で、どこから拾ってきたかまだ聞いてないけどな」
「……ノーコメント」
これもまた面倒くさい。遺跡で拾ってきたのはそうなんだけどどうやって遺跡を見つけたとか言い訳が面倒くさい。
なので私は口を閉ざすことにした。闘技場の整備が終わって、そろそろスーの試合が始まりそう。
「なあ……」
「何よ。言わないわよ」
「いや、そのな……」
「はっきりしないわね。さっさと言いなさい」
言い淀むカイムがじれったくてつい顎で促すと意を決したような表情で、カイムが言った。
「いかがわしいことじゃない……よな……? 借金とか……」
「そういうのじゃないわよ!?」
思わず勢いよく立ち上がっていた。顔がかっと熱くなった。
「ほんとか……? ちょっと前まで金に困ってただろ? 悪い金持ちに色々やって金貰ったりしてないか? その他人に言えないことを色々やってないか?」
「やってないわよ!!」
全力で叫んでしまった。声を出しすぎた。はっと我に返るとチクチクと周囲の視線が刺さるのに、つい半笑いを浮かべていた。
「ははは……。すみません……」
静かにそっと座り直して、カイムの肩を掴んで引き寄せると存分に殺意を込めて、囁いた。
「やってない」
「っす……」
そんな風にカイムと遊んでいたらスーの試合が始まっていた。
+++
兄さん、頑張ってたな。ぼろぼろになりながら逃げ惑いながらってのはちょっとかっこ悪いけど必死な顔も悪くないと思う。
一番良かったのは、勝ったこと。皆、槍女が勝つと思ってたのに、兄さんが勝った時の反応は心地よかった。もちろん、私は勝つと思ってた。確信していたわ。でも嬉しいものは嬉しい。
でもあれは頂けない。
そうその後、あの女はだめよ。兄さん。
あの槍女はだめ。ハオでもう私の許容量はいっぱいよ。
「君のような幼い少女が相手とは、少し、気を咎めるね」
兄さんを傷つけたのは許しましょう。いえ、許さないわ。機会があったらぶん殴る。でも試合だから仕方ないと思ってあげるわ。私の寛大さに感謝して欲しい。
一番ダメなのは、最後のあれよあれ。
「おっと、緊張しているのかな? 最初の試合の様子は聞いている。君が強いのものね。だからこそ私の強さが分かっているということだろう」
近づいて? 体をべたべたと触って? あまつさえあんなに顔を近づけて? 許せないわ。絶対許さない。人前に出れない顔にしてあげる。
「……あれ? 本当に緊張してる? ていうか聞いてる?」
とりあえず、今私のやることは1つだけ。
「もしもし〜〜? おーい」
「聞こえてる」
さっきからぐちゃぐちゃとうるさい目の前の、これを打ちのめす。
『スー・フィルメント VS カッツェ・ド・ブレアント!!』
「返事をしても意味がない」
私は、それだけ答えた。金髪と金髭の男が眉間に皺を寄せて、厳しい表情を浮かべる。それはどういう感情? 私が話聞いてなくて怒ってる?もっと別のこと?
どうでもいいか。私は、大斧をいつものように握る。
『バトルスタート!!』
男が踏み込んでくる。先を取られた。
素早く鋭い切っ先が視界の端を通り抜ける。腰に下げていた細い剣、レイピア?の切っ先。ぱっと見て、針みたいだと私は思った。
風切り。レイピアと私がすれ違う音。
男の人、誰だっけ。聞いたけど忘れちゃった。どうでもいい。ただ距離が近くなりすぎた。
暴風。私が放った大斧が往く音。前髪を持ち上げるくらいの風を伴った。
「っぐ……!?」
苦しそうな悲鳴。その人の顎を、大斧の石突で下から叩いた。勢いを乗せたから兄さんなら意識を飛ばしてる。
「浅い」
男の人は、顎を上に向けて、直撃を避けていた。どうやら弱くはないみたい。そのまま後ろに下がっていく。だめ。逃さない。なにより私より射程が短いのに下がっていくのが気になる。
兄さんの言う所、
迂回して、勢いを乗せた大斧が吸い込まれるように、がら空きの背中へ向かっていく。
「へえ」
ガンッ! 大斧が弾かれた。関心が声になって出てしまう。背中を覆うマントに弾かれた。
”道”を広げて、私は距離を取る。相手の射程が分からないけど近づいたままより良い。
魔法使いだ。金属。えっと。えーっと……そうそう。
「金の魔法使い」
ハオの授業を思い出す。金。金属と強靭、あと地を司ってる。多分、あのマントには金属が編み込んであって、それを魔法で操作して、強化したんだ。
「正解。そういう君も魔法使いだね」
「手品師だよ」
「ふふ、そうかい。しかしどうも私は、君を見くびっていたようだ」
男の人の視線が変わる。真剣な目。私を敵と認めた目。ぞくぞくしちゃう。
「名前」
「うん?」
「お兄さんの名前、なんだっけ」
「カッツェだ」
「そう」
男の人、カッツェのレイピアが再び私に向く。ぐにゃりと刀身がうねる。ふうん。わざわざ見せてきたのが嫌らしい。よく見たらすかした顔をしてる。でも兄さんのほうがずっとかっこいいわ。
「終わるまで憶えておく」
「それは、光栄だね」
なんの前触れもなく、矢とか弾丸みたいにカッツェが踏み込んできた。低い。踏み込みのまま、引き絞った腕と、長い刀身がほとんどゼロになるくらいまでたわめられた刀身が見えた。
回避。左右はだめ。上は、的。じゃあ――。
「っつ……!!」
――下。咄嗟に斜め前に体を倒して、地面に全身を擦りつけそうになりながらすれ違う。
それでも右肩を抉られた。肩がじんわりと濡れていく感触。浅い。出血、痛み、大したこと無い。それよりも。
殺気。誰のものか分かりきってる。
前に飛ぶ。そのまま体を回して大斧を振るう。素直に上から降ろされたレイピアとかち合う。
火花が散った。レイピアは折れない。ぐにゃりとしなって力を逃された。魔法だ。硬さとか柔らかさを操って私の一撃を弱めてくる。
厄介。舌打ちがこぼれた。
「そんなことを女の子がするものじゃないよ」
「うるさい」
あくまで紳士ぶるカッツェへ私は、返答と魔法を見舞う。兄さんで言う
「ふっ!!」
一息に
後ろから殺気。反射的に無造作に手を突き出した結果には、私も顔を顰めそうになった。
ぽたぽたと血が落ちていく。掌を中心に走ってくる痛みに、情けない声を出しそうになる。
伸びて、曲がって私を追いかけてきたレイピアの切っ先が私の掌を貫通している。
「ふふ、捕まえた」
でも私は、痛みを噛み殺して、笑みを浮かべて強がることにした。弱いところを見せたくない。
『おーっと!! あれは痛い! 痛いぞ、スー選手!! しかし、スー選手、涼しい顔だ!!』
ポーカーフェイスよ、ポーカーフェイス。クールに行きましょう。
「やるね。だいたい皆これで決まるんだが」
「舐めないで欲しい」
私が強がってるのを見抜いているのかは、カッツェが不敵に笑う。ふん。勝手に笑ってるといいわ。それにしても観客席が盛り上がってうるさい。もうちょっと静かにできないのかしら。
「それでどうするんだい? 確かに私はレイピアを動かせない。武器は奪われた。だけど」
空いた片手をカッツェは、腰の後ろに回した。戻ってきた手の指には、ナイフが3本挟まれてる。
「私は、君と同じで魔法使いだ」
その刀身が捻れたり、うねったり、伸びたりし始めた。ふうん。
「魔法を使うより早く投げられる自信がある。どうかな」
どうやら降参するよう言ってるらしい。どこまでも紳士的ってわけ?
「…………ないわ」
「? なんだい?」
「気に入らないわ」
レイピアを凍らせる。刃を伝って、握ってるカッツェの手も凍らせた。これで離せない。大事に握っててね。
「!?」
余裕ぶってるのが気に入らなかったから驚いた顔が私には心地いい。凍らせたレイピアを握りしめて、一気に引っ張った。ぴんと張った刀身を無理矢理引っ張るから肉に強く食い込んだ。
痛い。めちゃくちゃ痛い。けど私はそんなことよりもこのすかした髭面にパンチ一発入れなきゃ気がすまない。
「ちっ!!」
刃先を螺旋にしたナイフが放たれた。大斧を手放す。がらんと鳴る。ごめんね。後で綺麗にしてあげるから。ナイフを空いた手で弾く。ちょっと刺さった。痛いけど我慢。
『なんということだ!! カッツェ選手の足が浮く! スー選手に引かれて引きずられていく!! 大人と子供の体格差を全く気にしない強烈な腕力だー!! すさまじい! 大斧を軽々と振り回す腕力は伊達ではない!!』
うるさいわね、ほんと。ひっつけて開かないようにしてやろうかしら。
「なんて、力だ……! 末恐ろしいな、君は!」
こっちも口が減らない。それにちょっと嬉しそうなのなに? 怖……。にしても中々こっちに引っ張り込めない。しつこいわ。
「そろそろ聞き飽きてきたわ」
「私は、もっとお話しておきたいね」
「嫌よ」
べっと舌を出した私は、引っ張るのをやめた。つんのめりそうになりながらもカッツェが踏みとどまった。
「邪魔」
なのでレイピアの刀身を片手で叩き折った。ぽきんと折れた。案外脆いわね。
「もっと良いの買ったほうが良いわよ」
「あ”っ!? 我が家の家宝のレイピアが!!!!」
刺さったままの刃を引っこ抜いて投げ捨てる。
呆然と目を見開いたカッツェが私が投げたレイピアの残骸を目で追ってる。それはちょっとだめじゃない?
このくらいの距離、一息で詰められるんだから。”道”は、残ってる。
「いない……!?」
”道”を滑って、カッツェの懐に潜り込んだ。
作った速度を、熱を、全身で練り上げた力の流れを魔法で操り、一点に纏め上げ、ゼロ距離から放つ。
私だって、兄さんと一緒に修行してたんだから。その成果を見せたげる。
「いた……!!」
遅いわ。カッツェのみぞおちに掌底を当てる。
「
放った赤と青の螺旋がカッツェを吹き飛ばす。体が回って、地面を跳ねると転がって、砂煙が上がる。動かない。まだ動かない。立ち上がる気配はない。
『スー選手の渾身の一撃でカッツェ選手ダウンだぁ!! 動かない! 動かないぞ! おっと救護スタッフがカッツェ選手の元に向かっている!!』
「そりゃそうよ。そういう風にやったんだから」
んーっと体を伸ばす私の隣を通り過ぎていく大人たちを横目で見た。
『救護スタッフからの速報が入りました! カッツェ選手、気絶! つまり――!!』
闘技場から退場する私の背中を声援が叩いた。観客席がぎゃーぎゃーやかましいわね。でも、まあ。
『ウィナー、スー・フィルメント!!』
「悪く、ないかも」
1回戦と違って、2回戦は悪くなかった。口角が上がる。足取りが弾む。それから見た姿に、思わず駆け出していた。疲れが吹き飛んだ。
「お疲れ様、スー」
「ただいま、兄さん」
兄さんとハイタッチ。ぱしんと心地の良い音がした。
「スーは、本当に無茶なことをする……。傷は、大丈夫か?」
「大丈夫。止血はしてる。痛いけど」
穴の空いた掌を振って、アピールすると私を出迎えてくれた兄さんは、心配そうな顔をしてる。私の手を優しく取ると痛ましげな表情で傷口を見つめた。
……ふふ、だめね。だめよ。痛みなんてどうでもよくなってしまう。
兄さんには悪いけどそんな顔も嬉しく感じてしまう。兄さんのいたわるような優しい手付きに頬が緩んでしまう。
「そうか……。早く癒術師の治療を受けよう。痕になってしまう」
真剣な目の兄さんもいいわよね……。でもそうじゃないわ、兄さん。
「それより、ね。兄さん」
痕なんかよりも大切なことが私にはあった。
「? なんだい、スー」
眉をひそめて、怪訝とした顔の兄さんに、私は頭を向けた。
「まだ褒めてもらってないわ、私」
「そういうことか……」
兄さんの苦笑いしてるのは、頭を下げていても分かった。
「分かったよ」
私の我儘に答えてくれるのも分かってた。へへ、なでなでされるの気持ちいい。
「これでいいか?」
「んー……いいでしょう」
優しくて細い指が私の頭から離れていく。ちょっと残念。まあでも、仕方ない。
「ほら、医務室に行こう。傷、治してもらっておかないと試合にも支障が出る」
「ええ、行きましょう行きましょう」
「引っ付かれると歩きにくいよ」
そんなこと言って振りほどかない兄さんが私は好き。
「……ハオにもお礼言っとかないといけないわね」
「? どうかしたか」
「いーえ、なんでもないわ。兄さん」
そんな私たちの後ろから実況席の声が聞こえた。どうやら最終試合が始まるみたいね。そういえばさっき誰か居た。
『いよいよ2回戦、最終試合!』
ま、どっちにしろ。私の敵じゃないけどね。
『イン・フィルメント VS ココノツ・ファッフロン!!』
…………え。思わず足を止めた。兄さんも同じ。
イン・フィルメント。私と兄さんのお母さん。行方不明で、半分諦めていたお母さんと同じ名前。
呆然とした私の腕から兄さんの腕がすり抜ける。立ち止まった私を置いて、兄さんが闘技場のへ戻っていく。
そこでやっと私も兄さんの後へ続いた。光の降り注ぐ闘技場には、地面に転がる冒険者の男と、
『ここでも瞬殺、だああああ!! 』
薄汚れたローブを身にまとった、長い、私たちと同じ銀色の髪をしていて、兄さんと同じ青い瞳を湛えた女の人が居た。
――私は、私たちは、この人を知っている。
「お母、さん」
『ウィナー、イン・フィルメント!!』
「母さん!!」
目を見開いて、その人を呼ぶしかできない私の隣から兄さんが駆け出していく。
私は、その背中を見ていることしかできなかった。
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