TS異世界転生早死師匠ポジRPG   作:クルスロット

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来週にはヴェノムが公開ですね。楽しみです。


第22話 囚われのシルヴァ

 「――……っここは、どこだ?」

 

 はっと気づいた。目を開ける。しかし何も見えない。まるで目を開けているのに、瞑っているように思えた。

 暗い。真っ暗だ。何も見えない。目を凝らしても墨汁に浸したような闇は、見通せない。

 そして、動けない。何かが両手と両足を縛り付けてる。

 冷たくてぐにゃりとしたもの。強く絡みついていて、引き千切ったりとかそういうのは、難しそうだ。スーなら分からないけど僕には無理だ。

 

 「生臭い……」

 

 ひんやりとした空間に漂う生臭さ。肉とか血とかそういうもの臭いが入り混じったように感じた。腐敗臭もある。草じゃなくて……肉かな? 後は、土の匂い。おそらく、野外。建物の中じゃない。

 空気は、ひんやりとしていて息苦しさは感じない。

 ここまでは、現状の情報から推理できた。

 すると、ここはどこだろう。……分からない。

 つまり、現在位置不明。そして何より。

 

 「右手の感覚がない」

 

 どうやら闘技場でのできごとは、夢じゃ無いみたいだ。僕の右手は、あの時、闘技場で斬り飛ばされた。今も無い。

 

 「……まだ痛みはあるけど行動には支障はなさそうだね」

 

 独り言を漏らしながら思考をまとめる。ずきずきと右手のあった場所が痛むけどこれも頭を動かすのには問題はない。

 夢でないなら、僕はあの時、あの”手”の魔物、母さんと同じ顔をしたあれに首を締められていた。

 そこからの記憶がない。多分、意識が途絶えた。

 

 「それで気づいたらここにいる、か」

 

 時系列はまとまった。本題はそこから。ここはどこなのか。今の僕はどういう状況なのか。

 ……母さんの顔。その魔物。あれは、なんだったんだろう。

 母さんが僕の首を締めるはずがない。あれは魔物だ。母さんの顔を騙る魔物。

 だけど、どうして? どうしてよりにもよって母さんなんだ? 

 

 「違う。今はそんなことを考えている場合じゃない」

 

 とりあえずこの暗闇をどうにかしなきゃな。何があるのかも分からない以上、動くのも慎重にしよう。

 

 「っつ……痛え……んだよここ……」

 

 声! 他の人の声だ。他に誰かが居る。だけどどこかで聞いたような……聞き覚えのある声だ。

 

 「臭えし暗いしなんか寒いし。さっさと脱出すっか」

 

 「ちょ、ちょっと待「爆裂よ在れ(クリエイト エクスプロージョン)」人の話を――!!」

 

 呪文(テンプレート)と魔力反応から察するに、月と火の複合かな? 大気が収束する気配。火の破壊が顕現して、爆裂の魔法が発動するって冷静に見てる場合じゃない!! 

 でも何もできない――わけでもない。

 爆裂の勢いを、流れを操作する。速度も威力もある。脱出するだけには過剰じゃないか?! それでも今はやるしかない。

 白い光が闇を引き裂くのとほぼ同時に爆発がくる。光に目を細める。衝撃を僕自身から反らして……丁度いい。手足を縛るものへ擦り付けさせてもらおう。

 爆発に込められた破壊が僕の手足を縛っているものと衝突する音がかすかに聞こえてきた。拘束が緩んだ。そのまま爆発から逃れるために落ちる……よかった。高くなかった。冷たく柔らかいものが僕の体を受け止めた。

 

 「すっきりだ」

 

 「何がスッキリだよ……」

 

 爆発が終わって、代わりに火が灯る。闇の中がほのかに照らされた。毒づく僕も声の主に気づいた。

 

 「レント・ファインス。人の話は聞いたほうが良いよ」

 

 「? なんのことだよ。ていうか、シルヴァか。お前も捕まってたんだな」

 

 疑問符を浮かべたのは、闘技場の控室で出会った僕と対戦する予定だった赤髪の彼。どうやら一緒に捕まっていたらしい。

 

 「ああ、まあね……。遺憾なことにね」

 

 初めから聞こえてなかったならしょうがないな……。

 

 「まっ、待っても脱出できるわけじゃないし、結果オーライだ」

 

 「聞こえてるじゃないか!!」

 

 「別にいいだろ? 上手く行った。それよりほら見てみろよ」

 

 「それよりって……」レントに促されて周囲を見た僕は、「これは……」さっきまでの話がどうでもよくなった。

 

 レントの掌に浮かぶ火が僕たちのいる空間を照らしている。

 端的に言って、強烈な嫌悪感を覚えた、

 無数の”手”が冷たく脈動して、作られた空間だった。天井壁床。僕を縛っていたのも、受け止めたのも、今足をつけている床も全部”手”だ。

 

 「道理で床が柔らかくて、落ちても痛くないはずだ……」

 

 多分、臭いの元もこの”手”たちだろう。おぞましい。思わず眉の間にシワが寄る。

 

 「どうやらあの”手”どもの巣に連れてこられたらしいな」

 

 「君は、どうして?」

 

 「負かした冒険者がいつの間にか”手”のやつらになってて、戦ってたらスタッフに紛れ込んでたやつらに不意を突かれた。そっから意識がないからそういうことだろ。クソッタレが」

 

 苛立ち混じりにレントが唾を吐き捨てた。

 

 「とりあえず、協力して脱出したいんだけどどうかな」

 

 「それはプラン2にしたい」

 

 「言うと君のプラン1は?」

 

 「やつらを皆殺しにして、俺らみたいに捕まった人を開放して、英雄として凱旋する」

 

 にやりと自信アリ気な表情のレントが返してきたのは、あまりにも非現実的だった。

 

 「それ、できると思ってるの?」

 

 あまりに非現実過ぎて、思ったことをそのまま口に出していた。

 

 「やってみなきゃ分からねえだろ?」

 

 「勝算がない。そもそも君だって不意打ちされてそのざまだろう」

 

 子どもみたいな言い分に、つい強く言葉を作ってしまう。

 

 「むっ……。いや、次は大丈夫だ。俺は別に片手持っていかれてるわけじゃないからな」

 

 「……それは確かにそうだけど。僕が思うに闘技場と違ってここはやつらの本拠地だ。闘技場より敵が多いと思う。そこで不意を突かれて連れてこられた君に……」

 

 少し躊躇った。けど言うことにした。命に関わることだ。他人に配慮している場合じゃない。

 

 「重ねて言うけど勝算はないと思う」

 

 「……お前さ」

 

 思わずごくりと生唾を呑んだ。向けられた横目からどういう感情の言葉が向けられてくるのか怖かった。

 

 「思ってたより、ずっとずけずけ言うんだな。ちょっと驚いた」

 

 「意外かな?」

 

 「意外か。意外でもないか。お前、キレたら怖いタイプだしな」

 

 すごく渋い顔をしてしまった。

 

 「……忘れてもらえないかな?」

 

 「無理だろ」

 

 けらけらと笑いながら断言された。人の記憶を消す魔法って無いものだろうか。頭の中に働きかける魔法。考えたこともない。今度調べてみよう。

 

 「よし。とりあえず、脱出しようぜ」

 

 「ああ、そうしよう」

 

 僕たちの現在地は、”手”の魔物の推定巣、その通路らしき場所。

 外観も分からず、外を伺う窓もなく、闇が深いここは、あまりにも広大に見える。ありえないと分かっていながらも無限に広がっているように見えた。

 それに巣であるなら同じような”手”の魔物が跋扈しているに違いない。

 それでも進まなければならない。

 ここを脱出しなければ、どちらにせよ僕たちに未来は無いのだから。

 

 「それで、どっちに行く?」

 

 「そうだね……」

 

 レントに問われて、考える。

 

 「できれば会敵しないようにしたいから敵の居ない方、になるんだけど」

 

 そんなことが分かれば苦労はしない。

 とりあえず、落ち着いて耳を澄ましてみる。すると微かに悲鳴や呻きがどこからか聞こえてくた。嫌な場所だ。

 

 「月の魔法で探ったけど、敵の気配、足音ってのは今の所感じないな」

 

 「そうか。近くにいないなら助かる」

 

 そういえば、さっき爆発の魔法を使ったのに誰も、魔物も騒がないな……。どうしてだろう。

 

 「どうする。一応大気を探っていくってのもありだ。外に通じる場所にはたどり着くだろうしな」

 

 「それなら僕もある程度手伝える」

 

 水の属性、流れの操作や流れそのものを辿るのは得意だ。

 

 「ん。そうか……というかこれは非効率的だな。一度、手の内を晒そうぜ」

 

 「……確かにね」

 

 レントの提案は、現状で最もだった。最も過ぎて顔を見合わせて苦笑いしてしまった。

 最初からこうしておけばよかった。どうやら僕もレントもこの非常事態に動転して頭が回っていなかったようだ。

 

 「じゃあ俺から話そう。言い出しっぺだしな」

 

 ――彼の話を頭の中でまとめた。

 レント・ファインス。魔法の属性は、火と月。その中でも爆発、彼が言うに爆裂が得意。

 火の属性、熱や破壊、火の出力は問題ない。けど反面月の属性は苦手。使えて大気の関連。多分、ハオさんがやってたみたいな音の伝達を探ったりとかだろう。

 武器である愛剣のロングソードは、今はない。どうやら攫われた時に落としたらしい。

 

 「銃を持ってるお前が羨ましいよ」

 

 愛剣の無い空っぽの鞘を手にした彼の羨ましげな視線に、僕は肩を竦めた。

 エリミネーターは、腰のフォルスターに収まったままだった。ドミネーターは、手と一緒に飛ばされたからもちろん無い。

 

 「僕も利き手じゃない方でまともに扱えるか微妙だけどね」

 

 「なるほど。そっちも難儀してるな」

 

 「まあね……」

 

 こうして、互いの現状と手札を僕たちは見せあった。

 結論、前衛をレント。後衛を僕ということになった。やはりというか当然というか。スーとの連携を取る時もこうだ。

 

 「スーは大丈夫だろうか……」

 

 僕たちは、暗がりを進み始めていた。柔らかな床は、微妙に歩きずらい。蠢く壁に天井、床は気色悪い。進む通路の幅は広く、分かれ道が多い。アリの巣のようだ。

 わだかまる闇は深く、レントの灯りがあっても視線を通せないから歩くにも慎重にならざるおえない。尋常でない精神負荷を僕たちは感じていた。 

 なにより微かな呻き声や悲鳴は、発生源が絞れず、助けに行こうにも行けていない。

 歯がゆさもあるが、そもそも本当に人間のものかどうかが分からない。あの”手”の魔物たちは人間の顔をしていたんだから……。

 

 「妹の心配か?」

 

 歩き始めて10分ほど。魔物にも人にも、あの”手”の魔物にも遭遇していない。時折人と魔物の死体だけが転がる異様な場所を進むその傍ら、ふっと漏れた呟きだった。

 歩き始めてから初めて交わす言葉だった。互いに気を張っていたからそういう空気にならなかった。

 

 「そうだね。あの子は僕より強いけどそれでも心配になってしまう」

 

 「へえ、仲いいな。羨ましいくらいだ」

 

 「ありがとう。君の家族は?」

 

 「死んだよ。全員、〈ストリボーグ〉にまとめて殺された」

 

 背中越しの声。声色は、穏やか。レントの表情は伺えない。

 

 「……すまない」

 

 「いいさ。碌な親じゃなかった。兄貴もそうだ」

 

 くくっと笑う声が聞こえた。そう言われてもな……。

 

 「うちの家族は、一家揃って冒険者でさ。等級もB級で実力もそのへんの冒険者の中では高い方だった。けど素行がよくなくてさ。酒、薬、金、暴力! そういうのが中心に回ってる連中だったよ。

 ……無駄にまともな頭を持った俺としては見てられなかった」

 

 ふっと脳裏によぎったのは、トーナメントでの最初の対戦相手。あれも素行がよろしいタイプではなかった。

 

 「冒険者として俺と兄貴は鍛えられた。飲み込みと機転の回る兄貴は、いい感じにクソ親どもに取り入った。俺はだめだった。クソみたいな下積み時代だった。死んでくれてせいせいしたよ」

 

 掛ける言葉が見つからない。口の中で言葉を転がして、だめだなと諦める。

 

 「すまん。暗いところをもっと暗くする話をしてしちゃったな」

 

 一瞬向けられたレントの瞳と横顔は、申し訳なさげに力なく笑った。 

 

 「ま、おかげで生き残れてるんだから全部が全部悪いことでもなかったのかもな。

 何事も前向きに考えていくもんだ……お?」

 

 「どうした?」

 

 何かを見つけたレントは、僕に答えるより早く通路の壁に手を伸ばした。訝しげに見つめる僕の前で、何かを引き抜いた。

 

 「剣だ……!!」

 

 肉片がへばりついているショートソードが嬉しげに破顔したレントの手の中にあった。

 

 「って、なんでこんなところに?」

 

 「……これが答えだと思うよ」

 

 「ギルドカードか、これ」

 

 ショートソードに夢中なレントの足元から拾い上げたギルドカードは、ショートソードと同じく肉片や毛髪、何かの液体がへばりついていて、異臭を放っている。

 さっきレントが引き抜いた時、一緒に落ちてきた。

 

 「知らない顔、名前だけどこれが壁から出てきたってことは……」

 

 「なるほど。俺たちみたいに連れてこられて、壁に縛り付けられたら最終的にこうなるわけか」

 

 「そういうことだね」

 

 「もしかしなくても俺たちギリギリだったか……?」

 

 「そういうことだね……」

 

 少しでも遅ければこんのショートソードの持ち主と同じように、無残な死に方をしていたと思うと、身震いした。

 

 「ま、これはありがたくもらってくぜ。あんたにはもういらないだろう」

 

 黙礼した僕たちは、歩みを再開した。 

 

 「……使えるなら何でも使え。こういう教えは役立ってるよ。糞親父」

 

 レントのどこか寂しげな呟きは、聞こえなかったことにした。

 自分たちの足音と微かに”手”が蠕動する音、変わらず聞こえる呻き声だけが暗い通路に響く。

 この声も壁の中で溶かされている誰かなんだろうか……。思わず身震いした。同時に強い使命感が湧いてきた。

 助けたい。助け出さなければ。

 ……でも助けられない。確実にミイラ取りになる。僕たちにその力はない。

 

 「空気がこっちから流れて来ている。近いぞ」

 

 レントが口を開いた。嬉しい報告だ。あっちだとレントの顎が丁度差し掛かった十字路の右を指す。

 

 「慎重に行こう。出入り口だというならやつらも居るはずだ」

 

 思考を切り替える。今は、自分たちのことだ。

 

 「オーケー。了解」

 

 と、踏み出した。通路を歩く。微かに光が見え始めた。罠や待ち伏せなどを考えていても2人して、早足になってしまう。

 久しぶりの光に、僕らは篝火に誘惑される羽虫が如く、引き寄せられた。

 光の前、外への景色が壁に空いた穴の向こうに見えた。

 腰まで伸びていそうな草むら、無秩序に並ぶ木々、ごつごつとした岩。

 それだけではどこかは分からない。ただ外なだけは分かった。

 アーチ型の出入り口のようだ。手前は、広間になっている。通路の切れ目から左右に広がり、お椀型となっている。

 天井も通路より高い。見上げても証明の無い天井は、暗くてよく見えない。 

 

 「やっと出口……と言いたいところだけど……」

 

 「……静かすぎるな」

 

 自然と背中合わせになっていた。さっきまでしていた微かな呻き声が聞こえなくなった。蠕動が微かなものから足裏に感じるほどに強くなってきた。

 あからさまな予兆だ。周囲に視線を向ける。魔法を、この盤面に立ち向かえるであろう魔法を選ぶ。

 

 「――来る」

 

 レントの言葉を合図とばかりに、四方八方から”手”が襲いかかってきた――引き金を弾く。エリミネーターの心地の良い、重い反動。

 銃口の向こう側で、”手”がぐちゃりと銃弾の圧に潰れた。

 手数が足りない。分かっていた。”手”は、変わらず僕に指を伸ばしてくる。

 だからたった今、そのための魔法の構築が終わった。

 

 「解放(オープン)氷嵐弾(アイスストーム)

 

 射出、着弾、氷結。再生成、射出。前樹の挙動を呪文(テンプレート)に押し込んだ。

 青の魔力光が描くドラム型弾倉から生えた仮想銃身が氷弾(アイスショット)を縦横無尽にばらまく。熱源を追従する機能もばっちり動いてる。正確と無慈悲の両立が面制圧をかける。

 それを流石に並行で2つ動かすと魔力消費が激しいな。

 だけど即興した魔法にしては、悪くないと思う。

 

 「っ……」

 

 背後から突風が僕の髪を吹き散らす。振り返れば菱形の白い光がいくつも空中に浮かぶのが見えた。

 直後、ぱっと空間が白く爆ぜた。

 爆裂だ。空中に散りばめられた菱形の、爆裂の種とでもいうものが炸裂して、爆風と炎と光が撒き散らされる。

 ”手”たちが粉々の挽き肉(ミンチ)になって、爆風と共に四散した。

 レントの魔法だ。聞かなくても見れば分かった。鮮やかな赤色の魔力が彼の体を彩っていた。

 

 「いけそうだね」

 

 「ああ、やれそうだ」

 

 視線を交わした。笑みがこぼれる。

 ごく自然にエリミネーターをもちあげて、引き金を弾く。交差するように、レントのショートソードが僕の顔のそばを通り抜ける。

 僕の背後で、”手”が斬り裂かれた。

 僕は、その代金代わりに彼の背後の”手”を撃ち抜いた。

 ほとんど初対面だというのに、やれるもんだな。僕自身驚いていた。なぜだか息が合う。

 単純に、レントが合わせてくれているのかもしれない。

 極限状態が僕らの能力を限界まで引き出しているからかもしれない。

 なにはともあれ。

 

 「片付いたな」

 

 「ああ、お疲れ様」

 

 笑みと共に軽く、互いの手をぶつけた。安全圏とは言い難いが今の所、敵の気配はない。

 出入り口の前の広間は、無残な死骸で溢れ、壁や床は弾丸や爆裂でぐしゃぐしゃになっている。

 酷い有様だ。人の家じゃなくてよかった。

 

 「思ったんだけど、これも魔王種かもしれない」

 

 僕は、僕が凍らせて動かなくなった”手”をブーツの爪先で蹴った。その衝撃で入った亀裂で、”手”が粉々になった。

 

 「まあ、見たことのない魔物はだいたい魔王種か魔王子種のどっちだしな……って、ちょっと待てよ」

 

 はっとレントが何かに気づいた。なんだろう。重大な見落としでもあっただろうか。

 

 「脱出して、この巣をギルドに報告したらどれだけの報奨金がもらえるんだ……!? なにより俺ら英雄扱いじゃね!?」

 

 「そこかぁ……」

 

 「そこかって、そりゃそうだろ。こんな目にあって、死にものぐるいで脱出したってのになんの報酬も無いんじゃおかしくなっちまうだろ」

 

 「確かに、それはそうだ」

 

 言えてるとレントに頷いた。なるほど。なるほどね。”手”を踏みつけて、足に力を込めて、押し潰す。 その後、踏み躙る。丹念に。床の染みになるように。

 なるほど。僕を動かしたのは、魔王種への憎しみか。

 憎悪は、僕にとってとても身近で、とても簡単な魔力リソースだ。

 

 「さっさと脱出しようぜ」

 

 「うん、行こう」

 

 理由が分かったし、脱出もできる。いい感じだ。陽射しの方へ。このグロテスクな空間から外へと僕らは歩いていく。

 

 「次に戻る時は、ここの魔王種を滅ぼす時だな」

 

 「いいね。それは楽しみだ」

 

 「その前に飯と風呂だな。自分嗅いでみろよ。めちゃくちゃ臭い」

 

 「言われたら嗅がないよ……バカみたいに臭い。なんの臭いだろう。汗とか体臭じゃない。ドブ臭さよりも魚とか獣の内臓系の臭い?」

 

 「嗅いでんじゃん。何なら考察付き」

 

 「本当かどうか確かめただけだよ。君はどう思う?」

 

 「臭いことくらいしか分かんねえよ」

 

 思わずケラケラと笑い声を上げるレントに、僕もつられて笑い声を上げた。

 そして、ようやく僕らは、陽の光を浴びることができた。春の麗らかさが僕らを迎えてくれる。清々しい、良い風もついてくる。

 気持ちがいい。そう思わずにはいられない。

 ――目の前に、”手”の魔物さえいなければ。

 

 「……そう簡単には、家に帰してくれないってことか」

 

 苦々しく顔を顰めてしまう。何体居る? 見ただけで、5体。後ろにも居そうだ。

 

 「待ち伏せとはまあ小癪なマネをしてくれるじゃん」

 

 レントも口調こそは軽いが、疲労の色は濃い。僕だって、魔力の消費が激しい。休息を挟んでいない僕らの残魔力と体力でこの戦況を切り抜けられるだろうか。

 

 「いや、やるしかない」

 

 「腹くくれよ、シルヴァ――……」

 

 レントが何かを見つけたのか、一点を見つめていた。視線を追ってみても”手”の魔物が居るばかりで僕には、彼の意思を読み取れない。

 

 「? どうかしたかい?」

 

 「……なあ、シルヴァ」

 

 意を決したような声だった。 

 

 「ここのやつら俺が引き受けるわ。シルヴァお前は、逃げてくれよ」

 

 「は……?! 自殺したいなんて提案、僕は受け入れないぞ」

 

 「違う。俺は死ぬ気なんてさらさらない」

 

 包囲をじりじりと詰めてくる”手”の魔物たちに目を向けながら、隣のレントに横目を向けた。

 ……駄目だ。僕は、瞬時に察していた。駄目だ。彼は、折れない。

 

 「どうしてかだけ、教えてくれ」

 

 理由が知りたかった。そんな死に急ぐのか。兎も角、彼を止める取っ掛かりが欲しかった。

 

 「さっき一瞬、死んだ家族の面が後ろに見えた。兄貴に母親、糞親父。全員揃い踏みだったよ」

 

 ショートソードに炎が宿る。ハオさんも愛用するエンチャント系の魔法だ。

 ぎらりとレントの瞳に、炎が宿る。愛憎の炎。

 

 「クソッタレな姿になってるのは清々した。けどその手でまだ誰かを傷つけるというなら俺がここで殺すべきだ」

 

 止められない。口では駄目だ。無理矢理? 仲間割れしたら共倒れだ。

 

 「だからここは俺に任せて先にいけよ、シルヴァ。道は俺が作る」

 

 レントが走り出す。止める術の無い僕は、続くしか無い。

 

 「どうすれば……!!」

 

 思考が言葉になる。接敵まで一瞬だ。僕自身も魔法を、エリミネーターの引き金を弾いて、周囲の”手”の魔物に牽制をする。

 レントが立ち塞がった”手”の魔物を容赦なく斬り裂いた。よろめく”手”の魔物を蹴りつけて脇にどける。他の”手”の魔物の攻撃を刃をかざして受けて、断つ。正直に言うと今のはほとんど見えなかった。あの”手”の最大速度は、今の僕では捉えられない。

 なにより爆裂と剣の合わさった彼の剣技は、ここまで容易く魔物を倒せるのか。

 

 「どうもこうねえさ」背中越しのレントの声「お前は俺を置いていけばいい。自分勝手な俺をな」

 

 巫山戯るな、と言いたかった。

 

 「あ、報酬出たら俺の分も頼むぜ? 墓はぼちぼちのやつを頼むよ」

 

 直後、回転する視界。肩に伝わる痛み。直後連鎖する爆裂。勢いのまま転がらないように、体と力の流れを操作。着地。

 ”手”の魔物たちの隙間から笑うレントの顔が一瞬見えた。

 

 「この、大馬鹿野郎……!!」

 

 何笑ってるんだよ!! 叫びそうになったのを堪えた僕の前で、数えたくないほどの”手”の魔物にレントが囲まれていった。

 爆裂が何度も炸裂する。血肉が散り、引き裂かれた”手”が飛ぶ。

 それでも”手”の魔物たちは、止まらない。

 森の奥や、僕たちが出てきた出入り口――巨大な樹木の虚、”手”の魔物の巣から現れてくる。

 

 「クッソ、が……!!」

 

 もうどうしようもなかった。僕は、反転。逃げ出した。逃げ出すしかできなかった。

 それから僕は走り続けた。

 一体どれだけ時間が経っただろうか。分からなくなるほど走って、走って、走って……気がつけば倒れていた。

 少し湿って、柔らかな草が僕の頬をくすぐる。冷たい地面が火照った体に心地いい。

 ランナーズハイの過ぎ去った体の奥底から現れた疲労が僕を闇の中へ連れ去りそうになる。

 

 「…………駄目だ」

 

 こんなところで寝ている場合じゃない。

 誰かに巣の情報を伝えなきゃ。レントの思いを台無しにしてはいけない。

 レントの思いは本当だった。間違いなくあの場に彼の家族が居ただろうし、それを殺したいと思っていた。

 それでもあの場は、どうにかこじ開けて逃げなきゃいけない場面だった。

 レントは、それを自分が残ることで成し遂げた。

 立ち上がる。残った手と足に残り僅かな力を込める。

 力んだ足が草で滑った。また倒れ込む。したたかに鼻を打つ。痛い。気にしてはいられない。

 もう一度、立ち上がろうとする。今度はなんとか立ち上がれた。

 

 「行かな、きゃ……」

 

 そう口から出るけれど、もう一歩も前に進めそうになかった。木に肩を預け、なんとか立っている。

 

 「這ってでも……!!」

 

 這ってでも僕らの掴んだ情報を持ち帰る意思があった。意思だけで、体は動かない。

 気づけば木の根元に腰を降ろしていた。背中を木に預けていると、日が暮れた。

 仕方がない。少しだけ休もう少しだけ。ほんのちょっとだけ――。

 

 「!!」

 

 落ちかけた瞼が強制的に持ち上がった。走っても倒れても転んでも離さなかったエリミネーターを僕の前に現れた気配に突きつけた。

 ここまで詰められている以上、無意味かもしれない。それでも――……。

 

 「……あっ」

 

 「……よかった。本当によかった」

 

 月光が、突きつけたエリミネーターの先に降り注いでいた。

 僕の師匠が、ハオさんがいた。汗と土と血で汚れているけど、この人は、いつ見ても美しい。

 

 「シルヴァ、よかった……!!」

 

 ぎゅっと抱きしめられる。ちょっと苦しい。汗の臭いと何か花のようないい匂いがする。くらっとしてしまう。

 

 「よく、1人で脱出を……!」

 

 涙声のハオさんが言う。違う。違うんです。

 

 「1人なら駄目でした。1人なら、きっとここまで来れなかったです。けど僕には、頼れる相棒がいました」

 

 ぐっとハオさんの抱擁を引き剥がした。濡れた瞳が僕を見ている。その瞳をまっすぐに見つめて。

 

 「あいつを、あの”手”の魔物に囚われた人たちを僕は、助けたいです。あの日、僕を瓦礫から助け出してくれた貴方のように」

 

 無茶苦茶で、無理難題。瓦礫の下の子ども2人を助けるのとはわけが違う。

 弱い僕にできるわけがないと悪魔(よわさ)が囁く。

 

 「僕だけではできない。だから僕と一緒に、皆を、レントを助けてもらえませんか、ハオさん」 

 

 知ったことか。知ったことかよ。僕がやりたいからやるんだ。

 助けたいから助けるんだ。

 

 「――分かった」

 

 もう一度、抱きしめられた。さっきより強く。少し痛いほど。その痛みもどこか心地がよかった。

 

 「一緒に助け出そう」

 

 そして、その肯定がなにより嬉しかった。  

 

 




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