”手”の魔物、正式名称が魔王子種、〈ハンド〉だっけ? 見知らぬ誰かの顔面に踵を落として、私は、溜息をついた。ばきっと確かな手応えが足から伝わる。抵抗が無くなった。死んだみたい。
私はあれから断続的に攻め込んでくる〈ハンド〉を他のギルドの人達と討伐している。
あれから。そう兄さんが攫われてから。
「兄さん…………」
兄さんは、私の目の前で攫われてしまった。他の〈ハンド〉に乱入されなければあんなことにはならなかった。
負け惜しみ。言い訳。私が力不足でなければああはならなかった。
失態。大失態。穴があったら入りたい。ダサいから入らないけど。
それに、今の私のダサさは穴に入っただけじゃ隠せない。
やんなっちゃう。ほんと。
空がこんなに青いからか、とってもブルー。今日もいい天気。溜息が止まらない。
「……幸せが逃げちゃう」
幸せがいなくなる前に溜息の原因を、今すぐ兄さんを探しに行きたい。
「私より先に盛り上がらないでよ、ハオ」
あんたが先走ったら私が探しにいけないじゃない。
あれあれ。他人がパニクってると冷静になっちゃうやつ。まさにそんな感じ。
ハオがあんなにパニクるとは思わなかった。まさか3日ずっと探し回るとか……私がする前にそういうことするのやめてほしい。
妹なんだから、私にさせてよ。ハオのバカ。バーカ。バカバーッカ。バカバカ。
「……バカハオ」
ぐちぐち呟きながら小石を爪先で蹴った。
「おい、お前! そっちいったぞ!!」
知ってる。言われなくとも分かってる。まったく騒がしい。考え事もちゃんとできない。
「……やかましい」
黙ってなさいよ、ほんと。大斧を持つ手に力がこもる。迫る風切り音。普通ならきっと目を向けることもできない。
でも、私はきっと普通ではない。
大斧を振るう。よく研いだ刃先にが陽射しを、暖かな大気を斬り裂いた。春風が私の刃に絡みつく。
そして、寸分違わず――〈ハンド〉の顔面に突き刺さる。
振り抜く。ずぶっとぐぐっと、生っぽい手応えが伝わってくる。振り切ったら、かぱっと真っ二つになった後、どばっと中から小さな手がぼろぼろと内蔵みたいに湯気を上げて、青い体液と一緒に溢れてくる。
「これで覆うのは、無しよね。気持ち悪いし」
いつ見ても嫌悪感がすごい。誰よこんなの考えたの。
「お、おい! そんなに簡単にできんなら俺、うお!! こ、こっち来るなぁ!!」
「大の大人がそんなに悲鳴あげて情けないわ」
やれやれね。それにしてもどうしよう。
「助けたほうがいいのかな」
〈ハンド〉に迫られて、今にも死にそうなのは、兄さんがトーナメントで氷漬けにしたやつ。
兄さんがめちゃくちゃキレたやつ。なら死んでも良い気がする。私としてはどうでもいい。気持ち悪いし。どさくさに紛れていなくなってもらえると助かる。
「助け、助けて……!!」
あーあ。そんな泣いちゃって。武器も落として、尻もち突いて……情けない。
みんな自分のことで手一杯みたいで私がやるしかない。でもタダで助けてあげるのもどうだろう。何かあってもよくない? 期待できないけど。
でも、ハオは、私たちのことタダで助けてくれたっけ。
「意地悪やってないで助けてやったらどうだ」
「カイムがやればいいじゃない」
「俺は見ての通り忙しい」
「どう見ても暇……むっ……」
いつの間にかカイムの放った矢が少し離れたところの〈ハンド〉
カイムに助けられた冒険者たちがその〈ハンド〉を滅多打ちにしてる。
「ほらな?」
「うるさい」
「おっと、危ないぞ」
「動かないでよ。当たらないじゃん」
ドヤ顔のカイムを石突で小突いてやろうとしたらちゃんと躱された。ちゃんとしすぎ。
「狙ってるところがばればれなんだよ。視線とか動き以上に、殺気がだだ漏れ。怖いわ」
「これから気をつけて突くわ」
そういう意味じゃないんだけどな……。とかなんとかカイムが言ってるけど無視無視。
「ほらその調子であそこで死にそうになってるやつも助けてあげたら?」
「あれを俺が助けても意味がないだろ」
「さっきのは意味あるの?」
「あるね。美女はいくら助けても良いことになってる」
カイムが手を軽く振ってる方を見ると同じように手を振ってる女の人がいた。さっき助けた冒険者の一人だ。呆れて何も言えない。
美人といえば美人だけどハオのほうが……五月蝿い。思考をカット。
「私だって意味はないわよ。私、あれに嫌らしい目で見られたの。気持ち悪いし死んだほうがいいでしょ」
「お前兄貴以外に厳しすぎるだろ……。ほら、あれもそろそろ限界っぽいし。そのへんで助けてやれ。俺もこう見えて忙しい。猫の手も借りたい」
「…………」
「分かった。後でなんでも奢ってやるから」
「子どもじゃないって、もう居ない!」
なんて言い残してカイムは、どこかに消えていった。辺りを見渡してもあのきざったらしい顔も、背中も外套の裾も、戦場には見当たらない。
まるで煙のように消えてしまった。
「しょうがない……」
つまりがっと走る。正直ギリギリって感じだから間に合うか微妙。間に合わなかったら手足の一本二本、おまけで四本くらい我慢してほしい。
「意外に間に合っちゃうんだよね」
下から上げて、上から下ろす。ついでに斜めから下ろす。
これくらいで〈ハンド〉は殺せる。
「も、もっと早く助けっ「遺言?」クソガキが……!!」
なんだ元気あるじゃん。捨て台詞を吐き捨てて凄まじい逃げ足で、遠ざかっていく背中を見ながら私は思った。
「あっ……」
思ってたら〈ハンド〉が物陰から飛び出てきた。その手が男へ向けて伸びていく。
遠い。間に合わない。
後ろから貫かれた勢いで、大きくえびぞりした後、ごきっと私まで聞こえるくらい大きな音がして盛大に吐血した。断末魔を上げる暇も無かった。
「ちょっと危ないよ。急に割り込んでこないで」
――〈ハンド〉の口の奥から赤い槍が飛び出している。
また不意を突かれた。折角助けたのに無駄骨になるところだった。突然過ぎて助ける暇も無かった。
闘技場で、兄さんが攫われていく姿がフラッシュバックする。攫われただけ死んでない。死んでないんだから。攫われただけ。
でも、普通ならさっきみたいに……。考えるな。私、考えたらだめ。
赤い槍が〈ハンド〉の手と鮮血に見えて、貫かれたのが兄さんに見えて、頭がくらくらする。
そんなわけない。そんなわけないよ。
「お礼が無い」
口から槍が引き抜かれた後、〈ハンド〉は、ばたんと力なく倒れた。とくとくと血が土の上に広がって、染みていく。
槍の持ち主の顔は見たことあった。トーナメントで、兄さんと対戦した人。
アーシェって人だ。思い出した。
薄紫色の瞳を鋭くさせて、へたり込んだまま、いつの間にか離れていた男を見下ろした。男の方が視線に、ぎくりと固まった。
「え、ええ?」
「お礼って言ってるでしょ。ありがとうとかなんとかあるでしょ。良い歳した大人なんだからさ」
「お前が、か、勝手に割り込んできただけだろうが……!!」
唾を飛ばして反論してる。そんな必死になること? お礼の言えない大人にはなりたくないよね。
「いやいや。そういう感じだから誰も助けてくれなかったのよ。ね、スーちゃん」
こっちに投げないでよ。面倒くさい。
「知らない。面倒くさいから話をふらないで」
ちゃんと意思を伝えておく。押し付けて、さっさと他のを殺してこよう。
早く帰ってシャワーが浴びたい。ご飯も食べたい。カイムの奢りなんだからいっぱい食べてやる。
背中を向けて、次の獲物探し。だいぶ片付いてきている。割り込むと事故っちゃいそうだし、嫌だな。
「ちょっと置いていかないでよー」
いつの間にかアーシェが追いついてきていた。さっきの男の方は、どこかにいなくなってる。
「置いてっちゃダメって決まってた?」
「そりゃ友達じゃない」
「距離の詰め方えぐいよ、この人」
「そう? シルヴァと戦ったんだから妹の君とは友達じゃない」
ちょっと分からない理論を言う人だ……。どうしよう。兄さん。どうしたらいい?
「……まあいいや。なんのよう?」
「シルヴァが攫われたって聞いた」
「……そうよ。そうだけどなに。嗤いに来たの?」
立ち止まってアーシェを睨んでしまう。八つ当たり。情けない。分かっていても反応してしまった。
「笑う? なんで? ダメな時はダメでしょ。攫われたなら攫われたらしょうがないじゃない」
あっけらかんとアーシェが言う。
「攫われちゃったら助けに行けばいい。冒険者は助け合いでしょ。私も手伝うよ」
ぐちゃぐちゃ五月蝿い。ムカつく。めっちゃムカついてる。軽々しく言わないでよ。今すぐに私だって、私だって……!!
「ふざけないで!! 私が行きたくなくてここでうだうだしているとでも思ってるの!! 誰が好きでぐだぐだ雑魚狩りしてるとでも思ってるの!? 殺すわよ!!」
気づいたら噴火していた。うんん、こんなの抑えておくの無理!
「どうどう。落ち着け落ち着け」
「誰が落ち着いてられるか!! バカ!! バーッカ!!」
「おっと! あ、ナイス」
アーシェが避けて、タイミングよくそこにやってきた〈ハンド〉を真っ二つにしてしまった。
「あーもう!! 避けたら当たらないでしょうが!」
「いや、避けるでしょ……」
「じゃあ避けるな!!」
「無理言わな……あ、でもここでいい感じになっとけばのちのちシルヴァとの関係もっと! 危ない危ない」
「ちょこまかするな!!」
また別のをぶった斬ってしまった。そっちじゃないのに、もう!
「……いい感じになれるかな」
「ぐちゃぐちゃ五月蝿い!
「それは本気すぎない!?」
大斧が氷を纏う。一回り、二回り大きくなる。元の大斧より無骨で、それでいて鋭い刃。見た通りの寒々しさ。カイムが言うに、氷を割って削り出したみたいだとか。
そーんなことはどうでもいい。氷の大斧を肩で担ぐ。ちょっと重い。これも調整いるね。けど仕方ない。この女をここで真っ二つにするためだ。
「……死ね」
狙いを定めた私は、全力で大斧を振った。
「こっちも片付いたみたいだな」
それからだいたい1時間くらいで、辺りは静かになった。
〈ハンド〉の死体と冒険者の死体が積み重なった森と街の境界線の空気は、最悪だった。
アーシェにとどめを刺し損ねた私の気分も最悪だった。あの女、散々振り回したらいい汗掻いたって感じの顔していなくなっていた。
無駄に疲れて座り込んだ私のところに戻ってきたカイムは、汗1つかいていない涼しい顔。ちょっと腹が立つ。
カイムに、っていうよりは、比べてみると不甲斐ない私に。
「……今度こそ絶対殺す」
逃げていったアーシェを思うと大斧を握る手にも力がこもる。
すごくいらいらする。今すぐどたばた暴れたい。そういう時に限って、〈ハンド〉は、どこにもいない。死体しか無い。
乗せられて、上手く〈ハンド〉を狩るのに利用させられた。おかげで無駄にキルスコアが上がったし、無駄に感謝されたし疲れた。
「いや、なんか妙に殺気立ってんな」
「気にしないで。それで、なんで戻ってきたの?」
「戻ってきたらだめだったのか……?」
「別に。早く言って。なんのよう?」
「ん、ああ。シルヴァだけど見つかったぞ」
「!?」
「今、ハオがギルドの宿屋に――速いなおい」
苦笑してる雰囲気のカイムを置いて、私は走り出していた。何かを言い残すのももどかしかった。
くそ、遅い! もたつく足にいらいらしながらも私は走った。
アーシェ、今度会ったら絶対許さないんだから……!
ギルドまでの道を一気に駆け抜けて、両開きの扉をどーんと開けて、馴染みの受付の人にハオの部屋を聞き出し、2階にあるギルド直営の宿まで駆け上がった私は、
「兄さん!!」
ばーんと扉を蹴り開けて、アーシェに介護されている兄さんを見た。
正確には、必死の抵抗虚しく服を脱がされかけている兄さんの姿。思わずかちんと固まった。
「あ、お疲れ。スーちゃん」
「す、スー! 違うんだ」
……大丈夫。兄さんの姿を見ていると固まっていた体が動くようになってきた。
「分かってるわ」
手当の痕が服を脱いだ兄さんの上半身にはいくつもあった。生々しい傷跡。血の滲んだ包帯。でも深手を負っているようには見えない。腕も足もある。欠けているところは見えない。
よかった。とってもほっとした。無残な姿の妄想が頭の中から消えていくような気がした。
「そ、そうか。良かった……」
ああ、兄さん元気そうで良かった。ほっと私は、胸をなでおろす。
「ええ、もちろん」
「……大斧から手を離してもいいんだぞ?」
ああ、怯えないで。兄さん。決して兄さんを傷つけたりしないから。当たり前じゃない。
「アーシェを殺したらね」
「殺したらだめだからな!?」
「兄さん、そこをどいて。そいつ殺せない」
「どけないじゃないか!?」
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