「もうそんなところまで……?!」
テーブルの向こう側で、ベッドに腰を下ろしたシルヴァが驚いたような声を上げた。
元気そうで安心した。気絶する前は酷い顔で、しかも死んだみたいに気絶するから起きるまでが心配だった。精神的にもかなり追い詰められているようにも見えていたから余計に。
さっきまでのスーとアーシェとのやりとりも普通で、年頃の男の子の反応が見れて、今もこんな普通の反応で安心する。
「これも貴方が戻ってきてくれたからよ、シルヴァ」
「僕が……。そっか。役立てたんですね」
「ええ、もちろん」
この子が戻っていなければこんなに早くこんなにもうまくことを運べていなかった。
「流石兄さんね。転んでもタダでは起きないわ」
とスーが大きく薄い胸を張った。この子も元気になってよかった。いつもの反応。見慣れた様子。これもまた安心する。
「貴方をここで休ませてからすぐに手の空いてる冒険者を集めて、貴方の足跡を追ったの。そしたらビンゴってね」
「じゃあ、もう討伐の段取りが?」
わくわくと顔を輝かせるアーシェに頷く。その通り。
「早くて明日には動くわよ。あの手の魔王種は、時間を与えれば与えるほど凶悪化するわ」
原作でも時間経過でのゲームオーバーがある。
エンド2:スタンピード。魔王子種の処理が追いつかなくなり、村や街、そして、〈ダイヤスート〉領そのものが滅ぼされるエンドに強制的に突入してしまう。突入率第一位のエンド。
だから早く巣を見つけて、対応しなきゃいけない。
ちなみにエンド1は、エスケープ。私が諦めるということ。これは、私に諦める予定が無いから問題ないわよね。
私が見つけなきゃいけないところを、シルヴァが巣から脱出してくれたことで大きく予定を早められた。
それになにより、
「シルヴァ、貴方が戻ってきてくれて本当によかった。貴方が無事でよかった。本当に、よかった」
話していて感極まった私は、シルヴァの手をとって握っていた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「貴方が帰ってきてくれなかったら手詰まりだったんだから。本当よ」
「……よかった。僕が逃げたのには意味があったんだ。って、そうだ!」
うつむいていたシルヴァがばっと私の方を見た。
「レント、レント・ファインスは、巣の前であいつは戦っていて、それで、あいつは、生存者は――ていうか僕ってどれくらい寝ていたんだ……?!」
「落ち着いて、シルヴァ」
シルヴァの手を強めにギュッと握って、私の方を向かせる。目と目を合わせる。揺れる瞳が落ち着きの色を取り戻していく。それからシルヴァは、深く息を吐いた。
「……すみません。取り乱しました」
「大丈夫よ」と私は話を続ける。
「寝ていたのは、まだ1日程度。生存者、そのレントくんだけど今の所それらしい生存者はいないわね。貴方の逃げてきた方角周辺を探索したけど現状生存者はゼロ。遺体も見つかっていないからおそらく魔王種は、その体内にすべてを取り込んでいる。もしくは……」
嫌な可能性だけど伝えておく必要がある。
「魔王子種の材料になっているかもしれない」
「……えっと」
「どうかした?」
「あの、魔王子種っていうのは……あの手の魔物のこと……え、魔王種なんですか!?」
「その辺りを説明してなかったわね」
完全に失念してた。じゃあ説明しましょう。かくかくしかじか。
「なるほど……。僕がいない間にそういうことになってたんですね。魔王種〈ハンドレス〉と魔王子種〈ハンド〉、か……。魔王種がしかも別種がこんなに早く現れるなんて……」
かくかくしかじかでは済ませない話をなんとかまとめてシルヴァに伝えた。
「それでなんですが。その材料というのは……」数瞬、シルヴァは躊躇って「僕の母も根拠の1つですか?」
「他にも思い当たるところがある顔ね」
「レントの家族も、手の魔物、いや、魔王子種になっていました。以前の〈ストリボーグ〉出現時の犠牲者が最初の魔王子種の材料になっているのではないかと思ってます。
これからは、今回の襲撃で行方不明になった人たちもかもしれませんけど……」
「私、私たちね。ギルドも貴方と同じ答えに行き着いた」
「ハオさんたちもですか」
ええと首肯。しかし。
「なぜ〈ストリボーグ〉の被害者たちなのかってのがね。魔王種間で何かの繋がりがあるのかもしれないけど、今の所それらしい理由は分かってないわ」
「そうなんですね……」
うーシルヴァががっかりしてる……。原作知識でもこの辺りがすっぽり抜けてる。設定資料集読み込んだでしょうに。使えないわね!!
「そこで魔王子種の死体をいくつか見聞してもらったんだけど「見聞!? 解剖した……ってことですか!?」……うん、まあそうだけど。とりあえず続けるわよ」
一瞬でテンションがぶち上がったわね。こういうところは変わらないのね、ほんと。
こんな目にあっても変わらないでいてくれることが嬉しいというか、頑丈な精神でよかったというか……。
「バラしてみて、重要なことが分かったの」
――――ほんの1日前の記憶を私は思い起こす。
「ハオさん。お待ちしていました」
それは、シルヴァを連れ帰り、他の冒険者と巣の推定位置を伝えて探索に出てもらった後、魔王子種の討伐に参加して……並べると私忙しすぎない? 困っちゃうわね。
兎も角、私はギルドに戻ってきていた。
理由は、ギルドに呼び出されたから。どうやら私が頼んでいた解剖の結果が出たらしい。
「メッセで伝えられない話でいいわよね?」
ギルドカードも短文でのやり取り、つまりはメッセージアプリでの使い方ができる。
これで送ってこないってことはよほど重要なことがわかったってこと。
私の目的のものが見つかったってことに違いない。
「はい。ぜひ、ギルドマスターが口頭で伝えたいとのことでして」
「ギルドマスターが? へえ、現場に出てくるなんて働き者ね」
「ギルドマスターが今回の解剖を担当しましたし、ご自身で伝えられたいとのことでしたから」
「変わったギルドマスターもいるものね……」
シルヴァと話が合いそうだけど……教育に悪い気がする。
「どうも冒険者時代が中々抜けきらない人でして……。もう若くないのに……」
シンプル失礼なことを言いつつ苦笑いした顔なじみの受付嬢は、「あちらに」と手を向けた。視線を向けるとギルドの酒場、そのバーカウンターがある。
昼間から大ジョッキを傾けている小さな背中が見えた。人間の子どもよりも下手すれば小さい。けど子どもには見えない。つるりとした禿頭が灯りを反射している。なにより雰囲気が幼さの欠片も感じさせない。
「ギルドマスターが貴方をお待ちです」
そういえば会ったことなかったわね。言われて気づいたけど。普通、ギルドマスターに用事なんて特に無いもの。
ギルドマスター。書いて字のとおり。このギルドで一番偉い人。街によりけりだけど大体その街の権力者として数えられる。偉い人はいい思い出が無いし、得意でもないから正直あんまり接点を持ちたくないのが正直なところ。
大体、お父様が悪んだけど。むかつく。
カイムに押し付けたいけどカイムは、スーを見てる。
フォンもエルール、ランザも押し付けられそうなパーティの皆は遠く離れた場所でクエスト中。
しょうがないので、促されるままカウンターの方へ。振り返りもしないからとりあえず、ギルドマスターの隣に腰掛けた。
「ジンジャエール」
グラスを磨いていたバーテンダーに注文。すぐに冷えたジンジャエールが出てきた。ちょっと辛口。嫌いじゃない。
「酒は呑まんのかね」
「戦時中ですよ、ギルドマスター」
ごくごく……。しばらくギルドマスターは、大ジョッキから唇を離さなかった。私も仕方ないから運ばれてきたジンジャエールを傾ける。しゅわっとぴりり。良い刺激が口から喉を伝っていく。
「ふう……。真面目だな、最近の若者は。わしの時は、なんの話でも酒を呑んでた」
「時代ですね」
まあいい。空のジョッキを手放して、おかわりの大ジョッキ一杯のビールを半分まで減らすとギルドマスターは、酒臭い息を吐きながら話しだした。
「久々に面白い解剖だった。魔王子種の解剖っていうのは、綺麗に殺せることが少ないからできないことが多いんだ。ミンチになるともう処分になってしまう。
色んな冒険者が殺した死体が回ってきてたが君の殺し方はよかったよ。鮮やかだった。流石A級冒険者チームのリーダーだな」
「お褒めいただきありがとうございます」
「そんなに怒るなよ。すまん。すまん。お世辞を言ってる場合じゃなかったな」
さっさと話せと視線で伝えるとまったく誠意の感じられない謝罪が返ってきた。
「件の魔王子種〈ハンド〉だが、その大半がそのへんの魔物と変わらず使用用途不明な臓器が詰め込まれていて、どう動いているのかが分からなかった」
これは、予想通り。魔物にありがちなこと。正体不明の臓器や意味のわからない配置をしていることが頻繁にある。
「ただ1体当たりがあった。
やけに強くて冒険者が一人殺られたって話で、損傷もぼちぼち酷かったがとりあえず見てみた。中に何が入っていたと思う?」
「……さあ」
強い個体……。少しだけ心当たりがある。記憶を参照して浮かんできたのは、シルヴァとスーの母親。インの顔。
とりあえず首を振って、答えを促す。
「人間の脳味噌だよ。厳重に一人分じゃなくて、複数個が連結されていた。んで、これが実物になります」
よっこいしょっという掛け声の後、どんっとバーカウンターが揺れた。
「持ってきちゃったんだ……」
「見せたくてね」
得意げな子どもみたいな笑顔のでギルドマスターは、バーカウンターに乗せた瓶を軽くノックした。
瓶を満たしている保存液体に、大きな、薄ピンクの脳味噌が浮かんでいる。オレンジやみかんみたいに、脳味噌が房になって大きな球体を作ってる。悪趣味なオブジェに見えた。
食欲を無くさせる外観に、私はジンジャエールをテーブルに戻した。
「ギルドマスター……」
グラスを磨いてたバーテンダーが見咎めた。嫌悪感に眉を顰めてる。そりゃそうよね。
そんなことより私は重要なことを少しずつ思い出しつつあった。
これは、原作で、〈連結された脳〉と呼ばれていた。
特殊な個体の魔王子種が居て、それを倒してドロップするアイテム。〈連結された脳〉を手に入れることで、シナリオが進む。
そういう流れだった。どうやらいつの間にか誰かが倒していたみたい。
「すまんって。今後はしないから。ほんと。マジだから。 マジマジ」
まったく……。とバーテンダーは、溜息を吐いてから離れていった。
「”これ”なんだが腹の中で厳重に守られていた。だから君みたいに綺麗に殺さなくても完品で手に入った。頑丈さが裏目ったということだな」
「これの役割は、なんだと思います」
「そうだね。誰の脳味噌たちか分かったものじゃないが……俺は、これが他の魔王子種への司令塔だと思っている。これの持ち主たちは、いわゆる弱い方の魔王子種になっていて、これから指示が送られている。
そして、これの先に魔王種〈ハンドレス〉が存在する……という感じだろうな」
「脳は指示を受け取るためのものだとしたら魔王種から指示は、魔法で行っているはず」
魔法無くして魔物は成り立たない。弱い魔物でも魔法が存在を確立させている。
魔王種も魔王子種もそう。〈ストリボーグ〉は、私と同じ月を使うし、以前討伐した炎の魔王種〈イグネイト〉は、名の通り、火を使った。
「属性は、木で間違いないだろう。でなければここまで好き放題魔王子種を展開できない」
同感。木の魔法の司るものに、命というものがある。
火であれば破壊、水であれば再生という非常に曖昧なジャンル。
従来の、人間やエルフの魔法使いならできて、物質の再生や治療。癒術師と似たことができる。
極めることができれば命そのものを作り出せるかもしれない。実例はないけど。
「水と木属性で精密操作が得意な人間なら魔王子種から魔王種までの魔法の流れを遡って、逆探知できないかしら」
「なるほど。やってみる価値はある」
「じゃあ、やってみましょう。魔法使いは――「わしが誰か忘れたか?」――それもそうね。おまかせします」
――そしてついさっき。
「ギルドマスターを中心にしたチームが魔王種の特定をした。足の早い偵察員でその実態も確認してる。前線基地も設営を始めてるし、準備ができれば最速で明日には、魔王種に攻撃を仕掛ける」
「超スピードすぎない?」
「緊急時だからそれくらいスピード感無いと。これ以上引き伸ばしても被害が広がるだけ。疾きこと風の如くってね」
「それもそうね。うちの爺様と同じこと言うのね、ハオさん」
「あらそう? 光栄ね」
「……あの、ハオさん」
アーシェと会話していると真剣な顔をしていたシルヴァが口を開いた。なんとなく、何を訊くのかが分かった。
「なに、シルヴァ」
「巣じゃないんですか……?」
巣……ああ、そうか。この子は、逃げるので必死で自分が何から逃げてきたのか気づいていないんだ。
「貴方が囚われていたところどういう外見をしていたか覚えてる?」
「そう、言われてみると…………」
眉間にシワを寄せて、シルヴァは思考を巡らせた。そうよね。憶えていたら忘れるはずがない。だったら最初に伝えておかなくちゃいけない。
「シルヴァ」
それでも一瞬悩んだ。だってこれは、この子の言う友達への死刑宣告に等しい。
だけど戦うというのなら知っておかなくちゃいけない。
「貴方が囚われたそこが、それこそが魔王種〈ハンドレス〉なの」
「……え?」
「魔王種〈ハンドレス〉は、巨大な木と人間の手が融合した魔王種よ。囚えた生物をその腹の中に運び入れるのが魔王子種〈ハンド〉。〈ハンドレス〉は、周囲の生態系とそうやって手に入れた生物を餌に育っている。
一度見たら忘れられない……らしいわ」
前世の記憶に付随する感情から考えるに、酷く醜悪な見た目だったはず。
詳細な外見は、まだ思い出せていない。だから言葉を濁した。
「だから……その」
言い淀んでしまう。どうすればこの子を傷つけずに済むのか考えてしまう。
この期に及んで、私はこの子に嫌われたくなかった。しょうがないでしょ、推しなのよ。今も昔もそれだけは変わらない。
「ハオさん、大丈夫です」
「シルヴァ……」
「あいつは、大丈夫です。短い付き合いですけど簡単に死なないですよ。そういう予感があるんです」
それに。と私を見て言う。
「ハオさんが一緒に助けてくれるんですよね」
「ええ、約束したもの。貴方の相棒も、連れ去られた人々も皆助けて、今度こそ魔王種を滅ぼしましょう。シルヴァ」
「はい……!!」
「ちょっと急に2人っきりの空間に入り込まないでよ。私も行くからね、あっ、兄さん。何言われてもついていくからね? 絶対よ」
頬を膨らませたスーがぐいっと力強く私達の間に割り込んできた。
「あ、私も混ぜてよ? うちの爺様が言ってたわ「魔王種を殺して一人前』って」
続いてアーシェもするっと入り込んできた。貴方、どこの修羅の国からやってきたの?
「あらあらシルヴァ、モテモテじゃない」
「そういうのじゃないですよ……」
からかうとシルヴァは、苦笑いした。
「じゃあ、アーシェ。シルヴァ見てもらえる? 明日までに使い物になる感じで。あっ、作戦とか諸々は追って伝えるわ」
「りょーかい。じゃ、ちょっとベッドに横になろっか……」
「え? あれハオさんの……ちょっ、脱げる! 服は自分で脱げるから!」
「スーは、そのお手伝いね。……一緒にいたいでしょ」
最後のは、小声で囁いた。囁かれたスーは、小さく頷いた。
「……余計なのがいるけど」
「そこは我慢してよ」
そう言い、私は、スーに背中を向けた。他にもやることがある。魔王種をどう殺すか。殺し方は分かってる。だからそこへのルートを作るべくギルドマスターとかとのお話し合いをしなきゃいけない。
「ハオはどうするの?」
ドアノブに手をかけた時、スーの声が背中を叩いた。
「魔王を殺すための準備よ。色々やっておくことがあるのよねえ」
街の防衛に冒険者の担当箇所の選別。こういう細々した処理、原作だと無かったんだけどなあ……。面倒くさいところと都合が悪いところばっかりやってくる。やれやれよね。
「頑張って。あっ、私が活躍できる場面も用意してよ?」
「もちろん! ただでさえ人手不足なんだから全力で動いてもらうわよ」
上級冒険者は、ほとんど外に出ている。戻って来るのを待つ時間もない。私達でどうにかするしかない。
「そう。期待してる」
上級ランカーは、ほとんど外に出ている。戻って来るのを待つ時間もない。私達でどうにかするしかない。猫の手を借りたいくらい。
まだまだ成長過程のこの子たちを戦場に送り込むのは不本意だけどやらなきゃいけない。
シルヴァたちの元に戻っていくスーの背中を見つめて呟いた。
「大丈夫。絶対に、BADエンドになんてさせないんだから」