今週の金曜日、エルデンリングが発売されます。
それが終わりの合図です。程なく皆大いなる意思に見捨てられてしまいます。
その後、終わりがやってきます。
よろしくおねがいします。
「……これが」
僕は、文字通り圧倒されていた。隣のスーもアーシェも同じだ。横目に見れば動揺が顔に浮かんでいた。
「これが魔王種〈ハンドレス〉よ」
ハオさんの声が後ろから聞こえる。振り向くことはできないけれどどういう顔をしているのかは分かった。
僕たちのいる小高い丘の向こう側には朝日に照らされたダイヤスート大森林がある。
そこに、〈ハンドレス〉はあった。
巨大だ。〈ハンドレス〉そのものと魔王子種〈ハンド〉の支配域から遠ざかっているというのに、その巨大さが伝わってくる。
広がるダイヤスート大森林を引き裂き立つ巨木に見えた。周囲の手つかずの自然の中でも抜きん出た大きさ。まるで山のよう。先端は、雲を貫きそうだ。
しかし、その枝葉を見れば分かる。あれはただの木ではない。これだけ離れていても分かった。分かりたく、無かった。
葉は、手。枝は、腕。無数の手腕が蠢いている。おぞましい。怖気が走る。デザインが正気じゃない。
自分があの中に居たと思うと鳥肌が止まらない。
しかし、こんなもの、ついこないだまでこんなものは存在しなかったはずだ。
突然現れたはずだ。誰かが知らないのはおかしい。こんな大きなものを誰も見つけられなかったんだからそうとしか考えられない。
僕も”あれ”の腹の中に居た。だから”あれ”は、ずっとそこに居たんだ。
「どうして、今まで……。どこかに隠れていた……?」
「ずっと地下に潜伏していたのよ。地下から現れてくるのを探索に出ていた冒険者たちが確認したわ」
「なるほど。地下……それなら誰も見つけられない」
振り返るとそこにいたハオさんが頷いた
「前、魔王種の”手”に取り憑かれた魔物に出会ったことがあるの。その時、その魔物は地下に居たわ。あのサメだって、地下水脈を通じて取り憑かれたと考えれば辻褄が合う」
「それなら今まで誰も見つけられないはずですね……」
じゃあ、どうして今になって? という疑問が浮かんできた。
「発見は、私たちが魔王種の位置を特定したのとほとんど同時。見つけられたのを理解したんでしょうね」
「凄まじいですね……。というか僕、口に出してました?」
「なあに、簡単な推理よ。ワトソンくん」
「ワトソン……?」
「冗談冗談。顔に書いてあったわ」
「そんなに顔に出るかな……」
少し心外だ。常に冷静に振る舞っている……つもりなのに。なんとなく自分で自分の頬を引っ張る。
「出るよ、兄さんは」
「トーナメントでは出なかったのに普段は出るのね。おもしろ」
「ほらね?」
勝利を確信したハオさんの笑みが美しい。いやそうじゃない。
満場一致か……。カイムさんがいれば……。助けてカイムさん……。
とりあえず、この集中攻撃、針のむしろみたいな状況を打開しよう。居ないカイムさんを頼ってもしょうがないしな。
「それで、魔王種攻略作戦ってどういうものなんですか?」
話の方向を元に戻すことで打開することにした。
「あっ、兄さん誤魔化した」
「誤魔化したね」
スーとアーシェの発言は無視した。あーあー。聞いてないです。くすくすとハオさんは、笑ってから言葉を作った。
「前に、魔王種の殺し方の授業をしたわよね。シルヴァ……じゃなくて、スー。どうぞ」
よかった……。どうやら僕の意思を汲んでくれたらしい。ついでと油断していたスーに矛先が向いた。「簡単よ」とスーは薄い胸を張った。
「全身ザクザク貫いて、最後に頭、脳味噌を潰せばいいわ。これなら兄さんも剥製にできない」
「……シルヴァ」
頭が痛いとばかりのジェスチャーの後、僕にお鉢が回ってきた。確かにスーのも間違っていないけど正確じゃない。だけどまあ簡単な話だ。簡単で単純。だからこそ困難。
後、流石の僕も魔王種を個人的な欲求で手元に置こうなんて思わない。ああいうのは博物館に置いたほうが良い。
「『魔王種には、必ず中心となっている核がある。核は、人の脳であり心臓。それを破壊すれば魔王種は、死亡する』でしたよね」
そういえばそんなこと言ってたなって表情をスーが浮かべた。
「スーちゃん、うちの爺様も『初手で敵の首を落として殺せ』って言ってた。昔、それで魔王種を殺したって自慢してたし間違ってない」
「ほんと? どんな魔王種を殺したの?」
「ほんとほんと。マジもマジよ。実家に首が飾ってある」
「え、見たいな。それ」
熱心に話し始めたアーシェに、興味深げにスーが相槌を打った。そっちの話が気になる気になりすぎる。
「こほん……」
ハオさんの視線が痛いので方向を元に戻そう。
「それでハオさん。僕たちは、その核を見つけて壊す必要があるんですよね? ……あの巨体から」
現在の進行形の話の方が重要だ。僕の感覚だとあの巨体から核を見つけるというのは、ちょっと現実的とは思えなかった。
「率直な話なんですが……できるんですか?」
「そうね。かなり難しいわ。普通の魔法使いが束になっても時間が足りないと思う」
僕の疑問に頷くハオさん。
「だけどそれが出来る魔法使いがいるのよ、シルヴァ。それも、貴方のすぐ側にね」
……すぐ側に? クエッションマークが浮かんだ。すぐ側。
「すぐ側って……。今ここに?」
スーを見る。横に首を振る。アーシェ、同上。
「なんか私雑じゃない?」
「気の所為だよ」
アーシェの非難の視線から逃れるように視線を逸して、
「鈍いぞ、シルヴァ」
後ろから声がした。そこでやっと誰かが背後に立っているのに気づいた。遅まきに心臓が跳ねた。僕の足もいつの間にか跳ねていた。振り返りながら思う。
しかし、この呆れた声は、さっき僕が望んでいた人の声だ。
最初から気づいてたであろうハオさんがおかしそうに笑ってる。スーは、気づけなかったと不満げ。アーシェといえば「おー」と手を叩いてる。
「お前はただでさえ近接が弱いんだからこれくらい察っしろ。この間だって、反応が遅れて攫われたんだからな」
ごもっともな話だった。僕は、大人しく頭を下げた。
「すみません……。それはそうとカイムさん。心臓に悪いです」
「お前が気づいていれば……いや、教えられてなかった俺も悪いか。すまん」
苦言を呈そうとして、途中でバツの悪そうになったカイムさんが頬を掻いた。
「でも、僕の力不足ですし……。僕に、力がないから……「バカ」ぎゅ……」
ぐしゃりと髪が掻き混ぜられる。カイムさんの指と手のひらが無造作に動く。その無造作さが心地よく思えた。
「指導してない俺が悪いんだよ。今度からそのへんもトレーニングに取り込むか……。なんだよ、ハオ」
「べつにー。この私抜きでイチャイチャしてるのがイチャイチャしてるのが気に食わないだけだけど」
「何気安く兄さんの頭触ってるのよ。変態」
「あ、もしかしてそういう仲?」
「やかましいな……」
三者三様の意見に、カイムさんが心の底から面倒くさそうな顔をした。僕は、苦笑いで済ませた。
「それで、さっきのハオさんの話の続きなんですけど……。つまり、カイムさんが?」
「そういうことだ。俺がそのへんを担当してる。なんだ。信用できないのか?」
口を開こうとしたハオさんの睨みがカイムさんに突き刺さるけどカイムさんは、どこ吹く風だ。見習いたいメンタリティ。
「そういうわけじゃないです。ただ……」
「まあ、実際に見てみないと実感わかないよな。なあ、ハオ」
「何?」
ちょっと不機嫌そうな返事。気にもとめないカイムさんは言葉を続ける。なんていうか付き合いの長さを感じさせた。
微妙な、本当にちょっとした疎外感。少しの羨ましさが僕の胸を突く。
「シルヴァ。今回は、借りていくからな」
「えーー……」
あからさまに嫌そうな反応には、ついつい嬉しくなってしまう。
「お前、どうせ前に出るつもりだろ? そこの二人はともかく、今のシルヴァをお前に付き合わせるのは自殺行為だろうが」
「それは……そうだけど……。別に前に出なきゃいいじゃん……」
「お前が今一番火力出せるんだから出なきゃダメだろ。宝の持ち腐れもいい加減だぜ」
「ぐっ……正論。分かってるわよ」
「論破。んじゃあ、そういうことだ。任せとけ。また攫わせたりしねえよ」
「当たり前よ。頼んだわよ」
「シルヴァ。そういうことだ。あれだな実地授業だ。ちゃんと憶えて帰れよ」
「……! はい!」
にやっと笑ってからぽんと僕の頭を軽く叩いたカイムさんが歩いていく。ついてこいってことかな。
「ハオさん。スーとアーシェをお願いします」
「ええ、任せて。頑張ってね。離れていてもやることは一緒。一緒に皆を助け出しましょう、シルヴァ」
「はい……!!」
微笑んで頷いたハオさんに、返事をすると。
「ハオとアーシェのことは任せといて」
「スーちゃんのことは任せといて」
真面目な顔のスーが言うとアーシェがおどけてのっかる。おかしくて笑ってしまいそうになりながらもなんとか真剣な顔を作った。
「分かった。頼んだよ」
「兄さん。いざという時はカイムを盾にしてね。兄さんの無事が一番なんだから」
「それはどうかと思うぞ、スー」
我が妹が真顔で物騒なことを言う。冗談じゃないのは見れば分かる。
「そうだぞー。スーちゃんの言う通りだぞー」アーシェが茶化すように乗っかって、「何が何でも死なないように頑張れ」
「……ありがとう。頑張るよ」
二人して、僕は、カイムさんを追いかけるために踵を返した。ハオさんがいるから2人とも大丈夫だろう。
「ていうかアーシェ、さっきから私が言った言葉に乗っかるのやめて。鬱陶しいわ」
「えーいいじゃない。ケチよ、スーちゃん」。
「スーちゃんって呼ぶのもやめて。気持ち悪い」
「気持ち悪いは酷くない!?」
仲良くやってくれよ? お願いだから……。
「ちゃんと挨拶できたか」
追いつくとカイムさんがおもむろにそう言った。どうやら気遣ってくれていたらしい。
「まあ、ほどほどに……」
「あ? これから死ぬかもしれないのにそんな適当でいいのか?」
「大丈夫です。死にませんよ、皆」
「……まあ、お前と違ってほか二人は、殺しても死ななそうだしな」
「間違いなく僕より頑丈ですからね……」
つい小声になってしまう。聞かれたらいけない気がした。もうそれなりに距離があるのに、なんとなく。するとカイムさんが心底おかしそうにクックックと低い笑い声を零した。
「気持ちは分かる」
誰のことかは分かったけど、それが誰かを僕は口にしないことにした。
言わなくて良いことが世の中には、たくさんあると思う。これもきっとその1つ。やぶ蛇だ。
「それで、これからどうするんですか?」
「丁度正午に、ハオたち前衛部隊が魔王種に攻勢をかける。これで偶然核を破壊……なんてなればいいんだろうが、魔王子種が魔王種を守るだろう。だから俺たちは他の冒険者と連携して、核の位置を探る。どうやって探るか、そこが問題だな。どうすると思う?」
設営された前線基地までの坂道を下りながら投げられた問を思考する。
整理しよう。
魔王種は、それぞれ属性を司る強力な魔法存在。司る属性の魔法に精通していて、その魔王種の中枢にある核が魔法の制御をしている。
そして、魔王子種は、魔王種に制御されていて、今回、魔王子種から魔王種の位置を逆探知した。
じゃあ、魔王種の文字通りの根っこ、急所の核を見つけ出すには?
「魔王種に直接仕掛ける、ってことですか?」
「正解。魔王種は、種族単位での共通項が少ないからそれぞれで対策を立てなきゃならない。
今回はバカみたいにでかいからな数撃ちゃ当たるってわけにもいかないし、ハオたちが注意を引いてる間、一気に決めるってことだ」
話していると坂道も終わりに差し掛かり、忙しそうに歩き回る人々で騒がしくなってきた。
前線基地の設営は、冒険者やギルドの職員、領主様の騎士団やユーフォルビアの人々たちが関わっている。食事の配給に、武具の整備。魔王と戦うために必要な物資をギルドや人々が提供してくれてる。
雑踏を歩きながらもカイムさんとの会話は続く。
「その過程で、色々と大事なこともあるが、一番は気づかれないこと。出来る限り相手の感知から外れる。バレたら攻撃を集中させられて近寄ることもできなくなる。
ハオたちのヘイト稼ぎにも限界があるからな」
「もしかして、さっきのってそのテストだったんですか……?!」
「え、あーまあ、そんなところだよ。うん。隠れるのには、察する能力もいるからな。うん」
ハッと気づいて訊けば肯定が返ってきた。最初からそういう考えで……。感服してしまう。こんなすごい人たちに師事できる僕はあまりにも幸運だ。あらためてそう思う。
「あのテントに俺たちと同じ役割のやつらが集まってる」
カイムさんが指したほうを見る。仮設のテントの下、何人か冒険者が集まっている。見ただけで分かるのは、僕よりも経験を積んだであろう冒険者ということ。
……本当にあれにこに混ざって良いんだろうか。気が引けてしまう。尻込みしそうになる。
「そろそろ打ち合わせの時間だ。気を引き締めろよ、シルヴァ」
僕をカイムさんが見る。灰色の瞳は、僕の心を見抜いているように思えた。にやりとカイムさんが笑う。
「何。俺を含めて、魔王種に捕まって逃げてきた経歴は持ってない。シルヴァ、お前は誰よりも優れている一点があるんだ。尻込みする必要なんてないさ」
「……了解です!」
きつけとばかりに背中に走る衝撃が僕を前に進ませた。励ましに答えたい。失望させたくない。何より前に進みたい。
「レント、生きてろよ」
今もどこかで孤独に戦う戦友の名を小さく呟いて、カイムさんに続いた。
+++
ああは言ったけど心配だわ……。どうにか分身できないかしら……。ついていきたい……。シルヴァとカイムの遠のく背中を見つめて思う。名残惜しそうに振り向く様子もない。二人で楽しく会話してる。男の子ってこういうところあるわよね。男だけの世界って感じ。女の世界と違って、殺伐としてない。懐かしい。
……懐かしい? 懐かしいって、そういうこと?
え? 私、前世男なの? あ、男だわ。急に男だっていう自認がやってくる。
こんな些細なことから思い出すこととかある? どうなの? 誰か……誰も分かんないか。他のことはどう?
……特に思い出せない。使えないわね。
ああでも私のことなんでどうでもいいの。今大切なのは――。
「で、私たちはどうするの? ハオ」
不満げなスーの言葉で我に返る。そうよね。貴方も一緒に行きたいわよね。つい色々思い出してしまって考え込んでしまっていた。反省しなきゃ。
私自身のことは、また今度にしよう。今、一番重要なことをしなきゃ。
「そうね。軽く準備運動でもしときましょうか。カイムたちと違って私たちの集合時間までは時間があるしね」
「おっ、いいね」
暇そうにしていたアーシェがにやっと笑うとその長い黒髪を揺らして、私の方へ槍を突きつけた。
「Aランク冒険者と手合わせなんて早々出来ることじゃない。そういう点で君たち兄妹がとっても羨ましいよ」
「そう? 私、アーシェのお爺さんも気になってる」
「今度またうちに来なさいよ。爺様もきっと気に入る。あ、もちろんハオさんもね? みんな、強い人に目がないんだ」
自然と私を二人が挟み込む。逆Vの頂点に私を置く形。
「それは嬉しいわね。ご招待与りましょう。――もちろん今を乗り越えて、だけど」
私の言葉を合図とばかりに、スーが踏み込んできた。合わせた私の剣と大斧が打ち合う。ワンテンポ送らせて、穂先が向かってくるのを私は見た。
――この後、めちゃくちゃ準備運動した。