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晴れの日の正午だというのに薄暗いダイヤスート大森林の中、黄金の雷霆がざわめく〈ハンド〉の群れの一体一体を頭の上から下と貫いて、大地にその先端を突き刺す。残るのは、焼けた草木に焦げ付く大地、無数の魔王子種〈ハンド〉が内から焼かれ、まっ黒焦げになると湯気を上げて地に伏した姿。
「
雷の槍を豪雨のように降らす。探知した対象へ空から雷の槍を降らして、貫き、中からこんがり焼き尽くす私の魔法。人に使うと罪悪感がすごい。骨も残らないのよ。
それを何本も降らせることで、私は、広範囲の魔物に攻撃することができる。最近は、埃をかぶっていた。
シルヴァとスーをこんな魔法を使う必要のある相手と戦わせるのは、まだ早いと思っていたから。
だけど現実ってそう上手くもいかない。
時間が進めば状況が変わる。臨機応変に対応できればいいけど、全部が全部はそうもいかない。
どうしてもどこかで予定は狂うし、想定が起きてしまう。
人生ってままならないわよね〜〜。
私のここ1年は、ずっとそんな感じ。知りたくもないことを知ってしまったり、前世が男だったり。
今だってそう。
「減らしたんだけど減ってる気がしないわね」
〈ハンド〉の勢いは止まらない。仲間の死体を乗り越えて、踏み潰しながら続々と森の奥からやってくる。
私の背後から魔法や弓、もしくはボウガンの矢が放たれて、〈ハンド〉に突き刺さっていく。侵攻の勢いが少し収まる。止まってはいない。これから完全に止める。
手のひらをかざす。魔力を充填させる。ばちりと空中がきしむ。過程は自然に、産み落とす現象をイメージし、その結果を理解する。
つまりは、自分の魔法が何をどうするかちゃんと分かって使うこと。
援護射撃が止む、寸前。
「
編み上げた魔法を放つ。大地と水平に走る雷。さっきの
一瞬だけ出力する
この魔法自体、私のオリジナルじゃなくて、昔、討伐した竜の真似をしている。
いわゆる悪竜で、山に森に、村々を焼き払い、簒奪と殺戮の限りを尽くした当然の結果として、人類側で討伐隊が結成。私たちもそこに混ざっていた。
使う度、あの時の竜に抉られた脇腹のこと、千切られかけた腕のことを思い出す。あれ痛かったなぁ。
それにこれも完コピじゃなくて、竜のほうが私より魔力があるから出力があるし、もっと長く持つ。多分これくらいなら薙ぎ払えた。
でももう悪竜は殺された。だからもう思い出の範囲。かつての強敵ってところ。懐かしく語れるし、古傷も戒めにできるくらいの思い出の中。参考書程度の使い道しかない。
「うん。いい感じに焼けてる」
わりと満足の行く結果だった。魔力で作った雷の奔流、
腕やらなんやらが散らばってる。腕だけとか半分だけになってまだ動いているのは、ちょっと虫っぽくていやね。
……前世の性別思い出しても特に変わらないわね。虫が得意になったりしない。
「男でも虫が嫌いな人は嫌いよね」
ひとりごちる。穴を埋めようと……いや、穴が空いたから押し寄せてくるだけね。次々と〈ハンド〉が草木を掻き分けて、わらわらやってくる。
けど埋めるにはまだ時間がある。蹴散らして、一気に本体の魔王種まで距離を詰めることもできるかもしれない。
それはしないけどね。
「それじゃあ次、皆、お願いね」
振り向いて待機していた冒険者たちに声をかけると雄叫びを上げて、冒険者たちが駆けていく。
大半が若い。年端も行かない冒険者たち。時代が生んだ、あるいは、魔王種〈ストリボーグ〉の生んだ冒険者たち。
ちょっと切なくなってきた。……ていうか私だって十分若いんだけど?
「む〜〜……。なんかいいところ丸々取られたところない?」
「しゃーない。私たちこんな魔法使えないじゃん?」
「ゔ〜〜……何も反論できない弱さが憎い……ゔ〜〜……」
肩をすくめるアーシェの正論に、反論できず唇を尖らせたスーは、軽く地団駄踏んでから突然、ぱしんと軽く自分の頬を打った。結構いい音がしたわね。
「うわ、痛そう」
アーシェの素直な感想。私も同感。スーは無言。
「……切り替えていきます」
頬が軽く赤くしたスーの表情は、きりりっと引き締まっていた。目がちょっとうるってしてる。可愛いなあ。
「なによ」
「なーんでも」
睨まれてもついにこにこしてしまう。
「よしよーし、しまってこー。ピッチャーびびってるよー! 多分!」
「何その掛け声」
ノーテンキな掛け声を上げるアーシェは、きらきらとやる気に満ちている。うーん緊張感がない。珍妙な掛け声にスーが怪訝な顔をした。
私はまあ、聞き覚えがあるけど。スポーツ……そう野球ね。野球で聞いたことがある気がする。野球が発祥でいいのかしら……。検索もできないから確認できない。
私もなんだかちょっと前世がある人間っぽくなってきたわね。前世がある人間っぽくってなによ。
「うちの地元だと普通普通。よくあるやつ」
野球あるのかしら。
「ああそう……」
どうでもよくなったスーが雑に大斧を担ぎ、隣でアーシェが手首の準備運動とばかりに槍を軽やかに回して、私の脇を通り過ぎていく。
「2人とも死なないようにね」
その背中に声をかけた。この程度で死ぬ子たちではないという確信はある。それでも心配したくなる。心配になる。
「子供じゃないんだから……」
呆れたようなスーの返事。子供よ、私から見たら十分子供。なんて返そうか一瞬考えた時。
「でも、まあ…………ありがと。気をつける。」
ぼそっと聞こえた声に、私の頬がつい緩む。考えたた言葉が一瞬で霧散する。もう必要ないからそれでいい。それが聞けてよかった。
けど、アーシェが思いついたように言った言葉に、顔が引くついた。
「あっ、2人ともいなくなればシルヴァ、頂いても問題ないんじゃない?」
発想が物騒すぎる。ナイスアイディアみたいな顔されても困るわよ。なんて言えばいいのよ。
「そんなに死にたいなら早く言って」
「冗談冗談」
緩いわね。ばちばちと口喧嘩しながら……スーが一方的に仕掛けてるだけだけど。気持ちは分かる。
その離れていく背中に、私は苦笑を隠せなかった。
ここに至るまで散々戦ってきた〈ハンド〉相手。余裕が出て来てもおかしくないか。特にスーは、シルヴァを攫われた時のもあって、執念深く戦ってる
ただ、それでも敵の数が減らない。街に攻め込んできているのとは段違い。降り注ぐ援護射撃も、私たちと同じ前衛がいくら倒してもどこに潜んでいたのか続々とわらわら無機質にやってくる。
「時間は、あっちの味方ね」
危なそうなところに支持を出したり手助けしたりと戦場を見て回った私の感想だった。
その土地とその土地に住む生命体を元に供給される魔王種のリソースの底が分からない以上、現実は厳しく、重く私たちにのしかかる。
だからこそカイムとシルヴァのいる別働隊こそが頼りになる。
私たちが〈ハンドレス〉へ攻撃を仕掛けている間、あっちが順調に、〈ハンドレス〉の核を見つけ出し、破壊すれば一瞬で盤面がひっくり返る。
どれだけ数がいても時間が味方になったら元を断たれた〈ハンド〉は、自然と弱体化、肉体を維持できずに消滅していく。それを掃除していくだけでいい。
「雑兵ばかりなのも気がかりよね。シルヴァの母親、みたいなのが他にもいるらしいけど……」
他のより目立つ、指揮官個体。〈ハンドレス〉の位置を特定した際に使用したそういう個体。将棋でいうと角や飛車。チェスで言えばルークとかビショップ。こういう場面で出てこられると結構厄介だけど……。
「――噂をすればなんとやらか。人の嫌なことはしないって、習わなかったのかしら」
悲鳴。見たことあるようなないような冒険者の男と女が2人、私の脇を吹き飛ばされてきて、転がった。痛そうに呻いてるけど生きてる。出血量も見た限り多くはない。骨とかは診てもらってからだけど後方には癒術師がいるし、大丈夫でしょう。そう思ってるうちに、他の冒険者の手で後方へ引き摺られていった。
これで気にしなくていい。
「強化形態じゃない、これ」
思わず独り言が出てしまう。
顔が三つある。手足も他のより多い気がする。三人羽織的な? 男女の見覚えの無い無表情を中心に、赤黒く染まった手がうねうねしてる。
戦場においてもなお私の鼻を突くほどに、この〈ハンド〉のまとう死臭は、他の個体よりも強敵であることを示していた。
喜怒哀をそれぞれ浮かべて、〈ハンド〉が私を見ている。
戦闘開始の火蓋を切って落としたのは、〈ハンド〉。高速で、手が放たれた。
「……――でも」手を切り払い「私の敵ではないかな?」納刀、
〈ハンド〉の懐へと踏み込みながらの抜刀。人でいう胴を、鬱陶しい手を斬り裂きながら薙ぐ――手応えあり。
「うん。大丈夫」
どさりと音がした。振り返る。〈ハンド〉が上と下に分かれている。繋げようと断面から小さな手をそれぞれ伸ばしてるけど。
「貴方たちみたいなのが再生して何度も何度も襲いかかってくるの、飽きたのよ。だからさせてあげないことにした」
思い出すだけで嫌になる苦い思い出。私は、自分の魔法を魔物や魔王子種、魔王種を殺すために鍛え上げてきた。
その過程でどうしても必要だったのが、再生させないこと。魔王子種なり魔王種は、大なり小なり再生力がある。目の前でもがいている〈ハンド〉みたいに。
だから私は、強い電撃を走らせ続けて、魔力の使用を阻害した上で、物理的な破壊を付与し続ける。
「もういいでしょう」
私の殺意の結晶。恨み辛み。復讐の刃。〈ハンド〉の傍に歩み寄り、三つの頭の一つに剣先を突き立てる。
一気に雷撃を流し込んで破壊する。すぐに動かなくなる。ずいぶん頑丈だった。低級の冒険者には厳しいかもしれない。やっぱり頭が多い分頑丈なのかしら?
「私がやるしかないか」
準備運動にはなった。調子も出てきた。ふふ、暴れてやるわよ。
「ハオ、どいて!!」
なんて決意をしたところで、スーの声。聞こえる手前で反応した私は、数歩下がった――ところに、〈ハンド〉がさっき助けた冒険者みたいに、砂煙を上げて転がりながら通り過ぎていった。
「殺せたわね」
二つ頭の〈ハンド〉は動かない。スーの魔法で体を捩じ切られているから当然だけど。
「顔が多いやつほどキモくて鬱陶しいわね」
そう言いながら歩いてきたスーは、不愉快そう。彼女は全身生傷だらけ。そこそこに手こずったらしい。
「体、大丈夫?」
「かすり傷。ハオこそ実はボロボロで服の中出血やばいとかすごい疲れてて今にも倒れそうとかないの?」
魔法で出血を止めながらスーが冗談めかして言う。
「ぜーんぜん。ピンピンしてるわよ」
「ふうん、そうなんだ。別に私がなんとかしちゃうから全然休んでても大丈夫なんだけど?」
なんだか知らないけど、やたら休ませようとしてくるわね。
「そんなに疲れてそうに見える?」
客観的視点って、結構重要。アドレナリン出すぎで、傷に気づけなかったりとか。
うーんでもそんなことはなさそうだけどな……。セルフチェックしてみても特に傷もない。筋力魔力共に問題ない。
なんだろう? 首を捻る。
「なんとなく。いつもと違ってなんか余裕が無い感じする」
……そっか。メンタルね。心の問題。そっか。それなら思い当たる節がある。
「ハオは、そんなに兄さんが心配?」
「シルヴァだけじゃない。君もアーシェも心配。……私は、大切な人をもう魔王種に奪われたくないの」
「大切な人?」
「話してなかったかしら。私が魔王種を滅ぼしたい理由」
私の思い当たる節。私がやりたいこと。私の目標。
「私は、私の家族を奪った魔王種を許さない。だから魔王種を滅ぼすの」
「それって……」
スーがもちあげた指には、指輪がある。私があげた指輪。母さんの形見。
「そっ。奇しくも私と君たち、お揃いね」
思わず苦笑い。こんなお揃い誰だって嫌よ。すっと自然とスーが背中を向けた。無視はひどくない?
「……でもまあ」戦場の最中だけど聞こえた。「お揃いなのがハオでよかった、かも。かもね」
言葉を返す間も無く。スーの背中が私の声が届かないところに行ってしまう。
「可愛いこと言ってくれるなあ……」
あの子たちだけに任せてちゃだめね。私も続いて歩き出す。向かう先は、分かりきってる。
踏み込んだ先、手近な〈ハンド〉に刃を突き立て、雷撃を流し込み一気に黒焦げにした私は、自分の状況を理解した。
スーの言ういつもと違うの意味に私は、そこで気づいた。
「ああ、私、高揚してるんだ」
隠せない程に、見て分かってしまうほどに、激しく。まるで売女のように。でもそれでいい。
「それで魔王種を滅ぼせるのなら。それでいい。私のテンションが上がってことごとくを殺し尽くせるならそれでいい」
私は、それでいい。だけど――〈ハンド〉の勢いが止まらない。
数えるのが面倒くさくなるくらいの〈ハンド〉が雪崩込んでくる。行方不明者の数なんて、とっくに超えているんじゃないかと思うほどの数。どっから連れてきたのよ、こんなに。
立ち塞がる〈ハンド〉を殺し、殺し、殺し、殺し、殺されかけた冒険者の首根っこを引っ張り、後ろに放り投げた頃、私は、劣勢を肌に感じ始めていた。
うんん、最初から劣勢だった。劣勢だったけどやるしかなかった。
「シルヴァ、カイム。こっちはそろそろ限界よ!」
〈ハンド〉を叩き斬った私は、叫んでいた。
直後、後方の魔法使いたちが私の指示通りに魔法を降らせる。私の手の届かないところで、戦う冒険者たちの前で炸裂する。
それも、焼け石に水。勢いよく飛び出た〈ハンド〉に、冒険者たちが蹂躙されていく。
悲鳴が聞こえる。すぐに掻き消される。怒号が聞こえる。それも掻き消される。〈ハンド〉の不気味な足音が森を支配し始めていた。
「まあいいわ! 皆が倒れても私がいるもの! 私が殺って、殺り尽くせばいい!」
やけくそみたいねこれやけでもなんでも殺らなきゃ殺られる。私は、まだ死にたくないから殺る。
「なんなら死んでも殺ってやる」
私はしつこいわよ。なんたって折角死んだのに、転生するくらい生き汚いんだから。
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他の冒険者たちが戦っているのに、それらすべてがどこか遠くの出来事のように感じていた。
音という音が遠くて、意識の外側。何かを挟んだような、靄がかったように思えた。
……理由は分かりきっていた。
「……母さん」
喉がからからに乾く。僕の目の前に、変わり果てた母さんが立っていた。
人の姿をしていない。他の〈ハンド〉と同じように無数の手が頭を支えている。吐き気がする。
おぞましさに今すぐ引き金を弾きたくなるほどの強い忌避を感じる。
「ここから先は、行かせない」
通すわけにはいかなかった。
母さんの罪をこれ以上増やさないということもある。
なにより、この先では、他の魔法使いたち――カイムさんたちが魔王種の核の探査をしている。精密作業に集中していて、戦える状態じゃない。
だからここが分水嶺。ボーダーライン。
終わりにするんだ。スーが居ない以上、僕がここで母さんを止める。母さんに誰も、何も害させない。壊させない。殺させない。
「だめなんだよ。だめなんだ」
ゆっくりと近づいてくる母さんの顔をした〈ハンド〉。無表情の瞳に、僕が写っている。動揺しきった僕の頼りなさげな姿がそこにある。
やめてくれと、来ないでくれと決断したはずなのに唇を噛む僕がいる――しかし、それでも。
「通せないんだ。止まってくれ」
僕は、2つの銃口を真っ直ぐかざした。止まれ。動くな。近づくな。
「止まってくれ。頼むよ、母さん」
懇願するようにこぼれた願いと裏腹に聞こえる風切り――僕は、引鉄を弾いた。