「まずいな」
作戦開始。ハオさんたち前衛部隊が魔王種に攻撃を仕掛けたのと同時刻。僕たちは、その戦場を迂回しながら魔王種の領域へと足を踏み込んでいた。
遠くない距離で魔法の炸裂音が聞こえる。怒声に悲鳴、雄叫びと絶叫すらも僕の耳に届いていた。
誰もが音の方に意識を引っ張られているのが分かった。それでも僕らは進む。姿勢を低く、視界を遮る草木を掻き分けて、くしゃっと雑草を踏みつけ奥へ。
――進んでいた時だった。先頭のカイムさんが手を上げて、足を止めた。
「どうかしまし……これは……」
後ろに居た僕は、足を止めたカイムさんより一拍遅れて気づいた。
その時、ザッと僕たちの背後から〈ハンド〉が現れた。遅れて左右からも。わかりやすく言うと囲まれていた。少なくない数だ。
いくらなんでも直前まで気配がなさすぎる。まるで突然現れたみたいな――。
「下か……!」
ハオさんが言っていた。前に、〈ハンド〉を地下で見たことがあるって。
だったらこうやって急に現れてもおかしくない。足元から襲われなかっただけマシだと思うしか無い。
「敵、後ろからいつの間に……!?」
「嘘!? なんでこんな急に――!!」
「囲まれてる……」
ざわつく冒険者たち。動揺が部隊全体に一気に広がっていく。まずい。素人の僕でも分かった。これはいけない兆候だ。
囲まれてるのもそうだけど、何より動揺して足並みが崩れてしまったのがまずい。
原因究明、僕の予想は伝えたらいけない気がする。既に崖っぷちで、後は、もう自分から落ちるかそれとも落とされるかの状況だ。余計憶測で混乱させてもこっちが苦しくなるだけ。
とりあえず、早くどうにかしないといけない。でもどうすれば…………。
「落ち着け。お前ら」
どうすればいいか。なんて僕が答えを出す必要もなかった。カイムさんの放った一言が僕たちの意識を集めた。叫んだわけでも無い、静かな声なのに不思議と迫力があった。
「とりあえずこれから部隊を分ける。ここで〈ハンド〉の足止めをする班と前に出て魔王種の核を見つけ出す班。この2つだ」
「我々が残りましょう」
提案してすぐ、返答があった。答えた長髭の男性には、見覚えがあった。確か、B等級パーティのリーダー。両脇で警戒している男女は、パーティメンバーだろう。
「……助かる」
「元々、護衛要員ですしね。それでいうと最後まで護衛できないのは残念です」
すまなそうなカイムさんに、男は笑顔で答えた。
「後何人か……」
とカイムさんが視線を配ると幾人かが武器を握って〈ハンド〉の方に、決死の表情で踏み出した。
「頼んだ」その背中に声を送って、「残りは俺に続けっ!」カイムさんは、残りを連れて前に進みだした。
僕らは、進む。先よりも早く前に、進む。
「カイムさん」
そして、ついに。
「……〈ハンドレス〉は、この先だ。そこで立ちふさがったということは、これが防衛ラインなんだろう」
カイムさんの目が僕に問いかけてくる。答えは決まっていた。
「先に行ってください」
「死ぬなよ。弟子に死なれるのは目覚めが悪い」
それに、と。
「ハオにどんな顔して会えばいいか分からないからな」
肩に軽い、心地の良い衝撃。カイムさんたちが離れていく。
いたわりと信頼が染み込んでくるようだ。
前を向く。隣を見る。
僕は、僕と同じように残った冒険者たちと目配せして、それぞれがそれぞれのために武器を手にした。
立ち塞がるは、やはり無数の〈ハンド〉。そして、なにより僕が倒すべき相手がそこに居た。
「母さん」
あの時と変わらない、別れた時とあの日と変わらない顔に、見たこともない表情を母さんは浮かべていた。
手が蠢いている。周りの〈ハンド〉と同じように、無数の手が母さんを支えている。その手の先がぐっと持ち上げられていく。
そして、ゆっくりと向かってくる。僕の方へと。
だから、
「だめだ。だめなんだよ」
2つの銃口を向けて、
「止まってくれ。頼むよ、母さん」
風切りの後、僕は、戦いの火蓋を切って落とした。
――直後、放った
迷わず逆へと
急加速。手が僕を追いかけてくる。
……先の闘技場の二の舞になんてさせない。
銃爪を引く。引き続ける。鉄の弾と
「
地面と生えた草ごと辺り一面に氷を広げて――「穿け!」――生やした氷の槍が手を迎撃する。
更に
これで封殺する。血煙になって、ミンチになって、動かなくなるまで撃ち続ける。
母さんでなくなるまで、僕は、引鉄を引き続ける。
「ぐっ……!?」
いつの間にか回り込んできた手が、向けられた銃口に、エリミネーターを持った僕の手を目掛けてくる。
まずい。射撃中止。離れる。距離を――気づいたら空を、木々を見ていた。
遅れて気づく。はたき飛ばされた。足が宙に浮いてる。視界が回って、上下がすぐに分からなくなった。
だんっだん!と地面を体が転がってやっと僕は、天地の判別がついた。
痛い……。どこもかしこも痛い。
「離してないだけ、偉いか?」
握ったままのエリミネーターと、ドミネーターの姿。自嘲気味呟いて、よろめきながら立ち上がる。
――なんて悠長なことをしている場合じゃなかった。ゆっくりしていればそれこそ手の形の穴だらけにされてしまうところだった。
僕の魔法の意趣返しとばかりに、僕が地面を転がった傍からぞんぞんっと突き立っていく。
「っ……!
再び氷の道を生み出す。力の向き。滑る方向を操作して、体を無理矢理加速させる。些細な痛みや怪我なんて気にしている場合じゃない。
僕が僕の尻を蹴っ飛ばさないと、死んでしまう。
今はまだ。死にたくない。
死んでたまるか。
不意に頭を下げる。髪を数本引き抜きながら通り過ぎた手は、木々の幹を粉砕する。当たれば僕の頭なんて腐った果実みたいに砕け散るだろう。
背筋が冷たい。死はすぐそこにある。
母さんは、〈ハンド〉は、僕にほんの少しでも隙ができれば必ず殺しに来るだろう。
「どうする」
回避に専念させられ続ければ苦しいのはこっちだ。早いところこの窮地を脱する手立てを見つけないと殺される。
「どうしたらいい……!!」
一挙手一投足。あらゆる動作に目を配る。しかし、人と違って明確な隙と言えそうなものが〈ハンド〉には見えない。
だけどそこから僕は、独自の法則性なり個体の癖なりを見いださなきゃならない。
不規則の中の規則性が必ずどこかにあるはずだ。
……母さん。
だと言うのに、どうしてもそこに思い至る。どうしても振り切れない。振り切りきれない。
……思考を戻す。〈ハンド〉のことを考えろ。
〈ハンド〉の動きは、かなり画一化されていない。
ギルドの見解もそうらしく、冒険者へ明確な戦術が提示されていない。
だから冒険者は、自分の技術をもちいて打倒したり、仲間とのコンビネーションで撃退したりとそれぞれの得意な分野を押し付けて勝利している。
だからギルドが推奨しているのは、人海戦術こそ最も有効な手段。元も子もない。どんな相手にだって通じる常套手段……なんだけど……。
「見ての通り、人手不足……!」
足を鳴らして、氷の壁を足元から一気に生やす。安心して踏みとどまらない。下がる。やっぱりだ。思ったとおり強度不足で氷の壁が穴だらけになる。
周囲の冒険者の手は空きそうにない。他の冒険者も底の見えない〈ハンド〉の濁流に飲み込まれないように必死だ。猫の手も借りたいのが見て分かる。
「どうにかしなきゃいけない」
そうして向けた銃口を掻い潜り、掴もうと貫こうと。抱きしめようと。伸ばされる腕を躱す――反応し遅れた指先が僕の肩を叩いた。
肌が裂けて、骨が軋んで、肉が潰れる。
突き立った指、手の甲。僕の血で濡れるその手は、かつて繋いだ手のひら。
……過去は過ぎ去った。
今あるのは、白く、赤く、なによりも冷たい。激痛が駆け巡って、のたうち回る。何かが僕の肉の中で蠢いている。傷口を掘り返し、食い込んでくる。
推測。手の先端から更に手が生えている。僕を内側から引き裂くつもりだ。証明として激痛が広がるのをやめない。皮膚の下を何かが蠢いている。
おぞましい冷たさが、傷口を通じて広がっていく。
「だけど、それは僕の領分だ……!!」
動きを止めてしまった僕の大きな隙を見逃さず、手が降ってくる――数秒後、僕が穴だらけになる未来が見えた。
でもそれは、僕の中にできた最悪の現実での出来事だ。
まだ現実ではない。
「
始点は、〈ハンド〉の体に撃ち込んだ
「
使った魔法を、新たな魔法に変換する。……なんか技名とかあったほうがいいかな。
痛みと魔法の処理でいっぱいいっぱいのはずの頭の中にふっとくだらないことが湧いて出た。
また後で考えてみよう。それはそれと横において。
僕の魔法は、僕の描いたままに現実へと出力された。
「……危機一髪」
――額にほんの少しめりこんだ指の圧力を感じながら僕は、エリミネーターを、突き刺さったまま動かなくなった〈ハンド〉の手を撃って、砕く。
衝撃が伝わって傷が痛む。仕方ないと諦めて、拘束から逃れた僕は白い息を吐いた。
こういうの少し前もあったな。そうだ。アーシェとの一戦で、あの時もぎりぎりで掴み取った勝利だった。
「なんとかなった」
安堵が僕の体をへたれこませようとする。けどその誘惑を振り切る。僕の戦いはまだまだ終わらない。
今の戦いもまだ終わっていない。
正直、出力の制限を解除した
ハオさんとの会話で思いついたガトリングガン式ではなく、火属性の破壊の性質を活かした弾丸そのものを炸裂させて起こした局地的な極低温の
「だめかっ……!!」
立ち上る白煙。僕の起こした局地的な極低温の嵐――を食い破るように母さんの顔が現れる。追いすがるように、手が猛烈な速度で来る! 手には、霜が降りていて、僕の努力が無駄でない証明のように数は減っている。
銃口を向ける。撃つ――意味がない。焦りきった僕の銃弾は、空を撃つ。
逃げる――間も無い。僕の速度では、距離を取りきれない。
スローモーション。
走馬灯の始まりのように速度を落とした視界いっぱいの、雨のような掌。雨と違うのは、どれ一つとっても致命的なこと。
「兄さん、抜け駆けはだめよ」
疾風のように、振り下ろされた大斧が僕の視界を開いた。
見慣れた白髪がかわりに一瞬ぶわりと視界に広がった。。
「……スー」
「兄さん、抜け駆けはずるいわ」
同じことを繰り返すスーは、振り返って不満げに僕をジトーっと睨む。そう、言われてもな……。
「呼びに行くわけにもいかないだろう」
「それはそうだけど。それでもよ」
銃を向ける。頬を膨らませたスーが大斧を振るう。
撃ち落とし、斬り落とす。手が残骸になって、地面に再び転がる。
……なんだかやれそうな気分になってきたな。
「カイムから連絡があったからよかったものよね」
「カイムさんから?」
「正確には、カイムさんからハオにね。なんか昔使ってた連絡のできる魔道具だって。便利よねー」
「なるほど。あっちは大丈夫なのか?」
「まあぼちぼち。……ハオがいるからなんとかなってる。兄さんにも見て欲しかったわよ。あの人、ほとんど怪獣よ怪獣。ドン引きよ。きっと兄さんも幻滅するわ! きっと? いいえ、間違いないわね!」
「そうか……。なら、よかった」
いつもの通りのスーに、少しホッとした。それに、ハオさんたちの方は今の所、問題ないらしい。
「自分が大ピンチだったのに人の心配? 本当に、もうしょうがない兄さんね」
苦笑いを浮かべてしまう。反論しようがない。
「本当だな。僕は、しょうがない兄だよ。それでしょうがない兄のお願いを聞いてくれないか」
「自分で言う? お願いなんて言わなくても分かるわよ――だって、兄さんの言うことだもの」
言い残したスーが走り出す。一直線。向かう先を確認するより早く、僕は、引鉄を弾いた。
「……そうだな。僕たちは、兄妹なんだから」
寸分違わずスーに迫っていた手を撃ち抜いた。やれる。矢継ぎ早に来る。撃つ、撃ち抜く。やれるね。
「やるぞ。ドミネーター、エリミネーター」
僕を裏切らない、二丁の相棒を握りしめた僕は、スーの後を追う。なんて悠長なことをしている場合じゃなかった。
「接敵が早いよ!」
僕が保っていた距離をあの子は、あっという間に詰めてゼロにしてしまう。基礎的な身体能力と速度に差がありすぎる。
そんなことを考えている場合じゃない。
無駄と思考を切り落とした僕の視線の先で、手の刺突を屈んで躱し、足払いをそのまま跳んで踏みつけたスーが大斧を振るっていた。
けれど渾身の一撃は、新たな手たちが壁のように立ちふさがった。
だけど斬れる。斬り落とされる。けれど〈ハンド〉は距離を離している。
リセット、仕切り直すつもりだ。
しかし、それは。
「スーを脅威だと感じている証拠っ……!」
「兄さん!」
「分かってるさ!」
スーの背中がまた遠のく。それは〈ハンド〉との距離が再び詰められるということ。
なら今、僕のやることは――、
「そこ!」
声より早く、反射で撃つ。スーの邪魔をしようとした手を弾く。
――スーの道を阻むものを撃ち続けること。
「
撃ち落とし切れないのがスーに届かないように、放った鎖を絡ませ横へ引く。
――スーの足取りを淀ませないこと。
「
再び叫ぶ。疾走する氷結の道をスーの為に走らせる。縦横無尽と〈ハンド〉へと伸ばす。
少しだけ、魔力の残量がきつくなった気がする。気がしてるだけ。まだだ。木の枝のように、根のように分岐させろ。〈ハンド〉に選択させろ。
そして、そこに道を見出す。
スーの選ばなかった道。〈ハンド〉の選ばなかった道。そこを僕の道にする。
「
残った道を銃弾に、砕けた鎖を銃弾に。僕の手の届くものをすべて
指定した方向は、上。対象は、懲りずに伸ばされた手。
「――喰らえッ!」
弾く。弾く。弾き損ねた手を、空中で向きを変えた銃弾が弾く。追いかけて、どこまでも追いかけて弾く。そういう執念深さのある
……最初から追いかける弾丸だったら便利だよね。再考しよう。今はできないので閉まっておく。
――そして最後に、スーの道を撃ち開くこと。
「
結果、スーが〈ハンド〉の懐深くへ踏み込んだ――僕とスー、僕たち兄妹の努力が今、結実する。
「――
赤と青の魔力が渦を巻いていき――スーの魔法が確実に炸裂する。
構成している属性は、水と火。
水の属性は、ものの流れを。
火の属性は、破壊、熱。つまり力を。
つまり、水で火の属性を運ぶ。周囲の力という力。摩擦とか風とか運動量とか。諸々全部、まとめてあげて、捻る。力を回転させて、巻き込んだものを粉砕する。
故に、螺旋。
「……さようなら、母さん」
向けていた銃口を下ろした僕の唇から自然と零れ落ちていた。
分かったんだ。あれが決まった以上、もう終わりだと。
その時、魔力が四散して、螺旋が止まる。響いていた轟音も消え失せた。同時に、〈ハンド〉がその場に崩れ落ちた。まるで螺旋が支えていたから立てていたかのように。力なく。
……動かない。一瞬が酷く長い。螺旋に体を削り取られた〈ハンド〉は、只々、体液を垂れ流すだけでピクリとも動かなかった。
〈ハンド〉は、母さんは、もう動かない。
「兄さん、そんな顔しないで」
〈ハンド〉のところに歩いてきた僕に、いつものように仕方ない人と表情だけでスーは言う。そんなこと、言われてもな……。
「でも僕は、スーに押し付けて……ごめん……」
「もう、謝らないで」
「だけどな……。俺は、お前にやらせてしまった。母さんを……。僕がやるべきだった。長男なんだから……」
「もう母さんじゃなかった。だからいいの。ていうかそういうの古臭いわよ」
スーの指摘に、苦笑いが浮かぶ。それは確かに。そうだな。
「――ね、兄さん」
「なんだ。スー」
「終わったら、ちゃんと連れて帰ろうね。お母さん」
「……ああ、そうだな。スー」
そうだ。まだ何も終わっていない。僕たちは、魔王種〈ハンドレス〉を殺さなければならない。
周囲を見ると〈ハンド〉の勢いは目に見えて弱まっていた。どうやらこの〈ハンド〉が司令塔だったらしい。
冒険者たちの攻勢が強まっている。次々と〈ハンド〉が怯んで、すぐに倒されていく。
――いける。そう思えてきた。希望が見えてきた。そう感じた。
なら今、僕は、僕がすべきことをする。そうするべきだ。
「行こう、スー。ここは皆に任せて、僕たちは魔王種の元へ向かおう」
「ええ、もちろん」
そのまま僕たちは走り出して、
「兄さん、遅い」
「遅いからってその脇に抱えるのはあんまりだろ!!」
流石に、恥ずかしいし、かっこ悪すぎるけどスーより遅いのは、事実なので何にも言い返せなかった……。
くっ……情けない……。