「――そこだッ!!」
空を穿つは、捻れたヤドリギの矢。カイムの放った矢の群れが〈ハンドレス〉の大きく太い幹を内側から膨らませる瘤の一つを針鼠に変えていく。
カイムの魔法属性は、水と木。木は、植物、命、成長を司る。カイムは、それをそのまま攻撃手段にした。
結果がこのヤドリギの矢。無数に成長分裂し、飛翔する魔法。突き刺さった対象の中にまで、侵入し、刺し貫く。
そして、〈ハンドレス〉の瘤は、パンっと弾けた。
「ちっ、また外れか」
カイムの唇から悪態が転がり出る。
〈ハンドレス〉の無数の手がカイムの居た空間を細切れにするように貫き、斬り裂いた。
睨みつけた先には、〈ハンドレス〉の異様がある。
大きく太い、巨大としか言いようのない幹。もし斬り倒すというなら斧などいくらあっても足りないだろう。
幹を覆う樹皮の中から生えた無数の手。〈ハンド〉が可愛く見えるほどに長く多い手は、木々の枝葉とともに茂り、空を、太陽を隠している。
〈ハンドレス〉とは、巨大な樹木に寄生し、人を中途半端に模倣した魔王種である。
その足元に、大きな根を地面から覗かせる〈ハンドレス〉のテリトリーに、カイムたちは居た。
護衛の〈ハンド〉が蠢いている。前線にあれだけ出しているのに、〈ハンド〉は、こんなにもいる。
見知らぬ顔がカイムたちを見ている。
シルヴァたちが見出した希望も、ここでは暗い影が覆い隠していた。
魔王種の巨大さは、人があまりに矮小であると嫌になるほど彼らへ伝えてきた。
「そんなこと……!」
カイムは、知るかと吠えた。
「いけよ、
カイムの放ったボウガンの矢が空中で無数に分裂して、弧を描くと〈ハンドレス〉へと再び襲いかかる。
矢は、新たに感知した核へと向かっていく。
だが今度は、〈ハンド〉が〈ハンドレス〉を庇った。知らない顔が形を失って、手足を貫かれた。もう動かない。
カイムは、気にしてなんてもういられなかった。もう見慣れていた。
……見慣れてしまっていた。
「ヘドが出る……!!」
この場の誰だってそうだ。カイムもそう。ハオも、シルヴァもスーも。名前を知らない冒険者も皆そう。
「だからこそ終わらせんだよ」
二の矢を放った。〈ハンド〉という壁がまたしてもカイムを拒む。諦めない。
三の矢を放った。今度は、届いた。核の反応を正確に射抜く。
――瘤の内は、空。核はない。ハズレ。カイムが視認した直後、手を繋いで、空が埋められた。
異様な生命力。ひとえにこの魔王種の属性が、水と木であり、それを魔王種のスケールで操られると不死身にすら見えてくる。
カイムの魔法属性は、水と木。同じ属性を使う者として、上位の存在であると認めざる得なかった。
「うおっと……。んで、どうするんだ? カイムさん」
カイムのほど近くで爆音が鳴り響いた。一瞬、周囲の喧騒をかき消すほどの爆裂音だ。その音の主、〈ハンド〉を爆殺した冒険者がカイムの方を伺うように見る。
先程カイムが足元に転がってきたのを拾い上げた冒険者だ。シルヴァとそう変わらない年齢。こんな冒険者いたか? と作戦会議をおこなったテントのメンツを思い出しながら首を捻った。
だがなんとなく見覚えはあったし、かなりボロボロだが元気。なによりこの現状、猫の手も借りたかった。
「どうするもこうするも無いだろう。核を壊さなきゃあれは死なない……――」
冒険者の問いかけに、答えようとしてからカイムは、舌を打った。
「……言ってて嫌になる」
「あんたくらいの冒険者が嫌になってたら俺なんて絶望しちゃうっすよ。だから頑張ってっと!」
そう言って、近くに転がってきた若い冒険者の少女に覆いかぶさろうとした〈ハンド〉を蹴り飛ばして、爆殺した。
「言ってくれるな。たく……」
あまりの正論に、カイムは反論が出てこなかったから黒焦げのまま立ち上がろうとした〈ハンド〉へ矢を撃ち込んだ。内側から突き出た太い枝葉が〈ハンド〉を二度と動かないようにする。
「ちゃんとトドメをさせ」
「ッス……。それでどうするんだ」
「どうするか、か……」
悩むカイムを”手”が襲う。〈ハンド〉のと同じような手を、〈ハンドレス〉も持つ。ただ物量と射程が段違いだ。
矢を飛ばして、〈ハンドレス〉が放ってくる手を牽制したカイムは、同じく手を爆撃で撃退した少年を見る。
「こうやって場当たり的な対処を繰り返して、間にながらの探査では埒が明かない。集中する必要がある。それに、できればもう一人欲しい」
少年に迫っていた手が撃ち抜かれた。ヤドリギの矢。カイムだ。その技の冴えと反して、表情は苦い。何故か。ないものねだりだからだ。
「もう一人って、連れてこなかったのか?」
「お前を拾う前に死んだよ」
カイムと同等、それ以上の探査魔法の使い手の冒険者は、この戦闘突入直後、死亡した。
彼らを待ち構えていた〈ハンドレス〉による攻撃を全員がそれぞれで身を守るしかなく、守りきれなかった冒険者が殺された。
冒険者は、そのうちの一人だった。
その結果、こうして乱闘にもつれ込んでいる。どうにもままならない。
「無いものは無い。それに今、無いだけだ」
「なんか当てでもあるのか?」
「……一応、弟子がな」
弟子。弟子、か。言ってから口の中で反芻する。カイムは、ハオに頼まれてシルヴァを鍛え始めた。
それなりに時間を共にした。妹に比べて体力が全然無いからずっと走らせてみたり、魔法の使い方が似てるから教えてみたり。
確かに弟子か。ハオに言うとキレられそうだけどな。
「へえ、弟子。弟子ってどんなやつ?」
「お前と年齢が近くて、真逆だよ」
「真逆? 真逆って、戦闘スタイル的な?」
「後で生きてたら教えてやるよ」
いや、そんなことよりだ。
今最も必要なのは、この命がすり潰されるような戦場をどうにかするための方法。
魔王種を殺すための一手を考えろ。
「手が足りないから他の手を考えても意味ねえな」
机上の空論。あほらし。あまりの情けなさに、カイムは嫌気が差した。ぐだぐだと来るか分からないやつを待ってる暇はない。覚悟を決めろ、カイム・ジキタニス。
俺は、シルヴァに死ぬなと言った。ハオに顔向けできないと思ったのだから。
「なあ、援護頼めるか」
「いいぜ。あんたには助けてもらった恩義もあるしな。だけどなる早で頼むよ」
少年冒険者は、強気に笑うとカイムの壁になるように立った。カイムより背が低く、小さな背中。年端も行かず、経験も足りない彼は、カイムに比べると頼りないのは間違いない。
だが頼るしか無い。何より盾になった彼に失礼だ。その勇気を讃えなければならない。
そこまで考えて、ふとカイムは、気づいたことがあった。流石にこれを聞かずに死線を潜るのはいくらなんでも無いな。と口を開く。
「聞いてなかったが、お前、名前なんていうんだ」
「俺?」
「お前以外に誰がいる」
そりゃそうだと笑う気配の後。
「レント。レント・ファインス」
聞き覚えがある名前だった。どこで聞いたか……思い出す猶予すら無い。ただ今必要なことを言うだけ。
「分かった。レント、頼んだ」
「任された」
カイムは、その場にしゃがみ込むと地面に掌を押し当てた。息を吸って吐く。落ち着け。心を鎮めろ。集中。カイムの耳から喧騒が遠のき。
「探査、開始」
地面に押し当てた掌から魔力の流れを辿る。シルヴァの魔法の遠隔展開、ハオの
そして、カイムがこれから実行するのは、それらを大きく上回る高度な技術だ。
二人が追っているのは、自分の魔力。カイムが追うのは、他人の魔力。自分のものと他人のものでは、単純に勝手が違う。
水の属性は、流れを。木の属性は、命を。
2つを合わせることでカイムは、魔王種の生命の根幹 魔王種を支える生命線、魔力の根源、核を探す。
ただこの魔法が飛び交い、魔王種、魔王子種の跋扈するこの戦場では、特定の魔力を探し出すのは困難を極める。
特に〈ハンドレス〉は、核を偽造する。つまり真偽も見極めなければならない。
探りの手を伸ばす。探るということは、こちらも探られるということ。魔力による偽装を施す。息を殺して、目をを見開く。
「……くそ」
そして、カイムの口から悪態が転がり落ちる。
こんがらがった糸といえばいいだろうか。無数の縫い糸めいた細い糸が絡まって、どうしようもなく解けない状態。カイムには、この戦場の魔力の流れがそう視えていた。周りには人間の魔法使いたちがばら撒いた魔力の残滓が糸くずめいて散らばっている。
カイムは、まずこのうちの一本を見分ける必要がある。最悪な形のあみだくじといえば分かりやすいか。
チャンスは何度もない。レントも他の冒険者たちにも限界がある。
まばたき。不要な、分かりやすいもの、明らかに人間のものを視界から排除する。
明らかに糸が減る。それでもこんがらがった現状は変わらない。
原因は明らかだった。〈ハンド〉だ。無数の人間を素材に作られた魔王子種の魔力は、素材の人間そのものだ。雑多で、統一性がない。フィルタしにくい。
分かっていたことだ。カイムが改めてまばたきする。絞る。必要なのは、〈ハンドレス〉の魔力波長。だから他を切り捨てる。
「これでだいぶスッキリ……」カイムはあからさまに顰めっ面を浮かべ「……してねえじゃねえか」
相手が何かをカイムは、改めて思い知る。
魔王種は、魔力で生き、魔力を喰らい、魔力を吐く。純然たる魔力生命体。人間みたいな副次的に魔力を操る能力がある存在とは、格が違う。それこそ手足より精密に操る。
「こっちがやることなんてお見通しってことかよ」
カイムの視界では、切り捨てようとした〈ハンド〉の魔力波長が〈ハンドレス〉のものに同期していた。フィルタをかけられない。手が止まる。時間がない。焦る。
いや、〈ハンドレス〉と〈ハンド〉は、完璧に同調してはいない。元が違う個体だからそれはできない。ただ類似性をもたせてフィルタをすり抜けているだけだ。
フィルタをかけ直す。カイムの挙動に反応して変化する。かけ直す。だめだ。カイムは、歯噛みする。
もう考えられることは唯一だけだった。
「……俺の魔力が警戒されている」
カイムの探査は通らない。視られている。監視されている。異様な息苦しさがカイムを襲う。
「やっぱりもう一人いるか……」
手は止めない。抵抗をし続ける。手を入れ続ける。まぐれでもいいとカイムは、続ける。一度でも引っかかればこっちのものだ。条件を変え、〈ハンドレス〉以外を何度と切り捨てる。
しかし、現実は非情だ。
〈ハンドレス〉は、カイムの上を行く。偶然を許さない。
そしてなにより――。
「っ! カイム!!」
レントの声。焦った声がカイムの耳朶を叩く。反応がワンテンポ遅れてしまう。警報がカイムの中で鳴り響く。
少なくない損傷を負いながらも〈ハンド〉が迫っていた。カイムの目の前まで。
――カイムの存在を許さない。
走馬灯が見えていた。カイムは、現実がスローモーションに見えていた。魔法も、ボウガンも遅い。回避も間に合わない。積んだ現実を前にできたのはそれだけで。
「どりゃ」
だがしかしと、カイムの死神をすっ飛んできた大斧がを斬り飛ばした。
「貸し一でいいよね?」
「タイミングがいいな。いいよ。何がいい?」
「街一番のプリン」
ズズッと〈ハンド〉から大斧を引き抜いたスーは、にやっと笑う。『安いな、おい』という内心の呟きを圧し殺したカイムは、大人の答えをした。
「心得たよ」
「じゃ、兄さんも連れてきてるからお願いね」
そう言い残したスーは、すぐ近くの〈ハンド〉へと斬り掛かった。その背中も遠くなる。
「……シルヴァも来てるのか」
カイムがぽつりと呟いたところ。氷のラインがカイムの元に引かれて、
「ハア……ハア……おまたせ、しました……!!」
肩で息をするシルヴァが滑ってきた。どう見てもスーにおいてこられた顔だった。思っていることが顔に書いてある。
「お前……」
泥まみれな上にシルヴァは、擦り傷、切り傷、打撲、傷にも塗れてる。きっと服の下も。頑張ったなとカイムは思った。
「……なん、です。来ると思って、ませんでしたか?」
カイムの反応が気に食わないのか珍しくすねた顔をしているシルヴァに、カイムはつい笑っていた。
「五分五分だと思っていたよ」
カイムは、手を伸ばして、シルヴァの頭をくしゃりとかき混ぜるように撫でる。強く、安心と信頼を込めて。
「来てくれて助かる。……まあ、とりあえず深呼吸でもして落ち着け」
「……カイムさん。素直な疑問なんですけどいいですか?」
「なんだ」
「こうやって色んな女性落としてきたんですか?」
「……ハオの入れ知恵か」
あっと口を開いたシルヴァは、その後、苦笑いした。
「はは……はい」
「とりあえず。いい。……いや、よくはないが……いい」
感動的シーンだったのになあ。とカイムは、今度ハオを締めようと心の中で誓って、シルヴァの頭から手を離した。今、やるべきことがある。
「早速だが手伝ってもらうぞ、シルヴァ」
「もちろんです。そのつもりできましたから」
「言うじゃないか」
にやりと唇を歪めたカイムが話始めようとしたその時だった。
「それで、どうすればいいんですか……ってええ!?」
「いつつ……。すげえなあれ。化け物か……あ、よっ」
転がってきたレントを見て、シルヴァが目を見開いて叫んだ。
なんか今までで一番驚いている気がするな……。とカイムは思ってからようやくレントをどこで見たのか思い出した。
「そういえばトーナメントに出ていたな。どこかで見た顔だったんだ。スッキリした」
「え!? いや、どういうこと!? 説明しろ、レント!!」
「あ? 今? いや、今忙しくて……ていうかお前の妹やばすぎだろ。なんだよあれ」
「それは僕に聞かれても困――うわ!」
シルヴァとレント、二人の間に、先の鋭いつららが何本か突き刺さった。投げられてきたほうを見ると丁度スーが〈ハンド〉を斬り倒していた。周囲には、同じように斬り殺されたものや魔法で半分凍り、半分焼けたもの。粉々になったものが飛び散っていた。頬を〈ハンド〉の返り血に汚したスーの視線が二人に向けられる。唇が動く。声が出てないのにはっきりと伝わった。
『 は た ら け 』
突き立ったつららより冷たい笑顔に、二人は身震いした。ただ言う通りだった。遊んでる場合じゃない。
「……後で訊くから死なないでくれよ」
「そっちこそ、死ぬんじゃねえぞ」
レントが 差し出した拳に、一瞬きょとんとした後、すぐに意図に気づいたシルヴァが拳を軽くぶつけた。
「すみません。時間を取らせました」
「若いな……」
「おじいちゃんみたいなこと言ってますよ」
「むっ……」
しみじみと呟いたカイムは、シルヴァの指摘に、押し黙った。
「……まあいい。とりあえず始めるぞ。見ての通り、予定と変わって俺とお前の二人だけでやる。いや、やるしかない」
「状況は芳しくない、というのであってますか?」
「あってる。魔王種のやつ、小賢しくも俺の探知に反応して妨害してきてる。おかげで、絡まった同色の糸の中から一本の当たりを引き抜くゲームを強要されてた。とりあえず見てみろ。やり方は、来る前に教えただろ」
促されたシルヴァは、先程までのカイムと同じようにしゃがんで地面に手をつけた。真面目な顔が一気に崩れて、困った顔になった。ああ、わかる。わかるぞ。懸命に表情筋を操作しているカイムも同じ気分だった。
「これは酷い。総当たりするのも無謀で、運任せも確率を考えると気が遠くなりますね」
「そういうことだ」とカイムがシルヴァに訊く「ぶっちゃけな話だけどアイディアあるか? 俺の方にも考えはあるがお前にあれば聞きたい」
「……正直なところ、今、カイムさんはすごく警戒されてますよね?」
「ああ。俺が探りを入れてもしっぽを出さないだから俺を囮にして、反応をお前に見てもらうつもりだった」
「……一つ、僕に考えがあります。聞いてもらえますか?」
「OK 頼む」
数分後。シルヴァの言葉に、「なるほど」とカイムが頷いていた。
「まだあるかどうか、それが手掛かりになるかは微妙なところですけど……」
「けど、シルヴァ、お前はいけると思ったんだろ?」
「……はい」
「よし、じゃあ、それでいこう。俺のより確度がありそうだ」
なにより。と前置きして。
「もう、時間がない」
限界は、刻一刻と迫っていた。