「君たち、才能がある」
突然やってきた人は、僕たちを救ってくれた人だった。
恐ろしいまでに美しい
「魔王種を殺す才能があるわ」
眉を顰める僕に叩きつけられたのは、衝撃的な言葉だった。
――それから少しだけ時間を遡る。
帰る場所と居場所を無くした僕らは、領主様にご用意頂いた避難所にいた。同じような帰る場所の無い人がこの建物の中にいる。
僕は、ベッドの上で、これからのことを考えていた。
対処法を並べて考えてみる。
頼りになる親戚は、居ない。父さんと母さんは、別の国からここに来たと言っていた。北の方。遠いところ。正確な場所、国の名前は知らない。だから頼りようもない。
この街の人たち……知り合いや友人はいる。しかし、皆、僕らと同じような状況だ。頼ることはできない。
寝返り。溜息。真っ白な天井。照明の光。自宅より綺麗な天井。なにより見慣れない天井。
見えない
一番やりたいことをやればいい。なんて何かが僕に囁く。
――うるさいよ。引っ込んでろ。
「やっていられないな……」
心の中の誘惑に罵倒を返して、二回目の溜息を吐き出した。溜息は、現状を変えてくれない。
「考えろ、僕。考えろ……」
そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。誰だ? スー? だけどスーは、ノックなんてしない……。するとまたノックされた。とりあえず僕は、ベッドから立ち上がりながらドアの向こうの誰かに声をかけることにした。
「どうぞ!」
「失礼するわ」
「! 貴方は、この前の……」
知ってる顔だ。だけどその人が来た理由は、分からない。後、その人の名前も知らない。綺麗な金髪の人。見たことがないほど綺麗な金髪を三編みにした女の人。
僕らを助けてくれた冒険者の人だ。透けたエメラルドの瞳が僕をまっすぐに見ていた。
「えっと、お久しぶりですね」
「ええ、久しぶり――あっと私、自己紹介してなかったわね」
とかなんとか思っているとその
「ハオリア・ツァー・アルデバラニアよ。知ってるかもしれないけど冒険者をやっているわ」
「えっと、僕は、シルヴァ・フィルメントです」
「よし、自己紹介完了ね。ま、私は、名前知ってたけどね」
「へ?」
「ここに来れたってことはそうでしょう? 妹さんはいないの?」
「ああ、多分、出かけてるんだと思います」
「そっかそっか。じゃ、とりあえず貴方から話しておこうか」
「話す? なにを……」
「貴方たちのこれからに対する提案をお話に来たの」
「は、はあ……。とりあえず、こちらにどうぞ」
「ありがとう」
……よく分からない。僕の差し出した椅子に座ったこの
「何故来たのか分からないって顔をしてるね」
「まあ、そうですね……」
ベッドに腰を下ろしながら考える。謝礼とか、か? しかし、そんなお金はない。ポケットをひっくり返してもビスケットどころか埃しか出てこない。悲しいことだ。
これを一番どうにかしなきゃいけないんだけどね……。顔に出さないように苦笑した。
「平たくいうと勧誘に来たのよ」
「勧誘? 冒険者にならないかってことですか?」
冒険者。確かにそれはありだ。働き口の候補にはしていた。といっても街の復興作業の手伝いの次、そのまた次の次だ。冒険者の仕事は危険すぎる。危険度を選べば問題ないかもしれないがそういうこと以外の危険がある。
なによりスーに、妹にやらせたい仕事ではない。
冒険者は、そんなに実入りがいい仕事でもない。危険は目の前、怪我も堪えないし装備は高い。高額な報酬金もそういうことで使い果たしてしまうことがよくある。
それに、冒険者たちの皆が皆、紳士的ではない。
多分これが一番の理由。
……ただ冒険への憧れはある。物語のような都合の良さがないのはわかってるけど心が惹かれる。
「半分あってる」
「えっと、もう半分は……?」
「冒険者がメインじゃないってことよ」
「じゃあ、何を僕らにさせる気なんですか?」
「魔王種を一緒に殺してほしいの」
さらっと世間話の調子で飛び出てきたのは、冒険者よりずっと危険な話だった。
「もちろん、できるようになるまでちゃんと育てるよ。これでもA級の冒険者で、魔王種を殺した経験もある。住むところだって用意する」
「魅力的な提案ですけど……そんな能力、僕らには……」
いいや。とハオリアさんは、首を横に振った。すっとさりげなく立ち上がったハオリアさんが僕の隣に腰をかけた。ベッドが沈む、軋む。ふわりと揺れる前髪と三編み。鼻をくすぐる花の香り。近づく瞳。向けられるエメラルドの輝き。
僕は、息が止まりそうだった。心臓が早鐘を打っている。綺麗な人は、健康に悪いという見地をこの時、僕は得た。すると桜色の艶っとした唇が目の前で動いた。
「君たち才能があるよ」
「魔王種を殺す才能がある」
ひと目見て分かったわ。とハオリアさんは、にこりと笑った。僕はまったく笑えなかった。あまりに甘い言葉だった。脳髄を痺れさせるような囁きに圧倒されてしまった。
「だから家族を殺された復讐をしてみない?」
――僕の中に燻る復讐の炎を一気に燃え上がらせる言葉だった。
「一緒に、魔王種を殺そう」
美しい
逆らえない何かに引かれ、復讐に燃え盛る炎に背中を炙られた僕は、きっと前に進むしかなかった。
+++
ハオリア・ツァー・アルデバラニア。
私は、兄さんと違って、この女の言うことを信用していない。
魔王種を殺せるように育ててくれる。衣食住も完璧に面倒見てくれる。それは何故か? 才能があるから。
あまりにもできすぎている。兄さんは、乗り気だ。実際、家まで用意した。自由に使えるお金までくれた。いたれりつくせりだ。
ちょっと調べてみたらこの女が実績のある冒険者で、素行も悪くない品行方正なことも分かった。冒険者ギルドに問い合わせただけだけど……。
助けてくれたのは、事実だし、感謝してる。
だけど、それでも怪しく感じる。
「スーは、本当にいいの?」
「……兄さんがやるなら私もやります」
女に聞かれて、頷く。
嘘じゃない。本当のことだ。動機はある。
私だって父さんと母さんを殺されたことに怒りを覚えている。友達だって、生きているか分からない。お隣さん、お母さんと買い物に行った行きつけの八百屋さんや魚屋さんに肉屋さんだってそうよ。
「私だって、殺したい理由がある」
だけどなによりも兄さんが心配だ。この女に心酔する兄さんのことが心配でたまらない。
「だから私もやります」
この女に、兄さんが害されないように見張るんだ。
「魔王を殺します」
そして、兄さんと一緒に敵をとる。
「よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
胡散臭い笑顔ね。私は、渋々握手に応じた。
+++
「……すごい敵意感じるのやっぱり気のせいじゃないよね?」
さっと握手して、さっと離れていくスーの手を思い出しながら朝食を食べ終わった私は、リビングの4人がけソファに体を沈めて、呟いた。
キッチンでは洗い物をしている音がする。スーとシルヴァが洗い物をしてくれてる。
いや、私がやるって買ってでたのよ? ご飯作ってもらったしね。だけどのんびりしていてくれってね? スーがね?
はい、圧に負けました。
ま、まあこれから関係を修復?すればいいわね。うんうん。
最初から壊れてるのをどう修復したものかしら……。いえ、壊れてるのだからこれ以上壊れようがないわ。
ポジティブに考えておきましょう。ただ今は、
「今後の課題としましょう」
それよりも直近の問題を解決しなきゃ。今回の下準備で、ちょっとそこそこ……いえ、すごく。
「お財布が寂しいのよねぇ……」
とりあえず魔王種〈ストリボーグ〉との街の防衛への報奨金が出ているだろうからそれをあてにしましょう。
魔王種、人類の天敵。いいえ、今、この世界に存在するあらゆる生命体の敵。
その起源は、2000年前、最初の勇者が最初の魔王を倒した際の呪いらしい。世界中に散らばった呪いによって、偶発的に魔王種は生まれていく。
今もなお各地で生まれて、破壊と殺戮をばら撒いてる。
ある種の災害。それが魔王種。
「その辺りのことは、特に思い出せないわね」
前から知ってることくらいしか私の記憶には無い。この世界の設定とでもいうべきもの。そこが分かれば色々役に立ちそうなんだけど。
「ぱーっとお手軽に魔王種、皆殺しにできたりできないかなー」
天井をぼーっと見上げながら呟いた。……元の話に思考を修正しよう。
「やっぱり報酬は、カイムが預かってるわよね。いつもそうだったし」
そうなると連絡とって受け取らなきゃいけないわけだけど……うおー会いたくない! 酔っ払って喧嘩別れしてきたんだから気まずいのよね。
まあ、前もあったことだけどそれでも気まずいものは気まずい。
「フォンをクッションにしちゃおっと」
ということで私は、フォンに連絡することにした。
後、この時間にまともに話せるのは、フォンくらい。お酒の飲み方がちゃんとしてる。用法用量は守らないとね。
テーブルの上に置いておいた指輪型の通信用魔道具を指にはめた。結構値が張るけどうちのパーティは、それぞれ一つずつ持ってる。指にはめて、フォンへ通信を繋げた。
「もしもし。今いい?」
『少しぶりですね、ハオさん』
「ふふ、そうね。今日は休み?」
『ええ、カイムさんがお仕事をできる様子ではありませんから。ま、しばらくは休止ですよ』
「やっぱり?」
『昨日のパンチは、お見事でした』
手応えあったもんねえ……。やりすぎた? 私もあいつも酔ってたし、ノーカンにならない? だめ? ですよねー。
「ははは……。そりゃありがとう」
『で、どういったご用件で?』
「ああ、この前の〈ストリボーグ〉の報奨金出てるよね? カイムが持ってる?」
『既に配分済みですよ。後は、貴方の分だけですがおっしゃる通りです』
そんな気はしていた。伺うように私は、口を開いた。
「……ねえ、フォン」
『明日でいいですか?』
「流石、フォンね!」
うんうん、ちゃんと私の言いたいことを理解してくれてる。やっぱりフォンに言って正解だったわ。これがランザだったらこうはならなかった。
『ええ、カイムさんに伝えておきます。正午に冒険者ギルドでかまいませんね?』
「フォン!?」
『では、そういうことで。失礼します』
「フォン!?!?!?」
既に通信は切れていた。指輪に声をかけても返事はない。完全にやられた……。嵌められた。ばたんと私は、力なくソファに横になった。ごろんと天井を見上げて、溜息一つ。
行かないわけにはいかないわよねえ……。
+++
「…………」
「気になるなら明日ついて行けばいいでしょ、兄さん。場所は聞こえてたし」
ちらちらリビングの方を伺う兄さん。どうせこのままだと行動の一つも起こさないだろうから私は、尻を蹴ることにした。
「……いや、僕たちに関係が無いことだ。なにより邪魔をしたらいけない」
「関係はあるでしょ。お金の話だし。それにカイム?って人、結構深い関係っぽいじゃん。気にならないの?」
「冒険者のパーティの人だよ。問題はない」
「それはどうかしら。元カレかもしれない」
冒険者なんて危険と隣り合わせ。そういう関係になっていてもおかしくはない。兄さんは、すぐに思い当たらないかもしれないけど私は、そうは行かないわよ。
「会ったら私たちのことなんて忘れて消えちゃうかも」
そうはならない気はするけど、私としては、ソッチのほうが嬉しい。
「そういう人ではないだろ」
判断が早い。ちょっと胸がもやもやする。そこはもっと……悩みなさいよ。まったく。
「じゃあ、明日ついていって見てみようよ」
「言ったろ。邪魔になるかもしれない」
「別に、ついっていくって同じ時間に偶然いるだけのことよ」
「詭弁だ……けど……」
けど? けどけど? 悩んでる悩んでる。知識欲を抑えられないもんね。兄さん、好奇心の塊だしね。ふふ、だめよ兄さん。私にそんなの通じない。
「詭弁だけど?」
「……行こう。付いてきてくれるか? スー」
「もちろん」
はい、勝ち。私は、勝利の笑みを浮かべて、皿を布巾で拭いた。
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