博愛主義者によろしく 作:連載が続かないマン
その日は腹部への衝撃で目が覚めた。
「おはよう愚弟! 目が覚めたか!? 温泉行くぞ温泉!!」
そういうことになった。
周囲には湯気がたちこめ、どことなく特徴的なにおいが漂っている。
ここはユクモ村。温泉の有名な村であり、世界中から客の訪れるところでもある。
「展開早くね?」
「何事もなかったってだけだぜ赤ちゃん」
手ぬぐいを器用に頭に乗せた姉が村の見学へと向かっていく。宿の部屋に装備を脱ぎ捨てたエスペラも、とりあえずで追いかけていった。
彼女は「よし」と呟き、
「オマエちゃん、集会浴場に行ってこい。人がいなくなったときにあたしは入る」
「あー、ここ混浴だしな」
いくら観光客の多い村といえど、年中人が集まるわけではないようで、旅人の数は思ったよりも少ない。季節の移り変わりの関係もあるからだ。
集会浴場は混浴だ。男女で分けられていないので、タオルを着用する必要があるのだが……姉は人に肌を見せるのが苦手なようで、インナーで出歩くことも少ない。家の中くらいだろう。それ以外はわざわざ移動用に装備を着ているわけだ。
ということで、エスペラは偵察に浴場へとやってきた。
そこには先客がいる。
細身で長身の男性だった。手足がやたらと長く、シルエットからどことなく奇妙な印象を受ける。
彼はエスペラに気づくと、手を持ち上げて「よう」と言うのだった。
湯に浸かる。
「おまえもハンターか?」
「ああ。エスペラだ。武器は槍」
「俺はマグワイア。武器は基本なんでも使えるが……好きなのは、大剣とハンマーとスラッシュアックスだな! やっぱり重たい武器こそ至高よ」
「ああ、気持ちはわかる。まぁ、俺は消去法でランスになったんだけど……」
「消去法?」
言葉の意味がわからない、というような顔でマグワイアは言う。
それもまぁ、仕方ないだろう。
エスペラのような例は稀なのだ。
「俺さ、盾しかうまく使えなかったんだよね。だから消去法。ランスになったのはシールドバッシュが結構使いやすかったからで、槍のほうは下手くそ。すぐに切れ味落としちまうんだ」
「そんなやつがいるのか……いや、たしかに。俺もボウガンはあまり使いこなせないな。通常弾なら使えるが、貫通弾になると間合いを測りかねてしまう」
「でもマグワイアはだいたいの武器を使えるんだろ? そのくらいあまり問題ないだろ」
「たしかにな! しかし俺は天才だからな。不得意な武器が一つあるというのに少し思うところが……」
贅沢な男である。
マグワイアは「ところで」、と言って、入り口へと目を向けた。
「混浴なのに女子がこない。これは由々しき問題だ」
「そうか?」
「む、エスペラは女に興味がないのか? 俺の友人は男が好きらしい。そういうこともあるんだな」
「いや、違うけど!? 別に男が好きなわけじゃない!」
だからといって、女が好きなわけではないが。
エスペラは人間の外見に興味がなかった。
それはやろうとすればいくらでも取り繕えてしまうからである。
だからといって、人の内面を好むというわけでもなく。
そもそも彼自身人に対する好意を抱けたことがない。例外があるとすれば姉くらいだ。──果たして彼のそれが本当に好意なのかはおいておいて。
つまり、彼は人を好きになること──どころか、人に興味を持つことが何よりできない人間であった。
……いや。
「……俺は姉以外の人間を、まともに知らない」
「おっと、いきなり語りだしたな」
「つまりそれは親も知らないということだ。俺には八歳のとき以前の記憶がないからな。育ての親のような人はいるが、俺とほとんど関わることがなかった。そしてこうなった。
つまり俺は人に対しての関心がない。その裸体も、何がいいのかわからない」
「ほう」
「幸福であることのコツは知らないことだ。幸福も贅沢も知らなければ耐えられる。それはいつだって変わらないからだ。状態が変化することは何よりも恐れるべきことであり、だから俺は知らないものを知らないままにしていたい」
「姉の艶姿を見たいとは思わないか?」
エスペラは吹き出した。
「何? オマエとんでもないこと勧めてるコトわかってる?」
「勿論だ! 俺は大きな男だからな。愛は世界を救うんだ。世界中が愛に満たされればそれはきっと幸福だろう! そう! 俺、マグワイアは! 愛の戦士なんだ! だからおまえに協力をする」
男、マグワイア。
彼は致命的にバカである。
「──覗きだ。俺も全力で手伝おうじゃないか」
エスペラは笑顔で返す。
「やるわけないだろ、そんなの──」
そして数刻後、石畳の上に正座をさせられる男が二人。
「あたし様の入浴を覗くとか、赤ちゃんはよっぽどバカなんだな。ほれほれ」
「うぐぐ」
足で顔をつんつんされる。
姉の作った麻痺薬によって二人はその姿勢のまま固まって動くことができない。動こうとするとしびれるのである。
そんな状態で外部から刺激されるというのはかなりの苦痛であった。エスペラは呻き、後悔した。
いじめるのに飽きたのか、すぐに姉は去っていった。
しびれも落ち着いてきた頃、二人はようやく立ち上がって。
「ったく……オマエのせいでひどい目にあったよ」
「ちょっとうらやましかったな」
「オマエ性癖強者か?」
足蹴にされたのはエスペラだけだ。
おそらく彼はそのことを言っているのだろう。正直気持ち悪かった。
「はっは、冗談だ。しかしおまえの姉……あれは……」
「怖いだろ? まぁ今回のは俺が悪いけど……昔からよくあんな怖い怒り方するんだよな。機嫌が悪いと首を絞めてきたり、なんかヤバそうな薬を打ち込んできたりするんだ」
「……ちなみにこれまでで一番やばかった薬は?」
「痛みを感じなくする薬。俺がハンターになるって言ったときに、『オマエちゃんなんか攻撃食らってすぐに泣いて死んじゃうだろ! このあたしちゃまが最強の体にしてやる!』って言い出してな。
打たれたら何も見えないし、気分はめちゃくちゃ変になるし。変なことをやってる自分を全部しっかり覚えてるのも質が悪い」
「どんな感じだった?」
「あだちゃむやーほかすゆじぇー! とか言って舞い始める」
「舞うのか」
「こんなふうにな」
エスペラは踊り始めた。
それはとても洗練された舞いである。一見暴れまわっているように見えるが、すべて計算ずくのとても高度な舞いだった。
それを見た住民とマグワイアは魅了され、思わず彼に拍手を送るのであった。
「ヤバいだろ?」
「ヤバいな」
「何がヤバいってこの舞い、天啓を受けたかのように踊り方が頭の中に生えてくるんだ。もう何年も前に踊ったっきりなのに完璧に当時のまま踊れる」
「世界観間違ってないか?」
「俺もそう思う」
舞いが終わったことを受け、周囲に集まっていた住民は去っていった。
本当に謎である。
「いや、そうじゃなくて……」
「どうした?」
マグワイアはエスペラの顔を見て、口を噤む。
「エスペラ。俺とおまえは一緒に覗きをしようとした仲だ」
「失敗したけどな」
「過程が重要なんだよ。楽しかったな」
「……まぁ。怒られたけどな!」
「当然では?」
正論。
しかし、マグワイアとバカをすることは、エスペラにしては珍しく──心底楽しかった。
彼は趣味が姉の手伝いというほどの大馬鹿だ。ここまで愉快で楽しかったことは久しぶりだったかもしれない。
贅沢は敵だ。
しかし──
「じゃあこれで、俺とおまえは親友だな!」
「……早くね?」
「早いなどない。親友というのは時間じゃない。密度──というほど密度があったわけでもないな。ならこうしよう。親友というのは在り方だ。俺がおまえを気に入って、おまえは俺を気に入った。俺たちは互いを裏切ることを絶対にしない。ならば親友だ。違うか?」
「……なんで俺がオマエを気に入ったってことになってるんだ」
「違うのか? そうだろう? 俺の魂はそう言っている」
「スピリチュアルでオカルティズムだなぁ……」
「人を見る目には自信があるんだ。俺とおまえはきっと、いや、確実にうまくやっていける。どうだ? 不服か?」
「別にいいよ。拒否するもんでもないでしょ」
マグワイアはにかっと笑う。
「なら俺たちは親友だ! よろしくな、エスペラ!」
「こちらこそ」
手を握り合いながら、エスペラは思っていた。
後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
(──これまで、誰もが俺を……俺たちを気味悪がって離れていった)
彼にとって、他人は信用できるものではない。一切の気を許すこともできないものだ。
例外があるとすれば姉だけ。
(今はよくても、こいつもきっと……)
とはいえ。
彼が他人を信用していないことと、友人関係を受け入れることはまた別である。
心の中でいやなことを思いながら、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ──彼の心に期待があった。
(いつか嫌われるまでは仲良くやろう)
彼は自分から人を嫌いになったことがない。
故に、誰かを嫌いになることがないのだと考えていた。
勿論それは間違っている。彼は他人に興味がなくて。だからこそ人を嫌ったことがないだけだ。
だから、突き放されるのは自分側だといつも考えていたのだった。
夜食を同席する話だけして、一度宿に戻ることにした。
「…………?」
一際強い風が吹く。ふと見上げた空は、先程と打って変わって、塗りつぶしたかのように灰色だった。
村に立ち込める温泉のにおいに隠れていたが、よく気をつけてみれば、周囲には雨のにおいが漂っていた。
天候の移り変わりが急激なのだろうか。そういう村もあるだろう。そう思いながら、エスペラは雨が降る前に宿の一室に戻ったのであった。
キャラデザ決まらなかったんで絵はないです
そのうち追加します