博愛主義者によろしく 作:連載が続かないマン
「面倒なことになった」
とは、宿の部屋にすでに戻っていた姉の言葉である。
彼女はエスペラ組み敷き関節を極めながら窓の外を眺めていた。急激な天候の変化に思うところがあったのだろう。それはそれとして当然のように人に攻撃を仕掛けるのやめてほしいとエスペラは思った。
「クシャ……はこないだ倒したし、あいつがすぐに動くとは思わない。ってことは……
「なんだよ姉貴」
「場合によっては休んでる暇もないかもしれないぞ! ということでいろいろはっきりするまでは体を休めとけ!」
そう言って、彼女はエスペラを開放し、足を背中に乗せる。
青年からしたら何が起きているのかもわからないが、しかし何かしらのことが起きている──それだけは理解できた。
しかしここ最近の古龍災害──というか、古龍に準じるような、強力なモンスターの暴走は、かなり目立つ。
このユクモ村のハンターがかつて嵐龍・アマツマガツチを撃破したのは有名だ。それからしばらくの日時が経ったとはいえ、古龍が自分の討伐された場所に近づくにはあまりにも早すぎる。
アマツマガツチがユクモ村に接近しているとは思えない。
……だがそれは通常のケースであればの話だ。つい先日、彼らはドンドルマに来襲したクシャルダオラを討伐した。
もしも古龍全体に何らかの影響があり、一斉に人里のほうへと近づいているのだとしたら?
もしくは人に対する意識が何かしらで芽生えたのだとしたら──。
可能性は低いが、あまりにも頻発していることを考えると、事前にその選択肢を切り捨てるのは間違っているように思う。
「姉貴、二の腕触らないで……」
せっかくシリアスな考え事をしていたというのにこの姉は何をしているのか。
すべらかな手で腕を揉まれるのは、どうにもくすぐったい。腕を引き抜こうかとすると、逃すまいと捕らえられる。
「……おい、オマエちゃん」
「どうした?」
「一応渡しておく。思ったより筋肉がついてるから、これを使っても問題はないはず」
「ありがとう。えーと、なにこれ?」
手渡されたのは小さな包。開いて覗くと、一錠の丸薬が入っていた。
一見するといにしえの秘薬に似ている。姉がよく作って持たせるので、そこそこ見慣れているのだが──しかしながら、普段とにおいが違うことに気づいた。
「あたし様特製のアイテム。それ使うと傷を癒やすのと筋力の増強、それに皮膚が硬くなる。体への負荷はめちゃくちゃかかる。二錠飲むと死ぬよ。もしも強敵と戦うことになったらそれを使えばいい」
「はぁ……」
当然のように死ぬという発言が出てきたが、とりあえず、万が一のときに使えということはわかった。
使わずに越したことはないのだが──姉がこうして用意するということは、おそらく使うような自体に陥る可能性が高い。
なんだか憂鬱な気分になりながらも、エスペラはそれをポーチにしまうのだった。
宿から出ると、彼方を見つめているマグワイアを見つけた。どうやら誰かを伴っているようで、エスペラに気づくと、同伴人がこちらに気づいてマグワイアに呼びかける。
「よう、来たか親友」
「ああ。……えーと、そっちの人は?」
「こいつはシロン。俺の相棒……相棒? でいいな。要するにパーティメンバーだ」
「なるほど。よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。ところでそちらの方はエルトワールさんですよね?」
「あん?」
同伴人、シロンの言葉に、姉が訝しげに反応した。
そして「ああ」、と納得したような表情に変わる。知り合いだったようだ。
「なんだ、ギル──」
「学者兼ハンターのシロンです」
「そういえばそんな決まりもあったな。おい赤ちゃん、こいつがここにいるってことは、こいつらは信用していいぞ」
「ん? 姉さんに言われるまでもなく俺とエスペラは親友だぞ?」
なにか言葉に微妙な含みがあった。
しかしながら、そういうということは相手は問題ない立場の相手なのだろう。
知らないことにすこしだけもやっとする。いつもそうだった。彼女は彼のことを何も信用してないかのように振る舞うのだ。
エスペラはそのもやもやに言葉を失くした。負の感情はいつまで経っても消えるものではない。
なんとも言えなくなり、彼は虚空へと目を向けた。
「……あれ、雷鳴?」
「ああ、気づいたか。随分と強い雷だ。ジンオウガが原因かと思ったが……それにしてはやけに強いだろう。極限状態の相手ならばあの規模の雷を起こすこともできるが……そうなると早急に狩りを行う必要がある」
「オマエらは極限個体を狩る許可は降りてるのか?」
「勿論。俺を誰だと思っている? あのヘルブラザーズのお二人と共にラオシャンロンの狩りだってしたことがあるぞ!」
「極限個体……いえ、あれはまた……」
シロンはどこか違和感を覚えたように、遠くに立ち上る雷鳴を見ていた。
「しかしもしもそうであれば、何にせよ狩るべきですね。研究材料としても面白い。どうですか? パーティを組んで狩りに行くというのは」
「フルパか。面倒だけど……まぁそうとも言ってられないし……おい赤ちゃん。準備するぞ。あたしの服を選べ」
「ミツネでいいんじゃない?」
「雷耐性マイナスなんだけど?」
いっつも頭装備しないのに今更耐性とか気にするの?
ということで、準備。
胴体にキリンXR、腕と腰にキリンX。足にGXジンオウを採用。
頭はいつもどおり装備なしだ。
雷耐性を意識した装備になっている。
「……こういうのが好み?」
「やめろ。やめてくれ、本当に。それよりGXジンオウとか、頭の装備は本当になくていいのか?」
「オマエちゃんもあたしの顔が見たいんじゃないのか? この美しい顔を」
「…………」
エルトワール の 上目遣い!
エスペラは死にかけた。
「おお、キリンを討伐した経験があるのか!」
「目撃情報さえあればあたしには余裕だったな」
「実際、古龍って見つけるのも大変だよなぁ。よく狩れたと思うよ」
「あんなの余裕だ、余裕。キックだけでも倒せるくらい。赤ちゃんは何回か死にかけてたけど」
「…………」
「はっはー、……おい親友。おまえの姉、ひょっとしてめちゃくちゃヤバい人か?」
「ひょっとしなくてもヤバい人だよ」
「エルトワールといえば数ヶ月前から薬学分野で噂の絶えない人物ですしねー。やっぱり既存薬をはるかに超える薬によって身体強化をしていたりするんでしょうか」
「……見ればわかるかな」
姉の戦いぶりというのは、その見た目では信じられないほど豪気なものである。
見たものはたいてい自分の目を疑うのだ。慣れているエスペラですら時々信じられないことを起こすというのに、初めて見る二人が驚かない道理はない。
クエストの出発には竜車を用いる。嵐の気配があるためだ。
もしも今回の嵐がアマツマガツチによるものならば、飛行船すら撃ち落とされかねないのだ。多少手間でも陸路を用いるのが適切だと言えよう。
そしてクエストに出発し──移動する車の眼前。怪しげな蒼い光が灯る。
エスペラにはそれが何かはわからなかったが、少なくとも『良くないもの』であるということはわかった。
「おいメガネ。撃ち抜け」
「いいんですか? まだ何かも──」
「たぶんブレス。触れると爆発する。軽く加工したタマミツネの泡とアロワナの成分を混ぜるとあんな色になるんだよ。つまり」
「いえ、わかりました。撃ちますね」
三発の銃声。竜車から放たれた3つの弾丸は、灯った蒼炎を刺激し破裂させる。
爆裂の音が響き渡った。
「……戦闘準備はしておこう。どうする? 車から降りるか? もう渓流のフィールド内にはいるはずだ」
「それが無難だな。じゃあ、ここまでで。気をつけて帰ってくれ」
「りょ、了解だニャ! ハンターさんたちもご武運をニャ!」
運んできてくれた御者アイルーに感謝の言葉を投げて、エスペラは車から飛び降りる。
周囲を確認する──が、そこには生き物の影も形もなかった。
「……これは」
「不穏ですね」
虫も、獣も、何もいない。タマミツネのものと推察される、先程のブレスは……ならば一体、何だったのだろうか?
いや、それ以前に。
生き物の気配がしないということ自体が不気味だった。ファンゴやブナハブラ、どころか小さい虫……にが虫などの気配すらないのだ。
不気味さに、嫌な汗が背を伝う。
「とりあえず動いてみるしかないだろ。環境が不安定なのはもともと想像できてたし、場合によっては狩猟対象が増えるってだけ」
姉の言葉に、少しだけ安心する。
これは予想していない事態ではない。
普段どおりの狩りだ──何が起こるのか、少しわからないところがあるというだけで。
「二手に分かれるか?」
「オマエらが死にたいならそれでもいいぜ」
「やめておきましょう。何が起きているのか把握する前にバラけるのは良くないです。せめて状況を把握するまでは集団行動で」
──瞬間、感じる気配。
咄嗟にエスペラは振り返り、一歩前に出てから盾を構えた。
爆ぜる衝撃。後ろへと大きく弾かれる体。
受け止めた後に、相手を確認する──
一際目立っているのは、目から立ち上る水蒸気だった。
青白い燐光をまとっているようにも見えるその姿。通常種よりも色濃い姿で、目には随分と昔につけられたのであろう傷が残っている。
それは、随分と異質なタマミツネだった。
「特異個体か? まぁいい。見た感じG級の中でも等級が低い個体だ。古龍ほど意気込んで向かう相手でもない、手早く倒して調査を続けよう。いけるな? 親友」
「勿論」
「龍歴院とかに伝えると喜びそう。捕獲でもするか?」
「そこまでの余裕があればいいんですが」
相手は怒りを顕わに飛びかかってくる。それを盾を跳ね上げるようにいなしながら、即座に槍を放つ。
同時に振り返ったタマミツネの頭に、マグワイアが大剣を叩きつけた。
まるでスラッシュアックスの剣モードのように、大剣を豪快に振り回す。眼前という危険な位置に姿を晒しながらも、彼は不敵に笑う。
「ふはははは! どっちが一番槍だ!」
「槍ってんだから、俺のほうだ」
「ならばそれは譲ろう。俺は一番剣だ!」
「何か違うような」
言いつつ、エスペラは体を引き、走り出した。
巨大な盾によって体を前に引っ張られながら、それに逆らうことなく走る。立ち位置が干渉しないように側面に回り込みながら、赤くなっている前脚を槍で貫く。
抵抗の少ない感触。深々と突き立った槍を、盾を叩きつけた勢いで引き抜く。
「ん? 肉質は柔らかいのか?」
「あたしのほうは硬いんだけど」
タマミツネは姉に目をつけたようで、噛みつきを放つ。
姉はそれを見て、顎の下から拳を放つ。
顔面が大きく上へと跳ね上がり、タマミツネは平衡感覚を喪ったのか地面へと倒れた。
「な、素手でスタン……!? 腕折れないのか!?」
「あれが姉貴なんだよマグワイア。ヤバいだろ」
「パネェ」
エスペラは言いつつ、尻尾に槍を突き立てる。
いくら武器の扱いが下手なエスペラといえど、引いて、突くという動作を繰り返すくらいなら簡単だった。双剣などのように操作が難しいわけでもない。
だからこそランスは使うことができる。
連撃がタマミツネの体を攻め立てた。
「俺も一つ、魅せてやるか!」
起き上がったタマミツネの真正面。目を見張るほどの大声で、マグワイアが叫ぶ。その声に反応したように、タマミツネはブレスを放った。
それを地面スレスレまで体を低くし、その状態で前に飛ぶようにして回避する。腕の筋肉がぐぐっと盛り上がり、加速した大剣の抜刀がタマミツネの頭を叩き割った。
「げぇ!? 怯んでない!」
「まったく」
ボウガンから発射された三つの弾丸。
それはすべてタマミツネの口へと入り込み、破裂する。
タマミツネの攻撃はほとんどが口から放たれる。彼は目の前にいる相手への攻撃に牙かブレスを使うと読んだのだろう。
爪だった場合、庇うことができるようにエスペラは納刀していたが。どうやらその必要はなかったみたいだ。
「サンキュー!」
「いっつも魅せようとして失敗するんですから、いい加減学習してください」
「すまん! 無理だ!」
「なんでだよ。……ああ、ところで。既に弱っているようですよ? 捕獲するなら今のうちです」
「なら罠を!」
地面にシビレ罠を仕掛ける。落とし穴を使わなかったのは起動に時間がかかるのと、ジンオウガにとっておくべきだと思ったからだ。
罠にかかったタマミツネに、素早く捕獲用麻酔弾が撃ち込まれる。
タマミツネは意識を喪って眠り始めた。
捕獲のサインを出しておく。これでギルドが回収してくれるはずだ。
「……さて、前座はおしまいか」
「マグワイアが言った通り、あまり強い個体じゃなさそうですね。タマミツネの群れでは頭ひとつ抜けてたのでしょうが……となると、この近辺の通常個体はあまり強いわけではなさそうです。最初に気配を消していたことを考えると、おそらくジンオウガ種よりは弱いのでしょう。不意打ちで傷つけたあとなら勝てる……そんな感じでしょうか」
「あと、こいつは目が見えないようだぜ。愚弟、オマエちゃんも目を潰してみるか?」
「なんで??」
さて。
なんだかんだで襲ってきたタマミツネを狩猟したが、本題はまた別だ。
近場にいるはずのジンオウガを探し始める。
ジンオウガの姿はどこにもなかった。
代わりに、奇妙なものを見つける。
人の足跡だ。それも複数の、である。
どうやらこの近辺を頻繁に歩いているようで、そこかしこに足跡が存在した。ハンターや行商人の線もあるが、それは薄い。
つい最近だからだ。依頼のブッキングでこの場に同じくクエストを受けに来ている相手はいない。もしもいるならば捜索の際に見つかっているはずだ。
どこか釈然としないながら、調査を切り上げて帰還する。
──嵐は止まない。