博愛主義者によろしく 作:連載が続かないマン
違和感だらけの狩り場から帰ってきた後のこと。
「おかえりなさい、皆さん」
その村の受付嬢がこちらに声をかけてきた。
「今回急に発生した嵐の原因ですが、嵐龍アマツマガツチが原因だと判明しました。……また、同時に多発する落雷の元凶もわかりました。特異個体と思われるジンオウガが霊峰への道の僅か下に生息しているようです。二体は定期的に争っていると思われ、もしもどちらかが縄張りを追い出されるということになれば──この村に被害が出る可能性が高いです」
「他のハンターは?」
「戦えそうなハンターさんはあなた方しか……」
「……なるほど」
やはり面倒な状況である。エスペラは嘆息する。
しかも問題は、敵が二体というところだ。
これがアマツマガツチのみであれば、おそらく可能と言えるほどには、メンバーの実力はあるだろう。しかしながら連戦になるにせよ何にせよ、二体の対策というのは少々厳しい。
つまり、これは随分と厳しい状況になっている。
「どうする? 救援を待つか?」
「嵐によって他のハンターさんは身動きが取りづらい状況らしく……」
「わかったわかった」姉が言う。「オマエちゃん、そこのバカと一緒にアマツマガツチに行ってこい」
「んなっ」
そこのバカ──とは、マグワイアのことだ。
つまりこれは二手に分かれるという旨の発言。
「俺たちがジンオウガに行ったほうがよくないか? 姉貴、相手は古龍だぞ。それなら強い方をぶつければいいだろ」
「問題はそのジンオウガが特異個体ってところだぜ愚弟。オマエちゃんはまったく未知の相手と戦って勝てるくらいに強かったか? アマツマガツチは討伐報告もある。ハンターからある程度の情報も出揃っているはずだ。だったら生存率が高いほうは、アマツマガツチになるんじゃないか?」
「さすがに古龍とタメになるほどの相手がいるとは思えない。ていうか、それなら先に全員でジンオウガを倒してから行けばいいだろ」
「もちろんあたしたちが先に討伐し終わった場合、すぐに救援に向かうに決まってるだろ。ただひとつ気がかりなことがある。それを先に終わらせる必要があるから、オマエちゃんたちに向かってもらうつもり」
納得がいかない。
どこかが引っかかる。最善は全員で向かって、勝つことだ。なのにそれをしないのは一体どうしてだろう?
そう考えて不機嫌になるエスペラを、マグワイアは宥め賺す。
「まぁいいだろう。それとも俺たちには勝てないか? 伝承の古龍、とんでもない存在に……戦う前から気持ちで負けるのか?」
「そういうことじゃないだろ……!」
「じゃあ何だ? 勿論俺はおまえの懸念を理解しているつもりだ。だから一つ、言っておいてやる」
彼は姉に視線を向けた。
「つまり彼女は、俺たちが負けるとは微塵も思ってないのさ──そうだろう? 姉さんよ」
「顔がウザい。死ね」
「あっれー?」
何故か腕を極められるエスペラ。だがなんとなくわかった。
彼女は本気でエスペラたち二人が嵐龍を攻略できると思っているのだ。
照れ隠しのときによくこうするのだ、彼女は。長い付き合いで、エスペラにはそれがわかっていた。
「──じゃあ、そうしよう。だが向かうにしても明日だ。今日は療養に努めるぞ。
そういうことだ、依頼を受けようお嬢さん」
「……ありがとうございます。そして、申し訳ございません。皆さんをこのような事態に巻き込んでしまって……」
「ハンターっていうのはそういうものですから、気にする必要はないですよ」
シロンがそう言って、側にあった温泉を指差した。
「……ということで。療養と作戦会議を兼ねて、男衆で湯に浸かるというのはどうだろう?」
そういうことになった。
湯浴み用のタオルを着用し、湯船へと。
クエスト終了後の体に染み渡るそれは、体の疲れを溶かすかのように安らぎを伝えてきた。
「──しかし、大変な事態になりましたね。休暇に来たというのに、普段より遥かにしんどい事態だ」
「こっちも休暇に来たんですけど……」
「ああ、エスペラくん。僕に敬語は要りませんよ。僕のは癖ですから、見逃してほしいんですが」
「じゃあ、シロン。これでいいか?」
「ええ」
という軽い会話から始まり。
「──では、嵐龍アマツマガツチについての対策を話し合いましょうか」
すぐさま本題へと入った。
「二人はどれくらいアマツマガツチについて知ってます?」
「嵐を起こす」
「嵐を起こす」
「なるほど」
実のところ、エスペラはアマツマガツチについてほとんど何も知らなかった。
この嵐を起こすというのも状況からの発言であり、その詳細は一切知らない。
その見た目すらわからない。狩りに向かう二人がこんな理解の有様なので、シロンは反応に困ったかのように口をもにょもにょとした。
「アマツマガツチが嵐を起こす理由は、嵐を移動手段とするからです。つまり何かを害そうとして嵐を起こしているわけではなく、悪意があるわけじゃないんですね。
ただ生きているだけで他の生き物の害となり得る──そんな凶悪な存在が、古龍なんです」
「……ラオシャンロンも、似たような感じだったな。あとは……狂竜ウィルスを撒き散らした、ゴア……シャガルマガラか? それも似たようなものだ」
「移動を制限するってわけにもいかないなら──狩るのも仕方ないか。アマツマガツチの周囲はとんでもない風が吹いてると思っていいよな?」
「ええ。そこはクシャルダオラと同じように思っていいと思います。もっとも、体の大きさが全然違うので……一挙手一投足に何らかの影響が付随する可能性が高いですね。気をつけてください」
「風圧の装飾品あったっけ」
「事態が事態ですし、貸しましょうか?」
「俺は……まぁ、いいかな。風が起こるんならそれを踏まえた上で動けばいいし」
「そういえば、エスペラさんはクシャルダオラの討伐経験があったんですよね」
「うん。感覚違うかもしれないけど」
「いえ、役立つかと。──そうだ。アマツマガツチの基本的な攻撃は、おそらく水属性です。シルバーソルシリーズは水に耐性を保たないので、もしもその装備を着ていく場合は十分に気をつけてください」
たしかにそうだ。
現状、シルバーソルシリーズより強い防具を持っていないが、変えていったほうがいいだろうか。
とはいえ、今から装備を変えるにしても感覚の調整が必要だ。エスペラは特に不器用なので、姉のようにコロコロと装備を切り替えることはできない。
多少耐性で不利があったとしても、戦闘が翌日ならば慣らしている時間も少ない。
現状の鎧の視野、重さ、重心のバランスで慣れているのなら、これを変えるのは致命的な問題になりかねない。
「……装飾品で穴を埋めておこう。多少は浸水を防げるはず」
「それがいいでしょう。……と言っても、僕もあまり重要な情報を持っているというわけではないんですよね。強いていうなら、まだ未解明の部分が多い古龍。追い詰めたときに何をやってくるのかわかりません。順調だと思ったときほど用心するようにしてください」
「まぁ、そこらへんは普段の狩りも同じだけどな」
「特に用心してください。追い詰めたとき、古龍のほうもこちらを躊躇なく殺しにくるはずです。嵐を起こすような相手が本気になったら、一体何が起こるのか……僕には想像もできません」
クシャルダオラのときはどうだったか。……まずい、記憶がない。
一応、体は覚えているはずなので対策はできるはずだが……こんな不確かなものに頼らなくてはならないということが、何よりもリスキーである。
「あと……たしか、霊峰にはバリスタがあるはずです。かつて墜落した飛行船が、ばら撒いたんだとか。回収されてないのなら、今も残っているはずです。使えるのかはわかりませんが、数発だけなら撃てる可能性もありますね」
「汎用的なバリスタ用の拘束弾をギルドからもらえば、動きを止められる可能性もあるのか」
「風で弾かれる可能性も考えておいたほうがいいけどな」
「よし、わかった。──これ以上いるとのぼせそうだ。俺は部屋に戻る」
「じゃあ、これでお開きとしましょうか。……ふぅ。体はよくよくもみほぐしておいたほうがいいですね。ではエスペラさん、また明日。用事があれば宿のほうに来てもらえると」
「ああ、わかった」
そう言葉を交わして、二人は去っていった。
たった一人残された湯の中で、エスペラは空を見上げた。そこにあるのは天井だ。集会浴場の天井だけがそこにあった。
明日に控えた戦闘を前に、エスペラは動じない。
思えばこんなことはいつもだった。向かってくる試練のような出来事を、ただただ迎え撃つ。それだけで随分と劇的なのだから、人生とはなんと受動的なものなのだろうか。
あのときもそうだった。ああ、あのときも──。
浮かんで消えるのは過去の影。彼に向かってきた試練は、ほとんど姉が肩代わりするかのように解決していった。
あれは一体、どういった気持ちだったんだろう。
「…………よっ」
そうして考えていたからか。
そんな声がかけられるまで、彼は自分の隣にいた人物に気づかなかったのだった。
「──あ、姉貴っ? なんでここに……いや混浴なんだけれど」
集会浴場は混浴になっている。だからこそ彼女がここにいることは何もおかしなことではないのだが、彼が入っているときに入ってくるなんて思ってもいなかったから、びっくりしてあたふたと取り乱す。
そんな青年を見て、彼女はけらけらと笑うのだった。
「なんでって、あたしがここにいちゃ悪いのかよ」
「……驚いただけ」
いつも驚くくらいに紅い顔は、普段よりも真っ赤に染まっている。体が温まったからなのか、それともまた別の要因なのか。それがよくわからなかった。
「こっちにきて、オマエちゃんとまともに話してなかったからなー」
なんて言いながら、彼女はぱしゃぱしゃと水面を軽く蹴り上げている。
その足先の動きをぼーっと眺めて、これじゃまるで女の足を眺めて喜んでいるかのようではないか? と思い、目を逸した。
そんな動作に気づいていないわけがないのに、彼女はそれを見てけらけら笑いながら、目線を流すのだった。
「……姉貴さぁ。どうして、俺をアマツマガツチのほうに回したの」
「うん? ジンオウガのほうだとオマエちゃんが死ぬと思ったからだけど」
「俺と姉貴を一緒の班にしたら、目の届く位置にいて安心じゃないの?」
「…………」
──そう、それだ。
それなら安心だった。……姉に依存しているわけではない。いや、しているのか。けれどこれは、姉がいれば自分が安全だと思っているわけではなかった。
むしろ逆で──姉が自分の見ていない場所に向かうのが嫌だった。
「……オマエちゃんのコトはなんでも知ってるよ。だからアマツマガツチに、あのバカと一緒に向かわせることにしたんだ」
よくわからない。
彼には姉がいればそれでいいのに。
「はっきり言ってあげようか?」
「……要らない」
彼は言葉を切り捨てる。
彼にとって、言葉は不要だった。
わかっている。
本当はわかっているのだ。
ただ、わかりたくないだけ。
そう考えて、彼は言い出した。
「でも一つだけわかった。姉貴がびっくりするほど俺を見ているってことは」
そう言って、彼は宿に戻ることにした。
彼女の顔は見なかった。振り返っていれば、きっと見たことのない表情が見えただろうが。
──エスペラは、それを望んでいないのだ。
装備をしっかり身につけて、アイテムの整理も完璧だ。
体調は万全。朝一番で温泉にも入り、食事も済ませてもう完璧だ。
「行くか、親友」
「ああ」
切り札もある。
ポーチを上から撫で付けて、大きく吸った息は一つ。彼は覚悟を決めたのだった。
だいたいあとちょっとで一段落です。そこで完結扱いにすると思います。