GOD EATER ORPHANS   作:排瀬ルツミ

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鉄と血と、神と人と

「今から対アラガミ部隊“ゴッドイーター”の適性試験を始める。まずはリラックスしたまえ。その方が良い結果が出やすい」

 

 高い位置にある窓の向こうから声が掛けられた。あれがこのフェンリル極東支部の局長、ヨハネス・フォン・シックザールだろう。近くには研究員らしき人影も見える。

 

「その前に一ついいか?」

 

 その男を睨みつけながら、俺は口を開く。

 

「……何だね?」

「この手術を受ければ、俺はあのバケモノを倒す力を得られるんだな?」

「その通りだ。神器に認められれば君はめでたく“ゴッドイーター”――神器使いとなる。その力で、この極東地域に蔓延するアラガミを駆逐するのだ」

「……」

 

 この世界ではバルバトスが使えない。獅電も同じく呼び出せない。だからこそ、俺とミカにはMS(モビルスーツ)に頼らない力が要る。

 適性ありと判断されたのは幸運だった。アラガミというバケモノに対抗する同じオラクル細胞を用いた武器――つまり神器を用いるしかない。目の前のでかい機械はそれを使うための手術に使う道具だ。こいつに手を突っ込めば、俺はこの世界で戦える。

 

「分かった。鉄華団はあんたの側に乗ってやる」

 

 機械の中にある剣に手を伸ばし、柄を握る。同時にがちゃりと機械音。

 

「は?」

 

 部屋の天井を見上げると、手元の機械を上下に反転させたようなものが張り付いていた。――いや、あれはこの機械の上半分だ。

 上部分が一気に降りてきて、下部分の機械と重なり合う。手首の周りの赤い部分がぴたりとくっつき、ぐじゅぐじゅと肉を啜るようなおぞましい音が手首から発せられる。

 

「うっ!」

 

 阿頼耶識の手術に匹敵するほどの苦痛が俺を襲った。立っていられず膝をつく。呻きを上げても手術の痛みは止まらない。

 肉と皮を引き剥がされて、無数の針を突き刺されるような苦痛。身体の内側を虫が這いまわるような不快感。永遠のような数秒が過ぎて、機械が再び二つに分かれた。

 

「大丈夫かね?」

「こんくれぇなんてことはねえ。俺は、鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ……!」

「ならば結構。これで君の身体にはアラガミと同じ細胞が組み込まれた。これからの健闘を祈るよ、“ゴッドイーター”」

 

 さきほどの苦痛が嘘のように痛みが引いた手首を見る。そこには血の色の、真っ赤な腕輪が装着されていた。

 

 

 

「ガムいる?」

「いらない」

「あ、そう。お前は? ……あ、ごめん。今のが最後だった」

 

 メディカルチェックまでは待機と言われたので、座って待つべくロビーのソファーに向かう。そこにはすでに三人が座っていた。ガムを勧める帽子を被った男とフェンリルの制服を着た男、そして俺の相棒だ。

 

「ミカ。隣いいか?」

「うん。……ははっ、オシャレだね、それ」

「お前もな」

 

 三人は全員が右手に腕輪をつけていた。帽子の奴が話しかけてくる。

 

「あんたもゴッドイーターなんだ。俺より年上みたいだけど、先に試験を受けた俺が先輩ってことで。俺、藤木コウタ。よろしくな」

「ああ。俺は、オルガ・イツカだ」

「なんだよ、その辛そうな自己紹介。……そういや名前聞いてなかったな。お前ら、名前なんていうの?」

 

 コウタがミカともう一人の男に聞く。火星ヤシを飲み込んでからミカが答えた。

 

「三日月・オーガス。……です」

「ふうん。で、おまえは?」

「……神薙ユウ」

「オッケー。ミカヅキにユウ、だな」

 

 全員の名前を聞いたコウタは、一人ずつ指差して確認する。「オルガ、ミカヅキ、それとユウ」最後に自分を親指で示して、

 

「コウタ。……よし、みんなよろしく!」

 

 名乗ったあと握手を求めてきた。ユウが快く受け、次いでミカの手を握ろうとしたとき、ソファーに足音が近付いてきた。

 

「立て」

「は?」

「立つんだ」

 

 女の声が俺たちに命令する。最初は誰も従わなかった。二度目の強い口調でコウタとユウがびくりと立ち上がる。

 

「……」

 

 まだ立ち上がらない俺とミカを、女は冷たい視線で見下ろしてくる。それを俺は睨み返し、ミカは我関せずといった様子で新しい火星ヤシを口に含む。

 

「なぜ立ち上がらない」

「どうしてあんたの命令を聞かなくちゃなんねえんだ? 筋の通らねえことに命は張れねえよ」

「私はお前たちの上官だ。お前たちは私の命令を聞く義務がある」

「ハイ」

 

 俺はすくりと立ち上がった。続いてミカも立ち上がる。

 空気はぴりぴりと張り詰めたままだ。それが落ち着かないといった様子でコウタはそわそわしている。挙動不審なコウタを上官女は一瞥した。

 

「雨宮ツバキだ。生き延びたければ私の命令には全てイエスで答えろ、いいな?」

「ハイ」

「返事をしろ!」

「はいっ!」

 

 ツバキの命令にコウタが背筋を伸ばして大きな声で返事をする。ユウとミカは怯えた様子もなく淡々と返答し、俺は二度目の返事をした。

 

「メディカルチェックの予定が立った。神薙ユウ、三日月・オーガス。お前たちはヒトサンマルマルまでにサカキ博士の研究室に行け。その他の者は医務室に」

「ハイ」

「なんでユウだけ別なの?」

 

 ミカがツバキに聞いた。ツバキは不機嫌そうにため息をついてその質問に答える。

 

「神薙は極東支部初の新型だからだ」

「新型? なにそれ?」

「……サカキ博士に聞くといい」

 

 再び大きなため息をつき、ツバキは俺たちに背を向けた。

 ツバキがエレベーターで去ったのを見て、コウタは大きく安堵の息を吐いた。

 

「ああ、緊張した」

「大丈夫か?」

「誰のせいだと思ってんだ。お前が変に反抗しなけりゃここまで悪い空気にならなかっただろ」

「それは……」

 

 空気を入れすぎて破裂した風船のごとく、コウタは俺に激しい剣幕でまくしたててくる。その肩をユウが叩いた。

 

「何だよ!」

「時間」

「あ? ……まだ十分以上前じゃねえか!」

「ここの構造がまだよく分かってない。だから早めに動くべきだ」

「……ッ」

 

 鬱憤を晴らし終えていないのだろう、コウタが叱責を続けるか移動するか、その選択に分かりやすく悩んでいる。

 うーんうーんとコウタは唸る。選択が長くかかると見て、ユウはミカと俺にも聞いてきた。

 

「二人はどうする?」

「……どうする?」

 

 投げかけられた質問を、ミカはそのまま俺に渡してきた。

 俺は返答に困る。仲間(コウタ)を置いて行っていいのだろうか。いや、置いていくわけにはいかない。――鉄華団は、仲間を見捨てることはない。

 

「ミカ!」

 

 叫ぶと、ミカは俺の胸倉を掴み上げてきた。それを即座に振り払う。

 

「ああ分かったよ! 連れてってやるよ! 俺が……お前を、お前らを、そこに連れてってやるよ!」

 

 俺はエレベーターに向かって駆け出した。後をミカとユウ、引っ張られて動くコウタがついてくる。エレベーターが向かう先は、『アナグラ』の名が示す通りの地下だ。博士の研究室、そして医務室に向けて、エレベーターは下っていく。




2021 11/21 オリジナル要素『厄祭神器』に関する設定を削除しました。ノリでつけたものの邪魔でしょうがない。

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