「大きくなったらパパみたいなヒーローになる!」
「―――ならパパはカッコいいヒーローになるぞ!」
緋色に染まる夕焼けの中、街路樹の桜が開花の準備を始める側で、少女と父親の声が歩道に響く。
少女は職業なんて言葉を当然知らなくて、お仕事の言葉は覚えたけど意味はまだあやふやで。
それでも、パパはヒーローでカッコいいとだけ分かる少女は人を助ける父に憧れて、いつかそうなりたいと夢を見ていた。
土日の朝、平日夕方のテレビだって最近流行りのアニメよりも見るのは、いつも男の子女の子向け問わずヒーロー物のアニメや戦隊物。
それでクラスの友だちと話が合わなくても、少女は気にしなかった。少女にとってヒーローはカッコよくて、なりたいもので、言葉の響きが好きだったから。
「パパはもうかっこいいのに?」
「もっともっとカッコよくなるんだよ」
「もっと……もっと!!?じゃあじゃあ!わたしは―――」
少女は今よりもかっこいいパパを思い浮かべて、目を輝かせ、商店街で貰った風船のように夢を膨らましていく。右手で父親と手を繋ぎ、左手で風船を振り回す。その拍子に勢い余って少女は手から離してしまい、風船はどこかへ飛んでいった。
「夢、かぁ…」
10年後の春。少女は見ていたのは夢———ではなく進路届。
肩まで伸ばした赤茶色の髪をいじりながらため息をついて、漠然とした将来を想像する。幼い頃の夢はとっくにしぼんで消えていて、残っていたのは色すらもなくした無透明な未来だけ。
貴重な昼休みを割いてまで進路届けと対峙しているが、進路届けに筆跡はなく、消した痕跡すら見当たらない。
「何で進路届なんか出さなくちゃいけないんだろう…ああ、虚しい」
———と、背中越しから。少女の心情を切り取ったような言葉が少女の耳に入った。
「…人の気持ち代弁せんでよし。てか、最後の虚しいだけアドリブでしょ」
背腰まで伸ばした艶のある茶髪を揺らして、背後から覗くように同級生が顔を出した。
「バレちゃったか〜。それで?昨日と進捗変わってない
なんてのは夢物語。実際は就職出来なかった学生やフリーター、借金を抱えた人達が金を稼ぐ為の最終手段でなる場合が殆どで、自ら目指してヒーローになった人なんて1〜2割。現在のヒーロー数は万を超え、年々増加する一方で、一人一人が活躍出来る機会は減っていく。
「…じゃあ運動神経良いんだし、アスリートは?」
「まだそっちの方がマシだけどさ、マシなだけで私には合わない」
「えー、将来
「私が何かで有名になったとしても絶対に受けさせないからな!!?」
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「朱華は進学、か。あ"ぁ〜私も早く決めないとなぁぁ…」
「緋色〜!ただいまは〜?」
学校から帰宅した少女は、靴を脱ぎ捨てベッドにダイブしようと部屋へと行こうとした矢先ーーー台所にいる母親に呼び止められた
「あー…ただいま〜!」
「おう、お帰り緋色ぉ!」
リビングから、赤茶色の短髪に日焼けした肌と筋肉質な体をした男性が出てきた。ハイテンションで少女を迎えた男性は、少女の父親で長くヒーローとして活動している
出迎えてくれたのが何故か父親だった件。と頭の中でのどうしようもない思考をやめ、彼女は父親に言葉を返した
「ん、ただいま。それより何かあった?やけにテンション高いけど」
「よくぞ聞いてくれた!良いか!?聞いて驚くなよ!?」
息を呑む音がした。緋色は、振る舞いから悪い事では無いとは思っていたが、父親がハードルを上げるのに釣られて緊張していた
「今日の夕飯ーーーー焼肉だぁぁぁっ!!」
「焼肉!!?どこの!?」
「あの
「ちょっそれ最高過ぎん!?」
宴華亭。全国に数多くのチェーンを展開している焼肉店で、宴華亭オリジナルメニューが多く、そのメニューが美味しい事や品の安さが人気になっている
「たまには外食でも、と思ってね」
「ありがとうお母さん!!」
台所から出てきた母親に礼を言いつつも、緋色は今すぐ行きたくてたまらなそうな様子だった
「まず、手洗いとうがいねー」
「分かってる分かってる!」
「後、走らないこと」
「う、うんうん!分かってる!」
「全く、落ち着きがないなあ」
「あ な た も ね ?」
「ハイ…」
走りかける前に釘を刺された緋色、
言葉の圧力で口を閉ざされた
人を救けるヒーローであろうと、
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「あ"っ、お父さん!私のお肉取んなー!!!」
「油断する方が悪っ…い"!?」
「油断する方が悪いんだよぅ!!」
肉を取った取られたの取り返しーーー父娘で肉を争う宴華亭戦争が繰り広げられていた
現時点では父親が優勢で、不意を突くカウンターで肉を取る緋色が劣勢。ただ、勝敗はまだーーー
「はい、野菜」
「うぇい…」
「ハッハッハ、野菜なんて食べなくても生きていけるさ」
「それならこれからの食事、あなただけ大豆料理ね」
「ちょ待て待て待て待て!!食べる!!食べますぅ!!」
「えぇ…」
その戦争に終止符を打ったのは、若干父親の情けない姿に引いている緋色ではなく、明日からのご飯が大豆料理オンリーになりかけた父親でもなく、胸を張って勝ち誇っている人物ーーー
無益な争いをしてないで、肉だけじゃなく野菜も食べて欲しい母親による第三勢力だった
鎮圧された父娘が仲良く野菜を頬張っていると、母親が緋色に話しかけてきた
「そういえば帰ってきた時、朱華ちゃんの事を言いながら帰ってきてたよね?」
「んむっ…そうだけど」
口にある野菜を飲み込んでから返事した緋色に、母親からの
「本当に緋色は朱華ちゃん好きよね〜」
「はぁっ!?断じて違うから!!」
「何ぃ!?緋色に好きな人が出来ただとぉ!!?」
「ちーがーうー!」
「ヨシッ!今日は…いや明日は赤飯だな母さん!!」
「だから違っ「本当だって!!!」
緋色の否定よりも両親の目を集めたのは、二人組の若い男性だった
どうやら食べ終わって会計をした後らしく、帰ろうとしたところだったらしい
「ホントか?それ」
「ここの近くで火事が起きてるらしいんだよ!!このライブにほら!」
「マジもんじゃん。で、お前消防呼んだのか?」
「このライブからサイレン聞こえるし、誰かが呼んだらしいんだよ」
一人の男性が手に持っているスマホをもう一人の男性に見せ、その男性の反応からして本当だという事が、誰から見ても分かった
「取り敢えず行こうぜ!」
「腕引っ張るなって!」
男性がもう一人の男性の腕を掴んだまま、無理矢理連れて行くような感じで店内を出ていった
それを見ていた周囲がざわつき始めた
「すまん、仕事だ」
「っ…待って!!」
父親がそう言って立つと、母親は何かを察したらしく、父親を引き留めた
「どうしても行かなくてはいけないんだ」
「…どうしても?」
「ああ、どうしてもだ」
「…分かったわ。会計は私に任せて早く火事のところに!」
「ああ!!!!」
母親のその一言を最後に元気良く返事をした父親は、上着を羽織り、周囲のざわつきを気にせずに店内を走り去っていった
「緋色、会計したら私達も追うから準備しといて!!」
「…うん」
緋色は、家族としての父親は好きだが、ヒーローとしての父親は嫌いだった
どんな時でも何かが起きるとすぐに家族の事を放っといて行ってしまう
それを最後まで引き留めなかったり、引き留めるどころか、行ってらっしゃいと送り出す母親も嫌いだった
損をするのは自分達なのに、お母さんはヒーローでも何でもないのに
お母さんがカバーをする立場にさせてしまう父親が嫌になっていた
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「何で、お母さんは平気で任せてって言えるの?何で嫌にならないの?」
店を出て、周りの人が走ったり歩いている方向を頼りに母親と走っている最中。心に思っていた事が、口に出てしまった
「あっ…」
「平気に見えているのなら、私の演技はアカデミー賞物ね」
演技…?アカデミー?緋色は一瞬その言葉が理解出来なかったが、数秒後にその意味が分かった
「お母さんも平気じゃ…なかった?」
「そう、お父さんが死んじゃうかもしれなくて、不安と心配で一杯なんだから」
「え、死ぬ?お父さんが?」
仕事なのに何故死ぬかもしれないのだろうか。その何故を、緋色は母親から聞かされ
た
「もし火事で家の中に取り残された人がいた場合、お父さんが火の中に救助しに行って、命を落とすかもしれない」
「……………何で」
「分かってたのなら何で止めなかったの!!?」
緋色は走るのをやめ、両手を握り締めて立った状態で、今の聞いて尚更深まった謎を心の底から叫んだ
それに対して母親も立ち止まり、手を後ろにおいて、敢えて振り返らずに月を見上げながらポツポツと語り始めた
「普段はついテンション高くなってふざけたりするけど、仕事になった途端に真面目になって誰かを助けに行く。そんな姿にお母さん、惚れちゃってね」
「…
それを支えるのが、
これが母親ーーー否、
"桜のヒーロー" そのフレーズを心に刻むように、緋色は呟いた
「桜のヒーロー……」
「さ、早くお父さんを追いかけるわよ!」
菜乃葉は振り返り、緋色に声をかけて2人は再び走り始めた。家族を迎えに行く為にーーー
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宴華亭から火事の現場まで、意外と近く走って数分で着いた
火は他の家屋には燃え移っておらず、周りには消防車と救急車が待機していて、野次馬も集まっていた
「お父さんは!!?」
「お母さん!!こっちにはいない!」
父親の姿が見えなかった。まさか帰った?いやヒーローの彼がそんな事をする筈はない。であれば、燃えている家屋の中に助けに行ったはず
菜乃葉は夫が行方を確かめに、近くにいた消防隊員に訪ねた
「すみません、男性のヒーローがあの家の中に入って行きませんでしたか?」
「そのヒーローなら、ヒーロー活動許可書を見せて頂いた後、他の隊員と共に数分前位に入って行きました」
「ありがとうございます」
菜乃葉が消防隊員にお礼をする最中、緋色はその目ではっきりと見た。燃える家屋の中から、父親が少女を抱えて出てきた様子を、その目で
服は焦げ跡がちらほら見えているが、父親のその表情は勇ましく、そして何よりーーーーー
『パパ、ヒーローなの!!?』
『ああ!そうだ!今は名もないヒーローだけどな!!』
『え"お名前ないの?』
『じゃあ私がつけてあげる!!』
『つけてくれるのか!!?』
『うん!!んっーとじゃあ…!!』
『さくらのヒーロー!!ヒイロギ!!』
『……おおっ…!!!ヒイロギ!!桜のヒーロー、ヒイロギ!!ありがとう!緋色ぉ!!』
『にゅへへっ♪』
『大きくなったらパパみたいなヒーローになる!』
『ならパパは、カッコいいヒーローになるぞぉ!』
「…もうなってんじゃん。カッコいいヒーロー」
夢は移りゆくもので、少女はいつの間にか小さい頃の自分の夢を忘れてしまっていた
少女は涙を拭い、父親に「カッコよかった」と言う事と、後で話す内容を頭の中でまとめながら父親の元へと歩いていった
これはーーーー1人の少女が、小さい頃に願った夢を叶える物語