最終到達点『ロドス』   作:カネナリ#2560

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 戦場で果てながら愛を叫ぶのは実に素晴らしい。

 愛、愛ですよ。オリ主くん。


EP.11 如意騎士

 ぐちゃり、グチャリと肉が蠢く音が地底に響く。私は今、弾けた頭蓋骨を拾い集めながら、垂れ下がる脳味噌をアーツで引き戻している。脳味噌を見る機会は幾度も有ったが、間近でじっくりと見る事はしなかった。結構ピンクなんだな。

 

「おええいいんあ……。ん?」

 

 妙なねじれを感じる。真ん中辺りに指を突っ込んでくちゅクチュと弄って修正した。

 

「うん、外れていた。違和感が無いのが一番の違和感だな、此れは」

 

 形が整ったので上から頭蓋骨をカポッとはめた。骨はすぐにくっ付けるとして、肉と髪は……まあ其のうち生える。生えるはずだ。

 

ゴホッ、コフッ……

 

 血反吐を吐く声が依然として続いている。騎士の治療アーツが止まっていないことから察するに、奴はまだ生きているのだろう。心臓が無いのに良く耐えるものだ。

 俯く騎士は奴との約束を未だ守っている。奴の元へ行くのを耐えているのだろう。其の瞳は悲痛に歪み、歯茎を剥き出しにして食い縛り、握りしめた手は地に穴を空けた。

 

「どうした。そんな辛そうな顔をして。傷はもう癒えているはずだろう? さあ、剣を取って、立ち合おうではないか。

 奴との約束を反故にする事を惜しむ事は無い。其の者はもうじき息絶える。お前が怨み辛みを抱え、手負いの仇と相対するのならば、有利なままに決戦を開いた方が良いだろう?」

 

 私が倒れ伏す奴を注意することなく騎士に嘯けば、騎士は其の鋭い眼光でもって私を睨み付けた。騎士の想いは未だ理解できずにいるが、其処に怒りは無かったように思う。最も、当時の私は怒りというものを、全くもって知らなかったがな。

 

「貴殿は、何故私と闘おうとしている。貴殿に浅くない傷を負わせた者がまだ生きておるのだぞ! 止めを差さぬままに道を通ろうと言うのか。其れは、闘った者に対する最大限の侮辱だ」

 

「馬鹿馬鹿しい。其の者はもう生きていない。まだ死んでいないだけだ」

 

 私は騎士という存在を知っていながらも、其れを理解しないままに鼻を鳴らし、遅いか早いかのか違いだと言ってのけた。隠しきれない程の傲慢さが、ありありと滲み出ている。私は一体何様の積もりたったのだろうか。

 

「駄目だ、貴殿。其れは駄目だ。傲慢が過ぎるぞ。敵に致命傷を与えて油断しているのだろうが、直前に其れを行って痛い目を見ただろう。一度ならず二度も三度もだ。

 其れでも尚改めないのであれば貴殿は人間を舐めすぎている。貴殿のような愚か者が、戦場で真っ先に苦しみ果てるのを私は幾度も見てきた。此の先生きたければ、其の性質を即刻改めるべきだ」

 

 何の事かさっぱりな私は、忠告を飲み込めないまま死に体の奴に目を向けた。見れば広がっていたはずの血溜まりが忽然と姿を消し、鎧の穴から見える傷が黒い結晶で塞がっていた。

 不思議に思った私は、無警戒のまま奴に近付いた。そして、おもむろに其の結晶へ手を伸ばしたのだ。其れは呆れてしまう程に低能な行動だ。脳味噌が吹き飛ぶと、こうも知能が落ちるようだ。全くもって嘆かわしい。

 

 案の定、奴は生きていた。いつぞやの炭化野郎のように、胸の穴から輝きを発する心臓が鼓動し、全身を脈動させる。奴は懐に隠し持っていた自決用の短剣を右手に握り、私の両足首を切断せんと振り抜いた。

 すんでの所で私は後方へと跳び退き、凶刃を避けて見せた。だが、不必要な力まで入れた脚は、思ったよりも私の体を浮かばせてしまう。数秒という、空中で身動きの出来ない時間が出来てしまった。そんな隙を見逃す奴ではない。

 

 奴の左肩から結晶が突出し、一つの腕を形作った。其の腕は僅かに発光し、元が人の物であったとは思えぬ程に異形で巨大であった。其処に秘められたエネルギー量は私でも目を見張る程だ。

 奴は結晶の腕で地面を掴んで体を浮かせた後、前方へと体を射出した。其の様は正に、弾丸であった。一蹴りならぬ一手で、未だ滞空する私に追い付いたのだ。其の瞬間速度は音を越えていた。

 

 幸運であった事は、奴は其の高速移動に慣れていなかった事だ。奴が直進しか出来ないと踏んで、私は身を逸らした。奴がしたように心臓を守り、代わりに左腕を犠牲にした。狙ったかのような同一の状態に、何者かの作為を感じられるがきっと気のせいだろう。

 気のせいではあるが、もし奴が過去に固執するようなゴミクズであるのなら……良いだろう、とことん付き合ってやろうではないか。

 

 私は壁に叩き付けられ、奴は私の隣に突っ込んだ。先程私がめり込んだ壁だ。崩れた壁はそれはもう酷い有り様だった。こんなに暴れてよく崩落しないものだ。此処を支えている物が何処かに有るように思える。今探す意味は全く無いがな。

 

 壁と接する背中が振動を感じた。何の仕組みか分からないが、聞こえるのは奴の鼓動のみ。どのようにしてか、土中を音も無く進んでいるのだ。

 現在、奴は私のすぐ後ろに来ている。私に奇襲を仕掛けようとしているのだろう。此れに私が勘づいている事を、奴は認識できるのだろうか。まあ、認識できようができまいが、やることは同じだ。

 

 奴の手が私の心臓を狙って壁を突き破った。そして私は瞬時に其の音に乗って左に少しずれた。故に奴の異形の手は虚しく空を切ったのだった。

 私は其の手を右手で掴み、奴を壁から引き摺り出して地面に叩き付けた。衝撃からか、奴は肺の空気を吐き出すように声を上げた。

 

 奴が動揺している間に異形の手を捻り、関節を捻らして皹を入れた後、其処を渾身の力で踏み砕いた。結晶が舞い散り、奴の絶叫が響く。腕を作るのなら痛覚は切っておくべきだったな。もう遅いが。

 右手に奴の奴の手を後方に放り捨てた。奴は未だ痛みに喘ぎ、地をのたうち回っている。とんでもない隙なので、グリーブごと左脚を踏み砕いておいた。骨が折れたのか奴は一際甲高い悲鳴を上げる。

 

 どうも奴は痛みに慣れていないようだ。まあ仕方無いのだろう。此の強さに加えて後方支援部隊の医療術師だ。身を守る術を持ち、攻撃を受けにくい立ち位置の奴が、傷を負う機会はあまり無かっただろう。

 だが、闘いの場においてそんな事情など考慮されるはずが無い。こうして眺めていても、修行不足であるとしか思わなかったのだから。

 

 痛みに喘ぐ奴だが、何とか堪えて私に攻撃を仕掛けてきた。自決用の短剣でまた同じように足首を狙って振り払うが、力も技も半端でアーツの制御すら覚束ない攻撃では、私のアーツを突破するには至らなかった。

 握り締める柄のみを残して刃は砕け散った。其の事実に奴は瞠目し、呆然と短剣だった物を眺める。またもや隙だったので右腕を踏み砕いた。いい加減にしてもらいたいものだ。私と闘うのではなかったのか。痛みごときに狼狽えないでほしい。

 

「どうした。其れで終わりか? 啖呵を切っただろう。倒して見せると豪語して見せただろう。何だ其の姿は。情けない。無様だ。

 お前には一方的に受けて、一方的に攻める事しか出来ないのか。攻防入り乱れる闘いこそが騎士の決闘に相応しいのだぞ。

 何故其れが出来ない。お前は騎士なのだろう? 其の証が縫い付けられた鎧を身に纏っただろう。其の手に武器を握っただろう。護るべき者を背にしているだろう。そんなお前が騎士でなくて何と言うのだ。

 闘いを続けるのだ騎士よ。痛みに喘ごうが喚こうが、立ち憚ったからには容赦はしない。使命を全うするんだな。お前に命を捧げる覚悟が無いのであれば、最初から此の場に立つべきでは無かったのだ」

 

 未だ苦悶の声を上げ続ける奴を、最早無用と断じて胸の結晶を蹴り飛ばした。砕け散った結晶を撒き散らしながら、空気の抜け掛けたボールのように鈍く何度も跳ねて騎士の前に静止した。そして、ピクリとも動かなくなった。終に事切れたか。そう私は思った。

 奴は騎士には成れなかった。痛みに惑わされるような青っちょろいガキでしかなかったのだ。私に負けた理由は其の一点に尽きる。

 

「マズ……リカ……」

 

 今度こそ決着をつけようと騎士に向かった。何だか先程と同じ光景だ。最も、奴に闘えるような力は残っていそうに無いがな。

 

「……マズリカ」

 

 騎士の呼び掛けに奴の指がピクリと動く。だが、其れだけだ。其れ以上は無かった。有るはずが無い。

 

「マズリカ!」

 

 息を吐く音が聞こえた。奴の呼吸音だった。其の微かな吐息は死の間際に発する声に似ていた。其のまま息を引き取るべきだろう。死人は息をしないのだから。

 

「マズリカッ!!」

 

……ハ…………イ

 

 怒声のような騎士の呼び掛けに、奴は僅かな声量で答えた。生きているだけでも辛い状態のはずだ。其れでも尚、生きて騎士の呼び掛けに応ずるのは、私にとっては実に不思議で理解できない。

 

「カジミエーシュの騎士が一族、アンドロス家当主フォルティナ・アンドロスが命ずる!

 

 ────立って、闘えッ!!

 

 パキパキと奴の肩から新しい腕が生えてきた。以前の腕ほどの大きさは無く、まるで枯木の小枝のようにか細く歪にある。風が吹くだけで折れそうだ。

 其の腕と折れていない右足を支えにしてゆっくりと立ち上がっていく。砕けた鎧が奴が動く度にポロポロと剥がれ落ちる。其の様が、自身の命を落としているかの様に私を錯覚させるのだ。

 

 そして奴は立ち上がった。人として二度と立ち上がれない体で立ち上がったのだ。惨たらしい程にボロボロの体では、二本の足で立つことが異常になってしまう。

 何故そこまでしようとする。騎士だからなんだ。結局は人のくせに。人の身を意思の力で越えようとするな。越えた者が何と呼ばれるか知っているのか。

 

……承……知…………ケボッ

 

 化物だ。正真正銘の化物と呼ばれる。そもそも可笑しいだろう。新しい心臓が生えるなんて。彼の炭化野郎は源石病のせいにしていたが、源石病にそんな症状は存在しない。そんなお得が有ってたまるか。

 ならば何故奴は生きているのだ。核となる物を失って何故生きているのだ。得体のしれなさが漠然と其処にあった。

 

「立ったな。お前、また立ったな。また立ち憚ったな。此れで三度目だ。生き汚く闘い続けるのが騎士なのか? 違うだろう!

 死人がッ、そう何度も立ち上がるんじゃない! 大人しく寝てろ!」

 

 湧き出る恐怖心を憤怒によって誤魔化し、理性の欠片も無いただの殴打を繰り出した。ただ奴を上回る速さで当てることだけを考えた拳は、音を突き破る領域に手を伸ばしていた。

 満身創痍の奴では受ける事は愚か、避ける事すら出来ないだろう。私はそう思ったのだ。私はそう思い込みたかったのだ。其の願望を事実に帰結させるべく、私は音を超越してみせた。

 

 其れなのに、奴は私の拳を避けた。スルリと皮膚スレスレに、しかし決して触れることなく紙一重に避けてみせた。達人級の拳法家の如き極最小限の動きであった。

 大振りに攻撃した私では、奴がとる次なる行動に着いていけるはずもなく、気休め程度にアーツで身を守る事しか出来なかった。

 奴の枯木のような腕は私の防御機構を紙のように突き破り、右腕の肩の間接部に位置する骨を抜き取った。私の右腕は一部の肉が繋がった状態になり、だらんと垂れ下がる。

 

 反撃を、と思い蹴りを繰り出そうと左足を振り上げれば、不可視の斬撃が襲い掛かり、左足は膝を境にスパッと斬れて何処かへ飛んでいく。こうして、私の身体は四肢の内ほぼ右足一本となってしまったのだ。

 奴はそんな私の心臓を狙って、其の枯木のような拳を振り上げた。私が其れを飛び退いて避けようとした時に、右腕を膝で蹴り上げて擬似的なアッパーを奴の手にぶつけた。軌道が逸れて奴の打撃を躱せたが、私の右腕はぐるぐると何十も回転し、皮膚が捻切れて飛んでいく。其れを更なる好機と見たのか、奴は一足で私に迫った。

 

「自身に出来て、他人が出来ないとは限らないだろう。物真似はお前だけの術では無いぞ」

 

 私は体内に混在する源石結晶を右肩の切り口から突出させ、離れ行く右腕とくっつかせた。伸びた分だけリーチが増えた右腕をしならせ、奴の拳へと手刀をぶつける。硝子の砕け合うような音が響き、踏み込んだ地盤が少し陥没した。互いの力が拮抗し、膠着状態へと陥る。

 

「疑って然るべきだ。トドメを差す時は特に。

 此度の闘争で其れを痛感した!」

 

 其処らに転がっていた私の左腕をアーツで引き寄せて、奴の頭部にぶつける。奴は体勢を崩して尻餅を突き、衝撃からか兜が剥がれた。奴の色白な素顔は血と土で汚れきっている。端正な顔立ちも此れでは形無しだ。

 私は左腕をくっ付けて、欠損部を結晶で補った。調子を確かめるように動かす。問題なく動いた。

 

「来な。お前の命、此処で断ちきってやるよ」

 

 両者見合う。

 方や継ぎはぎだらけの片足無し。一本の足で奴を見下す。

 方や無傷なのが右足だけのぼろ雑巾。右腕を支えに膝を突き私を見上げる。

 

 火蓋は切って落とされた。奴は地に着けた手から結晶を伸ばし、私の足元の地盤を切り崩したのだ。私は陥没した地に足をとられて体勢を崩し、奴は流れるような動作で追撃を行う。

 

 奴が跳び出したのを確認してから、私は左膝の切口から結晶を突出させて体を支える。そして同じく拳でもって奴を迎え撃った。

 互いの拳がかち合うも奴の拳の其の軽さに、思わず面食らった。見れば奴の右腕は肩から切り離されており、当の奴は身軽な動きで私の懐に入り込もうとしている。まるで私の動きを予期していたかのような行動だ。

 

 奴の左腕が膨張し、内部から結晶が出現する。何処かで見た異形の腕が其処にあった。秘められた力は以前よりかは断然少ない。しかし、私を死に至らしめるには十分だ。

 

「くれてヤルよ……ボクのッ……全部ッ!! ありったけを……ッ!!」

 

 私は此の事態を予期し得なかった。闘いの才能以前に、闘いの経験が不足していた。だから、想定外であった。奴が長期戦でなはく、短期戦どころか一撃で終わらせようとするなんて。私には予期できなかった。

 だから此の闘いは終わる。私は長期戦と見越して錫杖を引き寄せていた。だから届いたのだ。奴がトドメを差そうと息巻いていた時に、私は余裕こいて錫杖を引き寄せていた。奴の攻撃がもう一瞬速ければ、塵となるのは私の方だっただろう。

 しかし、そうはならなかった。奴が私に攻撃を加える前に、錫杖が奴の背を押し上げたのだ。こうなるとは全くもって想定外であった。

 

「……ォゴァッ!? ……ア、アーツ……ロッド……ッ!! 真似、されたッ!!」

 

「怪我の功名と言うやつか? いや、運が良いと言うべきか」

 

 本来私の胴へいくはずであった奴の左腕は私の脇を通って行き、代わりに奴の体が私の懐に収まった。奴は未だ自身の体を押す正体を後ろ目に目の当たりにし、先の私が左腕を引き寄せた事実を再確認した。

 一度見せた芸当なのだ。警戒して然るべきなのに、奴は一撃に執着しすぎて其れを疎かにした。払う代償は、小さなミスにしては果てしなく大きいものだ。

 

「では、貰うとしよう。お前を動かす力全てを」

 

 両手を奴の体内に突き刺して、残り僅かな源石結晶を吸い上げる。もう動く希望すら見いだせない程に根こそぎ吸い取った。奴の素肌はミイラのように枯れていき、遂には身体の端から塵となって崩れ始めた。

 奴の命を担っていた物を奪ったのだ。むしろこうなって当然であろう。

 

 奴は人では成し得ない生の延長を、禁忌とされる術と意思の力でやってみせた。其の代価として、身体が崩壊する喪失感と其処に伴う耐え難い苦痛を、死の間際まで味わう事になった。人の身で人を超越するという事は、身の毛もよだつ罰が与えられるという事だ。

 

「……嗚呼、やっぱ、負けちゃたなあ。でも、頑張ったなあ……僕。死ぬ気で、痛いのも我慢して……二回も死んだ。必死に、闘ったなあ……僕。……そうだ、彼の人の為に……僕、闘えたんだ。

 彼の人は、今……どんな顔を、しているんだろう。喜んで……いるかなあ? 悲しんで、くれているかなあ?  笑って、欲しいな。泣いていて、欲しいな。其れで、良くやったぞって、頭を撫でて欲しいなあ。

 嗚呼、でも……もう目が見えないや。もう、耳が聞こえないや。身体ももう、動かないや。悔しいなあ……悲しいなあ……。最期に、見たいなあ……彼の人の顔を。最期に、聞きたいなあ……彼の人の声を。最期に、触れたいなあ……彼の人の手を。

 嗚呼、最期は……せめて……彼の人を見て、死にたかった、なあ」

 

 奴は死に行く身体でつらつらと己が願望を吐き出した。其の薄汚れた願望は奴をいっぱしの人間であると認識するには十分であった。此処まで粘質で、下劣で、澄みきった欲望で、人が為に命を捧げれるのは人間以外に存在しない。

 故にこそ私は、そんな激情を抱えて尚騎士の責務を全うした奴に敬意を表し、私の脳内に写されている光景を奴の脳内に転写してやった。何、死ぬ気で頑張った者には其れ相応の褒美が必要だ。善かれと思って尽くし、死ぬのなら尚更。

 

「嗚呼、嗚呼ッ、嗚呼ッ!! スゴくイイッ!! スゴくイイよおッ!!

 僕が責務を全うできたという喜びッ!! 僕を失うという悲しみッ!! 僕を殺した敵への怒りッ!! そして、それらの感情を抱くことを禁じられている騎士の制約ッ!! 板挟みで、ぐちゃぐちゃで、どうしようもない、困り果てたそんな顔ッ!!

 見たかった……僕は此れが……ずっとずっと、ずーーーーッと、見たかったんだ!! アハッ、アハハッ、ヒャハハハハッ!!」

 

 干からびた頬を上気させ、奴は狂喜的な笑い声を上げた。こうなっては苦痛を感じているのか怪しくなってくる。死に際に発する遺言が、汚泥にまみれたシャンデリアに劣る下衆な願望の発露とは、いっそ人間らしいと褒めてやりたかった。

 奴は塵となって消えた。地底の奥底に狂喜に満ちた笑声を余韻に遺して、此の世を去ったのだ。死ぬ時ぐらい大人しく死んで貰いたいものだ。もう出来ない注文だがな。

 

 服に付いた塵を叩いて落とす。見方を変えれば此れも立派な死体だ。呪いの起点にされたら対処のしようが無い。騎士は絶対にそんなことしないだろうがな。

 斬り飛ばされた左足を引き寄せてくっ付ける。綺麗に斬れていたので跡も残らなかった。どのようにして斬ったかさっぱりだ。全く見えなかったからな。

 

 どうしたものかと私は思い悩む。彼の騎士の事だ。奴にぶつけた技術を見ているのだから、手の内の殆どは使えない。騎士を一度倒せたのは、初見殺しを滅茶苦茶に多様したからだ。同じ技を使ったら隙を突かれて確実に殺される。そんな嫌な確信が私にはあった。

 体力も気力も十分だ。装備も申し分無い。しかし、手数が圧倒的に無かった。何か考える必要があるだろう。

 

 騎士に歩み寄りながら錫杖を鳴らす。久方振りに感じるのは何故だろうか。アーツで騎士の脳を震えさせようとしたが、全く効いた様子が無い。鼓膜破ってるのか、コイツ。

 騎士との間を少し空けた状態で歩みを止めた。私は錫杖を鳴らすのを止め、歪んだ表情をする騎士を眺めた。そして何故だか分からないが、此の時私は騎士に慰めの言葉を送らなければならないと思ったのだ。

 

 ───愛、というのは今一理解できないが……ああいう手合いは俗に言う男色と言う奴だろう? 当方は語彙を多く持たない故、どの様な言葉を掛ければ良いか検討もつかないが、まあお気の毒様と言っておこう。

 気にしないのが一番と、彼の冒険家も言っていたしな。まあ気を持ち直せ。

 

 妙に発揮された私の機回しは効果覿面だったようだ。苦しんでいた騎士の顔が、スンッと平常な物に戻ったのだから。効果は有ったのだよ。効果は。

 

「どういう神経で物を語っているか気になるところだが、一つだけ明言しておこう。

 マズリカは女性だ。ましてや幼子でもない、れっきとした大人だ。私のように惨めな身分になりたくなければ、人を見極める力を着けることだ。

 マズリカは私を愛していた。戦場に押し掛けて身分を偽ったまま騎士にまでなった程に。其の狂いきった愛を、私は知って此処に居る。受け入れたから此処に居る。マズリカと交わした約束が有ったから私は今を生きている」

 

 ───……。

 

 私は其の約束という言葉に嫌悪感を感じた。何故だか分からない。分からないが、其れを聞いてはいけない。そんな思いが私の脳内を閃光のように駆け巡った。約束とは尊き物ではなかったのか。

 

「貴殿も勘づいているように、マズリカと交わした約束は承認し難いものであった。其れは、闘いに果てる様を見届ける事だ。

 私の為に闘い、私の為に傷付き、私の為に果てる。其の様を私の眼に焼き付ける事を強制された。全ては、私の愛を確かめたいが為に。

 本来なら騎士にあるまじき俗物として斬り捨てるべきだったが、先に私が俗物に堕ちてしまった。交わすしか他なら無かった。一夜の過ちとは斯くも恐ろしいものよ。どうだ、此の話を聞いて。貴殿はどう思った」

 

 ───少し後悔した。お前が死に急いでいた理由が分かって複雑な気持ちだ。闘いに私情を持ち込まないで頂きたい。

 

 ぶっちゃけ話は実にやる気を削ぐものだ。真面目にやるのが馬鹿馬鹿しくなる。闘いは馬鹿が起こすものだがな。

 

「そう言うな貴殿。戦いとは本来、恥辱の縺れが産んだ悲劇よ。ウルサスとカジミエーシュの戦争は其れが原因だからな。大分美化されているが」

 

 ───下らんな。

 

「ああ、実に下らない。だが其れが人間だ」

 

 私の戦意をどん底に下げてから騎士は立ち上がった。今まで抜きもしなかった剣を掴んだ事で、私の警戒心は今までに無いぐらい主張している。今までに無いと言うか今が初めてだがな。

 しかし騎士が抜くと剣には草臥れた柄しか無く、肝心の刀身が存在しなかった。引っ込むタイプの玩具の剣だろうか。アレ、結構痛いんだよね。

 

 ───何だ、そんな剣で闘うつもりか。下らない冗談はよすんだな。

 

「いや、私は極めて大真面目だ。鞘を使う積もりでいたのだ。そもそも抜けるとは思わなかった。刀身が無いのは想定外だが、抜けた以上やりようは幾らでもある」

 

 先程とは打って変わって神妙な顔付きになった。ビームサーベルでも出しそうな雰囲気だ。

 

「此の剣はアンドロスに代々継承されてきた信念(おもい)の剣。所持者の信念を其の姿に反映させる性質がある。信念を持たぬ者はそもそも持てず、中途で喪失すると消える。子が出来てから抜けなかったが、そうか、私の信念は受け継がれたのだな。喜ばしいことだ」

 

 此の瞬間、旋風が巻き起こった。まるで此の時を待っていたかのように、突如として。

 そして私は目を疑った。周囲に倒れ伏す騎士達の死骸から、蒼白い炎が染み出てきたのだ。また妙な事をと彼の男に殺意を抱いた。妙な事が起こると面倒なことにしかならない。

 

「フッ、全く。阿保な奴らだ。とことん付き合う積もりらしい。良いだろう。共に闘おうではないか。

 集えよ我らが信念、其の力を。此の私が存分に使ってやろう」

 

 騎士が柄を天に掲げた。そして其処に蒼白い炎が一斉に集結し、一つの刀身を形作った。蒼白い光を帯びた其の剣が信念を現すのなら、何十人の意思が全くの同一の思いを持っていることになる。其れは、恐らく、私を倒すためのものだ。其の刀身に触れるだけで死んでしまうような厄介な感じがする。

 

「さあ、皆の衆。行こうではないか。彼の不届き者に天誅を下してやろうぞ。

 さあ、貴殿。覚悟しろ。

 

───我らが相手だ

 

 世界最高峰の騎士。其の最後の闘いが始まった。

 




プロット「進捗どうっすかー?」
作者「ああ、今回もダメだったよ。上手くいかないものだな」

 進まねえ!!
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