最終到達点『ロドス』   作:カネナリ#2560

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EP.14 眼前之園

 顔をつつかれる感触に私は覚醒を促された。視界を覆う様に鳥野郎の嘴が私の顔を啄んでいる。何してんだてめぇ。

 苛ついて手を伸ばそうとしたら、鳥野郎はいち早く察知して奥の通路へ逃げて行った。彼奴は後でシメる。

 

 最悪な目覚めだったが、起こしてくれた事には感謝しておこう。何せここは崩落しかけの廃坑。いつ生き埋めにされるか分かったものではない。

 

 だが、私の視界は其れを否定した。私がぶっ壊した筈の壁も、騎士が斬り刻んだ筈の地面も、何事も無かったかの様に元に戻っていたのだ。低くなっていた天井も随分と遠くなっている。

 だが、私と騎士団の闘いが幻では無いことは、地面に突き刺さる彼の黒き剣が証明している。壁や天井にアーツの痕跡がある事から、何物かが此処を修復したのだろう。

 

 私が困惑しながら周囲を観察していると、彼の極小の粒が何処からか湧き出してきた。其れも大量に。一粒一粒は指で摘まめぬ程の大きさだが、何千何万何億と集結した大質量の其れらは人を型どり、人の声と思わしき音を発した。

 

「よお、お目覚めかい?」

 

 ───其の声……彼のフルチン下郎か。やはり生きていたな。

 

「覚え方ぁ!! 俺の名はメンダークス! 覚えとけ!」

 

 私は起き上がって体の調子を確かめた。動かしたところ、肉体は完全に修復されている。アーツの効き目が良かったのだろうか。いや、流石の私でも意識が無い状態ではアーツの行使は不可能だ。

 まあ、何となくだが原因は分かっている。恐らくは胸に抱いていた信念の剣だ。何時の間にか鞘に収まっているが、此れを握っていると活力が漲ってくる。為れば治癒力も向上するものよ。

 

「はあ……まあ良い。俺の役目はお前さんを野垂れ死なない様に外界へ送り出す事だ。おっと、理由は聞くなよ? 今のお前さんに知られると困る事が満載だし、個人的に言いたくねえもんもあるからよ」

 

 ───ふむ……して、何故汝は当方の助けをするのだ。

 

「おい、俺今聞くなつったよな。てめえ何処に耳付けてんだ」

 

 ───当方に耳は無いが。

 

「敢えて言ったのが分からねえか、此の"ウルサススラング"野郎が! 物事には順序ってもんがあるんだよ。現状、説明はしないしする積もりもない。どうせお前さんなら行く行く気付くだろうからな。

 おら、お前さんの服だ。仕立ててやったから有り難く思え」

 

 奥の通路から塵によって運ばれてきた其れは、見るからに鎧であった。金刺繍を施された金属製の胸当て、籠手、脛当の三部位だけという軽装だ。肝心の服は何処にあるのだろうか。

 

 ───……此の鎧を服と言い張るには厳しいと思うが。

 

「ばっかお前、何処に目をつけてんだよ。中に入って……無い!? は? 無いんだけど……」

 

 ───当方に目は無いが。

 

「うっせえ! 知ってるわボケ! てめえの目玉の事じゃあねえんだよ! 可笑しいなあ、確かに入れたんだが……あっ」

 

 メンダークスは無貌の面を通路の方へと向けた。其処には布の塊を咥えた鳥野郎が馬鹿にする様な目付きでメンダークスを見ていた。鳥野郎は私の元へトテトテと歩み寄り、咥えていた其れらをペッと吐き出した。どうやら入れ忘れたのを鳥野郎が持ってきたようだ。

 

「おっ……と。あ~、お前か! 悪戯しやがって、このこの!」

 

 ───下らん人間性だ。

 

 メンダークスが鳥野郎に蹴散らされているのを端に、私は襤褸となった服を真新しい服に着替えた。下着は普遍的な布地だったが、ズボンとシャツはピッチリしており尚且つ通気性が高い薄地であった。スースーしてて慣れない。

 其の上に胸当て、籠手、脛当を着けてブーツを履き、信念の剣を腰に差す。奇妙な迄にピッタリだ。軽装ではあるが、激しく動けば中が蒸れそうなのが良く分かった。中の服はもっと薄くても良いぐらいだ。

 

 ハットと外套、バッグ、錫杖を引き寄せて身に付ける。割れてしまったマスクは……バッグにでも放り込んでおこう。此れを直せる程の設備が見つかると良いのだが。

 此れで旅の準備は完了だ。思ったが此れ鎧必要無いな。まあ、貰えるものは貰っておくが。

 

「ん~、良いねえ~。決まってるよ~。通り名は放浪騎士ってところかね。其のへんてこな帽子とアーツロッドがミスマッチだがよ」

 

 ───此の鎧、背丈が近しい……確かマズリカ、とか言ったか。其奴のか?

 

「いやいや、お前さん専用の鎧さ。此の日の為に二年掛けて俺が作ったんだ。苦労したぜ? 此処らの鉱脈は粗方堀尽くされてたからなあ」

 

 ───まるで当方が来る事を予見していたかのような口振りだが。

 

「俺は元占い師の騎士見習い兼鍛冶士だからな。予知ぐらいお茶の子さいさいよ。初めて見た時に心が折れちまったが……まあ、結果良ければすべて良しさ。俺ってば凄い!」

 

 途端に胡散臭さが倍増ししたが、彼の冒険家も未来を見ていた節が有ったので、予知という技能も割かし一般的なのだろう。いや、そう思ってしまうのは私が世界を知らなすぎるからだろうか。

 

「おうおうおう、其の目は信じてないなあ~?」

 

 ───当方に目は……

 

「仕方ねえなあ! 其処まで疑うってんならお前の行く末をちょいと占ってやろう。どれ、道具は壊れちまったから此の小石で……それい!」

 

 其処らに転がっていた小石が浮き上がり、奥の通路へ飛んでいった。反響を拾えば、小石は何度も地面を跳ね壁に立て掛けていた箒にぶつかり、倒れた箒の柄が地面に置いてあったランプを破壊して中身の油を床にぶちまけ、奥へ下へと流れていく油は火を伴って奥の行き止まりに流れ込み、取り残されていたらしき源石爆弾に引火した。

 

「ぬわあぁぁぁぁッ!!」

 

 爆発位置はメンダークスの直ぐ傍にある壁の下だ。源石爆弾は大量にあったらしくかなりの威力であり、当然の様に壁が崩落した。大小様々な岩石がメンダークスに襲いかかり、押し潰していく。人は皆、其の命と共に塵へ還ると言う。永遠に眠って頂きたいものだ。

 

「ふぅん……まだ補強が足りねえな。

 いやー、失敬失敬。此れは俺の行く末だったわ。安心しろよ、今度はミスらないからさ」

 

 ───汝、興じてはおるまいな。

 

 塵の集合体が岩石に埋もれる訳が無く、隙間から湧き上がって巫山戯けた事を抜かした。私が尋ねてもすっとぼけた様に肩を竦めるだけだ。

 心底下らないと私が踵を返して廃坑から出ようとすると、メンダークスは慌てた風に立ち塞がって捲し立てる。

 

「ちょちょっ、待てよ。悪かった悪かった。もう真面目にするからさ、な? お前さんに見せなきゃいけねぇもんが在るんだ。着いて来いよ」

 

 塵の集合体が移動を始めた。速く来いやと言わんばかりに奥の通路の前で留まっている。初めからそうして欲しいものだ。

 奥の通路を進めば開けた空間に出た。燃え盛る炎で照らされ、細部まで見て取れる。下へと続いていた坑道は崩落して通れなくなっている。

 

「や、ヤベヤベ。消火~、っと。うん、お前さんのアーツすげえ便利だな。どういう仕組みか全然分からんけど」

 

 ───何故、汝らアンドロス騎士団は其のアーツをそう簡単に使い熟すのだ。一朝一夕では身に付かん代物なのだぞ。

 

「ああ~、そりゃアレよ。うち、結構人間離れしている輩が多いからなあ。所謂人類の上澄みの集まりってとこだ。まあ、老人一人に負けたけど……」

 

 メンダークスの話を話し半分に聞いていると、微かな違和感に私の目が止まった。地面や壁が焼き焦げた空間の中、其れだけが何物の影響を受けていないかのように真新しい状態で鎮座していたのだ。

 其れは何処にでも在るような扉であった。しかし、其れが尚異彩を放つ要因となっている。私は誘われる様に其の扉を開いた。

 

 小さな個室だ。机と椅子とベッドだけでかなり狭苦しく感じる。机上にはインクと羽根ペン、ランプ、巻物、幾つかの本が並んでいた。私は其処へ足を踏み入れ、最も古ぼけている本を手に取った。

 

『フォルティナ・アンドロスの手記』

 

 ざっと読めば、フォルティナ・アンドロスが騎士団入団時から書いていた日記のようだ。全部で六冊ある。カジミエーシュでの騎士としての日々や、此の地での事が書かれていた。

 

 言い繕っていたりボカしていたりする部分も散見するが、かなり濃密な人生を送ったようだ。人の人生を追体験出来る程に詳細に書かれた此の手記は、一つの物語としても完成度が高い。所持者は既に故人だ。旅の手慰めに此れを読むのも良いだろう。

 私は此れらの手記をアーツで保護し、バッグに仕舞った。

 

 残りの一冊を手に取った。

 

『アンドロス騎士団 家訓』

 

 一頁目にはこう書かれている。

 

第一条

 

信念無き者に力無し

力無き者に栄光無し

栄光無き者に理解無し

故に 信念無き者 此の先を知る資格無し

 

 私は其れを読んだ後、何と無しにページを捲ろうとした。だが、捲れなかった。わざと捲ろうとしていない訳ではない。私は確かに捲ろうとページの端を摘まんでいる。だが、其れ以上行かないのだ。行ってくれないのだ。

 指が、腕が、肩が、脳が、心が、世界が、まるで此の先を見る事を拒んでいるかのような、そんな錯覚を起こしてしまう程の強制力が働いている。ページを捲るのを諦めた私は、何時の日か読める様になるだろうと楽観視し、バッグに放り込んだ。

 

 私は何気なく信念の剣を抜き去ろうとしたが、其の刀身は鞘から1ミリ足りとも動かなかった。此れは詰まり、そういう事である。今の私には、刀身を顕現させる程の信念が存在していないのだ。分かってはいた事だがな。

 

 落胆し、ため息を吐いた私は巻物を手に取った。

 

『アンドロス騎士団 系譜』

 

初代当主 フォルティナ・アンドロス

二代目当主 フォルティナ・アンドロス

三代目当主 フォルティナ・アンドロス

四代目当主 フォルティナ・アンドロス

三十代目当主 フォルティナ・アンドロス

 

 何とも詰まらない系譜だ。

 

 此の巻物は私が持つ意味は無いし、価値も無い。此処に置いておこう。まあ、何だ。アンドロス騎士団が実在した証拠だ。アーツで気休め程度に保護しておいてやった。誰かが此の地に足を踏み入れられるとは思えんがな。

 

「人の書き物を物色するとは……感心しないねえ。まあ、見られて困る物何て置いてないし作る余裕も無かったから別に良いんだけど。其れ俺のじゃあねえし」

 

 ───……次へ行くぞ。

 

「あれま。冷たいねえ。

 まあ良いさ。さあ、寄り道せずに行こうじゃあないか」

 

 メンダークスの狙いが何となくだが分かってきた。まあ、こうも露骨だと分からん方が難しいか。こんな物を見せて私にどうして欲しいのだろう。騎士道精神でも培えと言うのか。確かに騎士団の有り様は感心はしたが、真似たいとは思わんぞ。

 

 奧へ進んで行くに連れて上り坂へ変わっていく。感覚的に頂上付近の所で、分岐点に差し掛かった。メンダークスは右の道へ行ったが、着いて来ていた鳥野郎は私を誘う様に左の道へ行った。

 

 私は迷う事なく鳥野郎に着いて行き、直ぐに部屋へ到達した。其処は鍛冶場であった。奥の壁に炉と鞴が置かれ、二本の煙突が天井と壁を突き抜けている。炉中に火は無いが、灰になりかけの石炭が嘗て稼働していた証拠として残っていた。

 金床の上には擦りきれたハンマーが置かれ、傍には黒ずんだ鍛冶屋箸があり、水の溜まった桶や僅かな量の鉱石類、砥石、武具立て、机がある。

 

 此処で私が最も目を引いたのは、机上に並べてある武具や装飾品だ。其れらの多くが破損し、血に塗れている。見覚えがあると思えば、其れらは騎士団の者達が所持していた物であった。

 

「おいおい、言った端から寄り道すんなよな」

 

 私は留め具の壊れたロケットを手に取った。中の写真は砂埃や日光で色褪せていたが、良く観察すればフォルティナ・アンドロスの盗撮写真である事が分かった。遺品なのだろう其れには修復を試みた痕跡がある。何らかのアーツを行使したのだろうが、効力が足りずに修復が中途半端に終わっている。

 

「其れは確かマズリカのロケットだな。中の写真が週毎に更新されてたのを覚えているぜ」

 

 ───其奴も節操が無いな。然し、何れも此れも修復を試みた形跡がある。汝は此れらをどうする積もりなのだ。

 

「そりゃあ勿論、元の姿に直したいさ。色々と思い出深い物ばかりだからな。まあ、こんな体じゃあ槌一つ録に握れやしねえからよ。アーツで地道に戻していくしかねえのさ」

 

 ───……戻して何とする。此れらは既に道具としての役目を全うしているのだぞ。此の姿を現世に留める意味は無かろうが。

 

 私は机上の遺品群を引き寄せ、アーツでもって其の形状を溶解させた。土は土のままに、木は木のままに、金属は金属のままに、血は血のままに、源石は源石のままに。蠢く流動体の其れらは集結し、混合し、結合して一つの鞘を形成した。

 

「て、てめえ……今度は何仕出かす積もりだ。彼奴らの誇りを汚すってんなら、其れなりの対応をさせて貰うぜ?」

 

 ───騒々しい。半端者がそう熱り立つな。汝は傍観者らしく黙って当方の行動を眺めておれ。其れが汝の天命なり。

 

「……ッ」

 

 ───汝が当方を忌避する様に、当方もまた汝を嫌悪しているのだ。当方は此度の闘争で多くの学びを得た故、当方に汝を害する意志は無いが、同じくして汝の声に聞き従う義務も無い。然れど、汝の天命である案内を当方が受け入れるのは、汝の存在を容認したフォルティナ・アンドロスの意向の物と知れ。

 

「ああ、そうかい! なら好きにしやがれってんだ!」

 

 怒鳴り立てるメンダークスを放り、私は広場の方へ引き返して彼の黒き剣の前に立った。此の剣はきっとフォルティナ・アンドロスの一生に付き合い続けたのだろう。柄にはフォルティナ・アンドロスの血汗と騎士の信念が宿り、刀身には血を吸った者共の怨念が犇めいている。

 斯うして間近に居ると剣から其れらの声が聞こえてくるのだ。歓声、罵声、美声、怒声、甲声、蛮声、歌声、叫声、笑声、哭声。数多の声が犇めき轟き、一つの音と成す。何と聞き心地が悪い歌か。

 

 目覚めが最悪だったのは此れを聞いてしまったのもある。半覚醒状態であろうと平生であろうと、此れは不愉快に尽きる。封じ込めれるのなら是非とも蓋をしたい物だ。そして私は彼の遺品群を見て、此の剣を納める枷へ作り替えるべきだろうと直感したのだ。

 誉れ高き騎士の一生を寄り添い、奮闘の証である血汗が染み込んだ物に、高潔の信念が宿らない訳が無い。こびり付き微かに香る血煙や、僅かに遺された信念の残火は、数多の怨念を抑える枷の役目となるに十分であろう。

 

 ───彼の冒険家曰く、万物には皆意味を内包するという。其れ則ち、フォルティナ・アンドロスが此の厄物を遺した意味が須らく在るのだ。騎士団の者達が肉体を消滅させ行く中、破損した武具を敢えて遺した事にも同じく意味が在るのだ。

 為れば其の意、汲み取らずして何とする。

 

 私は黒き剣を地面から引き抜いた。瞬く間に数多の怨念が私を呪い殺そうと取り憑いてくる。だが、其れらに私の魂を侵す強さは無く、私は其のことごとくを弾いて見せた。そもそも、私が死霊ごときに遅れを取る筈もなかったがな。

 柄を持つ手がピリリと痺れるが、其れだけである。私は気にも留めず剣を鞘に納めた。白銀に輝いていた鞘は内から滲む様に黒に染まり、然し、脈の如き二対の白銀線が何者にも染まらぬ存在感を放っている。そして、犇めく怨霊の声はピタリと止んだ。

 

 私はアーツでもって地中に混在する白く滑らかな岩石を選別し、剣の台座に仕立て上げて其処に剣を収めた。そして私は台座に勇敢なる騎士の名を刻み、誉れ高き騎士団の墓標とした。

 

 ───フム……何か足らぬな。……嗚呼、そうか。此の剣に銘を付けておらんかった。さて、何とするか。……ククッ、嗚呼……確か、ピッタリな言葉が有ったな。

 

 私は鞘に触れ銘を堀込んだ。其の名も"マレディクシオン"。呪いを意味する言葉だ。差し詰め怨念(のろい)の剣と言ったところか。名は体を表すのなら、此れ程合致する言葉は在るまい。

 

「此れが……此の姿が、お前さんの答えだと言うのか。だがよ、此の姿が正しいって誰が言うんだ? 俺がしていた事を間違いって誰が言うんだ?

 こんなもん、結局お前さんの独り善がりじゃあねえのかよ」

 

 ───汝、答えを求めるのか。半端者である汝が当方に答えを求めるのか。汝は見知らぬ土地で初歩から正道を歩めるのか? 出来ぬ筈だ。汝は此の世の理念が一世にして築かれたと思っているのか? そんな訳無かろうが。汝は模索もせぬままに答えを得て理解を示せるのか? 示すどころか、答えを答えだと気付かぬまま過ぎ去る筈だ。

 

 ───当方は汝に言おう。愚かなり。

 再度言おう。愚かなり。

 再三言おう。愚かなり。

 

 ───汝はよりによって世を知らぬ当方に答えを求めた。汝には世の知識が有り、多くの学が有り、先を見通す力を持っている。汝には答えを得る手段を潤沢に備えているにも関わらず、何も持たぬ当方に答えを求めたのだ。此れを愚かと言わずとして何とする。

 

「ああ、知ってるさ! 全部分かってたさ! 此の問答も、俺がお前さんに癇癪起こすとこも全部見てきた! 確かに俺は愚か者さ! 模索しないままに答えを得ちまった大馬鹿野郎だ!

 ああ、そうだよ! 当時の俺は理解出来なかった、理解しようとしなかった! 俺がやっていく事全てが間違いで、行動全てが彼の結果に辿り着く為の布石だなんて……未来が……こんなッ、こんなッ……悲惨だなんて……思っちゃあいなかったんだ……。

 だがよ、俺は頑張ったんだぜ? 此の未来へ行き着く為に慎重に慎重を重ね、常に命を対価に生き、時には道化に身を落として、此処までやってきたんだ。此れは……此の過去は、間違っちゃあいねえ。間違っちゃあ……いけねえんだ。其れが……俺の……ッ」

 

 今、メンダークスは怨念の剣の前で慟哭を上げた。悶え、苦しみ、死せし者達へ詫びを叫ぶ。其れはまさに、選択者の姿であった。此れこそが、親しき者の死を許容し、人外に堕ちてまで生き永らえる者の姿であった。

 

「ふぅ……。さ、次行こうぜ?」

 

 メンダークスは道化の仮面を被り、私の案内を再開した。先程とは転じて、奥の通路とは異なる扉へ私を招いた。

 

 ───道が違う様だが。

 

「お前さんが素直に着いてこねえ事は証明されたからな。行きそうな所を潰してさっさと目的地に案内してやるよ」

 

 其の部屋では、跳鳥達が積み重ねられた枯れ葉の上に寄り集まって眠っていた。捉えていたであろう鉄格子は取り払われ、繋いでいたのだろう鎖は引き裂かれている。入って直ぐ横に壁掛けのウォールポケットがあり、計二十枚の名札が掛かっている。

 壁から壁に繋がる水路には、何処からか地下水が常に流れ淀みが無い。幾つもの収納箱には状態保存のアーツが施され、其処に果実や穀物、野菜が入っている。何処かに畑があるのだろうか。

 

 すると鳥野郎が歩み出て、名札を一つ咥えて私に差し出した。受け取って見れば、其処には"T-01 DA-MU BELC"とあった。其の字を諳じれば、鳥野郎は奇妙な鳴き声を一つ上げた。どうやら鳥野郎の名前らしい。知ったところで呼び名が鳥野郎から変わる事は無いが、一応は覚えておいてやろう。

 鳥野郎が首を反らして胴体を見せ付けてくるので、其処を見れば鞍のベルトに名札が引っ掛かりそうな出っ張りがあった。其処に引っ掛けろと鳥野郎の眼が催促していたので、引っ掛ければ鳥野郎は誇らしげに鼻を鳴らして奥の通路へ駆けていった。何だったんだあいつ。

 

「へえ、彼の個体がねえ。……なあお前さん、他の奴らにも掛けてやったらどうだ。彼奴ら期待しているぞ」

 

 眠っていた跳鳥達が首だけをもたげて此方を見詰めていた。心なしかギラ付いている様に見える。私が一つ名札を取れば、其の個体らしき一体の跳鳥が駆け付けて来た。鳥野郎と同じく名札を掛ければ、そいつは他の跳鳥に見せびらかす様にゆっくりと歩き、元の場所でのんびりと寝た。性格悪いな。

 結局、私は全ての名札を跳鳥達に掛けた。自分で掛けれる位には知能が有るように思えるが、メンダークス曰くそういう問題では無いらしい。ならどういう問題なんだよ。

 

 残ったのは"T-02 LOST"と"T-03 LOST"の二枚の名札だ。恐らくは鳥野郎と会った時に死んだ彼の二体だろう。今頃砂に埋もれて見えなくなっている筈だ。埋葬位してやった方が良かったのだろうか。

 まあ、過ぎたる事を考えるのは無駄の極みだ。切り替えていけ。

 

「うし、次行くぞ。まあ、残ってるのは畑と倉庫に訓練所、あと大量の寝室だ。此処みてえにやることはねえが、文句言われん様に案内はするぜ?」

 

 ───初めから其の様にすれば良かったのでは?

 

「うっせえ。んなこたぁ分かってんだよ」

 

 メンダークスは隣の部屋へ私を招いた。其処は畑であった。果樹類で一区画、穀物類で二区画、野菜類で二区画の計五区画で構成される農地であった。

 異様に高い天井をドローンが飛び交い、水・肥料・花粉・成長促進剤の散布や収穫・収納・種蒔きを行っている。遥か遠き天井には日光を模した照明があり、部屋全体を照らしている。

 ドローンを収納・修繕・充電を行う施設は何処かで見た形状をしており、彼の補給拠点に有った栽培装置と同じ物ではないかと私は思った。

 

「言っとくが、俺たち騎士団は此処を利用していただけで此処が何であるかは全く無知だ。当初は坑道の設備としか思ってなかったからな。辿り着いた時の此処の設備は破損が目立ち、農地も荒れ果てていたしよ。

 あと、俺が直したが、直し方を見ただけで機構を理解している訳ではないからな」

 

 だが、坑道に此のような大それた農地が必要だろうか。そもそも此処は本当に坑道なのか疑問になってきた。坑道にある筈のレールやトロッコ、鉱石の搬入口が一切見られない。しかも三つの入り口全てが中腹以上の位置に在る。もし此処が坑道ならば、此れ程設計をミスった坑道は此の世に存在しないだろう。

 まあ、私が考えたところで栓無き事か。次へ行こう。

 

「此処が倉庫だ。まあ、加工所でもあるし食堂でもある。食糧は腐る程有るから好きなもん食っときな」

 

 奥の通路に入って直ぐの所に倉庫が有った。後から設置したのだろう幾多もの机と椅子が並び、其の上を食材と加工品を運搬するドローンが飛び交っている。そして部屋の片隅にゴミの山と、加工品を貪り食ってる犬っころ共の姿があった。何してんだお前ら。

 部屋の奥に巨大な金属の箱が有り、箱の表面に様々な加工品の写真とボタンが付いている。ボタンを一つ押せば其の加工品が下部の取り出し口に搬出された。便利なものだ。

 

 包装を外して長方形の其れを一齧り。野菜の凝縮液を粉末状の穀物で包み、果物の果汁で固めた様な食感と味がする。

 

「プククッ、其れは通称サプリメントバー! パサつく食感と素材其の物の味わいで老人連中しか食ってなかっ……」

 

 ───フム、美味だな。持ち運びも容易だ。当面の食糧は此れにするか。

 

 ボタンを押しまくってバッグに詰め込んだ。何故だかは分からんが、メンダークスが異物を見る目で私を見ている。まあ、目は無いんだがな。

 

 バッグに詰め込み終わる頃に犬っころ共がやって来て、果物の缶詰めやドライフルーツをバッグに放り込まれた。呆れた様な目付きをしている。呆れたいのはお前らの胃袋なんだが。

 まあ良い。次へ行こう。

 

「此処が訓練所だ。何も無いただっ広い部屋さ。説明することは特に無い。寝床もベッドが置いているだけで説明することは同じく無い。時間が押しているから飛ばすぞ」

 

 そうしてメンダークスは早足に此処を立ち去ろうとしている。其れは別に構わないが、此の部屋からは妙な違和感を感じる。聞こえると言った方が適切か。

 壁の一部から音が帰ってこないのだ。私が発する錫杖の音や足音に反響していない。まるで、其処だけ音が消えているかのような状態だ。

 

 何か隠している。そう直感した私は渾身の蹴りを其処に放った。アーツでもって発生するエネルギーを一点に集中し、貫く。

 

「ちょい、おまっ、待っ……」

 

 其処は金属製の扉があった。表面を石でカモフラージュされていたようだ。其の先には急勾配な階段が下へと続いている。メンダークスの制止の声もそこそこに、私は階段を下っていった。

 

 其処は地下牢であった。私が山を崩した時に潰れたのだろう、鉄格子はひしゃげて牢屋としての機能を果たしていない。かと言っても中には誰も居ないが。

 牢屋の数は四部屋と少ないが、一部屋一部屋が百何人と収納出来る程に大きい。ちらほらと人の形状に似た源石が散見されるが、其れだけだ。其れだけでメンダークスが私に隠そうとしたとは思えないが、此れ以上の何かが有るわけでもない。

 

「満足したかよ」

 

 ───ああ、確かに見る価値は無いな。

 

「全く、勘弁してくれよな。時間が押してっからもう寄り道すんなよ」

 

 取り越し苦労であったか。まあ、メンダークスに関して疑って損は無い。根本的に嘘つきな匂いがしたからな。私に鼻は無かったが。

 

 通路に戻り、奥へと進む。分岐点を右に曲がれば、行き止まりに上への梯子があった。メンダークスの体が霧散して上へ飛んでいったので、私も上へ登った。何か鳴き声がうるさいが無視だ。

 

 ハッチを開けば其処は球状の部屋であった。天井も壁も床も丸みを帯びており、表面には音を反射するアーツが組み込まれている。そして、メンダークスが部屋の中心にある巨大な装置を操作すれば、壁の一部がスライドして景色を覗かせた。彼方は確か東の方角だったか。

 

「さて、此処は頂上部に位置する展望台。んで、此のけったいな機械がアンドロス家に代々伝わる秘匿技術の塊、音響装置だ。理論上だが、此れで地の果てまでぶっ飛べるぜ?

 現在時刻は3:49.58。天体の動きからして日の出まであと7分少々ってとこか。まずまずだな」

 

 メンダークスは装置の下から箱を取り出し、私へ見せた。私の頭部程の小さい箱だ。

 

「簡単に説明するから良く聞いとけよ。

 万物には周波数が宿っている。非生物も生物も等しくな。んで、周波数を音其の物に変えて保持したり戻したり消したりする技術を初代当主様が開発し、此の次元収納箱を作った。

 使い方は簡単だ。入れたい物を入れて、アーツで中の物を音に変換するだけ。因みに最初に入れた物しか保持できず、上限数は1千万だ。

 此処に龍門弊が一枚ある。入れて、蓋を閉じ、アーツを発動。開ければ無くなっている。内側に波線が有るのが分かるか? 此れが龍門弊を現す周波数だ。全部で1千万本ある。出し方は蓋を閉じ、出したい量だけ音を保持するアーツを解除する。

 此れはお前にやる。ちょっとでかい貯金箱と思って好きに使いな」

 

 私は金の価値など理解していないかったが、メンダークスの口振りから察するに今後必要になる物なのだろう。遠慮無く受け取った。

 

 東の空に明けの明星が浮かび、そして空の白みに消えていく。夜明けが近い。

 

「此の音響装置は一定の周波数を遠くの地まで届かせる機能がある。此れでお前さんを東の彼方にぶっ飛ばす。ほら、此れが地図だ。今俺たちが居るのは此処、サルゴンの西の果て。取り敢えずお前さんは此処、ミノスに行って其の得体の知れん錫杖を調べろ。理由は……まあ分かるさ。

 月の始まり、そして日の出の瞬間が最も出力が高くなる。此の音が鳴る日を覚えておけよ。そうすりゃあ、乗りたい時に乗れる筈だ。

 さてと、そろそろ日の出だ。準備しな」

 

 開け放たれた窓の縁に立ち、音に乗るアーツを発動前に維持しておく。すると、下の方からけたたましい足音が聞こえてきた。見れば鳥野郎が犬っころ共を乗せて直角の壁を登ってきている。其れは行けるのに梯子は駄目なのか。

 文句を言うように私をつついたり齧ってきたりしたが無視無視。別に存在を忘れていた訳では無いから安心しろ。ただ、どうやって連れていこうか考えるのが面倒だっただけだ。

 

「そいつらなら音に乗るアーツを使えるから安心しな。ただ、くっついていた方が良いぞ。何処に飛んでいくか分からんからな。

 よし、太陽が顔を出しそうだ。起動するぞ」

 

 メンダークスがレバーを引けば、音響装置は駆動音と共に僅かな振動を発する。中心の巨大な鐘に取り付けられた八つの金槌が持ち上がり、振り下ろされる時を今か今かと持ち受ける。

 

 ───最後に一つ聞こう。汝……当方に、何か言い残している事は無いか。

 

「……そうだな。此の音を聞く度に、俺たち騎士団の事を思い出してくれよ。そうすりゃあ、俺もお前さんも、世界も安泰さ」

 

 ───空け者が。汝は騎士に非ず。

 

「へへっ、まあな。俺は嘘つきだからよ」

 

 太陽の天辺が遥か地平線より昇り、此の世で最も高き山峰へ一筋の光を差す。其の輝きに感応するかの様に八つの金槌は鐘へと振り下ろされた。

 

 全地に轟くは鐘の音。聞く者全て、魂が揺さぶられるような轟音。何処までも何処までも、地の表を走りては響かせる。然れど、其の響きを知る者は極僅かであった。

 

 

 

***

 

 

 

「はあ……漸く行ってくれたな。後は天のお気に召すままに、ってか」

 

 メンダークスは疲れた様にため息を吐こうとし、風が発生しない事で肉体を喪っている事を再確認した。メンダークスは開け放たれていた窓を閉めると、代わりに西の方角を開け放った。

 其の窓の縁に座り込み、眼前の景色を無貌の瞳で眺めた。

 

 雲に届かんばかりの大樹で構成された森林。燃え続ける遥か高き山峰。幾重もの津波を起こして万物を引きずり込む塩の海。荒廃した大地を徘徊し、溶岩を垂れ流す幾多もの大地の巨人。大地の表を天に帰依する竜巻。其れらに挑み続ける死人達。

 そして、其の全てを遮る壁の様に大地を二分するオーロラが目映い輝き放っている。

 

「楽園……ねえ。地獄の間違いじゃね?」

 

 

 

楽園への旅路

~完~




 クソデカオーロラ……アークナイツ・エンドフィールドの伏線……ヨシッ!(絶対に間違ってる)

 くぅ~疲。ここまで愛読して下さった皆様方々、本当にありがとうございました。カネナリ先生の次回作にご期待下さい!










ホモは嘘つき
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