取り敢えず新章一話目です。それではドウゾ。
EP.01 妄執国家
反逆国家プロティス。
其れは、大地を統べる王に反逆し、地の面へ追い散らされた者たちが一縷の望みをかけて目指す国。
生命の坩堝と呼ばれる密林の奥地に潜み、大地を統べる王に刺客を送り続け、世界を王による支配から解き放とうと長きに渡り闘い続けてきた国だ。
反逆者たちは燃え滾る其の反逆の意志を絶やすことなく、次なる世代へ火を移す。何時の日か、王を打倒し得ると信じて。
だが、大地に堕ちた者全てに滅びはやって来る。
無慈悲に、平等に、突如として。
遥か昔、何の前触れも無く三筋の光がプロティスの明け空を駆け抜けた。そして一筋がプロティスの地に降り注ぎ、其処に一つの宝玉を遺した。透き通る朱の宝玉は見る者の夢を写し、夢を与え、その代償に其の者の心を奪った。
朱の宝玉は一人の凡庸なる臣民に細やかな夢を与えた後、プロティスの長に献上された。
プロティスには一つの願いがあった。国家全民が叶えんとする反逆の意志を、果たされるその日迄、未来永劫絶やされず存続して欲しいという願いが。朱の宝玉が長の手に渡った時、プロティスに属する全ての臣民の総意として、長の願いは叶えられた。
そして、プロティスは滅んだ。
地殻変動によって大地が揺れ動き、地が渇れ果て、幾つもの種が死に絶え、永き時を経て国家の存在其の物が世界から忘れ去られようとも、プロティスの民は夢に囚われたまま生き続けた。
例え、其の魂が磨り減ろうとも。
「さて、と。今日も頑張るかねぇ」
ただ、一人を除いて。
明けの明星が空に融け始める日の出頃、僅かな日の光を頼りに男は小屋を出た。乱雑に纏めた赤髪、濃い隈と弛んだ目元、燻る葉巻を咥える口回りは無精髭に覆われている。
男は葉巻を落とさない様に歯で噛んだまま欠伸を溢し、錆び付いた斧を肩に担いで歩きだした。なだらかな丘を登りきった男は空を見上げ、感嘆の声を上げる。
「おおぉ~。珍しいねぇ、空が透き通ってぇら。へへッ、お月様でも落っこちてぇきそうだぜぇ」
太陽が遥か地平線より顔を出した。渇ききった大地が日の光に照らされて行く。眩しげに眼を細める男の視界には、プロティスの変わらぬ姿があった。
音に乗る事は、非常に危険を伴う行為である。死にかけた私が言うのだ。例え彼の騎士共が容易く行使してようと其の点に間違いはない。
音は波である。其れは不定形でありながら一定方向へ指向性を持ち続け、消え失せる最後の時まで前進し、空気を揺るがすエネルギーである。
其れに乗るということはは、自身の肉体と魂を同一の波に変換し、自身の形が乱れぬ様に維持して、任意の場で元に戻すという三つの工程が必要なのだ。何れか一つでも失敗すれば、私が初めて音に乗った時に肉体機能の九割を損傷した様に、下手しなくとも死んでしまうだろう。
天性の才を持たなければ、此の技術は得られない。まあ、才能さえ有れば此のアーツは然程難しくは無い。風に舞き上げられた砂埃が慣性のままに空を飛ぶ様に、巨大な力に身を任せれば良いだけなのだから。
そうであると、私は思っていたのだがな。憎たらしい事に、例外は如何様にも起きるものだ。
今、私と犬っころ共と鳥野郎は古城の中庭らしき場所に降り立っている。音に乗って数十秒経った頃、まるで網に自ずから引っ掛かった蜻蛉の様に、何らかの力によって大地へ引き寄せられたのだ。
私たちは地に叩き付けられる様に鐘の音から放り出されたが、其の程度の衝撃で傷を負う程肉体が脆弱では無い。精々くっつきかけていた頭蓋骨がハット毎吹っ飛んだ位だ。
周囲は高々とした城壁に囲まれているが、其の奥に砂塵が舞う景色がある為、此処は未だサルゴンとか言う地域のままなのだろう。此処から一月の間は徒歩での移動が確定した。面倒なものだ。
古城はかなりの年月が経っているのか、所々崩落しかけている。だが、真新しい修復の跡があるからして人は居るのだろう。城内から生命の気配は一切しないが。
中庭らしき場所は敷地を埋め尽くす程の墓がある。墓と言っても枯木を突き立てた簡素な物から、遺品らしき小道具が地面に突き立てられている程度の物、更には中央に位置する磨かれた石碑に幾多もの名が刻まれている物もある。
石碑をざっと見たところ、死者数は万を優に越えているだろう。彫られた字の殆どが同様の劣化具合からして、かなり昔に大量の死者が出た様だ。
其処で私は気付いた。兵士と思わしき格好をした者が一人、石碑に背を預けているのだ。私は其の情報を認識した瞬間、思考を巡らす間を空けずに其の場を飛び退いた。半径10mを自身の領域とする私が、其の兵士から一切の気配を感じられなかったからだ。
此の世界には珍妙なアーツが蔓延りすぎだと愚痴を溢したくなったが、兵士が全く身動きしない事を認識して直ぐに思考を切り替えた。兵士が既に事切れていると私は解釈したからだ。
真新しい遺骸には生命の気配が残る物なのだが、世の中にはな此の様な実例も在るのだろうと無理矢理に納得した。
現状において、此の遺骸は此の地を知る唯一の手掛かりだ。慎重に漁るべきだと思い、私は遺体を漁ろうと兵士の肩に手を掛けた。
そして、驚愕した。手が触れた所には熱が存在したのだ。俗に言う体温と言うやつだ。だがだ、だがしかし、私は其の兵士から生命を象徴とする鼓動を感じる事が出来なかった。熱の源となる筈の血流が停滞しているのだ。更に言えば、発熱の源である酸素を取り込む呼吸音すらない。
其れはまるで、写真の様に一場面で時が停止し、しかし不格好な操り人形の如く、写真から切り抜かれて無理矢理に動かされている様な、そんな得体の知れなさがあった。
此の物言わぬ肉人形から、存命の証である魂を触れ得たと言うのに、其の肝心の魂が漂白されたかの様に空虚であったから尚更だ。
此れは危険だと本能が訴えてくる。私は兵士を漁る手を止めるべきか思い巡らせるが、私の絶対的な力をもってすればどうとでもなるという楽観的思考により継続することにした。
石碑の影に隠れていた兵士の顔が、日の光に照らされたことによって其の相貌を私の眼前に晒し出す。
其れは平面であった。目も鼻も口も、其処に在るであろう物が存在せず、切り落とされた後研磨されたかの様な異様な滑らかさがあった。
見るからに、此の兵士の格好をしたナニカは人であると断言し難い。魂の簡易的な入れ物、或いは不眠不休で稼働する警備ロボットの様な、所謂人為的に産み出された存在であると解釈した方が納得がいく。
詳しく調べる必要が出てきたと本格的に漁ろうとした其の時、私の体に影が差した。
「おうアンちゃん。そいつにあんま触んねぇ方がええぞぉ。そろそろ起きるお仕事の時間だかんなぁ」
突然の背後からの声掛けに、私は返答することが出来なかった。掴まれたのだ、私の左腕が。漁ろうとしていた兵士の手によって。
のっぺりとしていた筈の兵士の顔は、競り上がる様にして剥き出しの眼球が出現し、ギュルりと一回りする。焦点が私に合わさり、視線が私とかち合った。其れは私の存在を認識したのだ。
其れは顎を全力で引き、存在しない口を開けようとしている。平面であった其の顔面は、ブチブチと肉の引き裂ける音と共に皹割れ、空洞を生み出した。口という機能を今し方作り上げたのだ、此奴は。
『敵襲ーー!! 侵入者発見!! 抹殺せよ!! 抹殺せよ!!』
「ほぉれ、言わんこっちゃあねぇぜぇ。おれぁひ弱なおっちゃんさぁ。すたこらさっさぁっ~と逃げる事にするぜぇ。んでばだ、アンちゃんもさっさと逃げた方がええぞぉ?」
男はそそくさと踵を返し、此の場を去っていった。犬っころ共と鳥野郎も一緒に。助けろや。飯抜きにすんぞ。
空間を介さず、其の声は私の魂を震わし響かせる。並みの人間であれば其の衝撃に精神を崩壊させただろう。
物理に干渉されぬ其の轟きは、空気や物体によって減退される事なく拡散していく。そして其れは地中すらも例外ではないのだろう。
地に着く脚から幾千幾万の魂の鼓動を感じ取った。感じる振動は次第に霊的な物から物理的な物に変わっていった。這い出ようとしているのだろう、墓下の地面は盛り上がりを見せ、墓標は不規則に揺れ動き倒れていく。囲まれるのも時間の問題だろう。
さて、私は兵士の手を振りほどこうと腕に力を入れるも、空間に固定されたかの様に微動だにしなかった。アーツを介さぬ素の身体能力ですら人体を貫き、地盤を砕き、金属をへし折る事が可能な私の全力で、である。
此の現象は肉体的或いは物理的観念に一切依存しない、精神的或いは霊的な干渉によって引き起こされている現象であると、私の直感がそう嘯いた。
直感のままに私は握っていた錫杖を手放し、腰に差していた信念の剣を抜き放った。刃渡りは僅か5cmだが、兵士の核と思わしき物には十分に届いたのだろう。刃を心臓に当たる部分に突き刺した瞬間、兵士は急激に干からびていき塵と混ざって霧散した。
そして信念の剣も、役目を終えたかの様に手元から消失し、腰の鞘に戻っていた。相も変わらず仕様が理解不能だ。使い難い事この上無い。
そうこうしている内に埋葬されていた死に損ない共が次々と這い出てきた。腕や足、頭などパーツの足りない兵士に似たナニカが私を取り囲み始める。
今、私が持つ奴等の対処法は信念の剣による核破壊のみだ。使用法も安定性も無い手段に頼るべきではないだろう。私は一旦引くことを決意した。
───シャラン
私は錫杖をブーツで蹴り上げて掴み取り、最速で振り下ろす。流麗なる音色と共に私は波と化した。飛ぶ先は先程背後から話しかけられたみすぼらしい男の元だ。犬っころ共と鳥野郎は、私を見棄てて汚ならしい浮浪者に着いていっていた様だ。奴等の餌は抜いて良いかもしれない。
***
Tips.石碑
・歴史を感じさせる古びた石碑。死者を追悼する慰霊碑でもある其れは、雨風によって風化しつつも刻まれた名は彫られた直後であるかの様に真新しい。見る者全てに何者かの底知れない執念を感じさせるだろう。
其処には誰も居ないというのに。
***
次の投稿が何時になるか分かりませんが、年内には出したいですね。