日が沈み、そして昇った。白んだ地平線の先に見える山峰は未だ小さい。何時になったら辿り着くのか。何時かは辿り着くだろうと何の確証もないのに嘯いた。
黙々と時間すら忘却して歩みを進める。野犬を蹴り飛ばし、オリジムシを踏み砕き、偽沙蚕を凹ませて只管に前に進む。
宙を飛び交う禿鷹が私の目を潰そうと狙ってきたので爪を掴んで地面に叩きつけた。鋭利な嘴がひしゃげて翼があらぬ方向にひん曲がり大人しくなったので、今晩の飯にすることにした。食糧が底を尽きかけているので何処かで補給せねばなるまい。
羽根をむしった後、解体用のナイフを取り出し肉を切り分けておく。
日が傾き、辺りが朱色に染まる頃。古びていながら頑丈なボロ小屋を見つけた。あの砂嵐に長年持っているのだから頑丈で良い筈だ。外見こそ崩落しかけだが土台からしてあと数十年は持つだろうしな。
人の気配は無く、しかも使われなくなって大分経つのだろう。砂が被っていてドアノブが無ければ扉だと認識出来なかったかもしれない。
扉は軋んだが難なく開いた。床も壁も天井も全て石のような何かで出来ており、かなり硬い材質だ。窓は無いが空気を入れる小さな穴が幾つか存在し、微量の砂が入ってきている。
入って直ぐ左手の壁には妙な出っ張りが三つ。右手には本棚と針の止まった時計。前方の奥の方に扉が四つ。中央に大きめのテーブルと椅子があり、その上に照明灯らしき丸いものがある。
テーブルの上には薄っぺらい本が一つある。近づいて見ると表紙に『ワケワカメ? 取り敢えず読んどけ! な本』とあった。手に取って椅子に座った。取り敢えず読んでみる。
何らかの加工がされており、劣化も感じられず字も問題なく読めた。
───( ・∀・)ノやあ。其処の運の良い君。我らがセーフハウスへようこそ。この部屋の仕組みが分からない知能の低い君に「と・く・べ・つ」←此処重要! に説明して上げよう。(字を読めるか知らんけど)
この建物は君のような拠り所の無い放浪者を救わんが為に作らされた補給拠点さ! 水は浄水器を通した地下水! 食物は自動に種蒔・収穫される人工光栽培の何かの野菜と穀物! キッチン、トイレ、風呂まで完備! 自動清掃装置まである! 外壁は何で硬くなるか分からない超錬成石(只の石)! エネルギー源は阿保みたいに強い太陽光から! なんと『あの』大容量蓄電池まである! あ、あと照明はスイッチ押すと付くから。
以上!! 設備説明終わり!!
───P.S.本棚の本も読んどくと良いと思うよ。君の助けになる。確実にね。読めるか知らんけど。読めるか知らんけど。
間取り図の横にそんな説明書きがある。妙に当たりが強いが態々用意するなんて親切な人だ。有り難く使わせてもらおう。
取り敢えず暗くて見えにくいので照明を付けよう。手探りで出っ張りをペタペタ触っているとカチッと音が鳴り、中央の照明機器が部屋を明るくする。次いでに横の二つのスイッチも押すと通気口が閉じ、一部の床がスライドして冷たい風が吹き出した。天井も一部が動きファンが出現して空気を回し始めた。空調のようだ。とても涼しい。
ヴォンと何らかの鈍重な起動音が鳴り響き、奥にあった扉が全て開いた。取っ手が無かったのでどう開くか分からなかったがこうするのか。変な建物だ。
まずは風呂に入ろう。此処に来て匂い立つ体臭が目立ち始めた。一月も村で暴れて一週も砂漠を彷徨っていたのだ。無論身を清めていないので非常に臭い。冒険家の加齢臭レベルの匂いだ。
バッグをテーブルに放りバスルームへと向かった。入るとトイレらしき便器とでかい水玉が浮いてた。なんだ此れ。
───( ・∀・)ノやあ。風呂に入りたいのかい? まあ仕方無いよね! 周りは荒野で水源もないし代用品も全く無い。めっちゃ臭くなるのも必要経費だよね!
そんな汚ならしい其処の君に朗報だ!! この一部屋だけで生まれたてほやほやの綺麗で無垢な姿になれるのさ! ……ごめん嘘。でも表面は無菌になれるよ。
使用方法は超簡単!! すっぽんぽんになって水玉にダイブするだけ! チンパンジーにだって出来るね! 呼吸が心配? 安心しな! 溺れないタイプの水だ! あ、服は壁の穴に放り込めば洗浄、乾燥、補填全てやってくれるよ。便利だね。
───P.S.トイレの使い方ぐらい、分かるよね? ね。
壁に目をやるとそこには人が一人通れそうな大きい穴があった。服を入れるのだろうが、人が入ったらどうなるのだろうと好奇心が疼く。が、今は止めておこうと服をぶちこんだ。
ブーツも入れて良いのだろうか? ……入れた後に考えることではないな。
水玉の近くに行き指で触れてみる。指先に粘性のようでいて液体っぽくもある抵抗感の無い空気の感触がある。冷たいようでいて何処か生温い、だが確実に温度の無い奇妙なものであった。
不思議な感覚に首を傾げながら水玉に入った。全身が浸かると体が浮き上がり水玉の中心に留まった。何処か遠くより機械的な音声が聞こえてくる。
『生体認識プログラムが起動しました。汚濁レベルは強。汚染レベルは測定不明。傷害は全身の日焼け、左上腕部の裂傷、右手が生物的毒性による部分的壊死。直ちに三分間の自動洗浄と除去処置ならびに治療行為を行います。動かないようにしてください』
言われた通りにじっとしていると内部の水が横に縦にと回り始めた。伸ばしっぱなしの髪があっちへこっちへ忙しなく蠢いている。
幾分か待っていると動きが止まり、ピピッと何かの合図が聞こえた。
『自動洗浄を行いました。汚濁レベルは無。
除去処置を行いました。汚染レベルは未だ測定不明、毒は完全に死滅し、壊死組織を除去。
治療行為を行いました。皮膚の再生成に成功。左上腕部の裂傷も完治。歯茎の汚れ及び膿を摘出。現状を維持することを推奨します。
お疲れさまでした』
水玉から出る。水滴一つ付くこと無く降り立ち、ひんやりとした床の感触を感じる。体の調子は非常に良い。古傷も治ったし有り難いものだ。
チーンと音が鳴り壁がスライドした。放り込んだ服一式が新品かと見紛うがごとき状態で陳列していた。おまけなのか無かったインナーにパンツにソックスも付いてた。助かる。
パンツとインナーのピッチリとした新鮮な感触に戸惑いながら、腹ごなしでもするかとキッチンへ向かった。
***
Tips.生体認識プログラム
・体の汚れ、病の推移、傷の診断を同時に行ってくれる。AIと医療品が許す限り、措置も行われる。普遍的な医療装置である。
嘗ての大地でも蔓延した死の病は、ある種の力押しによって治療が為されていた。体内から源石を完全に取り除くのである。勿論欠けた部分は補充しなければならないし、深刻すぎると取り除くまでに死んでしまう。だが、此処で言えるのは遥か昔にも鉱石病は存在し、そして只の難病の一つでしかなかったことだ。
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セーフハウスに来てから三日程経過した。初日に本棚にあったサバイバルブックを読んだのだが、自身の装備があまりにも貧弱であると知ったのだ。
時間を見つけては整備・開発室で装備の作成を行った。医療キット、防砂マスク、着火装置、水生成機に濾過装置、冷却装置、服一式に防砂と防電の加工、脚に着けるホルスター二つ、バッグの拡張等と色々やった。
レシピ通りに作った中で特に時間のかかったものは水生成機だ。無い頭を捻って組み立てたが微妙な出来映えに収まった。空気を取り込んで水を作るとか何とか。此の大地は乾燥しているので少量ではあるが有るだけマシさ。小型化に成功したので水筒の蓋部分に取り付けた。
此の際に錫杖の鬱陶しい部分を取り外そうと電動ノコギリで削っていたのだが、突然放電して電ノコが爆発してしまった。調べてみると受けた衝撃をエネルギーに置換、一定値を越えると電気に代えて放出するようだ。ちなみに削った部分には傷一つ無かった。糞が。
緊急時には殴って放電させるかと思い絶縁体を挟んだ革でグリップを付けた。従来のもあるが位置が高くて持ちにくいからな。
アーツなるものも本で知った。取り敢えず記載されているものは全て記憶して使ってみたが、攻撃的なものは発動と着弾のタイムラグが酷すぎる。使うとしても牽制ぐらいだろう。
有用なのはやはり探知系だ。五感の強化の中で私はこと聴覚、つまり振動に関するものが得意なようだ。錫杖の反響に併せて使えば地下に流れる水の音すら感じ取れた。ある程度は感知できるだろうし恒常的に使用できるよう練習しておこう。
医療系についてはあまり得意ではない。自身に対する自然治癒力や耐性を上げたりするのは出来るが、誰かに行使するには今一つ効果が無いだろう。あと瞬間的回復力は無いため緊急用の医療品は必要だ。
食糧については濃縮技術を使って栄養素の塊を量産した。元より少ない糧でも生きれる体だ。二月は食糧の心配は無い。
一度まともな食事をレシピ通りに作ったのだが味がよく分からなかった。薄味すぎるぜ。
源石インクペンと白紙の分厚いノートを拝借した。道中の記録でもつけようかと思ったのだ。「自伝は良いぞ」とか、彼の冒険家が言ってたしな。字の復習にも丁度良かろう。次いでに絵も描いておこう。全部同じ光景で笑える。
明日には此処を立とうと考えている。必要な物は大体揃った故、何時までも此処に留まる訳にもいくまい。ふかふかの寝床は惜しいが寝袋なんぞ嵩張る物は持っていけん。
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Tips.サバイバルブック
・───( ・∀・)ノやあ。其処の彷徨える浮浪者の君。此の先、生存出来るか自信が無い? そんな君に此れ! 『チンパンジーだってやっていることを丁寧に教えてあげる本』を読めばきっと解決するよ! 何の知識も技術も経験も無い君でも大自然で生き残れる術を得られる筈さ! 冒頭より抜粋
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夜が明けた。寝室から出ると相変わらず動かない時計が目に入った。あ、ごめん嘘。一秒動いた。
テーブルの上に本が雑多に置かれている。次誰かが使うかもしれないので直しておく。
日課の水玉ダイブを終えて装備を身に付けていく。妙に頑丈なパンツとインナーに靴下。その上に長袖になったシャツとズボンを着る。両脚にホルスターを着けて右に解体用のナイフと着火装置、左に一部の医療品と水筒を入れる。ブーツはサイズが合ってないが、もう慣れたので此れでいくことにする。加工のせいで重みが増した外套を羽織り、防砂マスクを顔に固定してハットを被る。でかくなったバッグを背負って錫杖を握れば出発の準備は完了だ。
四日も滞在した部屋を今一度見渡す。もう二度と来ることは無いだろうと、扉を開けて外に出た。
ズルズルベコンベコンガシャンガシャンと聞き慣れた音を出してまた山峰へと歩く。そして数歩目にして足を止めた。
───後ろから風が吹き抜ける音がする。
妙だなと思った私は後ろを振り返りらそして愕然とした。
何も無かった。私がいた筈の彼のボロ小屋は影も形も無く、只荒れ果てた大地が遥か彼方まで続いている。
───夢だったのだろうか。
そんな考えは私の身にある其々の物が白昼夢であることを否定をしている。
───ならば良いか。
不思議なことも有るものだと私は歩みを再開した。
『旅人よ。君の旅立を祝そう。其の旅路に幸福あれ、と』
遠くから、機械的な音声が聞こえてきた。
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Tips.セーフハウス
・補給拠点。大地が嘗て一つであった時に建てられたもの。彷徨える浮浪者に対する此の世唯一の救済処置である。天文学的確率で残っていたのを主人公が発見した。この建造物を構成する全ての技術がロストテクノロジーである。
此の建造物が何の目的で建てられたかは、遥か彼方に生きる彼には理解も出来ない。只、此の世には無償の愛を万人に捧げる者が居た事を覚えておいてほしい。
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Tipsの文章は完全に作者の趣味。考えるの楽しい。