仮面ライダー月紅   作:PlusⅨ

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第5話・漢だったら泣くんじゃねえ!

 あの父親を病院に運び込み、今、丈介とサエコは病院の裏手にある職員用駐車場へとやってきていた。

 

「私のバイクよ、使って」

 

 サエコはそう言って、目の前のバイクにかけられたシートを引き剥がした。

 

 そこにあったのは、若い女性の持ち物にしてはずいぶん豪快なバイクだった。

 

「9気筒空冷星型エンジン搭載。排気量3600cc、スーパーチャージャー搭載800馬力オーバーの特注品バイクよ。あなたになら乗りこなせるわ」

 

「9気筒空冷星型って、飛行機のエンジンじゃねえか!? とんでもねえモンスターバイクだな。なんちゅうもの持ってるんだ」

 

「ちょっとした趣味よ」

 

「えらくゴツイ趣味だな。なぁ先生、前から訊きたかったけど、アンタ一体何者なんだ?」

 

「ただの医者よ。もっとも、この病院の院長の一人娘って事もあって、好き放題に育った道楽娘だけどね」

 

 サエコからキーを受け取り、丈介はモンスターバイクに跨った。その後ろに、サエコも跨る。

 

「アンタも行く気か?」

 

「あら、ここまで来て今更つれない台詞ね。一緒に夜を過ごした仲じゃない?」

 

「色気も何も無い夜だったがな……まぁいい」

 

 3600ccのエンジンが咆哮を上げた。

 

「それじゃ征こうか、相棒!」

 

 モンスターは人通りの少ない街を駆け抜け、郊外へ出る。

 

 女川沿いの道を上流へと向かってひたすら走り続けた。景色は森へと変わり、山間の峠道が延びる。

 

 山の向こうにかつて勤めていた大学の建物が見えた。

 

 四年前、優子ともども拉致された場所もこの近くだ。さらに山奥へ突き進む。

 

 山陰に、天へとそそり立つ尖塔が姿を現した。マザーシップだ。

 

 その尖塔の先から、黒き異形の影が巨大な翼を広げ空を舞った。

 

「蝙蝠ヤロウのお出ましかい!」

 

 一直線に突っ込んできた蝙蝠を、間一髪で交わす。急ブレーキをかけてバイクが止まった。

 

 マザーシップへの道を遮るように、蝙蝠が舞い降りる。

 

――虫けら、大人しくついてきてもらうぞ。

 

「ついていっても良いが、大人しくする気は無えなぁ」

 

 丈介はバイクから降り立つ。蝙蝠は喉を鳴らして笑った。

 

――ククッ、人質を利用しても良いが……せっかくだ、私も楽しませてもらおう。

 

「上等だ」

 

 サエコが離れた場所に避難したのを見届け、丈介は左手で蝙蝠を挑発的に指差した。その手首を返す。

 

「かかってこい!」

 

――舐めるなぁ!!

 

 蝙蝠が真直ぐに突っ込んでくる。

 

「変――」

 

 丈介の右腕が背中へと引き絞られた。

 

「――身!!」

 

 放たれた矢の如く、その拳が蝙蝠に撃ち込まれる。

 

――おおう!?

 

 ギリギリでかわされた。だが、蝙蝠はその拳圧の凄まじさに慄く。

 

 蝙蝠の目前、そこに、深き緑色の戦士がいた。

 

――虫けらぁ…

 

「仮面ライダーと呼んでもらおうか」

 

 蝙蝠が羽を広げ跳んだ。両足に仕込まれた鉤爪が空中からライダーに襲い掛かる。

 

 その身体に幾筋もの爪あとが刻まれた。

 

「せこい攻撃するんじゃ無えっ!」

 

 ライダーもまた高く跳躍する。宙を舞う蝙蝠に、跳び蹴りを放った。

 

――空中戦は私の領域だっ!

 

 蝙蝠は翼をはためかせ、その攻撃を容易くかわして見せた。

 

 さらに空中で無防備になったライダーを真正面から掴み上げる。

 

「くそったれ、放しやがれ!」

 

――望みどおり放してやるよ、超高々度からなぁ!

 

 その翼がはためき、蝙蝠はライダーを抱きすくめたまま高く高く舞い上がっていく。

 

「このヤロウ!」

 

 ライダーは蝙蝠の腹部めがけ拳を打ち込むも、至近距離、しかも空中で姿勢が安定しないため、力が上手く入らない。

 

 既に銀澤市の街並みが一望の下に見下ろせ、西には日本海が視界いっぱいに果てしなく広がる。東側の山の頂きも眼下に過ぎた。

 

 その山の向こうから、朝日が昇る。

 

 日差しが、ライダーと蝙蝠を包み込んだ。

 

――くっ、嫌な光だ。

 

 蝙蝠の腕の中、足掻いていたライダーの動きが止まった。

 

――ふん、ようやく観念したか?

 

「そりゃ、お前のほうだ」

 

――何ィ?

 

 ライダーの身体に、不思議と力が漲っていく。全身に降り注ぐ太陽の光が、身体の奥底から力を沸き立たせる。

 

 ライダーの右拳が蝙蝠の腹部に押し当てられた。

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

 その拳に熱がこもる。密着された状態から放たれた、ゼロ距離パンチ!

 

――っ!?

 

 ライダーの拳が、蝙蝠の胴体を串刺しにしていた。

 

――ば、ば、ば、ば……

 

「馬鹿な、ってか?」

 

 ライダーが拳を引き抜く。

 

 蝙蝠の翼がひきつけを起こしたように痙攣し、二体の異形はもつれ合いながら真っ逆さまに落下した。

 

 その真下には、マザーシップ。

 

 ライダーは蝙蝠の身体を盾に、その巨大な城へと墜落した。

 

 大音響と共に、外壁を突き破り、内部の構造物を破壊し、それでもまだその勢いは止まらない。

 

 一体幾つの隔壁を破壊したか、壁に巨大な大穴を開け、二体はマザーシップ中央部の空間へと転がり出た。

 

――きゃぁあ!?

 

 脊柱に埋まる、あの女がその光景に悲鳴を上げた。

 

「ライダー!?」

 

 その脊柱の傍に、博之が居た。その小さな頭を、異形の掌が包み込むように掴んでいる。

 

――どっから入って来るんだよ、こいつら。

 

 ザ・サンは博之を片手で掴みながら、床に転がる二体の異形を冷ややかに見下していた。

 

「くぁ、こいつは流石にキツイぜ」

 

 ライダーは悪態をつきながらも何とか立ち上がった。蝙蝠を盾にしたとはいえ、あの落下を耐えられたことに自分でも驚いていた。

 

――ぼ……坊ちゃ…ま……

 

 驚いたことに蝙蝠もまだ生きていた。

 

 腹に大穴を開け、落下の衝撃をほとんど全て受けてボロボロになりながらも、蝙蝠はまだ生きていた。

 

 床に這い蹲り、苦しげに呻きながらもザ・サンの元へ行こうとする。

 

――じいや……

 

 ザ・サンは博之の頭を放し、蝙蝠の元へと歩み寄った。

 

――おぉ、坊ちゃま…

 

――勝手に人の獲物に手を出すなよ。

 

 歩み寄る歩調をまったく変えることなく、ザ・サンの足が、躊躇無く蝙蝠の頭を踏み砕いた。

 

「手前ぇ……」

 

 残された蝙蝠の胴体が激しく痙攣し、ついには動かなくなる。

 

「おい、いたわりって言葉を知ってるか?」

 

――何それ。

 

「だろうな。馬の耳に念仏ってのはこのことだ。手前ぇに道理を語っても無意味みてえだな」

 

――なんか知らないけど……ムカつくね、虫けら。

 

 ザ・サンが足元に転がる蝙蝠の残骸を蹴り飛ばした。その残骸が脊柱の傍へ飛ぶ。

 

――ひっ!?

 

「わぁっ!?」

 

 女と、その傍で蹲っていた博之が悲鳴を上げた。

 

「ら、らいだぁ…」

 

「泣きそうな声出すんじゃねえ、博之!」

 

「!?っ」

 

「漢ならぐっと耐えてみせろよ。この悪ガキは、俺が懲らしめといてやるからよ」

 

 博之はさっきまでずっと震えていた。だが、

 

「うん!」

 

 しっかりと頷いた博之の身体から、震えが止まった。

 

――虫けら…なにそれ? せっかく再調整してあげようと思ってたのに、そういう態度取るわけ?

 

「再調整してあげよう、ってか。手前ぇらの身勝手に付き合うのはもう飽き飽きしてんだよ」

 

――決めたよ。再調整は無しだ。ゲームももうどうでもいいから本気でぶち壊す。

 

 破壊された壁から、朝焼けの光が降り注ぐ。

 

 その下で、因縁の二体が睨み合う。

 

 

 

 

 

 

 

 他に怪人が居たらどうしようかしら。メスだけじゃなくて中華包丁も持って来ればよかったわね。

 

 なんてことを思いながら、サエコはマザーシップの中を走っていた。

 

 丈介が蝙蝠もろともに墜落したのを見て、慌ててこの建物の中に飛び込んだのだが、正直、どこに丈介が墜落したのか良く判らない。

 

 と言うか生きてることすら怪しい。

 

「頼むから生きててよね。バラバラでもグシャグシャでも、生きてれば何とかしてあげるから」

 

 マザーシップの構造は思ったよりも単純だった。

 

 恐らく、次元を移動するのはコアのみ。周りの構造物は全て現地作製なのだ。

 

 どのような物質、資材でも同じようなものが組み立てられるよう、構造は余計なものを全て省いたひどく単純で合理的なものだった。

 

 内部の通路のようなものはすべてコアに向かって伸びていた。要するに他の部分は外装、悪く言えば張りぼてだ。

 

「その核があの天使さんって訳ね。なんか気の弱そうな人(?)だったし、だからかしら、こんな張りぼてを身に纏っちゃっているのね」

 

 通路のその先、広い空間に出た。そしてそこに、

 

「居た!」

 

 脊柱に埋め込まれた女、その傍に立つ少年、そして睨み合うザ・サンと仮面ライダー!

 

 思わず呼吸を忘れそうになるほど、空気が張り詰めていた。

 

 サエコは密やかに、足音を忍ばせながら博之の傍へと寄っていった。

 

「博之君…大丈夫?」

 

 そっと囁く。博之も気がついたようだ。微かに、視線だけをこちらに向けて頷いた。

 

「先生、僕、大丈夫だから」

 

「よし……強い子ね」

 

 サエコは足元に蝙蝠の残骸が転がっているのを見つけ、そして、ザ・サンに視線を移す。

 

 ザ・サンの注意は完全にライダーに向けられているようだ。

 

 脊柱の女はといえば、この空気に呑まれたか身を縮ませてガタガタと震えっぱなしだ。

 

「逃げるなら今しかないけど……」

 

 サエコは呟き、傍らの博之の手を握った。

 

「僕、ライダーを見ていたい。ここで応援したい」

 

 博之がその手を強く握り返した。

 

「ええ、見届けましょう」

 

 舞台に役者は揃い、そしてついに決戦の幕が開いた。

 

 踏み込んだのは同時だった。

 

 互いの右拳が唸りを上げて放たれる。

 

――遅いよ。

 

 ライダーよりも早く、ザ・サンの拳がその仮面に叩き付けられた。

 

 が、しかし。

 

「どおりゃあぁぁっ!」

 

 顔面にパンチを受けながら尚、ライダーは踏み込みの勢いを止めなかった。

 

 その拳がザ・サンの顔面を襲う。

 

――ぐっ!?

 

 振り抜かれたストレートパンチの勢いで、ザ・サンの身体が背後へとよろめいた。

 

――えっ? ええっ?

 

 ザ・サンの足が揺れていた。

 

――何これ? 何だよ? どうして?

 

 ザ・サンには信じられないことだ。

 

――虫けらのパンチの癖に……効く!?

 

 ライダーが詰め寄ってきた。

 

 ザ・サンは思わず後ずさる。

 

「ライダァァ……」

 

――待ってよ、ちょっと待って!

 

「パァンチ!!!」

 

 叩き付けるように振り下ろされた拳に、ザ・サンが崩れ落ちた。

 

――ひぃぃっ、坊や!?

 

 女の悲鳴が響き渡った。

 

「勝った!」

 

 サエコは思わず叫んでいた。

 

「勝ったの? ライダーは勝ったの?」

 

「ええ、技でもなく、力でもなく、心がザ・サンを圧倒したのよ」

 

 そう、心だ。

 

 最初の一撃のとき、限界を超えて踏み込んだライダーにザ・サンの拳は振りぬく前に命中した。

 

 それが威力を半減させ、逆に充分に溜め込んだライダーパンチがザ・サンを存分に打ちのめしたのだ。

 

 ダメージ覚悟で踏み込んだライダーと、初めから相手を舐めてかかったザ・サン。

 

 たとえ力量に差があり、結局与えたダメージは双方同じようなものだったにせよ、その精神的ダメージには圧倒的な差があった。

 

「ザ・サンの心は……折れたわ」

 

 ライダーの目の前、ザ・サンが床にへたり込んでいた。

 

――い、痛い、痛いよ!

 

「当たり前だ。それが戦いってもんだぜ……立てぇッ」

 

――くそっ、くそっ!

 

 ザ・サンが立ち上がる。しかし、もう完全に腰が引けていた。

 

「最初の一発は俺の分、二発目は優子の分。…そして」

 

――ちくしょぉお!

 

 ザ・サンががむしゃらに放ったパンチに、ライダーも飛び込みざまにパンチを放つ。

 

 狙いが甘かったか、ザ・サンの拳はライダーの頬を掠めるにとどまった。

 

 そして、ライダーの拳は、

 

「そしてこいつは、博之の分だ!」

 

 顔面ど真ん中に三発目。

 

――ひ、ひぐぅ…

 

 フラフラと足元のおぼつかないザ・サンを、ライダーの腕が支えた。

 

「まだ倒れるなよ。まだまだ足り無えんだ。手前ぇに傷つけられた人たちの分がなぁ!!」

 

――や、やめっ!?

 

「うぉおりゃ、おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃあああああああああ!!!!」

 

 目にも止まらぬラッシュが繰り出された。

 

 その一発一発に込められた、傷ついた人々の怒り、哀しみ、そして奪われた人生の重み。

 

――ぎぇぇぇええぇぇ!!??

 

 ザ・サンは悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 

――坊や、坊やぁ!?

 

 女の悲鳴がこだまする。

 

――やめて、お願いだからもうやめて! これ以上この子を傷つけないでぇ!

 

「こいつを破壊しろって言ったのはアンタだろうっ。そのために俺や優子まで巻き込んだんじゃねえか!」

 

――ママ、怖いよママ、助けて!

 

「これで終わりだぁっ!!」

 

 これが最後の、ライダーパンチ。

 

 轟音を上げて、その拳がめり込んだ。

 

――マ、ママ……

 

――あぁ、坊や。

 

 それは太いパイプ状の構造物。

 

 それがザ・サンを庇うようにライダーの拳を受け止めていた。

 

「あ、アンタって奴は……」

 

 ライダーは呆然と呟いた。

 

 空間のあちこちから、チューブやらパイプやらの構造物が触手のように伸び、ザ・サンを包み込んでいく。

 

――大丈夫よ、坊や。ママが、ママが守ってあげるからね。

 

「アンタって奴はぁぁ!!」

 

 絶叫するライダーを数本の触手が薙ぎ払った。

 

 咄嗟のことに、ライダーはまともに喰らい吹っ飛ばされる。

 

――うるさいっ、あなたが、あなたが悪いのよ。私は止めてって言っただけなのに、なのにあなたが強すぎるから!!

 

「そいつが今まで何やってきたか判ってんのかぁ!!」

 

――判ってるわよ、私はこの子の親ですものっ。でもどんな子でも、自分の子が傷ついて平気な親なんていないわよぉおっ!!

 

「この親バカがぁっ、本当のバカだアンタは! 今更そんな事を言いやがって、俺の立場は一体どうなるんだぁっ!!」

 

――間違いだったのよ! あなたなんかを改造したのが間違いだったのよ!!

 

「当たり前だ、このボケェェッ!!」

 

 血を吐くような絶叫を上げながら、ライダーはザ・サンへと踊りかかった。

 

 しかし、無数の触手が四方八方からライダーの身体に絡みつき、その自由を奪う。

 

――坊や、ごめんなさい坊や、全部ママが悪かったわ。

 

――ママ、ママ、僕、悔しいよ。何とかしてよママ。

 

――ええ、判ってるわ。ママが坊やを強くしてあげる。大丈夫、あなたは誰よりも強い子よ。

 

 触手に包まれ、ザ・サンの身体が脊柱の傍へと運ばれた。

 

「そんな…!?」

 

 サエコは慌てて、博之を連れて脊柱の傍を離れた。

 

 脊柱から女が身を乗り出し、ザ・サンの身体を抱きしめる。

 

――ママの力を上げるわ。さぁ。

 

 ザ・サンの身体に数本の触手が埋め込まれた。マザーシップそのもののエネルギーが、ザ・サンへと注ぎ込まれていく。

 

――あぁ、凄い、凄いよママ!

 

 ザ・サンの身体の筋肉が、一回り以上も膨れ上がった。その体表が、燃えるように紅く輝いている。

 

 女がその身を離したとき、そこには燃え立つような邪気に包まれたザ・サンの姿があった。

 

 同時に、ライダーを拘束していた触手もほどけていく。

 

 第二ラウンドが始まった。

 

 ザ・サンは完全に立ち直っていた。それどころかパワーアップまで果たして。

 

 ライダーとザ・サンは再び間合いを詰めてゆく。

 

 そして、

 

「ライダァァパァァンチ!!」

 

――虫けらぁぁ!!

 

 二体の拳が激突した。

 

 空気を揺さぶる衝撃、響く破壊音、鮮血が舞った。

 

「ぐがぁぁっ!!??」

 

 悲鳴を上げ、崩れ落ちたのはライダーだった。

 

 その右拳は、無惨に撃ち砕かれていた。

 

――僕の、勝ちだね。

 

 ザ・サンの右手が、ライダーの首に打ち込まれた。

 

「げほっ!」

 

 ライダーの肩を掴み、無理やり立たせる。

 

――あれぇ、さっきの勢いはどうしたのかな。僕を殴ったとき言ってたよね、傷ついた人の分だけ殴るって。確かあの時に壊した数は143体だったっけ。さっき34発殴られたから、あと109発だね。ほら、どうしたの。殴らないの? ……あ、その手じゃ殴れないか。

 

「う、うるせぇ……まだ左手が残ってんだよ!」

 

 左のフック。しかしそれは、ザ・サンの右手にいとも容易く掴み取られた。

 

――弱いね。

 

 ライダーの拳を握ったまま、ザ・サンの手首が返された。

 

 身の毛もよだつような音を立てて、ライダーの左腕が折れた。

 

「!!!???っっ」

 

 もはや悲鳴も出せず、ライダーはガックリと膝をついた。

 

――僕の、勝ちだね。ははは、虫けら。意外と楽しめたよ。時にはこんなゲームも悪くないね。

 

 ザ・サンに左手をつかまれたまま、ライダーはガタガタと身を震わせていた。

 

――アハハ、怯えてるの? それとも痛いの? あぁ、両方か。ははは、何か気分がいいなぁ。そうだ、お前を壊すの勿体無くなっちゃった。だから……

 

 ザ・サンの異形の顔面の、その巨大な顎がクワッと開かれた。

 

――吸収してやるよ。お前は僕の一部になるんだ。

 

 言うや否や、ザ・サンはライダーの首筋に齧り付いていた。

 

「うおぉぉおお!?」

 

 その首筋から、密着した胴体から、ライダーの身体がザ・サンの身体へと一体化していく。

 

 その赤い巨躯の中に、緑の身体が飲み込まれていく。

 

「ライダー、逃げてッ!」

 

 博之の悲鳴のような声に、ライダーは必死に身をよじって逃げようとした。

 

 しかし、ザ・サンの勢いは止まらない。既に左半身がザ・サンの体内に埋没していた。

 

 駄目だ、逃げられない。

 

 ライダーの心に絶望が拡がった――

 

「逃げちゃ駄目よ!」

 

「!?っ」

 

 それは、サエコの声だった。

 

「恐れていては飲み込まれるだけよ、立ち向かいなさい!」

 

「た、立ち向かえ、だ?」

 

 相変わらず、無茶を言う先生だ。

 

 だが。

 

「応ッ、やってやるぜ!」

 

 ライダーは拳を振り上げた。

 

 砕けた、右の拳を。

 

――なんだよ、無駄だってば。

 

 ザ・サンがその口を離し、ライダーを睨み付けた。

 

――もう勝負はついて・・・・・・えっ!?

 

 その開いた口に、砕けた拳がねじ込まれた。

 

――!!?

 

「俺を喰らいたいなら、たっぷり喰らいなぁ!」

 

 ライダーの身体が、逆にザ・サンの身体へと押し付けられた。

 

――な、何? 僕の身体に…侵入される!?

 

 ザ・サンのテレパシーに焦りが混じった。

 

 吸収している余裕が、この瞬間、侵入される恐怖に変わっていた。

 

――なんだよコイツ、こんなの無しだよぉ!?

 

 今度は逆に、ザ・サンが逃げる番だった。

 

 だが、ライダーはザ・サンに深く潜り込んで喰らい着いたように放さない。

 

――わぁあああ!?

 

 恐怖に駆られたザ・サンが、融合部分を自ら引きちぎってついに身を離した。

 

 その身体はすぐに再生したものの、その姿はもはやパワーアップしたそれでなく、元の姿に戻っていた。

 

 そして、ライダーは。

 

「あと109発か……教えてくれてありがとうよ」

 

 ザ・サンの残した融合部分は、ライダーの身体の一部となり、その破壊された両腕を再生させていた。

 

――ま、待って、よして…

 

「ライダァァァパアアンチ!!!」

 

 機関銃のような、百烈ライダーパンチ。

 

――ギャァあぁアァぁああっ!!???

 

 ザ・サンの身体が宙を舞い、脊柱の傍へと吹き飛んだ。

 

――坊や、坊やぁ!?

 

――い、いやだぁ…こんなのいやだぁ……

 

 ザ・サンの戦意は完全に喪失していた。

 

 それだけではない、その身体に受けたダメージももはや限界に達していた。

 

――やだ…壊れたくないよ…ママぁ……

 

 ザ・サンは再び脊柱へと這い進んでいく。

 

――ぼ、坊や…

 

 手をさし伸ばした女に、必死にしがみつく。

 

――ママ、助けてママぁ!

 

――坊や…ひいぃ!?

 

 女の顔が恐怖に歪んだ。

 

 必死にすがりつくザ・サンは、全力をもって母の身体を締め上げたのだ。

 

――もっと力を頂戴。ママの力をもっと頂戴!

 

――ひぃっ、や、やめて坊や、だめぇっ!!

 

 ギリギリと締め上げるザ・サンの腕の中、女は脊柱ごと息子の体内に取り込まれようとしていた。

 

――た、助けて! 助けてライダー!? この子を倒してぇっ!

 

 女は泣き喚きながらすがるようにライダーを見た。

 

 しかし。

 

「……アンタ、親じゃなかったのか。助けを求める我が子を見捨てるのか?」

 

――そ、そんな……判ったわ、あなたの身体を元に戻すから、だからお願い助けてっ!

 

「断るッ!」

 

――どうしてっ!?

 

「……アンタ、何で俺の自我なんか残したんだ。アンタの技術なら、俺を指令に忠実な戦闘マシンにだって出来たはずだ」

 

――そんなの、あなたのために決まってるじゃない。そうよ、あなたの為に残してあげたのよ、だから早く助けなさい!

 

「違うッ、俺のためじゃねえ。アンタ自身の為だ。息子をその手で壊すことが怖いから、その責任を全部、俺に押し付けたんだ!」

 

――あ…あ…

 

 女の身体は更に飲み込まれていく。

 

 ザ・サンの身体は、醜く膨れ上がっていく。

 

「道を間違えた子供は、ぶん殴ってでも正すのが親の役目じゃねえか………その全部を放棄したツケは、アンタ自身で支払うんだな」

 

――ああぁ………

 

 女が、脊柱が、ついに飲み込まれた。

 

 そこに残ったのは、化け物と呼ぶことすら躊躇われる、哀れな醜い、異形の姿。

 

 いびつな親の愛によって育てられた、いびつな息子の姿だった。

 

 ライダーは跳躍した。

 

「ライッダァア――」

 

 それはまるで、稲妻のような。

 

「――キィイィック!!」

 

 ザ・サンの身体を貫いた。

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