仮面ライダー月紅   作:PlusⅨ

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第2話・受け継ぐ思い

 “太陽の石” と “月の石”

 

 二つは遥か昔から伝説の宝具として代々伝えられてきたものだった。

 

 太陽の石は東の守部が。月の石は西の守部が守り、その石の持つ力を現代に至るまで封印してきたのだった。

 

 だが………

 

 太陽の石が東の守部から盗まれたのが半年前、以来、西の守部の周囲にも不穏な影が見られるようになった。

 

「それが、あの怪人たち。ジョーカーか?」

 

 雄介の問いに美織は頷いた。

 

(はい。彼らは太陽の石の力を用いてあんな姿と力を手に入れたんです。ここ数ヶ月、なんども彼らに襲われました……)

 

 西の守部の一族であった美織一家は以来、町を転々と彷徨った。そして怪人の襲撃のたび、月の石の力を借りてそれを跳ね除けてきたのだが。

 

(初めの装着者だった父が殺され、母も力つきました……そして、最後が私)

 

 ただ一人残された美織が、傷心を癒そうと帰ってきた実家が、あの雑貨屋だった。

 

 両親との思い出の詰まった懐かしの我が家。しかし、それは無惨にも撃ち砕かれ、そして美織自身も………

 

 あれから数日が経っていた。

 

「結局、あの日のことは全部、事故で片付けられちまったみたいだなぁ」

 

 木越は携帯端末のネットニュースを読みながらそう言った。

 

 ガタンゴトンと揺れる車内の中、ここはJR嵯峨野線、下りの電車の車両の中だった。

 

 木越は隣に座る雄介に携帯端末を手渡した。雄介もベルトを肩に引っ掛けたまま画面を眺める。

 

「確かに、もう何処にも載っていないな」

 

 そう、今日のニュースにはもはや、あの事件の記事は影も形もなかった。

 

 そもそも、事故当時のニュースだって奇妙なものだった。雑貨屋とコーヒーショップ、鴨川上空での三件の爆発と、大量の交通事故。そしてバイクで暴走する紅い怪人――無論、雄介のことである。

 

 これだけのことがあったにも関わらず、先ほどの木越の言ったように、全て“事故”で済まされてしまった。

 

「ずいぶんと派手に騒いだつもりだったが、それなのにマスコミじゃ怪人のかの字も出ないなんて不思議なもんだ」

 

(それも、“太陽の石”の力なんですよ)

 

 雄介の肩、ベルトのバックル部に着いた水晶の中から、美織も紙面を覗き込んでいた。

 

「忘却の力でもあるのか?」

 

(忘却と言うより“思い込みの力”かも。怪人なんて存在するはずがないっていう先入観を強化して、人々の記憶から消してしまうんです。これは怪人の誰もが備えている能力、って言うより太陽の石の力を浴びた副作用みたいなものらしいですけど)

 

「成程ね。つまりあのとき、俺や怪人を目撃した人たちは皆、俺たちを夢か幻かのように思ったわけだ」

 

(もしくは存在を認めても、本物と思わずに、怪人のコスプレをした人間と思ったのかも)

 

「それじゃまるで変人みたいだな」

 

 雄介は苦笑した。

 

「まぁ、変身した人って意味じゃ変人に違いないけどね。……しかし、俺や木越が怪人の存在を認めていられるのはどうしてだろう?」

 

(月の石の影響もあると思うけど、たぶん一番の原因は先入観がないって事だと思いますよ。雄介さん自身は変身までしているし、木越さんだってそんな雄介さんの姿や怪人を間近で見てしまっている以上、印象が強すぎて忘れられないんですよ)

 

「そういうもんか。だけどこれじゃ警察とかは動きそうもないな。まぁ、あの怪人相手に警察官が太刀打ちできそうにも見えないけど」

 

(結局、太陽の石の力に対抗できるのは月の石の力だけなんです)

 

「………そのせいで、君の家族だけで戦わざるを得なかったんだね」

 

(………)

 

 何も答えぬ美織。

 

 雄介はそっと、肩にしたベルトの水晶を撫でた。

 

「ゴメン。辛い気持ちにさせるつもりは無かったんだ」

 

(……ううん、良いんです。それに、私は大丈夫ですから)

 

 水晶の中、美織が微笑んだ。

 

 あの日、あれだけの騒ぎにも関わらず、死傷者はほとんどいなかった。勿論怪人は除いての話だが。

 

 死者は一名。十七歳の少女。その娘の家族は行方不明とされていた。

 

 辛くないはずが無い。だけどあの日以来、美織の泣いた姿を見ることは無かった。

 

「お~い、雄介」

 

 木越が隣から、雄介の手にしたままの携帯端末を取り戻した。

 

「俺をのけ者にして二人の世界をつくるなよ」

 

 そう言えば木越には美織の声が聞こえないのだった。

 

「雄介。お前一人でブツブツ呟いていて、まるで危ない人みたいだったぜ。ったく、平日の昼間で人が少ないから良いものを、普通だったら不審者だぜ」

 

(ちょっと、雄介さんを不審者扱いしないでよ。あなた、それでも友人なの!?)

 

 美織が木越に食って掛かる。そう、雄介の意識を介してやれば、美織の“声”は外に繋がるのだ。

 

 木越はなぜか胸を張って答えた。

 

「おう、友人だとも。幼馴染だ。そう、まさに竹馬の友!」

 

「いやいや、知り合ったのは高校時代からだろう」

 

 何だか熱弁する木越に、雄介はやんわりと突っ込みをいれたのだった。

 

(そんなの、幼馴染って言わないわよ)

 

「けっ、余計なこと言いやがって。おい、雄介。お前どっちの味方だよ」

 

「どっちも、さ」

 

 やれやれ、と雄介は首を振る。

 

 隣では木越が、水晶越しに美織と睨み合いながら百面相を繰り広げていた。

 

 もうこの二人がいがみ合うのにも慣れてきた。どうせお互い、本気で嫌い合ってる訳じゃないのだ。木越は美織が本当に傷ついてしまうような言動はちゃんと避けている。

 

 良い奴だ。こんな男だから、高校時代から、かれこれ七年も友情が続いている。

 

 電車が駅のホームに滑り込み、ゆっくりと停車した。

 

 ここは嵯峨野嵐山。

 

 平日ということもあって観光客の姿も少なく、駅前はのどかで閑散としていた。

 

 雄介と木越は駅からブラブラと南へと向かって歩き出す。

 

 二月の空はうっすらと曇り、冷たい風が辺りを吹き抜けてゆく。

 

 十数分ほど歩いたあたりで駅前の住宅地を通り抜け、目の前に広い川の流れが現れた。

 

 桂川である。

 

 対岸へと伸びる渡月橋を中心に、両岸では観光客向けに多くの土産物屋や料理屋が軒を並べている。そこを、修学旅行だろうか、制服姿の少年少女たちが地図を片手にあちらこちらを歩き回っていた。

 

「へぇ、こんな季節に修学旅行をする学校もあるんだな」

 

 木越が珍しそうに彼らを眺めていた。

 

 男女合わせて四~五人ほどのグループに別れ、土産物屋などを覗き込んでいる。

 

 その様子がなんとも楽しげで、そして懐かしく感じた。

 

 雄介はふと、水晶を見やった。

 

「美織ちゃん?」

 

(えっ……)

 

「どうか、した?」

 

(………)

 

 なんとなく、美織がひどく切なげに見えた。

 

(うん……何か、うらやましいって思っちゃって)

 

「羨ましい?」

 

(私、あまり学校に行けませんでしたから)

 

 そう言って美織は笑った。少し寂しそうに。

 

 そうだ。ここにいるのはまだ十七歳の少女なのだ。だから、

 

「俺たちも色々見て回ろうか。美味しそうなものもいっぱいあるし、好きのものを奢るよ」

 

(フフ、良いんですかそんな事を言っちゃって。私はかなりの甘党ですよ?)

 

 美織はクスクスと笑う。

 

 こっちの笑顔のほうが何倍も良い、と雄介は思う。

 

 ちなみに美織は雄介の感じた味覚や触覚も感じ取ることができるらしい。

 

(チョコ八橋に抹茶団子、それに名物梅ソフトクリーム……あぁ、あの店のパフェも美味しそう)

 

 美織は早速、目を輝かせながら物色を始めていた。

 

 なるほど、確かにかなりの甘党のようだ。

 

「よし。だったらそれ全部、食べようか」

 

(えぇっ? 雄介さん本気ですか? 胃もたれしちゃいますよ)

 

「大丈夫、大丈夫。俺も結構甘いもの好きだからさ。それにお金だって心配しなくても大丈夫。いざとなったら木越が出してくれるよ」

 

「おいおいおい。勝手に話を進めるな」

 

 慌てふためく木越に、雄介はベルトを掲げて見せた。

 

「まぁ、男の甲斐性ってやつだ。食事ぐらい俺たちで奢ってやろうよ」

 

「食うのは結局お前だろうが。…ったく、おい美織、せいぜい感謝しろよ。何せこんないい男二人が付き合ってやろうって言ってるんだからな。まさに両手に花だぜ」

 

(花だったら一つで充分、雄介さんだけで良いですよ~だ)

 

「ええい、口の減らんやつめ」

 

 なんて、益体もない二人。

 

「さて、何から食べるかな」

 

 三人は、桂川沿いに並ぶ店を覘き回った。

 

 約束どおり、雄介はあちこちの甘味処を食べ歩き、木越は木越で変なお土産を見て回っていた。

 

 チョコ八橋にお汁粉、草団子。ソフトクリームにパフェに……あれもこれもと食べ歩いていると、さすがに辛いものがあった。

 

 正直なところ、甘いものは苦手ではないが、そんなに好きでもなかった。

 

 でも、美織が嬉しそうにその感触を味わっているのを見れば、そんなことは気にもならなくなっていた。

 

 一通り味わいつくし満足したところで、雄介たちは桂川から再び北上し、嵯峨野線を横切り嵐山の街中を通り過ぎてゆく。

 

 さらに北へブラブラと歩き続ける。

 

 周囲の景色は田畑の広がるのどかな風景に移り変わっていた。

 

 桂川から一キロほど先、雄介たちは愛宕神社へむかう参道へと足を踏み入れていた。

 

 いつもは観光客でにぎわうこの通りも、今日は平日で、しかも天候もどこか崩れがちなせいか、行き交う人はほとんど見受けられなかった。

 

 それでも参道ではいつものように土産物屋が店を開き、通りに向けて色々な商品を並べている。

 

 雄介たちはそれを一軒一軒のんびりと眺めながら歩いていった。

 

 嵐山の名産に繭玉というものがある。

 

 美織は蚕の繭を利用して作られた繭玉人形を特に気に入ったようで、水晶の中から繭玉人形を指差しながら「可愛い」と呟いていた。

 

 雄介は繭玉人形のキーホルダーを一個購入し、それをベルトに飾りつけた。

 

「うん、悪くない」

 

(え…? 良いんですか、これ?)

 

「プレゼントだよ」

 

 水晶の中、美織の瞳が潤んだように見えたのは気のせいか。

 

「何を甘いことをやっているんだか」

 

 そう言って呆れている木越の手にも、なぜか繭玉のキーホルダーがあった。

 

「珍しいな、お前がそういうのを買うなんて」

 

「悪いかよ」

 

 なんとなく不機嫌そうに答える木越。

 

 誰かへのお土産か、と聞いたら木越はそっぽを向いてしまった。

 

「先に行ってろよ。俺はちょっと小便してくる」

 

 木越はそう言って近くの公衆便所へと行ってしまった。

 

「なんか、急に不機嫌になっちまったな」

 

 雄介は首をかしげながらも、かといって先に行く気にもなれず、ちょうど手近に休憩用のベンチがあったのでそこに腰掛けて待つことにした。

 

 冬の最中ながらも周囲は竹林の緑に囲まれ、冷たい風がサワワと葉を揺らす。

 

 参道に沿って流れる瀬戸川のせせらぎに混じって、どこかの土産屋だろうか、季節はずれの風鈴の音がチリリンと鳴り響いた。

 

(雄介さん……)

 

「ん、何?」

 

 水晶の中から、美織がこちらを見上げていた。

 

(雄介さんはどうして、こんなに私に良くしてくれるんですか?)

 

「どうしてって、そりゃぁ………」

 

 雄介は少し言いよどんだ。

 

 それはすごく簡単な理由のような気がするし、そのくせ、なぜか言葉では上手く表せられない気がした。

 

 そんな雄介の反応を見て、美織の表情がかすかに曇る。

 

(……やっぱり、こんなことは迷惑ですよね。突然わけの判らないものを押し付けて、その上、危険にまで巻き込んでしまって――)

 

「美織ちゃん」

 

 美織の言葉を遮り、雄介は優しく微笑みかけた。

 

「俺は、迷惑だなんて思っていないよ」

 

(で、でも……)

 

「俺はね、その、上手く言えないんだけど………ずっと、宙ぶらりんだった気がするんだ。高校を出て、大学に進んで、それから四年、いざ就職っていうこの時期にすごく迷っていた。自分が本当にやりたいことって何だったんだろうって。それを見つけるつもりで大学に入ったのに、結局見つけられなかった。……いや、本当はあったような気がするのに、どうしてもそれを実現させるための一歩を踏み出す勇気がなかったんだ」

 

(夢……?)

 

「うん。実はね……雑貨屋を経営してみたかったんだ」

 

 雄介は少し照れくさそうに、

 

「五条にあった君の店、前から良いなって思って見てたんだよ。結局、夢を見ているだけだったけどね。………正直なところ、あの時、何でベルトを守ろうと思ったのか自分でも良くわからないんだ。ただ、憧れていた店が消えて、君の姿を見たとき、なんだかこれは絶対に守らなくちゃいけないんだって気がした」

 

 風が竹林を揺らす。

 

 鈴の音が冷たく鳴り響く。

 

 けれど、美織には雄介の声はとても暖かく聞こえた。

 

「あの時、勇気を振り絞ったおかげで俺は変われた気がするんだよ。……まぁ、実際に“変わって”いるんだけど、そういう意味でもなくて、その、一歩を踏み出せた感じかな」

 

(雄介さん、私……私……)

 

「だから、後悔なんてしていない。それに今は、君が命をかけて守ったものだから、俺もその気持ちに応えたいって、そう思うよ」

 

(………)

 

 美織の頬を涙が零れ落ちた。

 

 その涙をぬぐってあげたいと思っても、それは叶わない。だから、雄介はベルトを優しく胸に抱いた。

 

 美織の嗚咽を耳の奥に感じながら、遠くで微かに響く鈴の音が少しずつ近づいてくるのに気がついていた。

 

 そのころ、公衆便所に行ったまま戻ってこない木越は何をしていたかというと、

 

「……似合わないことをしようとしたからか」

 

 用も足さずに、一人つぶやいていた。

 

 その木越の手には先ほどの繭玉のキーホルダー。

 

 プレゼントするつもりで買ったのに、渡す口実が上手く思いつかなくて、結局、友人に先を越されてしまった。

 

 先をとられた悔しさと、自分の逡巡に対しての後悔から、そのまま渡しそびれてしまったものだ。

 

「何やってんだか、俺」

 

 自嘲気味に呟きながら、木越はキーホルダーをポケットに突っ込み、用を足した。

 

 公衆便所から出たところで、目の前の参道を、三人の女性が通り過ぎていった。

 

 赤、青、黄色の派手な色彩の和服に身を包み、しゃなりしゃなりと歩くたび、チリリーンと鈴の音が鳴り響く。

 

 夏場なら涼やかな音色も、冬に聞けば凍てつくような音だ。

 

 少し離れた場所に、雄介が座っていた。

 

 その胸にベルトを抱いている。

 

 その様子を複雑な面持ちで眺めながら、木越はそちらへ向かおうとした。

 

――と、鈴の音が激しく鳴り響くと同時に、木越は三人の女性に周りを取り囲まれていた。

 

「え?」

 

「月の石を持つものに告ぐ」

 

 赤い着物の女性が喋りだした。

 

 それも木越に向けてではない。

 

「連れの命惜しくば、我らに従え」

 

 この声、この台詞。なんだかすごく聞き覚えがある。

 

 雄介がこちらに気づき、あわてて立ち上がった。

 

 青と黄色の着物の女性が、木越の左右から両腕を掴む。と、あっという間に木越の身体は竹やぶの中へと引きずりこまれてしまった。

 

 木越を人外の力で引きずるその腕は毛むくじゃら。

 

 その顔もいつの間にか女性のものから人外のものへ……その、とっても“猿”っぽくなっていた。

 

「やっぱりこのパターンかぁぁ!?」

 

 木越の叫びに応えるように、雄介も竹やぶへと飛び込んできた。

 

 三体の猿の内、二体が木越を放り出すと、踵を返して雄介へ向かって飛び掛ってゆく。

 

「変身!」

 

 雄介の身体が虹色のオーラをまといながら、紅い異形へと変貌していく。

 

 木越は今のうちに逃げようと慌てて立ち上がったが、その逃げ道を塞ぐ様に、目の前の数本の竹が撓り、互いに交差した。

 

 前方だけではない。

 

 木越を取り囲むように周囲の竹が撓り、交差する。

 

 たちまちのうちに木越は竹の牢獄に捕らわれてしまった。

 

 頭上を見上げると、赤い着物を着た猿が、数本の竹の先端を束ね上げていた。

 

 猿は懐から長い鎖をジャラジャラと取り出すと、それで竹の先端をすばやく縛り上げてしまった。

 

 それが済むと、軽い身のこなしで地面に降り立ち、毛むくじゃらの腕を竹の牢獄の中に突っ込んだ。

 

「手向かいするなよ、ゲッコウ」

 

 猿の腕は木越の肩をしっかと掴んでいた。

 

 その様子を見て、雄介の動きが止まった。

 

「やれ」

 

 赤猿の言葉に従い、青猿と黄猿が雄介めがけ襲い掛かる。

 

 雄介は左右からの襲撃をかわそうとするが、周囲に生い茂る竹にその動きを阻まれた。

 

 二体の猿の四本の腕、四本の足が容赦なく雄介を痛めつけた。

 

「雄介っ!?」

 

 情けない。

 

 木越が罵ったのはもちろん自分だ。

 

 また人質になってしまうとは。

 

「“ニッコウ”様が必要となさっているのは月の石のみ……大人しく渡せば命まではとらぬ。さぁ、“ゲッコウ”の姿を解け」

 

 赤猿の言葉にも、雄介は従わなかった。

 

 だが、反撃もできない。

 

 必死に青・黄猿の攻撃に耐えている。

 

「ええい、強情なやつ。人質を壊してやろうか」

 

 木越の肩を握る猿の手に力がこめられた。

 

「いてててていてぇっ!?」

 

 悲鳴を上げる木越。

 

 雄介が叫んだ。

 

「レッドホッパァァァァ!!」

 

「うっきゅきゅーー!!」

 

 困ったときのバイク頼み。

 

 人質を助け出すのは私の役目とばかりに紅い影が爆音を轟かせながら竹やぶに飛び込んでき――

 

「きゅうう~ん……」

 

 レッドホッパーは情けない泣き声をあげながら、うっそうと生い茂る竹やぶの中でもがき足掻いていた。

 

「何だ、あの頓馬は?」

 

「役にたたねえな、この萌えバイク!……いてて、肩が潰れる、つ~ぶ~れ~る~!」

 

「ゲッコウ……無駄なあがきは止せ」

 

 ここに至って雄介は完全に動きを止めざるを得なかった。

 

 青・黄猿が竹から竹へ自在に飛び交いながら雄介に襲い掛かろうとする。しかし、その時、

 

「来い、弦月刀!」

 

「うきゅー!」

 

 突然の雄介の声に、レッドホッパーの口――みたいなところ――から一筋の光条が放たれた。

 

「うわっ!?」

 

「むうっ!?」

 

 光条は竹の牢獄をかすめ、赤猿は思わず木越を手放してしまった。

 

 と、同時に牢獄をなしていた数本の竹がすっぱりと切り払われ、撓っていた竹が勢い良く撥ね返って赤猿の身体をしたたかに打ちはらった。

 

「ぐわっ」

 

 光条はまっすぐ雄介に向かって飛び、その手へ吸い込まれるように飛び込んだ。

 

 その武器の名は、弦月刀。夜空に輝く月のように、その刀身は鮮やかに輝いていた。

 

 バササササ、と竹を揺らし二体の猿が雄介へ襲い掛かる。

 

 弦月刀が一閃した。

 

 青猿がドウッと地に倒れ付し、黄猿は慌ててたたらを踏んで立ち止まる。

 

 黄猿はそのまま二・三歩、竹を縫うように後退した。

 

 雄介が弦月刀片手に黄猿に追い迫る。

 

 だが、両者の間を遮るように数本の竹が茂っていた。

 

 しかし雄介は構うことなく無造作に踏み込み、弦月刀を横薙ぎに振るった。ヒュン、と風切り音が響きわたり、両者を隔てていた竹がバラバラと切り倒された。

 

 黄猿は一瞬、呆然としたようにそれを眺めていたが、すぐにガックリと膝を突き、倒れ付した。

 

「すげえ……」

 

 木越は、瞬く間に青・黄猿を倒した雄介の手際に見とれていたが、

 

「木越、離れろっ」

 

 雄介の叫びに、ハッとして踵を返した。そう言えば怪人は死ぬと爆発するんだった――

 

 切り払われた竹の牢獄から飛び出したと同時に、背後で破裂音が響き渡った。

 

 同時に背中を押す強烈な圧風。

 

「うきゃうん!」

 

 一瞬の差でレッドホッパーに受け止められていた。

 

 木越を乗せてレッドホッパーは竹やぶの外へ着地する。

 

「ホッパ~、お前いいやつだな」

 

「うっきゅん」

 

 得意げに鳴くレッドホッパーから降り立ち、木越はあたりを見渡した。爆風によって舞い上がった土煙と枯れ葉が辺り一面に立ち込めている。

 

 だがそれもすぐに晴れてきた。

 

 目の前に石仏があった。

 

 膝丈ほどの小さな石仏。

 

 それが足元いっぱいにズラリと並んでいる。

 

 煙が晴れ、枯れ葉も落ち尽くした。

 

 仏。

 

 仏。

 

 仏。

 

 ………あたり一面に仏が並ぶ。

 

 周囲を埋め尽くすは、八千体もの石仏。

 

 まさに無縁仏の間。

 

 あの世へ続く賽の河原の風景。

 

 

 

 ここは化野・念仏寺。

 

 

 

 地を埋め尽くす石仏の中心に聳え立つ供養塔の、そのてっぺんに赤猿が立っていた。

 

 その燃えるような視線の先、鐘楼の屋根に上に立つは、雄介の紅い異形の姿。

 

 互いに睨み合い、対峙する二つの異形の影。

 

 ざわついていた竹やぶも収まり、空気はピリピリと緊迫して張り詰める。

 

 静寂があたりに満ちる中、遠く瀬戸川のせせらぎがさらさらと微かに響き渡る。

 

「トウッ」

 

「ふんっ」

 

 短い気合と共に両者が跳んだ。

 

 紅い影と赤い影が空中で絡み合いながら、石仏群を飛び越え、念仏寺の境内すらも飛び出していく。

 

 木越も慌ててその後を追った。

 

 木越が参道まで舞い戻ったとき、遠くかなたから激しい水音が聞こえてきた。

 

 それはすぐに破裂音にかわり嵯峨野の山々にこだました。

 

 参道を横切り、瀬戸川へ向かう木越の前に、ベルトを肩に引っ掛け、土手をえっちらおっちらと登ってくる雄介の姿がみえた。

 

「……はは、びしょ濡れだな」

 

「ああ、風邪ひきそうだよ」

 

 苦笑いして応える雄介に、木越は手を差し伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 化野(あだしの)。

 

 ここら一帯は古くより風葬の場として知られている。

 

 周囲の山林には今も多くの無縁仏が眠るという。

 

 そんな化野の片隅。念仏寺よりさらに北上して、道から外れた山林の中に、雄介たちが目指す場所があった。

 

 人目を避けるようにひっそりと佇む、古い墓所。

 

 苔むした墓石には「守部家代々之墓」と彫られていた。

 

 雄介は持ってきた線香に火をつけた。

 

 墓に向かい、手を合わせる。

 

 木越もそれに習う。

 

 水晶の中、美織もきっと手を合わせているだろう。

 

 いったいどんな心境だろうかと、木越は思う。もしかしたら雄介にはそれが感じ取れているのかもしれない。

 

 結局三人は、終始無言のまま墓所を後にした。

 

 参道に戻り、再び嵯峨嵐山駅に向かってつらつらと歩き出す。

 

「なあ、雄介」

 

「ん、何だ?」

 

 木越は少し黙って、それから口を開いた。

 

「やっぱり、続けるのか」

 

「ああ、続けるよ。その覚悟で、手を合わせてきた」

 

「………」

 

「木越まで付き合う必要は――」

 

「俺も付き合う。のけ者は嫌だ」

 

 木越はそう言って、ポケットからキーホルダーを取り出した。

 

 そしてベルトに向かって呼びかける。

 

「おい美織、俺もお前を守ってやるよ。だから、こいつはその証だ」

 

 雄介がつけたキーホルダーの隣に、木越もまたキーホルダーを取り付けた。

 

 水晶の中、美織が木越を見上げる。

 

 何かを言おうと口を開きかけたようだが、すぐにそっぽを向いてしまった。

 

「なんだよ、その態度」

 

「えっ、何々? …“足手まといにはなるな”…って言ってる」

 

 雄介が苦笑いしながら言った。

 

「むむっ……」

 

 正直、返す言葉が無い。

 

 だが、

 

「それから…“ありがとう”…だってさ」

 

「………直接言えよ、馬鹿やろう」

 

 水晶の中、美織はしばらく木越を見上げていた。

 

 それから、やおら舌を突き出して、あかんべえをして見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 土砂降りの雨の下、赤き異形の戦士たちがぶつかり合う。
 ついに現れた敵、太陽の石を持つ者、日紅。
 少女を守るため、少女の想いを守るため、青年は異形の都市伝説に己を重ねた。

第3話・「仮面の騎士」

 ここは蓮華王院、三十三間堂。
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