あの日の戦いに参加した怪人は七十体。
その大半が灰と化し、残りは散り散りになって逃げ去ったようだ。
日紅を失ったためだろうか。
それ以後、怪人による襲撃は一度として起こらなかった。
あの戦い以後しばらくの間、雄介は自分のアパートで寝たきりの生活を送る羽目になった。
太陽の石と月の石。
その両方の力は強力すぎて、装着者の身体に相当の負担を強いたらしかった。
実に一週間もの間、彼は部屋で寝たきりの生活を余儀なくされた。
そして木越は、その介護に追われる羽目になった。
その間も、雄介の傍にはずっとベルトがあった。
ベルトに輝く水晶は太陽の石。
そして、その中にはいつものように美織の姿があった。
月の石は、雄介の体内に封じられたらしかった。
後に木越が雄介から聞いたところによると、雄介が死に掛けたあの時、美織は月の石ごと、己の存在と引き換えにしてまで雄介を復活させようとしたらしかった。
雄介の身体が回復し、意識を取り戻したとき、美織の存在はほとんど消えかけていた。
雄介は咄嗟に、目の前にいた日紅の太陽の石の中に美織を転送しようとしたが、美織の想いの方が強く、逆に太陽の石が引き寄せられてしまった。
これが、あの戦いで起こったことらしかった。
戦いの直後、美織もまたかなり憔悴しているようだった。
しかし、雄介が回復してゆくにつれ、美織もまた元気を取り戻していったようだった。
戦いの翌日、木越は再び曼珠院を訪れた。
荒れ果ててしまった境内の庭園を、原因も判らずに整備しなおす僧侶たちの眼を盗んで、木越は庭先を探し回り、ようやく目当てのものを見つけた。
繭玉人形のキーホルダー。
一個しか見つからなかった。
何となく、見つからなかったのは自分が買ったほうだという気がした。
それを再びベルトに取り付けたとき、美織は木越に対し何かを言おうとしたみたいだが、その時は雄介が眠ってしまっていたので、言葉が伝わることは無かった。
ただ、その時の美織の笑顔を、木越は二度と忘れないと思った。
一週間が経ち、雄介が一人でも立ち上がれるくらいに回復した頃。
木越は京都を離れた。
四月になり、二週間が過ぎた。
今年の桜は早咲きで、鴨川のほとりの桜並木は既に満開の花盛りだった。
気持ちの良い陽気の午後だった。
雄介はベルトを肩に引っ掛けながら、ぶらぶらと川べりを歩いていく。
川の上流から運ばれてくる風が、桜の枝を揺らし、その花を散らせた。
「綺麗だね」
水晶の中、美織は微かに頷いたようだった。
雄介は近くのベンチに腰を下ろした。
さらさらと流れる鴨川の水が太陽の日差しを反射し煌いている。
下流のほうへ目をやれば、そこに五条大橋が見えた。
「木越の奴、今頃どうしているかな」
雄介の呟きに、美織は微笑を浮かべた。
「きっと、あいつも頑張ってるだろうな」
美織がまた頷く。
「……会いたいかい?」
美織の表情に寂しげな色が見えた気がした。
雄介はそっと水晶を撫でる。
美織はその感触を味わうかのように眼を閉じた。
彼女の“声”が聞こえなくなったのは、木越が京都を去ってすぐのことだった。
回復していたと見えた美織は、その日を境に更に衰弱していった。
いや、始めから回復などしていなかったのかもしれない。
ただ、そう見せていただけだったのか。
木越を安心させるために。
あいつは気付いたのだろうか。
もしかしたら気付いていたのかもしれない。
京都駅の改札で木越を見送ったときのことを思い出す。
――おい美織……俺のこと忘れるなよ。次に会ったとき“誰だっけ”なんて言うなよ。
――えっ、あなた誰でしたっけ?
――早速忘れんじゃねえ!
――へへ~んだ。あなたなんかすぐ忘れてやるんだから。……だから、木越さんも忘れてもいいよ、私のこと。
――……ぬかせ、意地でも忘れてやらねえよ。
――……木越さんのばぁ~か。
――馬鹿といったな、俺のことを馬鹿って言ったなこのヤロウ!
――………。
――……そうだよ、俺は馬鹿だよ。だから、忘れねえ。
――……うん。
そう言って、木越は旅立っていった。
そして、美織の“声”も、この日が最後だった。
風が、吹いていた。
桜が、散っていた。
水晶の中、美織はまるで眠っているようだった。
雄介はベルトを肩からはずし、胸に抱いた。
空を見上げると、白い雲が流れていた。
雄介の頬を、涙が一滴、流れ落ちた。
涙は水晶の上へと滴り落ちる。
(―――ありがとう、雄介さん……)
涙は留めなく溢れた。
見上げた景色が滲んでいた。
雲は、彼方へ、彼方へと流れ去っていった。
――了――
次回、第2章【仮面ライダーJo】予告
何気なく、かけがえのない日常。それがこの先も続くはずだった。
愛した女と、新しい家族を作るはずだった。
だった。
過去形。
もう過ぎたこと。
二度と戻れない、過去。
第1話「勝手に決めるな!」
丈介が目覚めたとき、すでに四年の月日が経過していた。