仮面ライダー月紅   作:PlusⅨ

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第3話・気がつきゃ女医とベジタリアン!?

 銀澤市、肩町から男川沿いに下流へ2kmほど下った場所。

 

 銀澤市の郊外に当たるその場所に丹下記念病院がある。

 

 肩町から近いということもあって、肩町から運ばれてきた負傷者が次々とこの病院へと搬送され、院内は例えるなら野戦病院と化していた。

 

「病室は既に満員よ。重傷者はストレッチャーごと通路に並べて!」

 

 丹下サエコは周囲のスタッフに指示を下しながら、院内を埋め尽くす患者の間を歩き回った。

 

「左腕部と右大腿部骨折ね…大丈夫、命に別状は無いわ。すぐに治るわよ」

 

 呻き声をあげる患者に優しく声をかけながら、ストレッチャーに下げられた札に治療優先順位を書き込んでいく。この患者はイエロー。優先度は上から二番目だ。

 

 次の患者に移る。額から血を流し、意識が朦朧としている。レントゲンを一瞥し、札に最優先を示すレッドを書き込む。

 

 その隣の患者は……既に死後硬直が始まっていた。死体を運び込むとは現場も相当混乱しているらしい。札にブラック――手遅れ――と書き込む。

 

「さて次は……ブルーね」

 

 外傷をチェックし、レントゲンでも内出血・骨折が無いことをチェックし、札を書き込む。そして、次へ――

 

「――って、ちょっと待って!?」

 

 慌てて先ほどの患者へ、踵を返そうとした。が、

 

「丹下先生、第三手術室へお願いします」

 

 看護師長に呼び止められた。

 

「ちょっと待って。気になる患者がいるのよ」

 

「病院中、重傷者だらけですよ。優先付けは私が引き継ぎますから、先生は早く」

 

「判ったわ」

 

 サエコは集中治療室へ向かいながら、先ほど見たレントゲンを思い浮かべた。

 

 一体あれは何だったのだろう?

 

 怪我ばかりに気をとられていたが、臓器の配列が一部おかしく、また見たことも無い臓器があったような気がする。見間違いだろうか?

 

 だが、手術室に辿り着いた瞬間、サエコの気持ちは切り替わった。

 

「遅れてゴメン。患者の容態は?」

 

 待ち受けていた看護師の手を借りながら、手早く手術着に着替える。助手の外科医からの説明を頭に叩き込んだ。

 

「丹下先生、入ります」

 

「よろしく頼むわね」

 

 目の前の命を救うことに全力を尽くす。

 

 それが若き天才と謳われる外科医、丹下サエコだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたとき、一番初めに感じたこと、それは。

 

「腹…へったな……」

 

 開口一番の台詞がそれだった。男はしばらくボウッとした目で辺りを見回した後、突然何かに気が付いたか、ベッドからガバッと身を起こした。

 

「ヤロウッ、何処へ行きやがった!?」

 

「ヤロウって?」

 

「あの化けもんだ。ザ・サンだよっ……って、あれ?」

 

 男は再び辺りを見回し、そしてベッドの傍らに座るサエコと目が合った。

 

「おはよう」

 

「アンタ誰だ?」

 

「丹下サエコ。医者よ」

 

「ここはどこだ?」

 

「丹下記念病院」

 

「病院?」

 

 男は怪訝な顔をした。

 

「病室には見えねえな」

 

 病室と言うより、仮眠室みたいな部屋だった。

 

「当直医の宿直室よ。病室はいっぱいなのよ」

 

「そうかい。邪魔したな」

 

 男はそう言うと、さっさと立ち上がり部屋から出て行こうとした。

 

 サエコはスルリとその前に進み出て、立ち塞がる。

 

「まだ退院させる気は無いわよ」

 

「ここでいつまでも寝ていられるほど、俺はヒマじゃないんだ」

 

「肩町で暴れた怪物を追うつもりなの?」

 

 そう言うと、男はギョッとした。その鼻先にレントゲン写真を突きつける。

 

「あなたの身体を調べさせてもらったわ。驚いたわよ。見たことも無い臓器がゾロゾロと並んでいる上に、型が判別不能の血液。おまけに異様に発達した筋肉に、驚異の回復力。あなた何者なの?」

 

「辰巳丈介、二十七歳、七月七日生まれの蟹座。趣味はツーリング。スリーサイズも言おうか?」

 

「結構よ。それよりレントゲンで見たところ、人工物と見られる物質が体内に幾つか埋め込まれているわね。自然発生ではありえないわ。これだけの肉体改造を何処で誰に受けたの?」

 

「次元の狭間で、異次元から来た科学者に拉致されてな」

 

「まじめに答えてくれないかしら。冗談にしても発想が貧弱よ」

 

「俺だってそう思うがね。何を言ったところでアンタにどうこうできる身体じゃあるまいよ。それとも、真っ当な身体に戻すことが出来るのか?」

 

「まったく持って不可能ね」

 

「そらみろ」

 

「正直言って、生きた人間をここまで改造するなんて現代科学じゃ不可能よ。これじゃまるでマシンよ。限りなくマシンに近い人間。改造人間ね」

 

「改造人間か。ハッ、まるで仮面ライダーだ」

 

「肩町で化け物同士が争ったと聞いたわ。もしかして……?」

 

「あぁ、片方は俺だよ。あの化け物と戦うために改造された。俺を改造した奴はそう言ったよ」

 

「じゃあ、本当に異次元の……信じられないわ」

 

「俺だって信じられねえ。信じたくもねえよ畜生」

 

 男の腹がグウと鳴った。

 

「腹が減った。食い物あるか?」

 

「食堂へ行きましょう。私も濃いコーヒーが欲しくなったわ」

 

 病院内は既に落ち着きを取り戻していた。それでも、病室は重傷者で溢れ、軽傷者が時折訪れては、待合室に屯している。

 

 二人が食堂を訪れたとき、備え付けられたテレビからニュースが流れていた。

 

『銀澤市肩町通りで発生した事件での死傷者数は、現時点で死者48名、負傷者95名にのぼり、この数は更に増えるものと予測されます』

 

 丈介は蝙蝠の言葉を思い出す。奴の言っていた得点は、そのまま殺してまわった人間の数のことらしい。

 

「殺人ゲームだ」

 

 焼き魚とサラダの定食の乗ったトレイを手にしながら丈介は呟いた。

 

「えっ?」

 

 サエコがコーヒーカップを手にして、怪訝な顔をした。

 

「怪物の目的だよ。奴ら、肩町で殺した人間の数をカウントしていやがった」

 

「そんな。ただそれだけのためにこれだけの被害を出したの!?」

 

「まるでガキみたいな奴だった。善悪の倫理なんて欠片も持ち合わせちゃいないんだろうよ」

 

 二人はテーブルに向かい合わせに座った。丈介は早速、焼き魚に箸をつける。

 

「不味っ!?」

 

 思わず吐き出しそうになったそれを、何とか飲み下す。

 

「何だコリャ、喰えたもんじゃねえ」

 

「変ね、うちの食堂は美味しいって評判なのに」

 

 サエコが手を伸ばし、焼き魚の欠片をつまんだ

 

「あ、おいっ、手づかみかよ」

 

 丈介の注意も何のその。サエコは手にしたそれを自分の口にヒョイと放り込んだ。

 

「うん、火もちゃんと通っているし、美味しいわよ、これ」

 

「そんな馬鹿な」

 

 丈介は味噌汁を口に含む。その顔が強張った。

 

「グッ、ゴホッ!」

 

 一啜りもしないうちに激しく咳き込んでしまった。慌てて水を飲む。

 

「こ、こいつは!?」

 

 水を飲み干した瞬間、丈介の表情が晴れ晴れと輝いた。

 

「なんだこの清涼感はっ!? 全身に水分が行き渡り、なんか、こう、奥底から晴れ晴れとした気分が湧き上がってくる。なんだこりゃ、高級なミネラルウォーターか?」

 

「ただの浄水器の水よ、それ」

 

「そんな馬鹿な!」

 

 丈介は慌ててご飯を口に放り込み、そして、吹き出した。

 

「ちょっと、汚いわよ!」

 

「駄目だ、ひでえ味だ」

 

 丈介は再び水を口に含んだ。その様子を見て、サエコはあることに思い当たった。

 

「そういえば、レントゲン写真で見たあなたの身体なんだけど」

 

「なんか変なのか」

 

「マトモな部分の方が少ないけどね。消化器官も一部変化していたような気がするのよ。そうよ、思い出したわ。あなたの胃に内容物がまったく入っていなかったのよ。それに肝臓と小腸の一部が、腹部にあった未知の臓器と融合していた形跡があったわ」

 

「つまり?」

 

「消化器官そのものが変化したために、味覚も変化したんじゃないかしら。きっと固形物を消化できないのよ」

 

「おいおい、それじゃあ俺は何を食えばいいんだよ?」

 

「あなたが美味しいと感じるものを自力で見つけ出すしかないわね」

 

「どうやって? 口に入れては吐き出せってか」

 

「食べなくても方法はあるわよ。例えば匂いとか。美味しそうな匂いとかあるんじゃない?」

 

「ふむ」

 

 丈介は少し考えて、残るサラダの皿を手にとって鼻先に近づけてみた。くんくんと鼻を鳴らす。

 

「ねえ、自分で言っておいてなんだけど、サラダって匂いがあるの?」

 

「ある。こいつは……水の匂いだな。野菜に含まれる水分が匂っているんだ。いけるかも知れん」

 

 丈介はサラダの中からニンジンのスライスを摘み上げ、口に含んだ。

 

「ふむん、不味くはない。ニンジンに含まれている栄養素の味だな。こりゃあ、窒素か?」

 

「窒素?」

 

 丈介は続いて大根の千切りを口に含む。

 

「成程、ケイ素だな。レタスの葉に含まれている葉緑体も悪くない。……そういうことか」

 

 丈介は納得した。

 

「何を一人で納得しているの?」

 

「俺の身体はどうやら、一部植物化しているらしい」

 

 そう言って、牛蒡の切れ端を端で摘み上げた。

 

「こいつにかすかに残る土の匂いが何とも芳しい……多分、改造後に四年ほど樹の中に埋め込まれていた影響だな」

 

「四年…? 樹に埋め込まれてた?」

 

「話せば長い…訳でもねえが、めんどくさい」

 

「そう、植物ねぇ……でも何となく納得できるわ」

 

 サエコは丈介の腹部を指差した。

 

「その小腸と肝臓と融合している未知の臓器ね、そこから全身に神経細胞みたいなものを巡らしているのよ。まるで植物の根っこみたいにね。もしその臓器が植物に近い特性を持っているのなら、野菜に含まれる栄養素を直接吸収しているというのも納得できるわね。もしかしたら肥料とかもイケるかも知れないわよ」

 

「腐葉土なんか美味しそうだな……いや、そいつは勘弁だな」

 

 畑で土に齧り付く自分の姿を想像し、思わず唾が溢れたことに気がついてゾッとした。

 

 ふと、テレビのボリュームが上がったか、ニュースキャスターの声が耳に届いた。

 

『先ほど、肩町で暴れる怪人の様子を捉えた映像が届きました』

 

 二人はテレビに眼を移す。食堂内がどよめいた。

 

 廃墟と化した肩町通りのど真ん中で、二体の異形が対峙している。キャスターの声が重なった。

 

『ええ、これは肩町に設置された防犯用監視カメラに残されていた映像ですね』

 

 二体の異形がぶつかり合う。片方が崩れ落ち、ボコボコに蹴飛ばされている。

 

「どっち?」

 

 サエコの問いに、丈介は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 

「……緑のほうだ」

 

「ボロボロに叩きのめされているほうね」

 

「あぁ、その通りだよ畜生!」

 

 テレビの周囲にはいつしか人垣が出来上がっていた。みな、映像の中で繰り広げられている人外同士の戦いを注視している。

 

 緑の怪人が吹っ飛び、近くのビル壁が崩れる様子が映し出されていた。

 

 ふと、丈介はテレビを囲む人々の中に、見覚えのある人影を発見した。

 

 六~七歳ぐらいの少年と、まだ若そうな父親。

 

(良かった。無事だったか)

 

 二人は手を繋ぎ、不安げな表情でテレビ画面を見つめていた。

 

 少年が父親に顔を向け、何事か話しかけていた。

 

「ねぇ、お父さん……」

 

「ん、なんだい?」

 

 彼らに注目していたためか、丈介の耳に、その会話がかなり鮮明に聞こえてきた。

 

「お母さん…大丈夫だよね。無事だよね。すぐに会えるよね?」

 

「……うん、大丈夫だよ」

 

 父親の表情はかすかに曇っていた。しかし、

 

「大丈夫だよ。お母さんは、遅れて来るって言ってただろ? だから肩町にはまだ行ってないさ。きっと、怪物が出たからビックリして、先におうちに帰っているかもしれないね」

 

「でも、お父さん、さっきから電話していたでしょ? どうしてお母さん、電話に出ないの?」

 

「それは………、ほら、お母さん、よく携帯電話を忘れちゃうだろ? きっと、また忘れちゃったんだよ」

 

「……そうだね、お母さん、忘れんぼさんだもんね」

 

「うん、そうだね。そうだよ……そうに決まっているさ」

 

 父親の手が少年の肩を抱いた。

 

 丈介は目を逸らす。サエコと目が合った。

 

「どうしたの? 呆っとして」

 

「視力と聴覚が良すぎるのも考えものだ、と思ってな」

 

「……何を見たの?」

 

「あんた、子供はいるか?」

 

「ちょっと、何よ突然………寂しい独り身よ」

 

「俺にもいない……親ってのは強いな」

 

「言ってる意味が、さっぱり判らないわ」

 

 テレビの映像が切り替わり、再びキャスターが映し出された。

 

『ただいま入りました情報によりますと、えぇ……』

 

 キャスターは一瞬言いよどむ。

 

『銀澤市の女川上流にある廃棄物埋め立て処分場に、巨大な…えぇと…建築物、巨大建築物が発生しました。繰り返しお伝えします。女川上流の廃棄物埋め立て処分場に、巨大建築物が発生しました』

 

 丈介とサエコは顔を見合わせる。

 

「建築物が?」

 

「発生?」

 

 テレビ周囲で再びどよめきが上がった。どうやら、現場の映像が届いたらしい。

 

 埋め立て処分場は山のど真ん中にあり、数キロ四方にわたって斜面が削り取られ、そこに廃棄物を敷き詰め、上からアスファルトによって舗装されている。近くを通る林道から斜面を望めば、見渡す限りにアスファルトの斜面が広がる。そんな場所だ。

 

 いま、その埋め立て処分場のど真ん中に、巨大な尖塔を起立させた、城のような建物が堂々と佇んでいた。

 

 その周囲からは青いスパークが弾け跳び、そのスパークに引き寄せられるように、周囲から廃棄物が掘り起こされ、引き寄せられ、城の一部となってゆく。

 

 映像の中、城は更に成長を続けているようだった。

 

「これは……何?」

 

「俺にも判らん」

 

 二人とも、ただ呆然と呟くしかできない。

 

 と、その時。

 

――あれはマザーシップ。次元を超えるための異次元航行装置よ。

 

「うぁっ!?」

 

 耳元で響いた言葉に、丈介は思わず頭を押えて呻き声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

 サエコが手を差し伸べて、丈介に触れた。

 

「えっ?」

 

 サエコの目の前、テーブルの上に蝶が居た。

 

 それもただの蝶ではない。人指し指くらいの背丈の小さな少女だった。その背から蝶の羽が広がっていて、その全身がぼんやりと光っている。

 

「天使?」

 

「そんな上等なもんじゃねえ」

 

 丈介が不機嫌そうに否定した。

 

「知ってるの、コレ?」

 

「俺を改造した張本人だよ。異次元の科学者様だそうだ」

 

「これが?」

 

「テレパシーの一種だ。実体は無い。俺から手を離しな。多分、見えなくなるはずだ」

 

 サエコは手を離した。確かに、蝶の姿は何処にも見えない。

 

 サエコの手が再び丈介の手を取った。

 

「おいっ!?」

 

「天使さん、説明して頂戴。今、何が起きているの?」

 

――えっ!?

 

 サエコに詰め寄られ、蝶は驚いて身を竦めた。

 

――あ、あなたは何?

 

「この世界の医者よ。辰巳丈介を改造した理由と、街で暴れた怪物の正体。それにあの城みたいな建物。全部あなたにも関係あるんでしょ。教えて頂戴」

 

 サエコが蝶に迫り、蝶は怯えてテーブルの上にしゃがみ込んでしまった。

 

「先生よ、あんた何でそこまで熱心なんだ?」

 

「医者としての好奇心よ」

 

「明快な理由だな……まぁいい、俺もいい加減、色々知っておきたいしな」

 

 丈介とサエコ、二人に迫られ、蝶は泣きそうな表情になりながらも話し始めた。

 

――わ、私たちの暮らしていた次元では、長い間、異次元世界同士での次元間戦争が続いてたわ。私は兵器開発担当の科学者で、戦争を終結させるための最終兵器の開発に当たっていたの。

 

「最終…兵器。まさか」

 

――そう、それがあの子。ザ・サンなの。ザ・サンは移動した次元の物質を取り込んで身体と兵器を自ら創造し、さらにそこで得た戦闘データを蓄積して進化する最強の生体兵器。でも、あの子が完成したとき、既に戦争は和平に向けて動き出していて、最終兵器なんてものは無用の長物どころか邪魔者でしかなくなっていたわ。

 

 丈介とサエコの脳裏に、スパークが走ったように記憶が流れ始めた。

 

 ザ・サンの廃棄を拒む開発者たち。

 一人の女がザ・サンを勝手に起動させ、マザーシップを使って共に別次元へと逃亡しようとした。

 だが、辿りついた別次元でザ・サンが暴走を始めてしまう。

 次々と破壊されていく、その世界の文明。

 女はザ・サンに脅され、その身体を強化し、請われるままに別次元へと渡り歩いていく。

 強さを増すザ・サン。

 ザ・サンは女が逃亡できないよう、マザーシップの一部に組み込んでしまう。

 

――多くの次元が滅ぼされたわ。恐ろしくなった私は、なんとかあの子を止めようと幾つもの戦士を生み出したけれど、そのいずれも敗れ去り、あの子に吸収されたか、逆に支配されてしまったわ。

 

 丈介はザ・サンを庇うように現れた蝙蝠を思い出す。あれも、もとはこの蝶に改造された異次元の戦士だったのだろうか。

 

――あの子の目的は、ただ自らが強くなることだけ。全部、自分が兵器としてレベルアップするためのゲーム感覚なのよ。今、あの子はマザーシップに、私の元にいるわ。次はどんなルールで遊ぼうか考えてる………あぁっ!?

 

 蝶の身体が震えた。

 

「どうした?」

 

――あの子はもう動き出してる! すでに、ここへ刺客を放っていたわ!

 

「何ッ!?」

 

 同時に、背筋がゾッとするような異様な気配を感じた。気配は更に近づいてくる。

 

――来たっ。

 

 丈介とサエコは食堂を飛び出し、病院の入り口へとやってきた。

 

 その視界に、あるものが飛び込む。

 

 ガラス扉の向こうから一台の救急車が、病院の入り口に向かって真直ぐ突っ込んでくるではないか。その様子が尋常ではないことは一目でうかがい知れた。

 

 救急車は、その全体を真っ白な糸に覆い尽くされていたのだ。

 

「危ねぇっ!!」

 

 救急車がサイレンを響かせながら病院の戸を突き破って飛び込んできた。丈介はその救急車に向かって走り出す。

 

 待合室に屯していた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う様子が、まるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。救急車が人を撥ねようとした寸前、丈介がその車体を全身で受け止めた。

 

「うおおぉぉっ!!」

 

 裂帛の気合と悲鳴が入り混じる中、救急車が止まった。

 

 丈介は車体に絡みついた糸を引き剥がす。救急車の中から、救急隊員が転ぶように転がり出た。

 

「大丈夫か?」

 

 丈介は隊員に手を差し伸べる。だが、隊員の表情は恐怖に強張ったままだ。

 

「ば、化け…ばけも…」

 

「あぁ、もういい。それ以上何も言うな」

 

 丈介はまたもや変身していた。

 

 丈介の傍に、サエコが寄ってきた。

 

「ほんと、凄い姿ね」

 

「感心してねえで、そこの隊員を奥に連れてけよ。俺じゃ怯えて話にもならん。それに、刺客って奴も来ているみたいだからな」

 

 サエコが倒れていた救急隊員と救急車の中の他の隊員を救い出す間に、丈介は破れたガラス戸から外へ出た。

 

 街路樹と街灯が並ぶ駐車場が目の前に広がっている。しかし、そこに怪しい影は見当たらない。

 

 だが、依然としてあの異様な気配は存在していた。丈介は周囲を見回し、そして、頭上を見上げた。

 

 頭上は真っ白に染まっていた。

 

「糸!?」

 

 病院の外壁と街路樹、街灯、その間に白い糸が幾重にも張り巡らされている。

 

 その張り巡らされた糸の上に、そいつは居た。

 

「また、大した別嬪さんだぜ」

 

 長い黒髪、膨らんだ胸、くびれた腰つきは確かに女性的ではあった。

 

 が、赤く光る瞳、耳まで避けた口から覗く牙、何より四本の腕と、四本の脚を持ったその姿は、化け物以外の何ものでもない。巨大な蜘蛛だ。

 

 そう、蜘蛛女。

 

 蜘蛛女は胴体部から糸を吹き出し、それにぶら下がる様にして丈介の頭上に迫ってきていた。その耳まで避けた大口が、カッと開く。

 

――ぎゃぎゃぎゃぎゃ!!

 

 陰々とした喚き声と共に、その口からも糸が噴射された。

 

「うぉっと!?」

 

 真上から降り注ぐ糸を、丈介は横っ飛びにかわす。

 

 蜘蛛女は身体を揺らし、振り子の要領で丈介の後を追ってきた。

 

 蜘蛛女の四本の腕が丈介に迫る。

 

「くそっ!」

 

 丈介は何とか、繰り出された攻撃を受け止めようとした。しかし、二本の腕までは防げても、残る二本の攻撃をマトモに喰らってしまう。

 

 吹っ飛ばされた丈介に、さらに反動をつけて勢いを増した蜘蛛女が舞い戻ってくる。丈介は体勢を立て直し、向かってくる蜘蛛女に対して構えを取った。

 

「どりゃぁあっ!」

 

 迫りくる四本の腕の攻撃を防ぎもせず、正拳突きをその身体に叩き込んだ。

 

――ぐぎゃぁっ!

 

「ぐはっ!」

 

 相打ち。蜘蛛女と丈介は同時に反対方向へ吹っ飛んだ。糸につられた蜘蛛女は反動で、再び上部の蜘蛛の巣へと舞い戻っていく。

 

 丈介に対し、再び蜘蛛の糸が吐きかけられた。丈介は地面を転がりながら、それをかわす。しかし、

 

「チィッ、しまった!」

 

 僅かに及ばず。片方の足首に糸が絡み付いてしまった。

 

 蜘蛛女が満身に力を込めて、その糸を引き寄せる。丈介の身体が、逆さに宙吊りになった。

 

 蜘蛛女がその糸を振り回す。

 

「うおっ、目が回るじゃねえかこのヤロウ。よしやがれっ!」

 

 丈介の言葉に耳を貸すはずも無く、蜘蛛女はさらに勢いをつけて丈介を振り回し、反動をつけて上空へ投げ出した。

 

「うぇええっ!?」

 

 奇声を上げながら丈介の身体は舞い上がり、そして、蜘蛛の巣の中に放り込まれた。

 

 粘着性の糸が、丈介の身体にべったりと張り付く。これではまったく、身動きが取れない!

 

――ぎゃぎゃぎゃ

 

 蜘蛛女が舌なめずりをしながら、巣の糸をわたって丈介の傍に近づいてくる。どうやら、蜘蛛女にはどれが粘着性の糸かちゃんと判っているようだ。さすが蜘蛛。

 

「感心してどうするよ、俺!? おい、よしやがれ。俺は絶対不味いぞ。自分で言うんだから間違いない!」

 

 丈介の必死の声も、蜘蛛女には意味を成さないようだ。どうやら、ザ・サンや蝙蝠と違い、言葉(テレパシー)が通じないらしい。

 

 もっとも、言葉が通じたところで意味が無いのは連中も同じだろうが。

 

 蜘蛛女が四本の腕を振りかざし、大口を開け迫ってくる。

 

「畜生め!」

 

 四肢は糸が張り付いて完全に封じられている。せめて腕の一本でも動かせれば……

 

「こっちよ、スパイディー!!」

 

 突如響き渡った声に、蜘蛛女の動きが止まった。丈介もその方向を見る。

 

 サエコだった。丈介たちがいる場所は、病院の三階部分近く。その三階の病室の一室から、サエコが身を乗り出し、蜘蛛女に向かって叫んでいた。

 

「私のメス捌き、とくと味わいなさい!」

 

 そういうや否や、手にしていた数本の医療用メスを勢いよく投げつけてきた。そのメスは光芒を引いて蜘蛛女の脇を通り抜け――

 

 丈介の傍の糸に突き刺さった。

 

「危ねえだろうが、俺に味わせてどうするっ!?」

 

「大丈夫よ、あなた頑丈そうだから」

 

 サエコの手から更に数本のメスが放たれた。メスはやはり、蜘蛛女を外れ、丈介のそばの糸に突き刺さる。

 

「この下手くそおぉっ!」

 

「やっぱ、メスじゃ無理があるか」

 

 一本も当たっていないとはいえ、蜘蛛女の注意はサエコに向けられたようだ。八本の手足を使い、蜘蛛女はサエコのいる病室へと向かおうとする。

 

「メスでだめなら…コレでどう?」

 

 それを迎え撃とうとするサエコの手には、巨大な刃を持った中華包丁が光っていた。

 

「どっから持ち出した!?」

 

「調理場よ、いっけぇぇぇ!」

 

 サエコの手によって、中華包丁が唸りを挙げて投げつけられた。中華包丁はやはり蜘蛛女を外れ、丈介の元へと飛ぶ!

 

「マジでぇ!?」

 

 思わず絶叫した丈介のすぐ脇を、中華包丁は唸りを上げて飛び去った。

 

 丈介を拘束していた、糸を断ち切って。

 

――ぎゃぎゃぁあっ

 

 蜘蛛女がサエコに迫る。腕を振り上げ迫るその身体を、背後からガッシと羽交い絞めにする影があった。

 

「ふぅ、危機一髪ね」

 

 サエコの視線の先、蜘蛛女を背後から押さえつける、丈介の姿があった。

 

「糸を切るつもりだったのなら、先にそう言えっての」

 

「それぐらいで傷つくほど、やわじゃないでしょ」

 

「心臓に悪いわっ!」

 

 丈介はそういいながら、蜘蛛女の首に腕を廻した。力を込めて締め上げる。

 

――ぐぎゃっ…ぎゃっ…!?

 

 もがき苦しむ蜘蛛女。八本の手足を振り回し、背後の丈介を捕まえようとするも届かない。

 

 届くはずもない。関節が逆に曲がらない限り、背中から締め上げる丈介を引き剥がすことは不可能だ。

 

が、しかし、その不可能なことが起きた。

 

 蜘蛛女の二本の腕が背後に廻されたかと思うと、肩間接からその向きがグルリと逆転したのだ。

 

「そんな!?」

 

 それだけではない。残る二本の腕も、四本の足も、次々と逆に曲がっていく。背後で締め上げていたはずの丈介は、あっという間に抱きすくめられる格好になってしまった。

 

「身体が柔らかいにも程があるだろうが!?」

 

 丈介は慌てて離れようとしたが、既にその身体は八本の手足によって囲い込まれていた。目の前、蜘蛛女の首が180度回転し、丈介と目が合う。

 

 ニタリ、蜘蛛女が笑った。

 

 丈介の背筋にゾオッと悪寒が走りぬけると同時に、その首に蜘蛛女の腕が食い込んだ。

 

「がッ……!?」

 

 今度は逆に丈介が締め上げられる。ものすごい力だ。首の骨がミシミシと音を立てる。気が遠くなりそうになる。

 

「彼を放しなさい!」

 

 サエコが再びメスを投げた。今度は蜘蛛女の後頭部めがけ、真直ぐ飛んでいく。

 

 しかし、命中する寸前、蜘蛛女の首がクルリと反転し、飛んできたメスをその口で受け止めた。

 

 メスを咥えた蜘蛛女の口がすぼみ、強烈な吐息と共にメスが吐き出された。メスは風を切り裂き、サエコの頬をかすめ病室の壁に突き刺さる。

 

「くッ…なんて奴」

 

 もう手元にメスは無い。悔しげに呻くサエコの頬から、一筋の血が流れ落ちた。

 

 蜘蛛女は満足そうにその様子を眺めると、また首を反転させて、丈介に向き直った。

 

――!?

 

 蜘蛛女の赤い瞳が、驚きに見開かれた。

 

 蜘蛛女の目の前にあったのは、苦しげな丈介の表情。

 

 異形ではない。人間としての丈介の顔。苦しさのあまり、丈介の姿は一部、元の姿へと戻りつつあったのだ。

 

――じょ……す……

 

 なぜか、蜘蛛女の腕の力が緩んだ。

 

 丈介の喉に空気が行き渡り、その身体に再び力が漲る。

 

 丈介は再び異形へと変身していた。すぐさま、蜘蛛女の喉元に手刀を打ち込む。

 

――ぎゃぁっ!

 

 更に緩んだ腕を引き剥がし、蜘蛛女の身体を蹴り付ける様にして上空へと舞い上がる。

 

 跳び上がった丈介の目の前に、蜘蛛の巣の太い糸が迫る。丈介は身体を反転させて、その糸を力いっぱいに蹴り付けた。

 

 どれが粘着性で、どれがそうでないかは、蜘蛛女の動きを見て当たりをつけてあった。丈介が蹴った糸は非粘着性だ。それは大きく撓み、収縮する作用によって丈介を弾丸のように撃ち出した。

 

「どりゃああっ!!」

 

 蜘蛛女の真上から、丈介が弾丸のような勢いで突っ込んだ。激しい激突音と共に、蜘蛛女の身体が蜘蛛の巣を突き破り、大地へと突き刺さる。

 

 コンクリート片が舞い上がり、土煙がモウモウと舞い上がる中、その中から丈介の緑色をした異形の姿がフラフラとした足取りで姿を現した。

 

 病院の中からサエコが飛び出してきた。

 

「大丈夫なの?」

 

「えらく、しんどい」

 

「蜘蛛女は?」

 

 丈介は背後を指し示した。

 

 土煙が晴れ、そこにはコンクリートの大地に身体をめり込ませた蜘蛛女の姿があった。

 

 口から血液交じりの泡を吹き、その手足はビクビク痙攣を繰り返している。

 

 その動きは段々と弱々しくなっていき、やがて動かなくなった。

 

「何とか、倒せたわね」

 

「ああ」

 

 二人の前、蜘蛛女の身体がボロボロと崩れていった。その手足が、その外皮が、土くれのように崩れていく。

 

 そして、その中から、一つの人影が姿を現した――

 

「うっ!?」

 

「そ、そんな…バカなぁっ!!?」

 

 目の前に現れたものを見て、丈介は絶叫した。

 

 そこに一人の女が倒れていた。

 

 見覚えのあるその姿。

 

 見間違えようが無い。

 

「な、何で……どうして…お前が…」

 

 呆然と呟く丈介の傍をすり抜け、サエコがその女の傍に駆け寄っていた。素早く脈を調べる。

 

「脈が無い」

 

 サエコはすぐに女を仰向けに寝かせ、心臓マッサージと人工呼吸を始めた。

 

 丈介はただそれを眺めていた。何故ならその女は――

 

「優子!?」

 

「お母さんッ!?」

 

 立て続けに上がったその声に、丈介はハッとした。

 

 病院から、少年が駆け出してきていた。

 

「お母さん!? どうして、どうしてぇっ!?」

 

 あの少年だった。泣き叫びながら、母のそばにすがりつく。

 

 その後から、あの父親も駆けつけていた。

 

「優子…、先生、優子は、妻は!?」

 

 サエコはそれに答えず、必死に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返している。

 

 すぐに他の医者や、看護師たちが駆けつけてきた。

 

 優子の身体がストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。その間もサエコによる蘇生処置は続けられていた。

 

 ストレッチャーが丈介の傍を通り過ぎていったとき、その傍にいた少年と目が合った。

 

「お前が…お前がお母さんを!」

 

 丈介の変身は、いつの間にか解けていた。

 

「博之…君?」

 

 そうだ、この少年は優子の息子の博之君だ。

 

「何でお母さんをいじめたんだぁっ!!」

 

 博之が殴りかかってきた。丈介の腰にも満たない小さな身体で、力いっぱいに握り締めた両の拳を、泣きながらぶつけてきた。

 

「博之君、俺は…俺は…」

 

 丈介は泣き叫ぶ博之に手を伸ばそうとした。しかし、

 

「博之っ!」

 

 丈介が触れるより早く、博之の小さな身体は、傍に来ていた、あの父親の腕に抱かれていた。

 

「お父さん、お母さんが、お母さんがぁ!」

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 泣き叫ぶ息子を、強く抱きしめ励ます父親。彼は博之を抱き上げると、丈介の傍を通り過ぎ、病院へと入っていった。

 

「待ってくれ!」

 

 思わず振り返り呼び止めた丈介と、父親の目が合う。

 

「……っ」

 

 父親の表情には、感情を押し込めたような戸惑いがあった。きっと、彼もまた息子と同じように丈介に殴り掛かっていきたい気持ちなのかもしれない。

 

 父親はすぐに目を逸らすと、病院の奥、優子が運ばれていった場所へと走っていってしまった。

 

「俺は…俺は…」

 

 その場所に、丈介一人が残された。

 

――プロトタイプ……あの子に回収されていたのね。

 

「っ!?」

 

 傍らに、蝶がいた。

 

「…何故だ」

 

――言ったでしょう、あの子は改造体を支配できるって。

 

「そんな事を訊いているんじゃないっ!」

 

――な、何よ。今度は何を怒ってるの?

 

「四年前のあの時、俺だけじゃなく優子まで改造していたのか!?」

 

――あ、あれは失敗作だったのよ。性能面であの子に全然かなわなかったから、だから記憶を消去してその場に放棄したのよ。

 

「放…棄…?」

 

 丈介の頭の中で、何かがブチンと音を立てて切れた。

 

「お前は……お前って奴はぁっ!」

 

 丈介の両手が蝶を鷲摑みにした。

 

「一体、どれだけの人間の人生を踏みにじれば気が済むんだぁっ!!!」

 

――ひっ!?

 

 その手で蝶を捻り潰そうとするも、実体の無い蝶の身体はその手をスルリと通り抜けてしまう。

 

――や、やめて。お願いだから、そんな憎しみを私に向けないでぇ!

 

 それでも、テレパシーゆえか。丈介の激しい感情の波が、蝶を揺さぶっているようだ。

 

「消えろ!」

 

――ひぃっ!

 

 丈介は剥き出しの感情を蝶に叩き付けた。

 

「消えちまえっ、二度と俺の前に姿をさらすんじゃ無え!!」

 

――きゃぁぁぁぁ!!

 

 まるで暴風に吹き飛ばされるように、蝶の姿は掻き消えていった。

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