仮面ライダー月紅   作:PlusⅨ

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第4話・背負ってやるぜヒーロー!

 時刻は既に夕暮れとなり、空を覆う雲間から西に沈もうとする夕日が顔を覗かせていた。

 

 男川に夜の帳が下りる。

 

 丈介は独り、その川原に立ち、流れるせせらぎの音を聴いていた。

 

(あの子を……独りに……)

 

 せせらぎに混じり、優子の言葉が耳に蘇る。

 

(お前が…お前がお母さんを!)

 

 博之の泣き叫ぶ声が、耳から離れない。

 

(……っ)

 

 あの父親、優子の夫の声なき声が、丈介を苛む。

 

 やりきれない。

 

 やりきれない。

 

 やりきれない。

 

 夜の闇が辺りを包むように、丈介の心もまた、暗く沈みこんでいこうとしていた。

 

「ここに居たのね。探したわよ」

 

 気がつけば、丈介の傍にサエコがいた。

 

「先生か……」

 

「さっき手術が終わったところよ。彼女…優子さんだっけ、何とか一命は取り留めたわ」

 

「そうか。……よかった」

 

「けれど、まだ意識は戻らないけどね」

 

「……なぁ先生、あの父子には説明したのか? …その、優子の身体のことを」

 

「えぇ、一部ね。あの怪物、ザ・サンに操られていたことぐらいは告げたわ。……幸いだったのは、あの人の身体に施された改造は、あなたほど徹底したものじゃなかったってことよ。多分、人間の身体を核として、周囲に強化パーツを取り付けることによって強化された型のように思うの」

 

「じゃあ、あいつはまだ……」

 

「あなたとの戦いで、ほとんどの強化パーツは崩壊したわ。残された優子さんの身体は、充分に人間といえるわね」

 

「そうか」

 

 丈介は安堵のため息を漏らした。

 

「先生、ありがとうよ。……じゃあな」

 

 丈介はそう言って、夜の闇の奥へ消えようとした。が、しかし。

 

 丈介の腕を、サエコが掴んだ。

 

「まだ行かせないわよ」

 

「もう俺に関わるな。ろくなことにならねえ」

 

「たった一人でどうする気?」

 

「ザ・サンを叩きのめしに行くのさ」

 

「勝てるの? 今のあなたに、あいつが倒せるの?」

 

「くッ…!?」

 

 丈介は息を呑んだ。正直、勝てる気がまったくしなかった。

 

「それでも……行かなきゃならねえ。行く以外に、俺にもう選択肢は無いんだよっ!」

 

「死ぬわよ、あなた」

 

「上等だ。刺し違えて死んでやるよ。どのみち、俺の人生はもう四年前で終わっちまったからな!」

 

 丈介はサエコの手を振り解いて歩き出そうとする。サエコは尚も丈介の腕を掴み続け、引きとめようとした。

 

「いい加減にしろよ、離せっ!」

 

 丈介は無理やり引き剥がそうと腕に力を込めた。と――

 

「行かせないって言ったでしょ」

 

 サエコの言葉と共に、丈介の身体が宙を舞い、大地に叩き付けられていた。

 

「な、何ィッ!?」

 

 合気道だろうか。自分がどうやって、何がどうして転がっているのか、まったく感知できなかった。

 

 転がったままの丈介の傍に、サエコが仁王立ちになって見下ろしていた。

 

「情けない様ね」

 

「ぐっ…」

 

「刺し違える? これじゃ、無駄死にするのがオチよ」

 

「ぐぐっ…」

 

「死んで元々なんて言って、あなたがやられた後、一体誰がザ・サンを倒すの?」

 

 ぐうの音も出ない、とはこのことだ。

 

「じゃあ、じゃあ俺は一体どうすりゃ良いんだよ。こんな身体になっちまって、俺にはもう未来は無え。夢も未来も全部失っちまった俺の気持ちが、あんたには判るのか!?」

 

「判るわけ無いでしょ」

 

「ぐはっ」

 

 きっぱりはっきり言われてしまった。

 

「自分でも酷いこと言っているって自覚しているわよ。あなたの境遇には同情するわ。でも、改造もされていない只の人間の私にはあなたの心情を理解することは凄く難しいし、何より、安易な慰めであなたが立ち直るとも思えないしね」

 

「だからってな、もう少し言い方ってものがあるだろう」

 

 地面に転がされた上に、大上段から否定されちゃたまらない。

 

「あら、何? ほんとに慰めて欲しかったの? 同情して欲しかったの?」

 

「そ、それは………くそっ、そんな事された日にゃさらに惨めになるだけだぜ」

 

「ねぇ、聞いて。私に言えることは一つだけ。……お願い、“勝って”」

 

「“勝って”? ……結局、戦えってことじゃねえか」

 

「違うわ。さっきまでのあなたは戦うというより、まるで自殺しようとしているようだった。そう、まるで自分の宿命から逃げるように」

 

「宿命……」

 

「ええ、あなたは好む好まずに関わらず背負ってしまったのよ。ザ・サンから人々を守るという宿命を。これはもうあなただけの戦いじゃない。あなたが戦うとき、その背中にはこの街に住む人々の命が…いいえ、もっと多くの命がかかっているのよ」

 

「………」

 

 サエコが、丈介へと手をさし伸ばした。その手を取る。

 

「だから、“勝って”。そして、“生きて”。それがあなたの戦いよ」

 

 サエコに手を引かれ、丈介は立ち上がった。

 

「勝って、生きる、か。難しいぜ。おまけに随分と重たいものまで背負わされちまった様だからな」

 

 そう言いながらも、丈介の顔にふっと笑みが宿った。

 

「だが、張り合いもありそうだ……やってみるか」

 

「戦ってくれるのね」

 

「ヒーローっていう生き方も悪くない。子供の頃は憧れていたな」

 

「もしかして、仮面ライダー?」

 

「どっちかと言うと戦隊のほうが好きだったな。ライダーは暗くて好きじゃなかった。………俺はライダーになれるかな」

 

「大丈夫よ。根拠は無いけど」

 

「無いのかよ」

 

「ふふふ、勘よ、女の勘。信じなさい。信じることから全ては始まるわ」

 

「そういうものか。よっしゃ、やってやるぜ」

 

 ふと、空を見上げた。

 

 いつの間にか月が姿を見せていた。西の空は晴れ渡り、星々が瞬いている。明日はきっと晴れだ。

 

「それはそうと、一つ問題がある」

 

「何?」

 

「やっぱり、ザ・サンに勝つ自信が無い」

 

「………」

 

「いや、ほんと情けない話なんだけどな。俺の攻撃はほとんど奴に効かなかった。逆に奴の攻撃力は桁違いだ。肩町での戦いはテレビで見た通りさ。一方的だ」

 

「本当に一方的だったの? 戦いの様子を詳しく教えて」

 

 丈介は肩町での様子をサエコに語った。話しながら、腹が立つやら情けなくなるやら、いろいろな感情が渦を巻く。

 

「じゃあ、最後の一撃は効いたみたいだったのね」

 

「多分な。いや、不意を衝かれて戸惑っただけかもしれない」

 

「あのねえ、こんなところで弱気になってどうするのよ。言ったでしょう、信じることから全て始まるって。自分の力を信じなさい。あなたの攻撃は効いたのよ」

 

「だがよ、俺はあの時もうフラフラだったんだ。それなのに、そんな力が出せたなんて……」

 

「人は時に、追い詰められたときに最大の力を発揮することがあるわ。あのときの様子をしっかり思い出してみて」

 

「……憶えてるよ。思い出したくも無い。虫けらだの期待はずれだの好き放題にほざきやがった。奴にだけは言われたくねえ。悔しかった。哀しかった。………そうだ、怒りだ」

 

「感情が、限界を超えるわ。それこそがザ・サンに勝つ鍵よ」

 

「だが、どうすりゃ良い?」

 

「………」

 

 サエコは僅かに考え込み、そして、静かに告げた。

 

「ライダーパンチ」

 

「はぁ?」

 

「あなたはライダーなのでしょう? ならば、コレしかないわ」

 

「いや、コレしかないって……どうするって言うんだ? パンチするときに叫べばいいのか? “らいだーぱ~んち”って――」

 

 丈介の目の前に、硬く握り締められた拳があった。

 

 ギリギリの寸止め。その拳圧が、丈介の前髪を揺らした。

 

「ライダーパンチ。それは限界ギリギリの戦士が放つ、必殺の拳。腕力だけじゃない。放つ者の生き様全てを込めた、漢のパンチよ」

 

 サエコの拳が引かれた。

 

「ライダー……パンチ」

 

 丈介は、己の拳を握り締めた。

 

 自分の全てを、相手にぶつける。

 

 サエコの声が、夜空に響いた。

 

「辰巳丈介、いいえ、仮面ライダー。特訓よ。ライダーパンチを会得するのよ!」

 

「応っ!!」

 

 

 

 

 

 

 マザーシップ。

 

 女川上流の廃棄物処理場に聳え立つこの異次元の要塞の内部、まるで生物の体内のようにチューブやパイプが張り巡らされ、それらを辿っていった先、その中心部には核となる巨大な脊柱があった。

 

 その脊柱から浮かび上がる、裸身の女性像。

 

 いいや、それは像などではない。

 

 その瞳からはハラハラと涙が零れ落ち、その喉からは嗚咽が漏れ出していた。

 

――ママ?

 

 その声に、脊柱の女はハッとして顔を上げた。

 

 脊柱がそびえる空間に、ザ・サンが居た。

 

――ママ、泣いているんだね。どうしたのかな?

 

 ザ・サンは脊柱に向かってゆっくりと歩み寄っていく。

 

――判った、あいつだね。あの虫けらだね。

 

――ぼ、坊や、私は知らないわ。あの改造体のことなんて知らないわよ!?

 

 ザ・サンは脊柱の前に立ち、女の頬を両手で押さえつけた。

 

――ママ、ごまかさなくても良いよ。僕、ちゃんと知っているんだ。だってじいやから聞いたんだもん。次元を超えるたびにママはいつも改造体を用意しているよね。今回はあの虫けらなんでしょう?

 

 女の顔が息子の腕力によって、無理やり引き寄せられた。

 

――ひっ、ひぃぃ……ゆ、許して、ごめんなさい、許してぇ……

 

――良いんだよママ、別に怒ってなんかいないさ。だって、コレは僕のためにしてくれたことなんでしょう?

 

――えっ?

 

――これはハンデなんだよね。このゲームをクリアして僕がレベルアップするための。やっぱりボスキャラが居ないとゲームも張り合いが無いし、倒したときの経験値も多いよね。そうだよ、これはママが僕に与えてくれた試練なんだ。

 

 ザ・サンの顔の近くまで引き寄せられた。

 

 異形の目が女を覗き込む。

 

――そ、そうよ。そうなのよ。コレは全部、あなたの為なのよ。

 

 女は身体をがくがくと震わせながら、必死に頷いた。

 

――あぁ、やっぱり。

 

 ザ・サンの喜びの声と共に、女はようやく解放された。その全身からは油汗が滴っている。

 

 ザ・サンはその様子を冷ややかに眺めながら、

 

――でもね、ママ、あの虫けらはちょっとズルイよ。

 

 その冷たい声音に、女はゾッと身を震わせた。

 

――虫けらのくせに、あんな強力な力を出すなんて設定がおかしいよ。ママも気をつけてよね。僕、ちょっとやられるかもって思ったもん。いくら試練でも僕がやられちゃったら意味無いじゃん。良い、何度も言うけどさ、コレはゲームなんだよ。適度に難しくて、でも最後には僕が勝てるように、ママがちゃんと調整してくれなきゃ駄目じゃない。

 

――そ、そうね、その通りだわ。

 

 怯えながらも同意する女。

 

 ザ・サンはそれを見ると嬉しそうに、

 

――良かった。ママもちゃんと判ってくれたみたいだね。それでね、僕、考えたんだ。虫けらをママにもう一度調整してもらえば良いんだってね。でもね、そうしようと思って、この世界で捕まえた“出来損ない”を差し向けたんだけど、あっさりやられちゃった。ホント役立たずだよね。僕が行っても良いんだけどさ、あんなバランスの悪いのと戦うのもストレス溜まっちゃうしさぁ。それでね、ママに考えて欲しいんだ。どうすればあの虫けらをここに大人しく連れてくることが出来ると思う?

 

――そ、それは……

 

 言いよどむ女にザ・サンが手をさし伸ばした。その手は静かに女の髪を撫でる。

 

 優しい手つき。だが、女はその手が破壊にしか使われないことを知っている。

 

 この子の心の内部に“愛撫”などという概念は無いのだ。

 

――ママ、早くしてよ。

 

 ザ・サンの手の平が、指が、女の頭蓋骨の割れ目に沿って動く。何処に圧力を加えれば死なない程度に激痛を与えることが出来るか、それを探っているのだ。

 

――わ、判ったわ。こうすれば良いのよ!

 

 ザ・サンの手が止まる。女は続けた。

 

――あの改造体は感情がひどく不安定よ。それも、近くに居る人間が戦いに巻き込まれることでそれは増幅されるみたいだわ。だから、誰でも良いから、あの改造体の目の前でこの世界の人間を一体さらってくるのよ。そうすればきっと、改造体は追いかけてくるはずだわ。

 

――へえ、本当にそれで上手く行くの?

 

――ええ、上手くいくわ。ただ、さらってくる人間を破壊しちゃ駄目よ。人間が手元にある限り、改造体はきっと言うことを聞くわ。

 

――本当だね。うん、判ったよ。

 

 ザ・サンの手が、女から離れた。

 

 女はようやく、ホッと安堵の溜息を漏らしたが、次の瞬間、

 

――きゃっ!

 

 脊柱から浮き上がった上半身を、ギュウと抱きすくめられた。

 

――ママはやっぱり凄いや。僕のために何でもしてくれるんだね。僕、ママと一緒に居られて嬉しいよ。

 

 耳元でそう囁かれ、女の胸がドキンと跳ねた。

 

 恐怖ではない。

 

 驚きでもない。

 

 心の琴線に触れた喜び。

 

――あぁ、坊や。私のかわいい坊や。大丈夫よ、ママがついてるわ。

 

 そして女は自ら両腕を伸ばし、その異形の息子を強く抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁闇の世界の中。

 

「どぉりゃあぁぁ!!」

 

 気迫のこもった雄叫びが朝の空気を切り裂いた。

 

「まだよ、まだまだ!」

 

 サエコの叱咤が飛ぶ。

 

「まだ足りないわ!」

 

「おんどりゃああっ!!」

 

 丈介の拳が宙を裂き、その拳圧が水面の水を弾き飛ばす。

 

 男川のど真ん中、丈介は腰まで水につかりながら上流に向かって拳を放っていた。

 

 緩やかながらもその流れは、油断すれば足をとられてしまうほどであり、更に水圧は下半身の自由を奪い動作に制限を課す。

 

「良い? あなたとザ・サンの間には確かに実力の差が存在するわ」

 

 川べりでサエコが丈介を叱咤する。

 

「ニュース映像を見る限り、攻撃力も防御力もスピードも全てザ・サンが上回っている。そんな相手に小細工を弄しても無駄よ。正々堂々の真っ向勝負しかないわ!」

 

 丈介は両腕を顔の前に引き上げ、左脚を前に、右脚を後ろに引いた構えを取っていた。

 

 右脚で川底を蹴り、その勢いの全部を腰の捻り、右腕へと伝え真直ぐに拳を放つ。

 

「せいやぁぁあっ!!」

 

 水面を切り裂くようにストレートパンチが飛んだ。

 

「軽いわ!」

 

「軽いのかっ!?」

 

「ええ、あなたの拳はまだまだ重くなるはずよ」

 

「重く……こうかっ!?」

 

 更に力を込めて拳を放つ。

 

「違うわっ、そんな程度ではザ・サンに勝てないわよ」

 

「くっ、どうしろっていうんだ? 教えられた通りにパンチしているじゃないか!?」

 

「確かにフォームは充分よ。けれどそれは土台が完成したに過ぎないわ。それを更に強力にしていく為に必要なもの……それは心よ」

 

「心……怒りか」

 

 丈介は肩町での戦いを思い出した。

 

 あのときの怒り、哀しみを思い出し、それを拳に乗せる。

 

「こんのやろおぉぉぉっ!!」

 

 拳が激しさを増した。

 

「よしっ、いけるぞ」

 

「まだよ!」

 

「まだなのか!?」

 

「そう。今、あなたは自分の怒りを力に変えたわ。でも、あなたの中にあるものはそれだけではないはずよ。あなたの拳にかかっているものは、あなたの人生だけではないはずよ!」

 

「他の人生、大勢の人間の命ってやつか」

 

「自分のためだけじゃない。誰かのために振るってこそのライダーパンチ。それが仮面ライダーの、正義の味方の使命なのよ」

 

「正義、ね。ずいぶん軽く言ってくれるぜ」

 

「いいえ。正義ってのは、とっても重いものよ。それを為すとき、多くの障害が目の前に立ちはだかるわ。正しいことは楽でも無いし、辛い道を辿らなくちゃならないこともある。本当に正しいことを貫くためには強い心が必要なの。悪事を為すことのほうがよっぽど簡単よ」

 

「正義の味方も楽じゃない……こんな気持ち、ザ・サンには判らないだろうな。奴にとって戦いはゲームだ。奪った命も、何の意味を成さない。戦いの重みが無いんだ」

 

「それを教えてあげるのよ。あなたの拳でね」

 

 丈介は再び構えを取る。

 

 大きく深呼吸をし、精神を整える。

 

「ライダァァ……」

 

 自分の全てを、そして、その背に背負った思いの全てを拳に乗せて、

 

「パァァンチ!!!」

 

 放たれた拳は、川の流れすら断ち割って見せた。

 

 

 

 

 

 博之は、不思議な気配に揺り動かされたような気がして、眼を覚ました。

 

 隣には、ベッドに横たわり眠り続ける母の顔。

 

 その向こうに、母の手を握り、ベッドの傍らで突っ伏して眠る父の姿があった。

 

 ここは病室。

 

 父と二人で母・優子の傍に付き添っているうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 

 博之は母のベッドの隣で簡易ベッドの上に寝かされていた。きっと、父が運んでくれたのだろう。

 

 時刻はまだ午前四時を回ったところだった。

 

――ライダァァァ……

 

 ふと耳に届いたその声に、博之は病室の窓に駆け寄った。カーテンを開き、外を眺める。

 

 東の空がほんのりと白んでいる。高い病室の窓から、その微かな朝焼けに照らされ、病院の傍を流れる男川が見えた。

 

 そして、その流れの中央に立つ、異形の人影。

 

――パァァンチ!!!

 

 異形の繰り出した拳に、川の流れが断ち割られた。激しい水しぶきが辺りに舞い散る。

 

「お、お父さん、お父さん起きて」

 

 博之は慌てて父の傍に行き、その肩を揺さぶった。

 

「博之…?」

 

「お父さん、あれ見て」

 

 博之に連れられ、父もまた窓の外で拳を振るう異形の姿を見た。

 

 ひたすらに、一心不乱に拳を放つその姿。

 

「お父さん、あれ、ずっとあそこに居たのかな……」

 

「そうかもしれない……」

 

 異形を見下ろす父の心の内に、ある言葉が蘇った。

 

「仮面…ライダー?」

 

「えっ?」

 

「“仮面ライダー”……お父さんが子供の頃に居たヒーローだよ。どんな強大な敵にも、たった一人で立ち向かっていった正義の味方……」

 

「で、でも、あいつはお母さんをいじめたんだよ。それなのにどうして!?」

 

 父はしゃがみこみ、博之と視線を合わせた。

 

「博之、昨日のことをよく思い出してごらん」

 

「昨日?」

 

「肩町で化け物に襲われたとき、彼は僕たちを守ってくれたよ。その身を盾にして、僕らに逃げろといってくれた」

 

「あっ……」

 

「お母さんだって、本当は助けようとしていたのかもしれない。お医者さんも言ってだろう、お母さんが生きているのは、半分は彼のおかげだって」

 

「………」

 

「博之、彼を見てごらん」

 

 父子は再び、窓の外へ眼を移した。

 

「あの化け物との戦いで傷つき、ボロボロになってもまだ彼は戦おうとしている。僕らのために……」

 

「仮面…ライダー……」

 

 空が少しずつ明るくなっていく。それに従い、異形の姿もはっきりと見えてきた。

 

 その身体には、昨日の激闘による傷の痕が消えずに幾筋か刻み込まれていた。

 

「ライダー……」

 

 博之の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 

「博之?」

 

「僕、僕、ライダーにひどいこと言っちゃった。怪物だって言っちゃった。お母さんをいじめたって、いっぱい叩いた……」

 

「博之……お前は、どうする?」

 

「ライダーに謝りたい。……良いよね、謝ってきても良いよね?」

 

「ああ、行こう」

 

 二人は手を取り、病院を出た。

 

 川原近くまで来ると、ライダーの放つ拳が風を切る音が聞こえてくる。

 

「ライダー!」

 

 土手を駆けてくる少年の姿を眼にしたとき、丈介は動きを止めた。その変身が解ける。

 

「博之…君?」

 

 博之の傍には、あの父の姿も見える。昨日の二人の様子が思い浮かび、丈介の心に戸惑いが走った。が、博之の表情を見て、丈介は別の意味で驚きを感じた。

 

「ライダー…僕は…僕は…」

 

 博之は、泣いていた。だが、それは怒りの為でも哀しみの為でもない。

 

「酷いこと言ってごめんなさい!」

 

「博之君……俺を、俺を許してくれるのか?」

 

 博之ははっきりと頷いた。そして、

 

「それから……頑張って、仮面ライダー!!」

 

 その声が、その言葉が、丈介の耳に鳴り響いた。一晩中続いた特訓の疲れも、不思議と消えていく。

 

 丈介は拳を握り締め、そして応えた。

 

「おう!」

 

 その時だった。

 

 川原でその様子を眺めていたサエコは、ふと視界の隅に妙な影が映った気がして、空を見上げた。

 

「あっ!」

 

 まだ暗闇を残す西の空から、黒い影がこちらめがけて急降下してくるのが目に入った。

 

 それは一瞬のことだった。

 

 影は、突風のように川原を飛び去り、再び高い空へと舞い上がっていった。

 

「きゃっ!」

 

「うわっ!」

 

 突風に突き飛ばされるように、サエコと父親は土手に転がされた。

 

「大丈夫かっ!」

 

 慌てて川から上がった丈介だが、そこに、大切なものが足りないことに気がついた。

 

「博之君!?」

 

 慌てて空を見上げる。

 

 そこに、あの蝙蝠怪人が居た。

 

「助けて、お父さん!」

 

 蝙蝠怪人の腕の中で、博之が悲鳴を上げていた。

 

――虫けら。坊ちゃまと奥様がお待ちだ。この子を破壊されたくなければ、大人しくマザーシップまで来い…

 

 蝙蝠はそう言い捨てて、東の空へと飛び去っていく。

 

「博之ぃぃ!!」

 

 父は半狂乱になりながら追いかけようとするも、追いつけるはずが無い。

 

 更に、先ほどの突き飛ばされたときに足を痛めたのか、彼は走り出そうとして、苦痛に呻きしゃがみこんでしまった。

 

 サエコが傍により、足の様子を診る。

 

「足首を捻挫しているわ。追いかけるのは無理よ」

 

「しかし息子が!」

 

「任せろ」

 

 丈介が、父親の肩に手を置いた。

 

「博之君は俺が必ず助け出す!」

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