……お気に入り、評価がバーッと上がって困惑しました(;´・ω・)まさか好評だったとは…。
爽やかな朝日が枝葉の間を通り抜け、地面を影で濡らしている。小鳥の囀る森の中を、奇妙な組み合わせの二人(正しくは一匹と一翅)が進んでいた。
「いやぁ、平和だなぁ…」
「…そうですね。洞窟の中は次から次へと虫どもが湧いて出てきましたが、この森はあそこに比べれば遥かにマシです」
ぽよぽよと弾み道を往くのは日本人の転生スライムであるリムル。モルガンと出会った時点では思念を介して会話を行っていたが、その問題も捕食した蝙蝠の超音波操作能力で無事解決、不便が無くなり鼻歌なんかを歌っている。
一方のモルガンは女王染みた冠は頭に既になく。薄汚れた襤褸切れを被り、黒い槍杖をついて静々と歩いている。そこいらにあったゴミをリムルのスキル『鋼糸』で結い合わせ簡易的なフード付きローブとしたのだが、その外見は流浪の魔女のようで、怪しい以外の何物でもない。
洞窟から出るまでの十数日、その間にもリムルやモルガンらの身にはトラブルに次ぐトラブル、冒険に次ぐ冒険が降りかかったのだが、今はこれを語るべきではないので以下略。
…まぁそれはともかく、彼らは己が能力の確認や試運転などを行いながら旅路を行く。笑顔(?)でご機嫌なリムルに対して、モルガンの表情は芳しくない。洞窟で目覚めて以来、未だ魔術回路が開いておらず、魔術の一つも使えないのだから当然だろう。
彼女はこの原因を異世界における大源、『魔素』と自分の同調が不安定だからだと予測した。
彼女が今使用できるのは彼女と融合した汎人類史のサーヴァント『ルーラー』のスキルのみ。そのうちのスキルの一つ、『道具作成』で魔鉱石を『あるアイテム』にしている最中だが、魔術で加工工程を省略できない分、異聞帯の王の時より手際も効率も悪くなっている。それがモルガンにとっては少し、……口惜しい。
(……、まさか、わたしがこんな感傷に浸るとはな。らしくない……)
未完成である『薄い黄金色の結晶体』を指で摘まみながら、枯れ果てたと思っていた感情を煩わしそうに振り払った。
「……む?」
「ん、どしたー、モルガン?」
洞窟での冒険騒ぎから仲間意識でも芽生えたのか、リムルはモルガンのことを呼び捨てにしていた。モルガンも初めは眉をひそめていたが、日が経つにつれ次第にリムルの言動に対し寛容になってきている。
……ヴェルドラの封印されていた洞窟にて、芋虫や毛虫、ワームの類のモンスターが狙いすましたようにモルガンのみに襲いかかっていたこと、それをリムルが慌てて殲滅していたこととは一切関係ない。ないったらない。
「あれは、オオカミですか……」
「お、ホントだ。それにしても大きいなー」
二人の姿を見ると竦み上がり、すごすごと去っていく2m近い獣の群れ。それを見て『情けないなぁ』と考えているスライムと、それを見て『まだ気づいてないのか』と半眼視する妖精だった。
その勘違いを訂正しようとモルガンが口を開こうとしたところで、…――――問題事は突然向こうからやって来る。
小柄で貧相。枯れ果てて薄汚れた、落ちぶれ魔物。それが一匹と一翅の目の前に立つ集団だった。濁った薄緑の肌に、知性を感じさせない顔…。
その魔物の種族はゴブリン。転生者であるリムルは勿論知っているが、この魔物はモルガンの作った世界『妖精國』にも存在していた。――――だからだろう。
魔女の瞳がすっと細まり、何の感情も伺い知れなくなる。怒りを押し殺したような、腹の奥に狂気が渦巻いているような、嵐の前の静けさと言うにふさわしい有り様だった。
「グッ⁉ツ、強キ者タチヨ…。コノ先ニ、何カ用事ガ、オアリデスカ?」
眼光に怯んだゴブリンの群れのリーダーが、堪らずに口を開いた。
「…だってさ?言われてますよモルガンさん」
「お前……、いつまで勘違いしてるつもりですか?」
「?」
(……『魔力感知』というスキルがあるのでしょう、自分を俯瞰して見てみては?)
念話を用いて隣のスライムに進言する。
魔素の原理にも慣れてきたモルガンは、元居た世界の魔術を未だ使うことができないものの、この世界のスキルの真似事ができるようになっていた。流石はマーリンに比類する天才魔術師と言われることはある。
…――――
(…あらやだ、駄々洩れ!)
自身から発せられる妖気を見て、素っ頓狂な心の声を漏らす転生スライム。それにモルガンは呆れ顔、…いや、表情変わらないけど。
(洞窟内は魔素とやらの濃度が高かったので目立ちませんでしたが、この近辺で100mの範囲内に我々以上の妖気を放つ存在はいませんよ。で、どうするんです?)
(ぐぬぬ…こうなりゃ、自棄だ!)
「……ふふふ、俺達の妖気を見ても怯えずに話しかけてくるとは、お前達は見所があるようだな!」
「……」
ゴブリンたちはその言葉に一縷の望みを向け。一方のモルガンは『なにいってんだこいつ』とばかりにジト目を転生スライムに向けていた。リムルは尊大な態度を崩さなかったが、背後は冷や汗だらっだら。背中から突き刺さる魔女の視線が痛かった。
道すがら様々な話を聞いたリムルとモルガン。
曰く、最近彼等の信仰する神がいなくなった事。
曰く、神の消失と同時に、魔物が活発に活動を開始した事。
曰く、森の中に、力ある人間の冒険者の侵入が増えた事。
など、様々だった。この世界で初の現地知性体とのコンタクトだとして、一匹と一翅は聞き漏らすことなく情報を収集していると、あっという間に時間が過ぎる。一行はゴブリンたちが住まう巣穴に到着した。
…――――いいや。村というには少し小さく、落人の集落と言った方がふさわしいかもしれない。二人はその中で些かマシな、小汚く、腐ったような藁屋根の建物に通された。
「……あ、この毛布使うか?見るからにいいところのお嬢さんだろ?せっかく仕立て直したドレス、汚れちゃ勿体ないぞ」
「いいえ、旅で馬小屋に泊まることもあったので慣れています。お気遣いなく――――(……む?わたしは…『旅』をしたことがあった、か?)」
その時、一匹のゴブリンが入って来た。老体のゴブリンを支えながら、若者に該当するであろうゴブリンが付き従っている。
「大したもてなしも出来ませんで、申し訳ない。私は、この村の村長をさせて頂いております」
そう言って二人の前に差し出される湯呑。
「これはどうもご丁寧に…」
「お前、よく口を付けられますね。毒が入っているかも知れないというのに」
「ちょっ、モルガン?」
「ふん…」
ローブを被ったまま、ジロリとスライムとゴブリンを睨むモルガン。彼女は壁にもたれかかり黒い杖を肩に担ぎ直すと、リムルとゴブリンたちの会話に混ざることは決してなかった。
リムルとゴブリンたちの話の内容は進んでいく。どうやらこう言う事らしい。東から、この土地を狙って新参の魔物が戦いをしかけてきたという。
この周辺には幾つかのゴブリンの集落がある。今リムルたちのいる集落もその内の一つなのだが、その魔物らとの戦いでゴブリンの戦士たちが多数戦死したらしい。
その中に
その戦士はこの村の、ひいてはゴブリンの集落の『英雄』、はたまた『救世主』のような存在だったのだが、その存在を失った事で、この村の価値が激減した。むしろ、無くなったと言っても良い。
つまり他のゴブリンの集落は、この村を見捨てたのだ。村長やゴブリンリーダーがいくら掛け合っても、冷たい対応をされるのは当然だろう。
「…――――ちっ」
――――酷い話だ。目の前に、ノイズが走る。
……捨てられた。捨てられた。ゴミのように捨てられた。『救世主』だと崇められて、頼られて、皆の為に戦って。望まれて、望まれたことをして。頑張って、失敗して、また立ち上がって、頑張って…――――。
あんなに頼っておいて。讃えておいて…――――。
――――、なにか、大事なことを、忘れていた気がした。
話は次々に進んでいく。リムルはゴブリンたちの住むこの村を守るという。
「村長、一つ確認したい。俺が、この村を助けるなら、その見返りはなんだ?お前達は、俺に何を差し出せる?」
「我々の忠誠を捧げます!我らに守護をお与え下さい。さすれば、我らはあなた方に忠誠を誓いましょう!!!」
――――楽園からの
『さぁ。きみは、どうする?』
「…――――ゴブリンども」
モルガンは、冷笑と共に頷いた。
「その願い、
――――断じて聞き届けぬ」
「戦いたくないとかは分かるけどなぁ、流石にあの言い方はないんじゃないのか?」
牙狼族との戦いに向けて、拙いながらもゴブリンに指示を出す元社会人が、隣にいたモルガンに声をかけた。
「…リムル=テンペスト。あなたにとってあのゴブリンたちはなんですか。別の世界の存在でありながら、どうして奴らの為に戦うのです」
「あー…。ヴェルドラが消えた原因は俺のせいもあるし、それでこの村が襲われるのは、黙って見過ごせないし。それに、…――――『頼まれちまった』しなぁ。多くのヤツらが笑っていたほうが、間違いなんかじゃないだろ?」
因果が巡るとはこの事か。似たような言葉を、知っている気がした。
「…――――そんなことを言っていましたね。差し詰め、この世界最強の竜種、その一体の力を引き継ぐヒトだから、ですか」
リムルの身体の表面に、モルガンの顔が映る。それは『青い衣を着た少女』の顔と同じだった。
「…。あぁ全く、――――『それ』はない」
モルガンは小さく、吐き捨てるように心の底から呟いた。襤褸切れを翻し、踵を返す。
「おい、どこに行くんだ?」
「…――――この村を助けたいのなら助ければいい。だが、わたしは何も干渉しない。見ず知らずの
(ウーサーが殺された…!私の円卓がみんなゴミみたいに殺された…!)
(あんなに私たちに頼っておいて!あんなにウーサーを讃えておいて!)
(毒酒なんて――――自分たちの血も流さずに、いちばん簡単で、醜い方法で――――!)
(ウーサー……ウーサー、ウーサー、ウーサー!お願い、もう一度、もう一度なにか言ってよ……!)
(失敗するたびに立ち直って、何千年もかけてがんばったのに!)
(――――ここまでやってもダメなの⁉私にブリテンは救えないの⁉)
(もうさんざん裏切られて、思い知って来た筈なのに。私はまだ一縷の希望を抱いて、――――)
――――いいや、そもそもヒトの善性なぞ、
「…――――モルガン?お前…」
何かを振り払うように、焦げ茶色の不格好なローブを目深に被って立ち去った。
夜になった。モルガンは篝火の灯る村の中を、当ても無くフラフラと歩く。もうすぐで牙狼族との戦いが始まるというのに、モルガンに絶望や恐怖はない。いいや、この程度で苦しむような女ではないのだろう。幾つもの挫折と地獄を踏破して、少女としての小さな夢を叶えるためだけに、冷酷に徹しあの國を二千年も支配していたのだから。
だがモルガンとて理解はできる。ゴブリンたちの置かれている状況も分かる。力無く脆弱で、誰かを頼らねば生き残るのも難しいことも。
それでも、結果は見えている。使い潰され、誰かに頼られ、最後には何も手に入らない。それならばと――――思った。そもそも、ブリテンではないこの世界に、モルガンが戦う理由すらない。
つまりは、まあ。『この世界』の生き物が死のうが生きようが、関係がない。そういうことに彼女はした。
「……生まれ変わってもまたこんなことになるのかよ、オレたち」
立ち寄った広場の片隅から、そんな声がモルガンの耳に届く。どういう訳か、気になって青い瞳をそちらに向けた。
「…――――『楽しい旅だったなぁ』」
数多くの戦えない者達が身を寄せ合う中で、異彩を放つ二人のゴブリンがいた。どういう訳か、虚弱そうな同族と異なり筋肉質な二人組は、穏やかな顔で過去を語り合っている。
「あぁ、『なにひとつ忘れられない、最高の思い出だ』」
周囲から、狼の遠吠えが聞こえてきた。それに、多くのゴブリンたちは身を竦ませる。木の柵やトラップがあるとはいえ、戦うこともできない者達にとってそれは気休めにしかならず、明日を無事に迎えることができるのか不安に苛なまれることになる。
だが、二人は穏やかに笑っていた。そして、予想だにしない言葉がモルガンに聞こえてきた。
「世界から弾き出されて、何もわからないことばかりだったけど、怒られたり、叱られたり、嫌われたり――――なんだか色々あったけど……■■■と一緒に旅したあの『
「……――――」
ゴブリンたちのその言葉を聞いた瞬間…――――モルガンの体は翻り、月夜の闇の中へと勝手に身を踊らせていた。
「…――――ぇ?」
「兄貴、今のって…?」
狼たちの血潮が、脚が…そして首が飛ぶ。その魔女は両手で黒い槍を手慣れたように振るい、突き刺し、敵を打ち砕いていく。
腕をしならせ、その槍を獣の群れへと投擲する。雷電もかくや、という激しい轟音と炸裂する光。獣たちの躯が宙を舞う。モルガンのその荒々しい戦いぶりは、『汎人類史の息子』と共通項が見えなくもない。この親にしてこの子あり、ということだろう。
狼たちは生存本能と野生の勘からモルガンから距離をとる。だが、無駄だった。彼女から溢れ出る妖気――――そしてそこに混じる異世界のスキルが、生への渇望という過剰な畏怖を呼び起こし、逃げるための体の自由さえ奪っていく。
雲間に隠れた月が出る。羽織っていた塵のローブを脱ぎ捨てると、白と黒のドレスが美しく照らされる。白光を受けて灰銀の髪を靡かせ、水色の眸を輝かせるその様は、妖精のようでありながら……まさしく残酷な魔女だった。
狼たちは平伏する。その強大な恐怖に、絶大な妖気に、そして……深淵を思わせる最果ての加護を感じて。
「――――」
忘れていた。
「つい、『救世主』のフリをしてしまった。もう、意味など無いというのに…」
ここにブリテンはないというのに。裏切られ、大切なものを全て奪われたというのに。それでも…――――。
ゴブリンたちがモルガンを見る。困惑と畏敬、そして……忠誠。自分たちを守護してくれたことに対する恩義が、心の奥に生まれている。
二人組のゴブリンは困惑顔だった。だが、それでも良かった。
(トネリコ、やったな!お前の魔術やっぱりすごいな!)
(はいトトロットさん、流石トネリコさんです!この依頼は明朝までかかるとばかり…)
(……早く行くぞ、もう日が暮れる。無駄話をしている時間はない)
(エクター!貴様、トネリコの技術を素直に称賛できんのか!)
(…黙れライネック、キャンキャン吼えるな、うるさくてかなわん)
(なんだと、この石頭が!)
(はは…では皆さん凱旋しましょう!さぁ、行きましょうトネリコさん‼)
「――――、…」
思い出すのは懐かしい仲間たち。二千年も前に置き去りにした大切な仲間――――そして、『
……だが/当然。彼女は、彼方へと去った彼女の手を握れなかった。いいや、握らなかったのか。
独りぼっちとなった女王の手が、迷った幼子のように宙を彷徨い、やがて力無く垂れ落ちる。
さて、ここで疑問。どうしてモルガン・ル・フェは、失ったはずの『新しい二回目』の妖精歴を思い出していたのだろう?どうして初代妖精騎士の『彼女』を、昏き女王となったモルガンが知っていたのだろう?
はてさて、それは…――――この世界が『夏の夜の夢』から覚めた後で。
夜明けが近い。遠方から聞こえてきたリムルの威圧と狼たちの遠吠えで、このゴブリン村での戦いはひとまずの終幕を迎えたのだった。
モルガン陛下、かなりアクティブに戦っていますが、筋力がCで敏捷がBだし…。もともとパーシヴァル(異聞帯)の槍の持ち主だったし…。キャスターっぽいステータスなバーサーカーだと思っていたら、天草とかリリィとかと同じだったとは。
それと、妖精國が崩壊したからか、追い詰められてアイデンティティとかが揺らぎだしてます。あとリムルの支配下になる牙狼族の数がちょっとだけ減った。