モルガン陛下はもっと報われるべきだった件   作:サルミアッキ

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 予定よりもちょっと遅くなりまして……Fate/requiemの小説読んでたら時間が。

 では投稿です。


思い出

 モルガン・ル・フェは、薄ぼんやりとした黎明の蒼穹を見つめていた。其れ以外にやることがないからである。水捌けの悪い地面に残った泥混じりの水溜まりは、その黄金色の空を泡混じりに濁らせて映していた。

 あれほどゴブリンたちの脅威となっていた牙狼族はリムル=テンペストに服従の意を示し、既に彼(?)を絶対的な主人として崇めている。文字通りこの村に牙を剥くことは皆無だろう。しかし、何匹かは彼女に『くぅん』と甘えた声を上げていたが。

 モルガンは当然無視を決め込んだ。モフモフの毛並みに少しばかり、ほんの少しだけ心動かされるモノはあったが、彼女にとっての『特別』に比べるべくも無かった。

 

 

 倒れた木に座り、空を見上げ続けるモルガンに近づいてくる影があった。冷たい表情を張り付けて、彼女は見下した口調で言葉を唾棄する。

 

「…、なんです。私に何か言いたいことでもありますか」

 

 モルガンが振り返った先には、ゴブリンの子どもたちがおずおずと近づいていた。

 皆、みすぼらしく汚れ、栄養失調を思わせる有り様だったが、その顔ははにかみや興奮、歓びが滲んでいた。これで明日も生きていけると、恐怖に怯えなくて良くなったと。子供たちの目はそんな事を物語っていた。

 

 モルガンは思い出していた(知っている)。かつて救世主の真似事をしていた時も見たことがある。恐怖から解放された妖精たちの安堵の顔と同じだった。だが、泣きついてきた後は決まって恩を仇で返されてきた。――――ただ一人の妖精を除いて。

 

 だから、モルガンは思い至らなかった(分からなかった)。一度限りの感謝しか与えられなかったモルガンは、『それが何か』を理解するのに時間を要した。

 

「私に、それを被れと?」

 

 その言葉に、子どもたちは嬉しそうに笑みを溢す。

 子どもゴブリンたちの小さな小さな手の中には、そこらで取って来たのであろう、見栄えの悪い花や小汚い石。数名の女の子は、拙いながらも精一杯思いを込めて編まれたであろう、花冠や花の首飾りが握られている。彼女らはそれを壊れないように、崩れないように、そっと大事に持っていた。

 

「必要ありません。そのようなお飾りの花の王冠など…――――」

 

 モルガンは蠅が集っただろう花や、葉を食む芋虫が触れた野草を進んで触りたいとは思わない。だが、ゴブリンたちは屈託なく笑って、その冠を女王様へと差し出した。

 こんな何も無い村で、綺麗な魔女様に捧げられるものはないけれど、それでもと。相応しい栄光を、せめて受け取ってほしいと――――そして、純粋に喜んでほしいと思ってこう言った。

 

「もるがんさま、みんなをまもってくださってありがとー!」

「ありがとう、ありがとう!たすけてくれて、ありがとう!」

「みんな、もるがんさまによろこんでもらいたくて、つくったの!いっしょうけんめいつくったの!きれいなもるがんさまににあうように、あおいはなをもりのなかまでさがしにいったの!だって、――――」

 

 それは、感謝だった。彼女に一度しか与えられなかった、夢を投げ出しても構わないほどの奇跡だった。

 

「…――――」

 

 モルガンは、絶句した。整った顔から表情が消える。だってそれは、かつての幸せにできなかったあの子への為の思いだったから。

 

 

『……ありがとう、ありがとう』

『……わたしに水をくれて、ありがとう』

『でもそれは、どうか魔女さまがお飲みください。だって、――――』

 

 

 モルガンが大木に腰かけていても、ゴブリンの子どもたちの手は彼女の頭に届かない。それでも忙しなく動き回り、彼らはどうにかこうにか腕を精一杯伸ばし、女王様に相応しい装飾を贈ろうとする。

 

「……、どうして」

 

 ゴブリンの子たちに囲まれて、聞きたくもないのに口が動く。あぁ、だって。それは彼女にとっては夢から覚めるように、夢を捧げるように、大事なものだったから。

 その答えとは、彼女が唯一弱みになったあの言葉だった。

 

 

「だって、とてもがんばってもらったんだもの!」

『だって、とても頑張っていたんですもの』

 

 

 緑色の少女たちが、妖精のように屈託なく笑う。そこに嘆きは無く、慈悲深く、美しく…――――手が届かない星のように、子どもたちが感謝を振り撒いた。

 感謝された。それも、心からの感謝だった。

 

 ――――そうだ、この世界のゴブリンたちに善性が備わっているのはモルガンだって気付いていた。だから感謝されて、『無視する』ことが出来なくなって。『同じもの』として扱えなくなって。そうなってしまえば、唯一だった『大切』が――――抱えるものが増えてしまう。

 

 

 

 

 

 地面を見る。あの朝焼け色をした空は眩しくて、目を伏せたかった。地面の泥水に、救世主のフリをしていた『自分』が映る。

 

 

 なぜまた信じようとするのです?今はそう、忠誠を誓うなどと宣っている。それは『今の』彼らにとって噓偽りの無い真実なのしょう。ですが、心とは変わるものです。

 多くのことに意味など無かったこと、忘れていませんよね。守りたかった世界から認められず、共に旅した者も……ウーサーもいなくなり、私に残ったのは何なんです?そんなことにかまけていて、あなたは…――――『私』はこんな事になったのでしょう。

 

 

 

 泡が弾けて水面が揺れる。湖の乙女でもあり、アーサー王を貶めようとした『自分』が映る。

 

 

 

 ここはブリテンですらない…、『私』が欲しかったブリテンが、こんなところであるものか!このような生き物の為に戦う必要など――――指一本たりとも動かす必要などない。そんな無駄なことをしている暇があるならば、異聞帯でも汎人類史でも良い、元の世界に戻るべきだ。ブリテンを自分の国にすることが、『モルガン・ル・フェ』である我々の願いだったはずだろう。

 

 

 

 

 それ故に/それでも。モルガンはゴブリンたちの方を向き、そして――――。

 

 

 

 

 

「……――――」

 

 雲と時間が流れ、既に彼らの頭上には、青く雄大な大空が広がっていた。リムルはゴブリンと牙狼族の仲を取り持ち、協力し合うように呼び掛ける。弱肉強食の魔物のルールと相まって、ゴブリンたちも牙狼族らも互いを運命共同体としてすんなり受け入れていた。

 

「村長、お前の名前は『リグルド』だ!」

 

 そして、リムルは彼らに名前を付け始める。それに魔物達は大歓喜し、名付けはまだかまだかと喜色満面。

 名前がないというのは不便だからというのがリムルの弁だが、傍らにいたモルガンは、スライムの体から魔素が徐々に抜けていくのに気づいていた。

 

(例によって気づいてないのでしょうね。大方、全ての魔物に名前を付けるつもりなのでしょうが、活動できなくなっても知りませんよ…)

 

「よし。お前は嵐の牙で、『ランガ』だ!……――――ぁ?」

 

 まぁ、予想通りの結論だった。彼女の懸念通りリムルは虚脱感と疲労に襲われ、低位活動状態(スリーブモード)に移行した。……モルガン陛下、気が付いたのなら教えてやれよ。

 

「こ、れは一体…?」

「あぁ、進化が始まったのですね」

 

 動きが停止したリムルとほぼ同時、ゴブリンや狼たちにも変化が起きる。あるものは眠気に負けて倒れ込み、またある者は必死にこらえ、膝を折るまいとしていた。

 

「…――――では、リムル=テンペストは私が運んでおきましょう」

「モルガン様!」

 

 声が聞こえた。庇護を希う声だった。

 

「…なんです」

「…子どもらから聞き及んでおります。戦えぬゴブリンたちを、守っていただいたことを」

 

 『リグルド』という名を授けられたゴブリンが、平伏混じりに言葉を続けた。その真意を、モルガンは輝きを取り戻した眸で見続ける。

 

「…そうですが」

 

 その目は冷たい海か、はたまた嵐の中で輝く星のよう。如何に美しく壮大であろうが、身の丈を過った行いを晒すならば容易く呑み込まれてしまう。

 リグルドは慎重に言葉を選び、彼らの主(リムル)に比類する昏き女王へと奏上する。

 

「無礼を承知で申し上げます!今、我らはこの状態です。ただ一度で良いのです…――――、この村をもう一度、守っていただけないでしょうか…!」

 

 広場では、次々魔物達が倒れていく。急激な変化に身体が追い付かないのだろう。この状態でこの村が襲われたらひとたまりもない。モルガンも、一先ず滞在している拠点を失うのも避けたいところであるのだろう。

 

 だが、それより――――何よりも彼女の心情が声高にも叫んでいる。

 

 

「……、この世界に来て、初めて感謝された」

「は…?」

 

 独り言ちる。壁を作り、見捨てようとも考えていたゴブリンたちだったが、あれよあれよと流され、結果として彼らを守った。

 そんな手前勝手な理由だったというのに、ゴブリンの子どもたちはその事実だけを純粋無垢に感謝してくれた。かつての世界でも、同じようなことが一度だけあった。

 あぁ、だから――――。

 

「コレを無下にしてしまえば、私はあの妖精どもと同じになる。許しがたい、救えない、あんな生物と…――――」

 

 ……だから、これは信頼でも救済でもなく、ただ彼女が遥か昔に誓った小さな小さな夢の階だった。

 

「…――――眠るが良い。今だけはここを我が國として扱ってやろう」

 

 モルガンはそう言って眠りについたリムルを小脇に抱え、納屋に入っていく。

 扉の隙間から見えた壁には、木の枝を伐って作られた物掛けに、大切に『青い花の冠と首輪』が引っかけられている。

 風通しの良い掘っ立て小屋の隙間から指す朝の光が、きらきらとその冠を照らしていた。

 

 

 

 

「…――――夢でも見てるのか、俺達?本当にあの血も涙もない女王様があれだってのか?」

「なあ兄貴、どうするんだよ?碌なことにならないうちにこの村から出るべきなんじゃ…?」

「あぁ、そうなんだろうな。…――――けど、なんでだろうな。あの姿どうしてか……、『マシュ』みたいに見えちまったんだよ」

「あ、それは俺も思った。『予言の子(・・・・)』みたいだったなぁ、って!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。モルガンは小屋の中で『ある魔道具』の作成に勤しんでいた。一刻も早く魔術を使用しなければと、寝る間も惜しんでそれを組み立てている。理論や設計は既に知っている。あとは『それ』に注ぐリソースだけだが、その目途も間もなく立つだろう。

 

「いやぁ、悪いなーモルガン、村のこと任せちゃって」

 

 そこに休眠状態から回復したリムルがぴょんぴょん跳ねながらやってきた。昨日起きたリグルドやランガ達の外見の変化(通称:リグルドショック)から抜け出せたらしい。彼らの外見にも受け入れ態勢が付いたようだ。

 

「まさか名付けにあんな意味があるなんて……、ネームドモンスターってそういうことか。ったく、『大賢者』も教えてくれれば良かったのに!」

「自分のスキルに頼りきりなのは宜しくないのでは?」

 

 彼女は振り返ることなく、机の上で黙々と結晶体を細工していく。封入された星屑の光が、ぼんやりとした輝きが拍動のように点滅する。それは間も無く誕生を迎えることを示しているようだった。

 

「うっ…、毒舌だよねモルガンって。まぁ、正論なんだけど」

「そう思うならば、今後は良く思慮してから行動に移すように。――――ところで、先程魔物達に伝えた規則、本気ですか?」

 

 モルガンにも先程の広場の様子は聞こえていた。リムルはこの村で共同生活を行うため、以下の三つのルールを魔物達に強制することにしたという。

 

 一つ目は、『人間を襲わない』。

 

 二つ目が、『仲間内で争わない』。

 

 そして三つ目は『他種族を見下さない』。

 

 どうして人を襲ってはならないのか、という質問が飛び出した。――――さて。それを、優しいスライムさんはどう答えたと思う?

 

 先程、モルガンは聞いていた。『人間が好きだから』というシンプルで明確な答えを。だが、モルガンは表情を濁らせ複雑に思う。似たような道を辿った女を知っている。行きつく先を知っている。

 嘗て、モルガンは言っていた。『この國が好きだから』というシンプルで明確な答えを。だが、その結果が『あれ』だった。救っても無駄だった。支配しても崩された。行きつく先は、孔の中だった。

 

 

「忠告してやろう。護るということは慈悲がいる。無論味方にも、…――――そして敵にも」

「……忠告?」

 

 今にも腐りそうな木の机にその結晶体を置く。彼女はゆっくりと振り返り、無自覚にも甘さを捨てきれない優しい転生者へ、希望も涙も枯れ果てた『とある女』を重ねて語り始めた。

 

「リムル=テンペスト。お前がこの村を護るため、理解を示してくれた仲間たちと手を携え、未来を創っていこうとするのなら…――――」

 

 その言葉は、リムルの心の中に入っていく。(まじな)いのように、(のろ)いのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこと(・・・・・)にかまけている暇があるのなら、お前も必ず失敗する。大切なものを失って、好きだったものに裏切られて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――『どうしてこうなったのか』、『どうするのが正解だったのか』、『自分が間違っていたのだろうか』。そう思い、絶望することになるだろう。

 




 おかしい、モルガン陛下はクーデレのはずなのに、ツンデレっぽくなっちまったぞ…。
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