モルガン陛下はもっと報われるべきだった件   作:サルミアッキ

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 どうにも納得できなくてこねくり回してしまった……。


贖罪の呪い

 夜も更けてきた刻限のこと。焚火を囲んで暖をとるゴブリンたちに、リムルは声をかける。彼らは生活基盤の安定の為、優れた技術者を求めて武装国家ドワルゴンへの路を進んでいる最中だった。

 

「えっと……『ロブ』に『ワグ』、それと『ウィンキー』だったっけ?ドワーフの国に行く道、案内してもらって悪いな」

「おうよ。まぁ俺達ぁ行商人モドキなことをしてるから、このくらいなんてことねぇよ」

「あの村に住むゴブリンと違って、兄貴も俺らも根無し草だし。こうでもしなけりゃ生きてけなかったんだ」

 

 呵々大笑するニット帽のゴブリン、『ロブ』。それに続く形で、オレンジ色の髪をした『ワグ』も笑顔を浮かべた。

 

 彼らはリムルが名前を付けた魔物達ではない。詳しく聞いてみれば、特殊な生まれからどこの集落にも属せず、あっちへこっちへ拠点を移し、何時しかゴブリンたちにとって何でも屋のような存在となっていたらしい。

 

「……ところでよ、スライムのリムルサマよぉ」

「ん?」

 

 今まで黙っていたフードのゴブリン、『ウィンキー』が口を開いた。顔を窺い知ることはできないが、その声音は真剣そのものだった。

 

「アンタと一緒にいた、あの妖精の女王についてだが」

「ん?……妖精?女王?」

 

 ユニークスキル『大賢者』を持っているはずのリムルの思考能力が、一瞬止まった。妖精とかいう少女趣味全開な言葉に、誰のことだかさっぱりわかっていない模様。頭を捻り、体も捻り、ようやく思い至ったらしい。

 

「……え、モルガンのこと?」

 

 本当に間抜けな声が出た。

 

「なんだ、知らなかったのか?」

「あー、何というか、魔法使いだってだけで納得して、それ以上追求しなかったといいますか、不思議なことは全部魔法なのかなーとか思っていたといいますか……」

「まぁ魔術師ではあるらしいけどな。俺達そこまで詳しいこと知らねぇし。ただ、確かに言えることはある」

 

 ウィンキーは声を落とし、思い出すのも嫌だというふうに一つ身震いをして、思い切って口を開く。

 

「あの女王様をあまり信用しない方がいい。あの妖精は冷酷で、人を苦しめるのに躊躇いがないみたいだからな」

「――――、何を根拠にそんなことを言ってるんだ?」

 

 彼らに問われる転生したスライムの疑問。それに、彼らは感情が読み取れない声色でこう言った。

 

「俺達はモルガンが2000年間支配した、此処とは違う世界から転生してきた妖精だ。そして、俺達は全員――――、

 

 

 

モルガン配下の兵士たちに殺された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巡礼の鐘の音が聞こえる。

 

――――鉄を()つ。

 

 金床を叩く鎚の音が聞こえる。

 

――――鉄を()つ。

 

 潮騒の街の丘の上に、ぼんやりと炉が灯っていた。

 

――――その男は、嵐の中で鉄を打つ。

 

 糸を紡ぎ、服を仕立てる。槌を振るい、鎧を造る。

 

――――雨降る黄昏の中で見た、旅の標の星灯り。そんな少女を護るために。

 

 鍛冶師は鍛える。自分の目が星の光に焼かれようと、耳を外敵に削がれようと。この世でただ一翅しか存在しない少女の為に、その腕で望みを創り出す。

 

――――どれほど塵に塗れても、どれほど時が移ろうと。男は責務を担うでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 モルガンは閉じていた眼を開けた。酷く懐かしい者の後ろ姿を見ていた気がしたが、夏の夜の夢のように解けて消えていってしまった。今の彼女は、何も覚えていやしない。

 

「……、寝ていたのか。リムルは『ドワルゴン』へ到着したころだろうな。さて、と……何用ですか?」

「――――モルガン様、失礼します」

 

 人の気配を感知し、うつ伏せになっていた体を正す。日差しを遮るため、なけなしの布切れを部屋のあちこちから垂らしたモルガンの仮宿舎に、リグルドが入室してきた。

 思いもよらぬ一報を携えて。

 

「――――ほう。他のゴブリンの族長たちがこの村にやってきた、だと?」

 

 ホブゴブリンの族長から齎された情報に、妖精女王の口角は、薄っすら柔らかに上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 村の一角にあるテントの中に、子鬼らが面会を今か今かと待ちわびていた。あるものは期待に胸を膨らませ、あるものは祈りを心中で唱え続け、それぞれが熱を宿した本気の目でその時を待っていた。

 

 ――――だがその希望は、次の瞬間砕け散る。

 

 その場にいたゴブリンに怖気が立った。通常の魔物が発するにはあまりに強大な妖気に、外敵を排斥せんとする敵意。そして恐怖によって民を統治するカリスマが混ざり合い、一つの絶望を生み出していた。

 

「――――平伏せよ。献上せよ。礼拝せよ。従属せよ。(うてな)に参じた使者は息を止めよ。4の子鬼の族長は口を閉じよ」

 

 彼らは妖気を放ちながら入室して来る一翅の妖精に、平伏せざるを得なかった。それは間違いようもない、本能からの行為だった。眼前の存在に逆らってはならないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 

「彊界を拡げる王。妖精國を築きし王。モルガン・ル・フェの御前である。モルガン・ル・フェの威光である。ゴブリンの部族長は心得よ。これは我が恩寵である。これは我が恩赦である」

 

 歓迎するつもりが全くないことを隠すことも無く、銀髪に空色の瞳の女王――――モルガンは口上を独り謳い上げると、テントの中央にある台座に腰を下ろした。

 本来はリムルが座るために作られたものだったが、案外丈夫にできているようだ。崩れる気配はまるでない。

 

「では、お前たち四氏族がなぜこの村に来たのか、話すことを許可する。それ以外の者たちが口を開くことは断じて認めん。嘘偽りなく語るが良い」

「「「「は……ははッ!」」」」

 

 ゴブリンの村長たちは語り出す。

 

 暴風竜が消えたことが発端となり、森林の各地では秩序が乱れ、覇権争いが起き始めたこと。

 ゴブリン達は連日族長会議を行うも、既に生き残る道は絶たれているということしか分からなかったこと。

 そこへ最近、ホブゴブリンとなった者らが現れたこと。聞けば、彼らは魔物を統べる守護者の庇護を得て進化したということ。

 それゆえ彼らもリグルドらと同じように、リムルの配下に加わりたいということ……。

 

 

「――――成程。おまえたちがおかれた状況は理解した」

 

 モルガンから溢れ出るカリスマが治まると、村長たちは安堵の表情を浮かべ一息ついた。これで、我々の部族は救われると――――。

 

 

 

 

「…その上で断じる。おまえたち四氏の小鬼どもは、この上なく無様に滅びるべきである、と」

「「「「ッ‼⁉」」」」

 

 驚愕。絶句。動揺。ゴブリンたちのその顔を見てもモルガンは冷淡そのものだった。次々と言葉を繋げ、彼らの心を追い詰めていく。

 

「リグルド。それと、この村に暮らすお前たちに問おう。『貴様らは、このゴブリンたちを赦すのか』?」

「…どういう、ことでしょうか?」

 

 頬杖をつき、見下し呆れ切った表情でゴブリンたちを見ているモルガン。

 

「このゴブリンたちは、『自分たちの英雄(きゅうせいしゅ)』となったお前の息子を崇め頼っておきながら、リグルが戦死しその庇護を受けることが出来ないと知るや否や、その恩義を肥え溜めへと投げ捨てた」

「わ、我々はそのようなことは…っ!」

 

 

 妖気の奔流が重圧となり布や衣が吹き荒ぶ。その薄暗いテントの中で爛々と光る水色の目は、美しくも酷く冷たかった。

 

 

「誰が口を開いて良いと言った?」

 

 

 有無を言わせぬ女王の威圧に、静寂が生み出される。息の根を止められたかのように錯覚するゴブリンたち。

 

 

「……その気があったにしろ無かったにしろ、牙狼族との戦いで先代のリグルが死んだ途端、このゴブリンたちは村への援助を断り、お前たちを見捨てた。それは決して覆らない事実だ」

 

 静謐の中に朗々と流れるモルガン・ル・フェの言葉に、空気は重く乾いていく。

 

「それが今になって、『魔物を守護する強大な存在が現れた』という噂を聞きつけ、掌を返してこの始末。虫の良い話だな。厚顔無恥とはこのことか。何か違うならば言ってみるが良い」

 

 誰も口を開けない中、弁解をせざるを得ない子鬼は恐怖を抱えながら舌を動かした。

 

「そ、それでは恐れながら…申し上げます…、偉大なる支配を布く御恩方よ…!」

「確かに、我々は返す言葉もございません…!許されぬことも承知しております…!」

「しかし、我らは弱小な上、智慧も浅く、力も持たぬ種族です。豚頭族(オーク)蜥蜴人族(リザードマン)大鬼族(オーガ)などの種族が覇権を争い、この森で戦端が開かれてしまった日には、我らは破滅する未来しか残されておりません…」

「食料の備蓄も乏しくなり、数多くの同胞らの命は既に風前の灯火です…。そんな折に、この集落の噂を聞き、恥を忍んで参上した次第でございます…!」

「――――くどい」

 

 族長たちのその言い訳を、瞬く間に一刀両断する楽園の妖精。正しく魔女というにふさわしい無慈悲さだった。

 

「全くくどい。私はお前たちを救わぬ。私はお前たちを許さぬ。お前たちは信用するに値しない、身勝手で無責任な魔物でしかない」

 

 モルガンの冷酷な断罪の声に、四匹のゴブリンたちの顔が絶望に歪んだ。蒼白になった表情で顔を見合わせ、自分たちに回って来たツケの重積に気が狂いそうになっている。

 女王の前にて妖精眼で心の内を曝され続け、冷や汗と涙を流し出す彼らの様子は、あまりにも惨めで憐れだった。

 

「――――と、切り捨てることはあまりにも容易いが」

「「「「……、ぇ?」」」」

 

 モルガンにとっては、その程度のことは失望にもならなかった。寧ろ醜態を曝し、他人を裏切る妖精たちを見てきた彼女にとっては可愛いものでさえあった。

 見下した視線は変わらないが、モルガンからは呆れや嫌悪の表情は薄くなっている。彼らの支配者となったのがモルガン当人だったならば許せなかったのだろう。だが、この村の守護者は彼女ではない。

 

「生憎ここは私が支配する國ではない。私はただ、……私の理想を築くためにここにいる。故に、お前たちの運命を委ねるべき相手は私ではなく、まずは此処にいるホブゴブリンらではないのか?」

 

 女王は顎をしゃくり、隣にいる緑肌の巨漢を示す。

 

「どうだ、リグルド。まずはお前の意見を聞こう」

「――――確かに、モルガン様のお考えは尤もでございます。ですが」

 

 前置きした後、リグルドは静かに、安心させるように言葉を繋ぐ。

 

「かつての我らも脆弱であり、力も智慧もありませんでした。我らが彼らの立場であればまた同じように苦渋の決断をしたでしょう。――――そして、リムル様は仰られておりました」

 

 忠誠を以って名を授けてくれた、敬愛する彼らの主の名のもとに定められた絶対のルール。その法に鑑みても、彼はゴブリンたちを無下に扱うことはしなかった。

 

「『他の種族を見下してはならない』、と。我らはゴブリンからホブゴブリンとなりましたが、それはひとえにリムル様に出会えたという幸運が故。なればこそ、その機会は我らと同じ様にあって然るべきなのではと思うのです」

「そうか。――――、ならば私が言うべきことは無いようだ」

 

 思いやる心を持った魔物を見ることなく、思い入れることもなくモルガンは告げた。

 

「お前たちが罪を悔い、償いと贖いを成せるというのならば、この村の支配者の庇護を授かることができるやもしれんぞ」

「ッ何卒……何卒!我らは贖罪を誓います!我らの部族に守護をお与えください!我ら族長の命ならば、如何様になろうとも構いません‼」

 

 その時、初めてモルガン・ル・フェは笑みを浮かべる。言質は取ったとでもいうように、薄く冷たく微笑んでいた。

 

「ではこの村の主には伝えておこう。庇護を望む者は来るが良い。それと、こう言っておこうか。――――『罪なき者のみ通るが良い』、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳なのですが」

「そっかー……だからこんなに増えたのかー」

 

 ドワルゴンから幾人かの職人ドワーフを引き連れて帰って来たリムルに、彼女は前日の出来事を告げていた。対するリムルの反応はどこか引き攣っている。それもそうだろう、町の中には五百匹近いゴブリンたちが、救いを求めてやってきているのだから。

 

「この村の本当の支配者はあなたです。さぁ、どうします?」

 

 こうなることを予想していたのだろう。モルガン・ル・フェは真っ直ぐにリムルを見て、彼を試しているようだった。

 ――――他者の庇護と生命を掌握する責任を果たせるものなのかどうか、王足り得る資質をもつものなのだろうか、と。

 

 リムルの答えは、決まっていた。

 

「受け入れるよ。どうせその内、この辺りの縄張り争いで他の部族とぶつかるのは予想がついてたんだ。この村の人手が減った今のうちに取り込むのもアリだし」

「では、もう一つ問いましょう。取り込んだ四つの部族の中から裏切りが起きた場合……あなたはどうします、リムル=テンペスト」

 

 リムルの頭を過る、モルガン・ル・フェの言葉があった。

 

 

そんなこと(・・・・・)にかまけている暇があるのなら、お前も必ず失敗する。大切なものを失って、好きだったものに裏切られて。

――――『どうしてこうなったのか』、『どうするのが正解だったのか』、『自分が間違っていたのだろうか』。そう思い、絶望することになるだろう。

 

 

「……その時は皆殺しにする。俺は、裏切りを許さない。魔物を率いるのに、甘い考えは邪魔になるからな」

「そうですか。覚悟は決まった、と捉えても宜しいでしょうか」

「……ああ」

 

 お互い無機質に、淡々と言葉を交わす。村の明るい雰囲気が、一瞬だけ冷え切ったかのようだった。

 彼女の妖精眼に、リムルの言葉はどう映ったのか――――定かではなかった。

 

「――――、しっかし。俺ってこんな簡単に『殺す!』とか考えられるんだな。人間じゃなくなったからかな?まぁ、悩むよりマシだけど…」

「ならば、私に良い案があります。今後、魔物を受け入れる際、最も効果的な義務と規律を制定しましょう」

 

 モルガンが机の中から一枚の羊皮紙を取り出し、リムルに渡してきた。希少な紙を使って描き出された資料にあったのは、不思議な紋様と難解な術理。

 

「……なにこれ?」

「魔物達の魔素を用いた『存在税』と、それを徴収する『令呪』です」

 

 じっくり文字を読み込もうとするリムルを置き去りに、モルガンはプレゼンを開始した。

 

「昔考え出した術式をこの世界の法則にあてはめて作ったのですが、まぁ許容範囲でしょう。そして裏切りをした際には、令呪から魔素の過剰強奪を行うことで、死へと至らしめることが可能です。さらに……」

「……それって、『妖精國』ってところで使われてたヤツか?」

 

 ぴたり、と止まるモルガンの言葉。振り返ると、リムルは羊皮紙を置き彼女の方を真っ直ぐ見つめている。彼女は何故、と思うが……様々な要素を結びつけることでその結論を導き出した。

 

「……成程。私の過去を聞いたのですね。あの三人組ですか。ならば、知っていて当然でしょうか。――――大方、私の配下に殺された者たちだったのでしょう。彼らの目には恐怖と疑惑が常に映り込んでいましたから」

「本当、なのか?」

「ええ。出会った時に言ったでしょう。私は『ブリテンの女王』だと」

 

 モルガンは立ち上がり、リムルに背を向けた。当ても無く所在なく歩みを進めるように、村の方へと踵を返す。

 ……リムルが口を開く前に一言、後悔とも嫌悪ともつかない言葉を吐き捨てて。

 

「……私はもしかすると、あなたとは相容れぬ支配者かもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――まぁ良いでしょう。空想樹(セイファート)の構造を参考にして作った疑似的な『聖杯』を魔素で満たせば、私の本来の力を取り戻すことができる……。それに令呪も異世界での治世モデルケースとして、丁度良い標本(サンプル)にもなるだろう」

 

 掌に浮かぶ『黄金の結晶(魔力リソース)』を眺めながら、人口が増えて狭くなってきた村の中を歩く。不自由を課せられた無駄ばかりの回り道だが、こういうのも悪くないと思いながら。

 そう言えば、かつての冒険もうまくいかないことばかりだったと、ふと感傷に浸る。どうにもこの異世界に来てからというもの、遥か昔の思い出を懐かしむことが多くなっていた。

 嘗ての面影が、モルガンの目の前を通り過ぎていく。それを幻影だと思いながら、彼女は頭を振って女々しい考えを振り切った。

 

「あぁ、土の氏族(ドワーフ)もこの村に滞在することになるのだったな……。――――!」

 

 

 

 

 

 

「――――やはりお前か。久しぶりだな。モルガン」

 

 だが、幻影だと思っていたそれは、間違いようもない実体を伴っていた。かつての救世主の仲間が、時を超え、世界を超えて……今再び巡り合う。

 

 

 

「……、エク、ター?」

 

 

 彼こそは、妖精國の不死なる黒騎士。

 

 モルガンの傍らで彼女を護り、厄災に備え何度も体を石にし、6000年近い時を経て新たな予言の子を護った忠義のドワーフが、ドワルゴンからモルガンの元へ馳せ参じた。




 初っ端で出すトネリコのパーティーメンバーがこの人で良かったのだろうか……。
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