プロローグ
青道スカウトメモ
西 晴之 城南シニア出身
右投げ左打ち
中学3年時では主にショートを守っており堅実さからくるファインプレイが目を惹いた。
他にもセカンド、キャッチャーの経験があり、内野のリーダーとしての素質があるように見える。
打撃面では三振が極端に少なく、冷静に相手守備の穴を抜くような鋭い打球を幾度と放ち、ランナーおよび得点差に関係なく、結果を安定して出している印象がある。
安定感だけでなく長打力もあるため、将来的には打の青道のクリーンナップとして期待できるかもしれない。
シニアの監督から聞いた話では、守ったり走ったりするのが楽しいようで、チームメイトと積極的に守備、走塁に関して色々話ながら工夫しているようだ。好きなものは昆布、漬物らしい。
side 西
昔から野球にずっと打ち込んでいたが、私には全く才能がなかった。投げたら宇宙開発またはワンバンで相手がとれないし、バットをふっても掠りもせず肩が遠心力で外れるし、フォームもめちゃくちゃであった。一時期はそれが恥ずかしくて、隠れるように一人で何度も何度も狙ったところにボール当てをし、バットをゆっくりと遅くでもいいから振っていたものだった。
必死に野球の本を読みコツや感覚、フォームが常人のものになったぞと思ったときには、自身は50歳を越えていた。
遊びではあるが、仕事の合間に友人とキャッチボールをする、打ってもらったボールをグローブで捕って、相手が取れるようにしっかりと投げる。これだけのことがとても楽しかったのだ。
ある時、小学生の頃にバットを振って、脱臼したのを治してくれた近所の友達が久々に連絡をしてきた。人数合わせでもいいからと、週末に河川敷で行われる懇親会を兼ねた試合に誘いに飛び付いた。
キャッチボールをするだけでも、バッティングセンターで打つだけでも楽しいのに、チームで"野球"をするのはどれだけ楽しいのだろう。年甲斐なくワクワクとしてしまった。
side 友人
小さい頃に走るのがめっちゃ早いのに、とにかく身体の制御が下手なやつがクラスにいた。
そう、力入れすぎちゃったと次々とおもちゃをクラッシュしていくやつだった。高校の時に貸したエロ本を興奮して破かれたのは今も忘れていない。あれだけは許していない。
54,5歳くらいになった時に、毎年やっていた地域の商店街の関係者での草野球の試合に、同級生からおもちゃクラッシャーが野球できるらしいぞと言ってきた。30年ぶりくらいに実家経由で電話をして誘ってみると、懐かしいでかい声で「やる!!!!」と参加表明してきた。少し耳が痛くて何を話したのかあまり覚えてないけど、楽しみにしてることだけは伝わってきた。
当日同い年か?と言いたくなるくらいの引き締まった身体をしていたおもちゃクラッシャーがやってきた。
キャッチボールがしっかりとできていたので、相手も遊びだからと思って先発を任せると、なんと三者連続三球三振してしまった。
後でキャッチャーに聞くと、構えたところに狂いもなくボールがきていたらしい‥
これでは試合にならないから、ノックを受けてある程度できると事前に聞いていたので、セカンドを任せるとファインプレイを連発していた。
打つほうも綺麗に守備の間を抜けるヒットを打ちまくっていた。
こいつが若いときからこんなんだったらプロ行ってたのかな?と思ったが、まぁ同い年の54,5だったからなぁ。
バット振ったら脱臼したり、変な球投げたりしたのが努力したらこんなになるんだなって感心したものだった。
今ではわしは80歳になったが、あんなに元気だった脱臼野郎が先に逝くなんて世の中わからんものよな。
名物になった野球爺さんとして天国でも野球してるのかもな。
side 西
まさかカキを食べてあたってしまい、衰弱して逝くとは思わんかった。なんかヒトみたいなのに会って何かしてみたいことがありますか?と聞かれて、反射で野球!と答えてしまったけど大丈夫だろうか?
もう一度尋ねてきて「生まれ変わるとしたらどういう風になりたいですか?」と言われたので、"自分の身体をしっかりコントロールできるようになりたい"と、そして感情が顔にめっちゃ出るから"顔に感情が出にくい"ようになったらありがたかったなぁと答えたら、「なるほどー」とこちらの手を軽くポンポンと二回叩いて「頑張ってね」という声を聞いたら寝てしまった。
身体全身が痛い?ヒリヒリする?し泣き声も聞こえるしなんなんだろうな‥これは
初めて小説を書いてみました。
よろしくお願いいたします。