至高の一打   作:もぐもぐファンタ爺

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[後編]
プロローグ


目を覚まし、時計を見ると、普段通りの時間である5時を示していた。布団の中でグッと伸びをして、勢いよく起き上がる。周りを見てみると、いつも見る景色とは違うことに気がつく。

 

寝間着から普段着に着替え、歯磨きをして、顔を洗う。

 

「うへっ!冷てっ!」

 

朝の5時だからか、8月とは思えない水温に思わず声が出る。庭に出て、軽くストレッチをして体をほぐしていると、後ろから誰か来るような気配がした。

 

「おはよう、影次。相変わらず早いな」

「哲さん!おはようございます!」

 

振り向くと、短い黒髪で、キリッとした目が特徴の結城 哲也さんがいた。自分よりも一学年上の頼れるスラッガーである。

 

「開会式が今日ですからね!興奮が抑えられないです」

「俺は少し緊張しているよ」

 

お互いに笑い合う。そうしていると、寄宿舎の3人部屋、最後の1人が伸びをしながら起きてきた。

 

「お前ら早いなぁ、今日は朝練習はないし、開会式だけだからのんびりしてりゃいいのに」

 

3年生の栃谷 薫さん。俺の兄貴と共に城南リトル、シニアから研鑽を積み、今やドラフト候補と言われるクラッチヒッターだ。

 

「習慣って怖いですね。きっかり5時に目が覚めましたよ。ちょっとバット振ってきますね!」

「おう!俺も後から行くわ」

 

哲さんと一緒に、あらかじめ寄宿舎側から、ここならバットを振っていいと伝えられている場所へ向かう。古くからあるらしい寄宿舎からは、夏の朝に軽めに吹く爽やかな風が、どこか懐かしいような木の香りを運んできて、精神的に落ち着きをもたらしてくれる。しばらく歩いていると、誰かがバットを振る音が聞こえてきた。

 

「たぶんあの人達だろうな」

 

哲さんの声を聞いて、自主練習場へ入る。

 

 

 

ブォン!

 

 

 

目を瞑ったまま、素振りをする3人組がいた。誰よりも大きく、誰よりも力強いスイングをしているのは3年生 東 清国さん。静かで、ブレがほとんどなく、安定したスイングをしているのは3年生 柳 圭司さん。そして誰よりも鋭く、誰よりもブレのないスイングをしているのは、自分の兄である3年生 西 晴之。

 

「おはようございます!」

 

哲さんと2人で、自分達の尊敬する強打者たちに挨拶をする。

 

「おはようさん♪」

「おう、おはよう」

「おはよう」

 

三者三様の挨拶が返ってくる。残り少なくなった、一緒に練習できる時間を大切に、一振り一振りを手を抜かずに振りきっていく。いつの間にか太陽が全員を照らし、挨拶をして素振りをするメンバーや、シャドーをするメンバーが増えていく。

 

18人全員揃っても、バットを振る音、少し荒れた息遣い、タオルを振り切る音のみが、自主練習場を満たしていく。

 

ピピピピピ!

 

不意にアラームの音が鳴り始める。

 

「よし、あと20分したら朝食の時間だ。軽めに汗を流して食堂に集合するように」

「はい!」

 

神田さんの指示に全員が返事をして、各自の部屋に戻って軽くシャワーを浴び、身支度をする。朝食後、身体の動きを軽く確かめて、専用バスに乗り、甲子園球場へと向かっていく。

 

途中で、開会式を見にきているらしい通行人に手を振られ、律儀に会釈をして返す。バスの窓越しから聞こえてくる声に耳を傾けると、

 

「あれが王者青道ナインを乗せたバスか!」

「今回はどれだけ点を取るんだろうな?」

「エースの武藤も乗ってんのかな?」

 

そういった声が聞こえてくる。打線だけでなく投手陣への期待の声が聞こえ、以前の打の青道への歓声とは、少し違ったものとなっていた。隣に座っている兄貴に

 

「甲子園への移動っていつもこんな感じなの?」

 

と聞くと、兄貴は

 

「だいたいこんな感じだな。青道にもイメージがあるから、バスの中で寝たり、見えるところで鼻をほじったりするなよ。テレビに映るかもしれないからな」

 

「そんなことしないよ!‥‥たぶん‥‥」

 

自分の素行に自信が持てなくなったが、甲子園球場についたので、バスからおりて監督の指示を待つ。

 

「よし、全員いるな。指定された位置まで移動して、大会委員から連絡があるまで待機だ。」

「はい!」

 

そう返事をして片岡監督に全員でついていく。ふと見上げると、甲子園球場が視界に映る。

 

緑のツタが綺麗に整えられ、自分の身長よりも遥かに高く、こちらを見下ろすように、目の前に立ちはだかっていた。これからここで野球をやる。確かに積み上げられてきた歴史と、しっかりと整備されているツタから職人の魂が感じられ、何か言葉にできないが、気圧されるものが確かにあった。

 

「影次、行くぞ」

 

兄貴に声をかけられ、我に返ると、自分と真木、御幸以外は先の方へ進んでいた。

 

「ごめん!ほら!真木!御幸!行くぞ!」

 

同じようにボーッと甲子園球場を見ていた2人を正気に戻して、駆け足で先頭集団に追い付く。片岡監督がこちらをチラッと見た気がしたが、特に何も言うことはなかった。

 

初めての甲子園球場に、キョロキョロと周りの設備を見ながら、1年生で固まっていると

 

「周りの選手を見てみろよ、めっちゃ注目されてね?」

 

と御幸が小さい声で話しかけてくる。そう言われてみればと冷静になると、他の高校の選手達がこちらを見ていることに気がつく。感激している者もいれば、挑戦的な目を向ける者、睨み付けてくる者など様々な人がいた。校旗を持った神田さんがやってくると

 

「気にすんな。実際にやるのはいつもと変わらない野球だ。実力を見せてやればいい」

 

堂々と言い放って、先頭へ行く。2,3年生を見ると、周りからの視線など関係ないと、普段通りの振る舞いをして、逆に他の高校を威圧していた。そんな姿を見て誇らしく思っていると、行進の順番となったようだ。列が進んでいく。

 

グラウンドの中に入ると、より一層大きくなる歓声に包まれる。先輩達に合わせて行進をして、所定の位置につき、サッと周りを見渡すと、神宮球場で感じた以上に、どこか感慨深いものがあった。

 

これが出場する選手として感じる聖地。甲子園球場の土、風、そして雰囲気を貴重な経験として味わう。その雰囲気に当てられ、何か前で人がしゃべっているがよくわからず、気づけば球場の外へ出ていた。

 

テレビで聞いた、そして、兄貴を応援したときに、スタンドで聞いたサイレンが鳴る。1日目の第1試合が始まったことがわかるが、自分達は別の場所で練習である。他校同士の試合が気になり、後ろ髪を引かれるような思いであったが、バスに乗って練習場へ移動する。

 

「選手として初めての甲子園、どうだった?」

 

と兄貴に聞かれたので

 

「よくわからないけど、独特な雰囲気があって、とにかくすごかったよ」

 

と答えると、兄貴は頷き、そうだろう、そうだろうと和やかな雰囲気で呟いていた。練習用のグラウンドに着き、試合用ユニフォームから、練習着にサッと着替えて、ストレッチしながら待機する。片岡監督が来ると、全員ストレッチをやめて、横並びに整列する。

 

「開会式ご苦労だった。私が監督となって、教え子が出るのはこれで4回目となる。とても立派だったぞ」

 

と微笑みながら言われ、少し照れ臭さを感じた。それは3年生もそうだったみたいで、いつもよりも緩んだ空気が流れる。片岡監督はすぐに表情を戻し、

 

「では、初戦のスタメンを発表する」

 

一言で空気が引き締まる。片岡監督が合図をすると、落合コーチが紙を拡げる。

 

 

 

1 西影次 ショート (右)

2 柳 レフト (左)

3 栃谷 ファースト (右)

4 東 サード (右)

5 西晴之 セカンド (左)

6 神田 センター (左)

7 玉森 ライト (右)

8 真木 ピッチャー (右)

9 藤谷 キャッチャー (右)

 

 

 

「っしゃ!」

 

練習試合ではあったものの、公式戦で初の、しかも甲子園大会の試合で、兄貴と二遊間を組めることに、思わずガッツポーズをしてしまった。

 

「す、すいません」

 

と謝るが、周りにニヤニヤと笑われ、

 

「お前、すぐ感情が行動に出るよな~」

 

と隣にいた御幸にからかわれてしまう。

 

ごほん!

 

片岡監督は咳払いをすると

 

「バッテリーを除いた、この初戦のメンバーが、現在決勝でスタメンになる可能性の高い者達だ。点差がつき次第、また活躍によっては交代を積極的にしていく。甲子園の晴れ舞台だ!いつ出てもいい準備をしておけ!」

 

「はいっ!」

 

「今からボールを使って練習するぞ、ノックを受けるグループ、トスバッティングするグループに別れろ!2軍の選手達が準備してくれているから行け!」

 

指示に従ってノックとトスバッティングをして、それが終わると、ポール間ダッシュなど、様々な練習をこなし、いつの間にか午後2時となっていた。

 

「よし!ダウンしておけ!まだ試合まで期間があるから、徐々に疲労抜きをしていくぞ!今日は以上だ!自主練習はほどほどにな」

 

「はい!」

 

バスで寄宿舎へ帰り、風呂からでるとテレビをつけると、いきなり歓声が聞こえ、実況が興奮したように

 

[打ったー!西邦の主砲!佐野 修造!まだ2年生ながら高校通算40本目を記録しました!怪物がいるのは青道だけじゃない!西邦の怪物が咆哮を轟かす!]

 

と叫んでいた。結局、試合は西邦が11-2で勝利した。投げては明石が2失点完投勝利を記録し、主砲の佐野さんは2本塁打を放っていた。来年は兄貴の世代が抜けた戦力で、エース明石、4番 佐野さんという、完成度の高いチームを相手にしなければならないと思うと、自然と手に力が入る。

 

「まだまだ自分の実力じゃ、このチームに勝てない」

 

口から思いがこぼれ、テレビを消す。自主練習場へ行くと、哲さんと亮さん、そして純さんが素振りをしていた。

 

「お疲れさまです!西邦が初戦勝ってましたよ」

 

と伝えると、哲さんはオーラを出し、亮さんは若干黒くなり、純さんは

 

「俺なら西邦完封してやらぁ!」

 

と叫んでいた。頼もしい人達だなと思い、この人達となら、次も甲子園に挑戦することができるかもしれないと、沈みかけていた気持ちを持ち直し、新チームへの希望を持つ。

 

兄貴と力をあわせて、主力として甲子園へチームをつれていく。そう思って入学したのに、結果として自分はスタメンにすらなれず、稲城実業戦では出場すら叶わなかった。甲子園決勝でのスタメンが有力であること。自分が認める人達が数人、チームに残ることを実感して、生まれかけていた諦めという感情が払拭されていった。

 

しかし、兄貴達の世代ですら、5回のうち3回しか行けなかった甲子園。自分達の世代ではどうなるのか。これが唯一の機会になるのではないかという不安が、いまだ影次の中には大きく存在していた。

 

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