至高の一打   作:もぐもぐファンタ爺

134 / 148
秋季東京都大会 3回戦

先攻 青道高校 スターティングオーダー

1番セカンド小湊左打
2番ショート楠木右打
3番センター西右打
4番ファースト結城右打
5番レフト滝川右打
6番キャッチャー御幸左打
7番サード増子右打
8番ライト門田右打、
9番ピッチャー伊佐敷右打、右オーバースロー



後攻 市大三高 スターティングオーダー

1番セカンド平川右打
2番ショート神宮寺右打
3番センター宮川左打
4番サード大前右打
5番ファースト星田左打
6番ライト中津右打
7番キャッチャー清水右打
8番ピッチャー真中右打、右オーバースロー
9番レフト田中右打


*打順太字はキャプテン


高校名
青道
市大三高


4回裏ノーアウト
バッター:4番 大前


秋季東京都大会3回戦 市大三高戦 part3

御幸が空振り三振をして4回表が終わると、ポツポツと雨が降ってくる。小降りではあるが、少しだけ気温が落ちたように感じる。先程までは俺たちを照らしていた太陽は、今となっては雲に隠れている。

 

4回裏、先頭打者の大前さんがソロホームランを放ち、市大三高側は盛り上がるが、純さんは後続をなんとかシャットアウトする。その後、お互いに出塁すら許さずにズルズルと試合は進んでいった。

 

次に試合が動いたのは6回表。

 

 

 

カキィン!

 

 

 

手にはとても軽く心地よい感触が残り、仕事をしてくれた黒バットを労うように、優しく地面へ置いてダイヤモンドを一周する。右手を突き上げ青道にも打つ力があることをアピールする。

 

青道側スタンドやベンチから歓声があがるが、俺が欲しいものはそれではない。真中さんを何がなんでも攻略するというチームの姿勢。まだうちのチームには実力は勿論のこと、前チームと比べて点を獲ろうという執念が足りない。

 

「影次!ナイスバッティング!」

「哲さん!ありがとうございます。フロントドアの高速スライダーでしたが4回よりはキレがなかったです」

 

そう言って哲さんの背中を軽く叩く。

 

「何がなんでももう1点欲しいですよ。打の青道がエースを見殺しにするんですか?キャプテン、綺麗な形ではなくていつものしぶとさを見せてくださいよ」

 

哲さんが何か理解したような顔になったため、そこで話をやめてベンチへ向かう。哲さんの打席を見ながら改めて分析する。

 

4回表の攻撃、哲さんが内野ゴロでランナーを進塁さえさせていれば、4回の時点で同点にはなっていたのだ。哲さん自体正式に4番になった試合は数少なく、今日の試合では、自分が点を獲らねばならないという意識が強すぎたように感じる。

 

その結果が2三振。決めにいこうとして無駄に力が入っていたのであろう。俺たちの野球は本来、後ろへ繋いで攻め続けるもの。バッター、ランナーがそれぞれ相手にプレッシャーをかけ続けて相手を攻略する。

 

それが今日の試合、チーム全体ではできていない。真中さんの闘志に当てられて、哲さんだけでなくほとんどのバッターがその打席で勝負を決めようと、気持ちだけが前かかりになっている。いつもと変わらない打撃ができているのは亮さん、俺、クリスさんくらいであろうか。

 

 

キィン!

 

 

「哲ー!ナイバッチ!」

「おぉ!打ち始めたな!このままいけー!」

 

ツーベースヒット。それもただのヒットではない。真中さんの高速スライダーを狙い打ってのものである。余計な気負いが消えた哲さんはしっかりとミートして左中間へとボールを運んでいった。

 

「5番 レフト 滝川くん」

 

数少ないチャンスをものにしたい、そんな場面で経験豊富なスラッガーであるクリスさんの打順となる。2アウト2塁、一打同点の機会。

 

前の打席ではスライダーについていくことができ、非常に期待ができるのだが、高速スライダーを見ていないのが懸念ではある。ポツポツと降っていた雨は若干勢いを増してきており、いつの間にか小雨とは呼べないくらいの密度となっている。

 

グラウンドは水分を含み、雨粒はベンチの屋根をテンポよく叩く。ふとスタンドに目を向けると各種色鮮やかな雨合羽を着こんだ人々や

 

「若菜!こんな降るって聞いてねぇよ!」

「傘くらいもってなさいよ!」

「栄ちゃん!俺そう思って傘もうひとつもってるよ!」

「でかした!」

 

といった声も聞こえる。近所の子供たちであろうか?しかし最初のやつの声でかかったな。聞いたことあるような気がしたが気のせいか?

 

打席にたつクリスさんは雨など気にせずに、真中さんの一挙手一投足を見逃さぬよう集中している。真中さんはマウンドをしっかり踏みしめてボールを投げ込む。

 

「ボール!」

 

ホームランを打たれた直後に訪れたピンチ。力んでしまったのか、雨でボールが滑ったのか。それは真中さんにしかわからないが、ストレートがアウトコースよりも遠いところに外れる。

 

「ナイセン!クリスさんボール見えてるよ!」

「打てる球絞ってー!まだストライクないよー!」

 

ベンチだけでなくスタンドにいる青道野球部員も声を出して、クリスさんの打撃を後押ししていく。2球目は真中さんはマウンドに足をとられてワンバウンドとなる。

 

キャッチャーの清水さんはぬかるみ始めた地面から、不規則なバウンドをしたボールにも関わらず、体で正面に弾いてランナーを進めない。2塁ランナーの哲さんはそれを見て感心したような顔をしている。

 

「ノーストライク!ボールよく見て!全く入る気配ないよー!」

「雨強くなってるぞ!打球のバウンド気を付けろ!」

 

両チームとも雨に負けないよう大声で投手、打者を盛り立てていく。

 

 

キィン!

 

 

ザーッと降る雨のなかで甲高い金属音が響きわたる。視界を覆い尽くすような縦線を切り裂く白い光は、三塁手のグローブを避けるようにホップすると、誰もいない地面へと着弾した。

 

「ファール!」

 

その場にいる全員が息をするのを忘れて見守った打球は、レフトラインのギリギリ左側に落ちた。雨の音だけが聞こえていた耳に、ざわめきが届き始める。

 

クリスさんが打ったのは、真中さんの切り札である高速スライダー。予想していたよりも曲がらなかったのであろうか、そのぶん引っ張るような形になってしまったようだ。

 

1ストライク2ボール。俗に言うバッティングカウントというやつだが、今日の真中さんを安易に打ちに行くというのはよくない。うまく指がかからなかったのを気にしてか、真中さんはロージンバックをこれでもかと握り、ボールがあまり濡れないようにグローブの中に素早く隠す。

 

あれだけ丹念にボールを気にかけている真中さんに、コントロールミスなどは期待できないが、ここで打たれれば風向きが変わるであろう重要なターニングポイント。いくらエースと言えども緊張は感じているだろう。

 

真中さんとクリスさん、両者が集中力を高め睨み合う様子を固唾を呑んで見守る。クリスさん!頼みます!

 

「ボール!!」

 

ふぅーっと息を吐いて力を抜く。1ストライク3ボール、ボール球をもう使えない以上完全な打者有利か。真中さんが再びロージンを持つと、急に雨の勢いが弱くなり、雲の隙間から太陽の光が差し始める。

 

 

パァン!

 

 

キレを取り戻したスライダーがアウトコース低めギリギリのところに決まる。これでフルカウント。雨の勢いは更に弱くなって小雨となる。先程のようなコントロールミスを期待していてはダメだ。クリスさんがやるしかない。

 

真中さんはマウンドをしっかりとならして、ワインドアップポジションをとる。

 

「走った!」

 

当然だろう、2アウトでフルカウントの場面だ。走らない意味がない。

 

 

キィン!

 

 

鋭い打球が3遊間を襲う。ショートの神宮寺さんが逆シングルでグローブを打球へと伸ばす。

 

革をはたくような音がすると、その場に落ちているボールを拾って、神宮寺さんは1塁を見る。

 

 

 

「投げるな!」

 

 

 

サードの大前さんが大声をあげて神宮寺さんを制止する。

 

声をあげた大前さんの目線の先には、軽くオーバーランをしてホームを狙おうとしていた哲さんの姿があった。

 

ショート強襲の内野安打として記録されたが、水分を含んだ土でなければバウンドがもう少し高く、グローブの中におさまって1塁フォースアウトであったかもしれない。

 

「6番 キャッチャー 御幸くん」

 

次の打者がコールされると、雨が止んで活気を取り戻してきた青道側スタンドから歓声があがる。雑誌で特集されていたからであろうか、御幸への声援は他のメンバーよりも大きい気がする。

 

新チームになってから、哲さん、クリスさんがホームランを狙わずに、後ろへ後ろへと繋ごうとしているのもあるが、なんだかんだで試合を決める場面にチャンスで御幸に回ってくる。

 

1人のバッターとして、そういった運を羨ましく思うが、持っている男なのだろう。やる時はやってくれるという期待感があり、自然と任せても大丈夫と思ってしまうのが少し悔しい。打力では俺の方が圧倒的に勝っていると思うが、クリスさんに負けないようにと隠れて努力しているのを知っている。

 

「決めろよ、御幸」

 

大きくなったスタンドからの声でかき消されて、聞こえないはずなのに、御幸はこちらを向いて真剣な顔で頷く。4回の打席もそうだが、チャンスの時に限って自分の後ろを任すことのできる打者に成長するかもしれないなと、唯一期待を持て始めた同級生の打席での振る舞いを見届ける。

 

初球から3つ続けてスライダーを投げて2ストライク1ボールとなるが、その間、御幸はバットを全く振らない。

 

スタンドから積極的にいけよという怒声などが聞こえるが、御幸は完全に真中さん以外を意識の外に置いている。ストレート、スライダー、更には高速スライダーにも食らいついていく。

 

粘りに粘った11球目、スライダーと同じような軌道で深く沈み込むようなボールを、待ち焦がれていたようにバットが迎えにいく。

 

 

 

カキィン!

 

 

 

ライナー性の打球がライト方向へとぐんぐん伸びていく。市大三高 ライトの中津さんはフェンス手前で立ち止まると、クッションボールを捕球しようとするが、地面で思うほどバウンドせずに、転がったボールをフェンス側に捕りに行く形になる。

 

ボールが内野に返ってきた頃には、御幸は2塁に到達し、ホームでは哲さんとクリスさんがハイタッチしていた。

 

逆転。真中さんは御幸の打球が直撃したフェンスを見つめたまま、ボーッとしている。

 

この試合始まって初めてのリードに、青道側スタンドからは大きな歓声があがり、増子さんが打席に立とうとすると、市大三高側からタイムが要求される。

 

「守ります市大三高、選手の交代をお知らせします。ライトの中津くんに代わりまして、天久くんが入りピッチャー。ピッチャーの真中くんがライト。6番 ピッチャー 天久くん 背番号10。8番 ライト 真中くん。以上に代わります」

 

エースの降板。いささか早すぎる交代のように思えるが、雨の中でも切らさなかった緊張の糸が切れているように見える。それでも下げないのは真中さんがエースだからであろうか。牛乳を吸った後のボロ雑巾のようになった真中さんは、大前さんに背中を強く叩かれ、その場で顔面から緩くなった土へダイブする。

 

声は届かなかったが、「戻ってこいよ」と言っているように思えた。

 

 

 

ドォン!

 

 

 

市大三高の沈痛なムードをものともしない態度で、天久は投球前練習を始める。夏よりも質が良くなり、140キロを越えたように思えるストレートがミットに突き刺さる。

 

真中さんの顔が真っ黒になっているのを見て、笑うのを我慢して投げているのが分かる。真中さんがタオルで顔を拭いている間もチラチラとその方向を目だけで確認し、笑うのを我慢しストレートを投げていく。

 

ふざけているようではあるが、素材は一級品。夏では青道打線に対して1年生ながら真っ向勝負していた強者だ。ある意味真中さんよりも警戒しなければならない。

 

 

パァン!

 

 

投げた後にこちらを見て嫌な笑みを浮かべてくる。こちらに見せつけるように投げた縦のスライダー。夏までは横に変化するスライダーだったはず。何か掴んだのか?同世代のライバルに最大限の警戒をする。

 

 

パァン!

 

 

「ストライク!バッターアウト!」

 

増子さんの大振りをかわすように、カーブと横変化のスライダーのみを使った組み立てで、簡単に三球三振でアウトをとると、天久はこちらをじっとりと見てくるのであった。

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