至高の一打   作:もぐもぐファンタ爺

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入寮日

新入生がくると伝えられている当日、太陽が水平線を照らし始めた頃に、影次は1人素振りをしていた。新入生として来ると知っているのは、松方シニアの後輩である東条と金丸2人のみ。

 

自分が中学3年生の時に、松方シニアで3番を打っていた北川は、兄の母校で野球をやりたいとのことで、因縁のライバル 市大三高へと進学している。今からでも戦うのが楽しみだ。

 

自分の思い描く理想のスイングを目指して素振りをし、合間で高校生になって初めてできる後輩のことを考えていると、オフであるはずなのに、純さんと丹波さんがバットとタオルを持ってこちらへやってくる。

 

「影次、早いな!後輩が来るのを楽しみにして寝れなかったか?」

 

「純さん!おはようございます!丹波さんもおはようございます!知り合いが市大三高に入ったので、負けてられないと思って素振りですよ」

 

「おぅ!あの北川 大雅だろ?かなりの逸材だと高島副部長が言っていたが、実際どんなもんだ?」

 

「あー、タイプ的には増子さんに近いかもしれないですね。お兄さん同様パワーがあるので、コンパクトなスイングで率も残せるパワーヒッターって感じです」

 

増子さんみたいな打者が、市大三高打線に追加されるのを想像したのか、純さんは勝負が楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべ、丹波さんは嫌そうな顔をしている。

 

その反応を見て、いつものマウンドでの2人の姿を思い出す。強打者に真っ向勝負を仕掛けるのが純さん。強打者を煙に巻こうとして、緩急でかわそうとするのが丹波さん。

 

純さんは正捕手である御幸のリードと相性がいいのだが、丹波さんは御幸に対して首を振ることが多い。そのため、丹波さんが先発の時はクリスさんがマスクを被ることがあるのだが、御幸が正捕手になってから既に半年以上経過している。いい加減どちらかが合わせるなどしてほしいものだ。

 

スローカーブを覚えて緩急を巧みに使い始めた丹波さんは、今となっては純さんや、真木と並ぶエース候補と言ってもいい。しかし、御幸との関係だけでなく、打たれ始めると腕の振りが鈍り、急激にキレがなくなる癖を改善できていないことも重なって、純さんと真木の2人に一歩劣った評価を受けている。

 

「純さんと丹波さんはシャドーですか?」

 

と聞くと、珍しく丹波さんが

 

「あぁ、お互いにフォームチェックして、悪いところがないか指摘し合うことにしたんだ」

 

と返してきた。

 

「あー‥‥腕の振りは大事ですもんね‥‥」

 

「あぁ、次の試合ではしっかり最後まで投げきるつもりだ」

 

丹波さんはそう言うと、シャドーピッチングをし始める。素振りをしながら横目で様子を確認するが、特段悪いところは見られない。純さんもそう感じたようで

 

「しっかり腕振れてんじゃねぇか!それをずっとやってればいいんだよ」

 

「できたらいいんだけどなぁ」

 

相手に向かって一直線の純さんと、相手に身構えてしまう丹波さんでは、タイプが違いすぎて少し難しかったようだ。要は心持ちの問題だとは思うのだが、後輩の俺からそういうことを言うのは憚られる。

 

「新入生に有望なピッチャーが来るんだろうな‥‥俺達は昨年夏の甲子園覇者だもんな‥‥」

 

純さんの言葉を聞いて、丹波さんの口元が引きつくのを俺は見逃さなかった。

 

 

 

……

 

 

 

夕食と風呂を終え、体が鈍らないようにストレッチをして、自分のからだの動きを確認していく。少しでもズレがあれば、今日はどういう感覚で動けばいいのかを模索して、実践していく。

 

春期東京都大会のために疲労抜きをしているため、身体のキレは良い。全身が思いどおりに動くことに満足して、タオルで汗を拭く。

 

ふぅーっと力を抜くように息を吐いて、ぐっと伸びをする。

 

「そういえばそろそろ新入生が入寮する時間か」

 

寮の自室に戻ると、ルームメイトのクリスさんが市大三高エース 真中さんの映像を分析していた。

 

「クリスさんお疲れさまです」

 

「あぁ、春の甲子園大会の映像を見直していたんだが、真中のスライダーが1種類増えていたのが話題になっていたよな」

 

「そうですね、確か曲がらないスライダーでしたっけ?」

 

そう聞くとクリスさんは頷く。

 

「真中の高速スライダーは実際に横への変化量が大きいが、このスライダー?はスライドするのではなく若干沈む。ムービング系統のボールだとは思うんだがな」

 

「真中さんのインタビューで、あれはスライダーですの一点張りでしたよね」

 

「明らかにカットボールだと思うがな」

 

「あれだけお立ち台でキメ顔で言われたら仕方ないですよね」

 

2人してため息をつく。青道のスコアにはカットボールと書いてもらうようにお願いしよう。そんな話をしていると廊下が騒がしくなる。どうやら新入生達がきたようだ。ノックの音がしたため、入ってくるように促すと、記憶よりも少し凛々しくなった懐かしい顔が入ってくる。

 

身長はそこまで高いわけでもないが、並みの新入生よりは鍛えられているのがわかる。短い金髪に少しきつそうな目つきが特徴的だ。気の強そうな雰囲気の中に、確かに新入生らしい初々しさと、少し緊張した感じを受ける。

 

「松方シニア出身の15歳!金丸 信二です!これからよろしくお願いいたします!」

 

と頭を深々と下げてくる。新入生はそりゃ15歳が多いだろうなと思いながらも、頭を下げている相手が誰なのかよくわかっていない様子に、どこか肝心なところを見逃す金丸らしいなとつい笑ってしまう。

 

返事がないことに疑問を持ったのか、金丸が顔を上げたタイミングで

 

「入学おめでとう。だいたい1年ぶりかな?同室の2年生 西 影次だ。こちらは3年生の滝川さんだ。」

 

「金丸、はじめましてだ。3年生の滝川だ。よく下の名前、クリスで呼ばれることが多いから、そっちで呼んでもらって構わない」

 

「はっ!はいっ!よろしくお願いします!」

 

 

 

簡単に寮のルールを説明し、荷物の整理をクリスさんと共に手伝う。恐縮して遠慮していた金丸を押しきって、さっさと部屋を片付ける。その間にも寮での話をして親睦を深めていく。

 

「えぇ!?毎食ご飯3杯がノルマですか!?」

 

「あぁ、最初はきついと思うけど、最初からしっかり食いきる努力をしたやつは、今はほとんどが1軍に在籍しているぞ。体が資本だから結構大事。食えるやつは強いよ」

 

ほぇ~となんとなくびっくりしたような顔をしている金丸に、身体的に成長していても、中身はそう変わっていないなと安堵する。たぶんご飯3杯の恐ろしさがわかっていないな。まぁ、明日実感するだろう。クリスさんが

 

「周りの部屋は遅くまで起きている場合があるが、この部屋は早めに寝て、早く起きるようにしている。22時に寝て4時起床で俺たちはやってきているが、金丸はどうする?」

 

と聞くと、金丸は

 

「青道で4番、5番を打っているお2人がやっていることなので、真似したいと思います!」

 

と言うので、さっさと寝る準備をする。

 

「明日は6時から朝練だからな。自己紹介があるから何か考えとけよ」

 

「はい!わかりました!」

 

「無理はするなよー」

 

 

 

……

 

 

 

「完全に寝てるな」

 

「ですね」

 

今の時刻は4時5分。クリスさんと俺は軽く動ける服装に着替え、バットを持って中庭へ出る準備を終えていた。金丸は夜遅くまで寝付けず、今はぐっすりと寝ている。

 

「練習の30分前に起こしましょうか」

 

「そうだな。環境が変わったばかりだから無理に起こすのはかわいそうだ」

 

そういうわけで、中庭に出ると先客がいた。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう!」

 

挨拶すると複数の挨拶が返ってくる。真木、御幸、純さん、亮さんの4人に俺とクリスさんを加えた6人で、オフの日以外は毎日4時過ぎから自主練習をしている。だが、今日はそのメンバーに加えて1人、見慣れない顔があった。

 

「はじめまして!新入生の南野 辰貴です!城南シニア出身です。よろしくお願いします」

 

素振りをしながら話を聞いていくが、去年稲城実業からプロへ行った南野さんの弟さんらしい。ポジションはキャッチャーがメインだが、外野やファーストも一通りこなせるようだ。

 

兄と同じように黒髪だが、髪質はストレートで癖がない。体は1年生にしては大きいものの、力を適度に抜いた入りからのスイングは、決して力任せではない確かな技術を感じさせる。

 

南野の素振りを見ていた御幸は、焦るように、そして楽しそうに素振りを再開する。1軍にすぐにでも上がってきそうな逸材で、更に御幸と同じキャッチャーというポジションなのだ。それは焦るだろう。

 

これが刺激になって、チャンス以外でも集中力を切らさないようになればなと思うとともに、自分のポジションにもライバルがくるかもしれないと、より一層自身の素振りの質を高めていくのであった。

 

この1週間後、春の大会が始まる。

 

 

 

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