腹が重い。
朝から運動はしたものの、ご飯3杯はさすがに多かった。グラウンドへ戻って軽くストレッチをして、次の練習へと備える。ご飯3杯を1番最初に食べきったのは南野で、更におかわりもしていた。
西さんに食える選手は強くなると言われたのを思い出す。向井は厳しそうだったが、佐々木はしっかりと食べきっていた。俺もなんとか完食はしたが、かなり苦しい。だが、ここで妥協すると差は開くばかりだ。負けられねぇ。
途中、野手として中学時代にかなり実績のある高津を見ると、ほとんど食べれていなかった。体も小さいし、もしかしたらああいった奴が脱落していくのかもな。
まぁ、そんなことより今自分ができることをやらねぇと。腹に負担がかからないように軽く体を動かす。東条もなんとか食べきったみたいで合流して、ペアでストレッチをする。
「信二、次は何すると思う?」
「先輩たちはバッティング練習してるからなぁ。俺達は守備練習とかか?」
「軽くキャッチボールしてたしそうかな?」
ストレッチをしばらく続けていくと、ぞろぞろとご飯3杯食べきったであろう同級生が出てくるが、苦しい顔をしている者がほとんどであった。
「1年生集合ー!これより希望のポジションに分かれての能力テストを行う。スパイクにはきかえてBグラウンドに集まれ!」
「はいっ!」
Bグラウンドに行く準備をして、駆け足で移動しようとすると、
「うわぁぁぁあああ!」
という声が聞こえ、何事かと叫び声のした方を向くと、片岡監督と遅刻野郎が向き合っていた。
「ね‥‥寝坊したのは自分の気持ちが甘かったから‥‥言い訳するつもりはありません。けど‥‥俺は‥‥」
「エースになるためにここに来てるんだ!その気持ちだけは誰にも負けるつもりねーっスから!」
そう言いきり、遅刻野郎は真剣な目で片岡監督をじっと見つめる。すると、片岡監督は深く息を吐いて
「エースになるなら規律を守れ。まだ1年だが来年入ってくる後輩の模範となれるように、後ろ暗いことをするな!胸をはって生きていけるように筋を通せ!」
「うぐっ!はっはい!ボス!」
「‥‥監督と呼べ‥‥まずは寝坊したことの謝罪をしろ」
「むむ、不肖沢村!初っぱなから寝坊してしまい!すいませんでした!」
そう言うと、遅刻野郎、もとい沢村は頭をしっかりと下げる。こいつはあれか。嫌なことは誤魔化す、せこいやつかと思ったら、実際はただのバカなのかもしれない。
「謝罪を受けとる。今まではどんな環境だったかわからないが、1つのチームとしてやっていく以上、最低限の礼儀は必要となる。同室は増子と倉持か‥‥うーむ‥‥とりあえずは練習への参加を許可する」
「本当ですか!」
「あぁ。だが、自分から謝罪することはできていなかったからな。練習終わりに罰走を課す。エースになるにはランニングは必須だ。真剣に取り組むように」
「イエス!ボス!」
「監督だ」
やり取りに肝が冷えたが、とりあえずなんとかなったようで胸を撫で下ろす。初日からトラブルなんて避けてほしいぜ。
腹に物がたまった状態での能力テストは厳しいものがあったが、今できる精一杯をやっていく。遠目で沢村が遠投しているのを見たが、カーブを投げていたのは傑作だった。
その様子を見ていた西さんとか、主力選手の中には目を細める人がいたが、何かあったのだろうか?1通り能力テストを終え、今日の練習が終わる。
俺と東条はそこそこの結果を出したが、同じく注目されていた高津も肩と足の早さはそこそこで、微妙な感じであった。
能力テストで頭角を表していたのは、投手では向井 太陽が挙げられる。上級生と比べると身体は小さいが、コントロールが抜群で、キャッチャーの構えるところに、寸分の狂いもなく投げ込んでいた。直球、変化球を巧みに操る様子は東条に火をつけたようだった。
野手においてはやはり南野、佐々木がずば抜けていた。遠投での好成績はもちろん、走塁面でもかなりの成績を残した。
しかし、南野ですら上級生が投げたキレのある変化球や直球をこぼす姿が見られたのは、高校野球の実力が高いため、仕方がないと言うべきかどうか。他の捕手組もポロポロとボールをこぼす場面が目立っていた。
俺自身、成績がトップではないことに悔しいという思いはあるが、高校野球は実力主義。嫉妬してばかりではいられない。せっかくクリスさん、西さんと同室になったんだ。積極的に一緒に自主練習をして、1軍に這い上がってやる。そう決意する練習初日となった。
▽
同じ左投げで、上から投げるのと横から投げる違いはある。遅刻をして、ボスに怒られたときはどうなるかと思ったが、地元のみんなの期待を裏切らずにすんだ、そう安心した後の出会いだった。
投げているボールはたぶんそこまで変わらないと思う。体の大きさも負けてねぇ。わざわざ志願した御幸 一也が構えたところに、寸分違わず投げられるボール。自分の手足のようにボールを操って、自己を表現していく。
向井 太陽
隠れながら自己紹介は聞いていた。全国一の打撃陣にふさわしいのは、世代No.1の俺だと言っていた。どうせ口だけのやつだと思っていたが、そんなことはない。明らかに自分とやっていることの次元が違う。
「最高のピッチングってやつは投手と捕手が一体になって作り上げる作品だろ?」
急造で組んだバッテリーなのに、おそらくキャッチャーの要求するボールを、高精度でその要求を越えるボールを投げ込む姿。これが御幸 一也の言っていたことかと直感させられる。
それだけ、というには衝撃的であったが、向井が次に言った言葉に更に驚かされた。
「次は右打者のアウトコース低めを掠めるボールを行きますね」
最初に聞いた時は、そこまで細かい調整なんてできるわけがないだろう。そう反射的に思った。
パァン!
一瞬の間があいて
「向井!ストライクだ!どんぴしゃ!ナイスボール!」
と御幸 一也が言った。
その言葉が示すのはつまり、向井が有言実行したということ。向井が御幸 一也のミットに続けて投げるのを真剣に見る。これが強豪、全国レベルのエリートピッチャーかと冷や汗が出てくる。地元に置いてきた仲間の顔が脳裏に浮かぶ。
「負けられねぇ」
そもそも俺はまだ1球もボールを投げちゃいねぇ。見学にきたときの三振をとった感覚をもう一度味わいたい、ここで成長したいという思いもある。そして何より、泣きながらも笑顔で見送ってくれた赤城中のみんなの期待に応えたい。
「お願いします!」
向井の順番が終わり、自分の出番がくる。キャッチャーは変わらず御幸 一也で、こちらに歩いて向かってくる。
「朝は悪かったな」
とニヤけながら話しかけてくるのは非常にムカつく。
「あんたのせいで結構ヤバかったんだぞ!」
「悪い悪い!でもまぁここに立ててるんだからいいじゃねぇか」
と笑いながら背中を叩いてくる。納得はできないが、ボールを受けるのはこいつだ。俺が大人になって我慢してやる。そんなことよりも、あのときの続きを!エリートなんかに負けていられるもんか!自分の力を試すんだろ!沢村 栄純!
「早くやりましょうよ」
「ん?」
「あいつじゃなくて俺がエースになるんだ。俺はアンタにボールを受けてもらいたくてここにきたけど、それだけじゃダメだ。あいつには負けたくない」
そう言うと、御幸 一也はきょとんとした顔をした後に笑い始める。
「なにがおかしい!」
「いや、なに、あの投球を見て東条以外は意気消沈しててな。あいつら以外はダメだと思ってたけど、お前はそんなやつだったよな。いいぜ、今できる全てを俺にぶつけてみろよ。受け止めてやる」
自分はマウンドに立ち、御幸 一也は座ってミットを構える。その的に向かって、全力で持ちうるもの全てを出しきるように、監督が止めるまで投げ続けた。