| 打順 | 名前 | ポジション | 打席 |
|---|---|---|---|
| 1番 | 小湊 亮介 | セカンド | 左 |
| 2番 | 伊佐敷 純 | レフト | 右 |
| 3番 | 結城 哲也 | ファースト | 右 |
| 4番 | 西 影次 | センター | 右 |
| 5番 | 滝川・クリス・優 | キャッチャー | 右 |
| 6番 | 増子 透 | サード | 右 |
| 7番 | 楠木 文哉 | ショート | 右 |
| 8番 | 門田 将明 | ライト | 右 |
| 9番 | 丹波 光一郎 | ピッチャー | 右 |
| 高校名 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 春日一 | 0 | 0 | 0 | 3 | |||||
| 青道 | 3 | 0 | 3 | 1 |
ノーアウト1、2塁
クリスさん視点からとなります。
青道高校でエースになる。丹波からその言葉を聞いたのはいつ頃だっただろうか。確か1年生の秋、同級生の真中が市大三高のエースになったと聞いた時が初めてだったはずだ。
ちょうど俺が正捕手として背番号をもらい、岸谷さんと藤谷さんに助けてもらいながら、投手陣のとりまとめなどを教えてもらっていた頃だ。丹波と槙原が育成枠として1軍に昇格し、藤谷さんに怒られながらも、指導してもらっていたのを覚えている。
最初は憧れである真中が通用せずに、1年の秋大会ですぐに姿を消したことに動揺し、丹波はまともな結果を残せていなかった。特に1度打たれると、真中が打ち込まれる姿を連想するからか、崩れることが多かった。そこからノミの心臓というイメージがつき、そのイメージの通りに打ち込まれる投手だと評価を落としていった。
2年生の夏には丹波は純粋な力不足と評価不足で、俺は怪我でお互いに20人枠から漏れ、スタンド要員となった。エースの武藤さんにサウスポーの井手さん。潜在能力抜群の真木に、2年生ながら安定感のある伊佐敷の壁は厚かった。
ストレートとカーブを磨いたが、20人枠に入れないことに葛藤はあっただろう。それでも夏の大会中にしっかりと現状を受け止め、試合を観る横顔は、秋以降は飛躍してくれるだろうと、そんな期待感を抱かせてくれていた。実際、徐々に投球は安定してきていたのである。
そんななかで、直接対決前日に連絡を取った真中がまたしても、そしてよりにもよって目の前で、1アウトも取れずに降板するという現実を突きつけられた。持ち直しかけていた丹波は、自身に味方するはずの打線に憧れを踏みにじられてしまった。
それを見た次の日、ノミの心臓が満を持して復活したのである。ストレートもカーブも悪くない。特に縦に落ちるカーブは全国クラスと言ってもいいくらいだった。この2球種だけでも通用すると思わせる実力はあるのに。
新チームではキャッチャーとして出場を許されず、試合中は外野から見ていることしかできない自分が悔しかった。そして丹波はそのまま怪我をして、秋大会では1軍から姿を消してしまった。
時は流れて怪我から復帰し、練習を再開したが、復帰してからも打たれるとどうしようもなかった。しかし、真中が春の甲子園を制覇したのを見て、思うところがあったのだろう。ようやく丹波に変化が訪れた。
まず、打たれてもしっかり腕を振って投げるようになった。これはいい変化で、打たれたときもストレート、カーブ、そしてスローカーブをしっかりと投げ込むことができている。
次に悪い変化だが、カーブ、スローカーブがゾーンに入らなくなってしまったのだ。配給の軸となるボールが使えなくてはどうしようもない。
これでは試合を作ることができない。キャッチャーとしての勘を取り戻した俺と、その問題点を修正しようと2人で話し合うも、進展は今のところはない。
練習試合の相手が弱小であったため、春大会前は通用したが、今戦っている相手は都内でも中堅~強豪を行き来する春日一。1巡目はストレートをゾーンに集め、カーブとスローカーブを見せ球にして打ち取っていた。それに相手が対応し、2巡目からは思いきってストレート以外を捨ててきたのだ。
それが4回での乱調とも取れる3失点。春日一をストレートのみではなく打ち気をそらすように、カーブやスローカーブを混ぜるが、入らないものと割りきられているため、効果が薄い。結果としてはいつもの丹波と同じように見えるが、腕の振りは決して変わってはいないし、ボールも初回と同じだ。
俺よりもキャッチャーとしてのセンスが上回っている御幸なら、今の丹波をなんとかできるかもしれないが、丹波自身が御幸を避けている。ここは俺が丹波をコントロールするしかない。
カーブとスローカーブが入らないため、際どいところへストレートを投げようとすればするほど、ボールは思いどおりのコースへいかない。5回の先頭から2人を歩かせると、ベンチからタイムがかかり、マウンドへ内野が集まる。
伝令としてやってきたのは槙原で、その姿を見た丹波は緊張した顔をしている。俺が
「丹波、投手交代じゃないぞ?」
と言うと丹波は顔を真っ赤にして大きく息を吐く。槙原は
「落合コーチから伝言で、お前ならストレートだけでも抑えられる打線だ。気楽でいい。ただ、下半身の体重移動に神経を集中させるように、だそうだ」
「下半身の体重移動?常にやっているが」
「うまくできてないってさ。より下半身を意識しろだと」
丹波の言うとおり体重移動はできているはずだが。わざわざこれを言うには意味があるはずだ。そう考えていると槙原が去り際に小さな声で耳打ちしてくる。
「常に力みがある。腕は振れてはいるけど硬くなって、特にカーブ、スローカーブの時に指がかかりすぎているかもだってさ」
もう少し詳しく聞きたかったが時間なので仕方ない。
「丹波」
「なんだ?」
「体重移動はできてると思う。もっと腰あたり、腹筋や背筋とかを意識して投げてみてくれ」
「わかった」
そう言葉を交わしてホームへと戻る。徐々に腕に力みがある状態になるのだとしたら、ずっと受けている俺にもわかるはずだが、正面より横から見た時の方がわかりやすいのだろうか?
試しに体幹を意識するようには言ってみたが、果たしてどうでるか。ストレートのサインを出して、右打席にいる2番打者のアウトコースよりも外にミットを構える。
丹波がセットポジションから始動し、ムチのようにしなった右腕からボールが放たれる。
バァン!
「ボール!」
打者は思わずこちらを振り返り、自分の目が見開くのがわかる。タイムを取る前よりキレが圧倒的に増し、軌道から予測したところよりも高めにボールがきた。打者の反応からして、質が違いすぎてびっくりしたのであろう。打席を外して素振りをし、調整している。
「ナイスボール!」
投げた本人も驚いているようで、返球を弾き、あわや進塁されかけるが、なんとかボールを拾い直して周りを威嚇する。手応えがあったからって、頼むから変な方向へいかないでくれよ。そう願いながらインコースにミットを構える。コースに決まらなくてもいい。今のお前ならいける。
バァン!
「ストライク!」
多少甘いコースへきたが、バッターは手が出ない。続いて高めに要求したストレートはゾーンよりも上にいくが、バットには当たらず2ストライク1ボールとなる。
「よっしゃー!丹波!追い込んだ!」
「最初からやれや!」
野次は飛んでくるものの、飛ばしたやつは笑顔を浮かべている。これで追い込んだ。不安要素はあるが、丹波といえばこれだろう。サインを出してミットをアウトコース低めに構える。丹波はいつになく気合いの入った表情で頷く。
「腹筋意識しろよ!」
そう言うと、丹波はハッとした顔をした後に微かに笑う。‥‥こい‥‥ここに投げ込んでこい!
ほどよく力の抜けた鋭い腕の振りから放たれたボールは、絶好球と思ってフルスイングした打者のバットを、まるで鎌で切り裂いたような軌道で、ホームベース直前の急激な変化でくぐり抜け、ついでとばかりに俺の構えているミットの更に下を抉っていった。
「走れ!ボーッとすんな!」
「クリス!後ろだ!」
くそっ!キレがありすぎてギリギリ体が追い付かなかった!すぐさま反転してボールを取りにいくが、振り逃げによりノーアウト満塁となる。タイムを取って丹波の元へ向かう。
「すまん!クリス!」
「ナイスボールだったぞ丹波」
「え?でもコントロールが」
「いや、俺の想像を越えたカーブだった。」
そう誉めると丹波は若干顔を赤くする。様子をうかがうが、特に焦ったような感じはない。
「ストレートとカーブの両方良い感じだった。次は止めてみせる。信じて投げてくれ」
そう言うと丹波は深く頷く。
ホームに戻ろうとすると、3番打者と視線が交錯するが気にせずに次の配球を考える。ストレートの質だけでも押せそうだが、カーブをやはり有効的に使いたい。この3番も右打者で、力というよりは技術で打ってくるタイプ。
インコースにストレートを要求する。丹波は特に緊張した様子を見せずにボールを投げ込んでくる。
ギィン!
「セカンド!」
小湊がしっかりと落下点に入りポップフライを難なく処理する。
「1アウトー!」
「丹波いいボール投げるじゃねぇか!いつもそれやれ!」
丹波にも笑顔が見られる。だがここで俺も喜びを表して気を抜いてはいけない。次は左打ちの4番、ここまで2打数2安打と完全に丹波に合っている。先程とはキレが違って別物になっているが、しっかりとネクストサークルでタイミングをとっていた。
3番は完全にストレートを狙いだったから、簡単に打ち上げてくれたが、この打者にあまり隙は見られない。アウトコースに入らなくてもいいからストレートを。ミットを構え、丹波の目を見ると、丹波はしっかり頷きストレートを投げる。
「ボール!」
わずかに低めに外れたストレートに、反応を見せるがバットは出してこない。こいつもストレートを狙っているか?ならばインコースにカーブを、甘くてもいいから投げ込んでこい。若干甘めのところに構えると、丹波は少し目を見開くが頷く。
パァン!
一瞬の間が空いて審判はコールする。
「ボール!」
ふぅーっと打者は息を吐き、丹波は渋い顔をする。あまり顔に出してほしくはないが仕方ない。手が出なかったような感じであるが、変化量が増えたぶんコースを外れた。できれば甘いところでも入れて欲しかったが仕方ない。
続く3球目でインコース高めのストレートを見せた。1ストライク2ボールとバッティングカウントであるが、この打者はどうくるか。低めのカーブを要求すると、ワンバウンドのボールとなる。なんとか体で止め、追加点は阻止したがこれ以上ボール球は使えない。
次のボール、ストレートの質を信じて押しきるか、カーブを要求して一か八かの勝負をするか。カーブがワンバウンドした映像が頭をよぎる。ストレートを選択し、アウトコースにミットを構える。投げる直前の丹波の顔を見てハッとする。
キィン!
綺麗な金属音が響き、右中間にボールが飛んでいく。‥‥甘いコースへ‥‥自分の迷いが丹波に伝わったのか、得意球のカーブを避けて守りに入ったからか。完璧に捉えられた打球はバウンドすると、急激に球足が遅くなる。
「ボール!内野へしっかり!」
やや深めに守っていた影次が懸命にボールを拾いに行き、すぐさま小湊へ送球する。ランナーが2人還って、7ー5の2点差、1アウト1、3塁となる。
すると丹波と俺の交代が告げられ、いつの間にか準備していた伊佐敷がピッチャー、御幸がキャッチャーに入る。冷静に周りを見ることができていると思っていたが、気負っていたのは丹波だけじゃなかったらしい。
「「すまん」」
互いに謝り、顔を見合わせて苦笑いする。さて、2人で片岡監督の説教を受けに行くかと、歩幅を合わせて青道側ベンチへと駆け足で向かっていった。
▽
センターから見ていて、あのボール打ちたいな。そう思わされるボールを、丹波さんは一瞬ではあるが投げていた。最後はいつものボールだったが、あのカーブは真中さんのスライダーにも匹敵する魔球だと直感した。
7ー5の2点差まで迫られ、1アウト1、3塁。いかに安定感あるエースの純さんとはいえ、流れを掴んだ打線というのは怖い。
しかし、御幸はクリスさんとは違い、投手の本能を掻き立てるような、一貫した攻めるリードで、簡単に無失点で切り抜けて見せた。
バランスのとれたリードをするクリスさんと、嵌まると強い攻めたリードに徹する御幸。ピッチャーが強かった去年の投手陣だと、クリスさんのリードが光るだろう。しかし、今年のようにキャッチャーが手を引っ張ってあげないといけない投手陣だと、要所では御幸のリードの方がベストな場合が多く見られる。
エースが吠えて流れを完璧に変えることができた。ピンチを切り抜けた後にチャンスがくる。手繰り寄せられたチャンスをものにできる打線が、うちのチームには存在している。
カキィン!
ネクストサークルから、哲さんがダイヤモンドを一周するのを見守る。打者一巡を越える猛攻でこの回9得点目。哲さんのスリーランホームランで16ー5の11点差がつき、5回コールド勝ちを記録した。
ベンチへと目を向けると、真剣な顔で話し合う丹波さんとクリスさんの姿があった。そこには打たれて降板させられた投手とは思えない、しっかりと前を向いたエースもどきの顔があった。
ただ一言 難産