4回戦を前日に控えた練習中のことである。
パァン!
「ボール!」
シートバッティングで、明日登板予定のない丹波さんと、1軍に昇格した唯一の1年生 南野との対戦を見ていた。3回戦以前とは違い、適度に力の抜けたフォーム。ストレートはキレを増し、カーブは魔球へと進化。スローカーブは決め球へと昇華した。
化けるやつは一瞬で化ける。その言葉を片岡監督から聞いたことはあるが、これはやりすぎだろう。信頼感は純さんの方が上だが、この状態を維持できるなら、実力的には丹波さんの方がエースにふさわしい気がする。精神面は考慮しないのであればだが。
ケースは1アウト満塁で前回降板した状況とほぼ同じで、打者である南野は左打者。南野は今までのバッティングを見る限りは、大振りをせずに、鋭いスイングで確実にボールを捉える中距離バッターに思える。
現在は1ー1の平行カウントで、初見のカーブを南野は、見極めたというよりは手が出なかったようだ。南野は力みを取るように体をよじってからバットを構える。インコースのストレートを観察するように見逃して2ストライク1ボールとなる。
丹波さんは大きく息を吐いて、クリスさんのサインに頷くと、4球目をしっかりと投げ込んでいく。バックドアとなるカーブが、ゾーンに抉り込んでいく。
パァン!
「バッターアウト!」
南野のバットは当たらず、クリスさんはしっかりとカーブを捕球する。
「ナイピッチー!丹波いいぞ!」
「前の試合でそれができてたらな!」
さっきのカーブは3回戦のときとは違って、ゾーンにしっかりとコントロールされていた。まだ完璧にゾーンの内外と投げ分けることはできないが、それでも十分使えると思わせるボールとなっていた。丹波さんも少しずつ修正してきているようだ。
南野のバッティングに関しては、まだまだ遠慮がある。というよりは慎重になりすぎていると言った方が的確であろうか。中学時代では経験し得なかったキレのあるボールに対して、どこか受け身になっているように感じる。
単純なバッティング練習では良い打者だと思えるので、1軍の経験を大事にしてもらいたい。先程は、追い込まれる前に投げられた、インコースのストレートを打ちにいっていればまた違った結果だっただろう。
スイング自体は悪いものではないし、本人の考え方があるであろうから、見守ることにする。まだ入ったばかりの1年生、色々やってみればいいと思う。
丹波さんは、続く哲さんにタイムリーツーベースを打たれるが、チャンス時の御幸をカーブで抑え、雄叫びを上げた。打たれると弱気になる、腕の振りが鈍くなる弱点を、ある程度は克服できたのではないかと感じる投球だったためか、見学していたOBから拍手が贈られ、丹波さんはそれに対して嬉しそうにしていた。
▽
ドラフト注目のキャッチャー 原田 雅功を擁する稲城実業は、午前中にベスト8を決めていた。原田は昼食を軽く取ってから、ベンチ入りメンバー全員を引き連れて、勝者が準々決勝の相手となる4回戦、青道ー帝東の好カードをスタンドから見ていた。
青道は2年生の真木が先発で、帝東は右腕エースの下松が先発。青道はフルメンバーで勝ちにきているため、圧倒的に青道有利だろうな。そう思いながらしっかりと青道のオーダーを確認する。
青道 スターティングオーダー
| 打順 | 名前 | ポジション | 打席 |
|---|---|---|---|
| 1番 | 倉持 洋一 | ショート | 左 |
| 2番 | 小湊 亮介 | セカンド | 左 |
| 3番 | 結城 哲也 | ファースト | 右 |
| 4番 | 西 影次 | センター | 右 |
| 5番 | 滝川・クリス・優 | レフト | 右 |
| 6番 | 増子 透 | サード | 右 |
| 7番 | 御幸 一也 | キャッチャー | 左 |
| 8番 | 真木 洋介 | ピッチャー | 右 |
| 9番 | 白州 健二郎 | ライト | 左 |
市大三高の神宮寺、平川の二遊間と比べても、遜色ないと個人的には評価している、倉持と小湊のコンビ。倉持は打者としてはそうでもないが、泥臭くても出塁に拘るようになったように思える。走者としてはうちのカルロス並みと言っていいだろう。
この試合で2番にはいった小湊は選球眼、当て感共に優秀で、まさに2番といった選手。倉持の成長でようやく収まるべきところに収まったような形か。
クリーンナップは去年の怪物打線に当たり前のように組み込まれていた、結城、西、滝川の3人。正直言うと、この3人に対しては今の成宮ですら、打ち取れるビジョンが浮かんでこない生粋の強打者。2年生ながら4番に座る西はその中でも別格で、あの成宮本人からも弱音を聞いたことがあるほど。要注意だろう。
更にその後ろにも増子、御幸といった打者が続くため、得点力でいえば市大三高よりも怖い。夏の前哨戦としてチェンジアップを封印した状態で挑むつもりだが、果たしてどうなるか。
初回から青道はガンガン帝東を攻め続け、エース 下松を疲弊させてあっという間にノックアウトした。春の甲子園前の練習試合で、俺達を相手に好投していた投手を、難なく攻略する姿に唖然とする。
3回表、先攻の青道は軽々と得点を積み上げて12ー0と大量リードをしていた。噛み合い、完成しつつある今季青道打線の破壊力を目の当たりにして、隣にいる成宮でもさすがに口元を引くつかせ、カルロスや白河は苦い顔をしている。
「あいつ更に強くなってやがる」
とカルロスが呟けば、
「西の三振はあの兵藤さん相手以来記録なしか?‥‥それであの長打力‥‥今大会5本目のホームラン。やばすぎる」
白河が冷や汗をかきながらぼやく。
「ふん!去年よりは怖くないと思うけどな!それに敵はでっかければでかいほど倒しがいがあるってもんでしょ!」
成宮は強がるが、成す術なく降板し、最後にいたっては暴投した帝東エースが項垂れているのを見て、そこに去年の自分を重ねたのか少し青い顔をしている。これではいけない。戦う前から負けている。
「春の甲子園には俺達がいったが、やはり本命としてはこの青道と市大三高が飛び抜けている。そういった評価が一般的だし、俺もそう思っている。というより思わされた」
周りのチームメイトは何も言わず、先を促してくる。
「努力量では負けていない。来年はうちが本命と言われているが、俺達は甲子園で、今のチームでベスト8と実力を示してきた。決して俺達は弱くない。胸を張って青道と戦うぞ」
「「「おう!」」」
俺が揺らげばチームが揺らぐ。甲子園で当たったチーム以上の圧力を感じる青道に対して、臆していないと言えば嘘になる。俺達の代で夏を制覇できなくても、確かな才能を感じさせる成宮たちにせめて何かを残してやりたい。そう思った。
いやでも勝ちてぇな。
……
試合は結局、青道が5回16ー0でコールド勝ちをおさめた。東京都の5強と数えられた帝東を圧倒する青道の存在に、各校の偵察班は頭を抱えている。
昨年同様、並みの投手では抑えることが難しい打線。そして、今日に至っては、好投手ですら相手にしなかったため、去年の青道1強状態を思い出した人が多かったみたいだ。
「鳴、次の試合は全力で抑えにいくぞ」
「雅さん!それってアレを投げていいってこと?」
「アレはダメだ。夏に残しておけ」
「‥‥まぁ、そうだよね‥‥あれだけの打線だし、油断もできそうにないね」
「そういうことだ。春は俺達が結果として甲子園にいったが、王者青道と直接戦ったわけではない。それに俺が稲実に入ってから1度も直接対決で勝ったことはない。負け続けているんだ。その因縁をここで断つぞ」
そう言ってお互いに拳をぶつける。青道ー帝東の試合を見て弱気になっていたが、言葉にすることで決意が固まった。あの南野さんですら神経を磨り減らして投げ込んだ怪物打線。それと比べるとクリーンナップ以外は劣ってはいるが、十分全国一と言える打線だろう。
そして、うちに入ると期待していた南野さんの弟が、青道の背番号20をつけてベンチ入りしているのを見て、歯ぎしりする。うちに入っていれば、今は基礎練習を主にさせている降谷とコンビを組ませたのに。
実際うちの捕手事情はかなり悪い。俺と控えの3年生捕手以外に、成宮や降谷のボールを十全に捕れる捕手は不在で、なんとか1年生の多田野が、必死に根性で付いていこうとしているくらいだ。
現チームでは俺が投手陣をリードしてやれるが、秋以降は成宮に捕手陣をリードしてもらわねばならない。この生意気な後輩がしっかりと多田野たちを導けるか疑問ではあるが、それはこいつらの問題か。今は全力で青道を、市大三高を破ることに注力しようと気合いを入れ直した。
違うのが浮かんできて、気の向くまで設定を書きこんでいました。ようやくこっちに戻ってこれた。