8月の中旬、西の怪我が発覚してからちょうど1ヶ月後のことである。
「信じられませんが、もう腱がほとんどくっついていますよ。なんだか神様の後押しがあるみたいに、綺麗についている。ふむ、これならもう1ヶ月程リハビリをしてから、徐々に負荷を加えていけば、1月頃には試合復帰できると思いますよ」
「ありがとうございます。先生の適切なご指導のおかげです」
医師に感謝を述べ、診察室を出て、高島副部長と合流する。
「おかげさまで、恐らく試合への復帰は1月頃になると思います」
「そう‥‥やっぱり秋の大会には間に合わないのね」
「1月に復帰できるだけでもいい方です。それにその間は、2軍にいる同級生や1年生と一緒に練習しますから、チームにとってマイナスばかりではないかと」
高島副部長の運転する車で今後の話をして、青道のグラウンドに到着する。
「晴之ー!検査どうやった?」
柳が1番にこちらを見つけて駆け寄ってくる。他の1軍メンバーも続いてくる。
「10月始めくらいから負荷をかけて、1月くらいに復帰できるそうだよ」
「そうなんか」
東が落ち込んだ様子で返してくる。
「1軍に復帰できたら、いきなり春の甲子園だからな、気合いが入るよ」
「「!!??」」
「何を驚いてるんだ?俺達の世代がメインなんだぞ?いけるだろ?いやー、復帰戦が甲子園は滾るねぇ」
そう言いつつ2軍グラウンドへ歩いていく。
「ぜってぇー!甲子園に連れていってやるからな!」
「さぼんじゃねぇぞ!」
後ろからの声を聞きながら、西は自然な笑みを浮かべていた。
……
9月中旬、リハビリを続ける西は、徐々に肩に負荷をかけていく。軽めのキャッチボールと素振りをし、感覚を養っていく。
(前世では40年くらいかかったけど、このぶんだと2,3日で感覚戻りそうだな)
「西さん!いいボールきてますよ!」
伊佐敷は久々に投げたとは思えない、綺麗な回転をした西のボールを誉める。
「伊佐敷もしっかりボール投げてるな。宮内からコントロール悪いと聞いていたけどどうした?」
「キャッチボールとか送球は狙ったとこにいくんすけど、マウンドでキャッチャーに投げるとなるとダメなんすよね。外野手やってみないかとは言われてるんすけど、まだ諦めきれなくて」
キャッチボールを中断して、西はキャッチャー防具をつけ始める。
「なにしてんすか?」
「伊佐敷、お前のボール受けてやるよ、投げてみろ」
「うぇ!?はいっす」
ブルペンに入ると、他のピッチャー、キャッチャーがなんだと見に来る。
「え!西キャッチャーすんの?」
「ばか、あいつ城南シニアでキャッチャーしてただろうが」
「えぇ!?できるんすか?」
(ガヤガヤとうるさいが、まぁいいだろう)
「伊佐敷!いつも通り投げてみろ!」
何も工夫なくど真ん中に構える。
「ういっす!投げまっす!」
初球は指にかかりすぎて、左バッターへのデッドボールとなりそうなボール。2球目は先程のことを反省したのか、ボールを抑えきれず大幅に高めに外れるボールとなった。
(なるほどな)
「キャッチャーの構えたところに送球するつもりで投げてみろ」
ボールがストライクゾーンより、僅かに上のところに投げられる。
「次は送球を意識しながら腕を振り切れ!」
ボールがストライクゾーンにくる。
「おぉ!なんか入りました!」
「送球を意識しているから野手投げなんだが、この感覚を忘れずに、投手として投げるフォームを調整してみてはどうだろう?」
「やってみます!この感覚覚えるためにもう少しお願いします!」
初めての試みとしては、7割方ストライクゾーンに入ってきていたのでいいのではないだろうか。投手としての投げ方だと全然入らなかったのだが。
ここから西と伊佐敷は、肩のリハビリのキャッチボールを兼ねての練習を日課としていく。
……
キャッチボール?が終わると、2軍選手のバッティングを見ながら、軽く素振りをしていく。
「増子!大振りするな!コンパクトに振り切れ!」
「小湊!明らかに四球狙いのバッティングはやめろ!」
「楠木!最初から当てにいくな!」
目に入って気になったことをポンポンと声に出していく。1年生が口だけ出しやがって、というような雰囲気を作り始めていたので、断りを入れて打席に立つ。太田部長がオロオロとしているが関係ない。右肩は無理できないので、右打席に立って、左手一本のみで確実にヒットを20本連続で打ち続ける。
「右肩使えないからこれで勘弁な」
と言って再び素振りに戻ると、1年生だけでなく2年生が必死になってバッティングしているのを見守る。
(1軍との差を感じてもらって、刺激になればな)
そう思いながら、理想の型をなぞり続けた。
▽
(なんなんだよ、あの人!)
1年生の小湊は内心荒れながら、バッティング練習をしていた。怪物世代の5番バッターであり、夏の都大会で2年生ながら、青道の5番を打っていた西 晴之。すごいことはわかっていたが、ここまで差があるとは思っていなかった。
しっかりとボールを見ても、なんとか見える程度で、ついていくのがやっとのピッチングマシーンのボール。それを軽々と、しかもいつもとは逆の打席に入って、利き手ではない方の腕で片手打ち、それが20本連続でヒットになる。正直めちゃくちゃだ。
怪我人は黙っていろよと思っていた2軍メンバーは、その怪我人よりもレベルが下だったのだ。どちらが黙る方なのかは明確である。
(足りない!この程度の練習じゃ足りない!)
歯をくいしばって練習をいつも以上に、真剣にこなしていく。練習が終わり、疲れがあるのを我慢して、8月半ばから1,2年生の一部で集まって自主練習をしている場所に向かう。そこには当然西さんもいる。少しはなれたところで、相変わらずゆったりとスイングを繰り返している。近づいてスイングを見せてもらう。
(あれ?毎回違う軌道のスイングをしてる?)
「えっと、西さん、毎回違う素振りしてるのって何故なんですか?」
「あぁ、毎回相手が違うからだね。投げられたボールを打つための、理想的なスイングを毎回しているつもりだよ」
「はぁ、そういうものですか」
「うむ」
(よくわからない、自分のスイングを貫くものじゃないのか?)
自分も素振りをしながら観察していると今度は反対側で、同じように素振りをし始める。
「反対でやるのはバランスを考えてですか?」
「そうそう、雑誌とか見てずっと続けてるよ」
常識的なこともするのだと安堵する。その日はお互いに素振りをするだけで解散となった。