「さて、次は誰かな?」
緊張が、ギルドハウスを包む。
剣を握り、挑発するような目と言葉でぐるりと周囲を見渡す金髪の女性の名はクリスティーナ・モーガン。
対する少女達は武器を、拳を構えるが、動けずにいた。
原理は不明だが、こちらの攻撃は当たらず回避され、相手の攻撃は必ず当たる。
戦いに参加していない者は、加勢するか否かで躊躇い、動けずにいる。
そんな空気を破壊するように。
「ノックしてもしもぉ~し!」
何者かが扉を開けた。ノックして。と言っておきながら、実際は殴るように扉を開けると、扉を開けた人物と、その後に更に2名が部屋に上がる。
扉を開けたその人物は、声からしておそらく男。身の丈およそ2M。膝まである黒のロングコートに黒の長ズボン。靴とグローブまで黒で統一されている。服の上からでもわかる、鍛えられた肉体。目深に被っていたフードを脱ぎ、針の無い時計の文字盤が書かれた漆黒の仮面を外す。
見知らぬ男に、場にいた者たちが警戒する。
「おお、ジョージ!なぜ私がここにいると分かった?」
ただ1人、クリスティーナ・モーガンを除いて。
「間に合ったかな?」
「間に合ったというには少し遅いですね」
「おやおや、団長に『元』副団長のサレンのお嬢ちゃんじゃないか」
ジョージと呼ばれた男性と、その同行者を見てクリスティーナ・モーガンの顔が納得したように頷く。
「お、おお、お嬢様!?」
「ごめんなさい、スズメ。団長とジョージ君を呼んでたら遅くなっちゃって。それで、これはどういう」
「サレンさん。そこから先は俺に任せてください」
サレンと呼ばれたエルフの少女の言葉を遮り、ジョージが前に出る。
「なんだジョージ、両手に花とは随分人気者にな゙っ!?」
目にも止まらない速さで繰り出された手刀が、クリスティーナ・モーガンの頭頂部に炸裂。遅れて響く、鈍い音。
食らった本人は膝をつき、剣を手放して頭頂部に手を当てて呻き声を上げる。
「姉上。そのまま正座しましょうか」
「ジョ、ジョージ?それなら別にチョップをしなくても──」
「姉上?」
「何でもありません」
一切の反論を許さないという圧力に満ちた言葉に、クリスティーナ・モーガンが屈服する。
「……さて、そちらの狼の
「お、おう」
~少女説明中~
「……ってことがあったんだ」
「なるほど。……姉上」
「はい」
少女から事のあらましを聞いたジョージは姉の方を振り向く。
「貴女は馬鹿ですか?」
「うぐぅ!」
容赦のない言葉が、クリスティーナに襲い掛かる。
「何故、ただでさえ予算と人員が足りない【
カミソリのごとき切れ味の言葉が、クリスティーナの心を切り刻む。クリスティーナも反論できず、ジョージの言葉に萎れた花のように項垂れるのみ。その姿はまるで、粗相をして親に叱られる子供のよう。先ほどまでの狂戦士めいた言動が、嘘のようだ。
「……そんなだから、貴女はいつまで経っても独身なんですよ」
「待ってくれジョージ。それとこれとは関係が」
「無いと言えますか?『立てば戦争、座れば革命、歩く姿は傍若無人』の貴女と夫婦になりたいという男性が何人いました?親同士が決めたお見合いなどを抜きにしてください」
『独身』という単語に、ジョージの同行者である鎧の人物が一瞬反応する。
「………………いません」
絞り出すように、小さく発せられた弱々しい言葉。それを聞き、ジョージは呆れたようにため息を吐く。
「今回の件で、上層部から何らかの罰を受けることになるでしょう。それに懲りたら、もう少し自重してください。具体的に言うと、戦いではなく男性との出会いに飢えるとか。そのために淑やかさを身に着けようと努力するとか」
「わかりました……」
クリスティーナがジョージの言葉に、深々と頭を下げる。
これがペンは剣よりも強し、か。周囲にいた者たちは、目の前の光景をそう表現した。
「じゃあ、あとはジュンさんとサレンさんに任せます」
「任されたよ」
「ごめんなさいね。こんな夜中に駆り出して」
ジョージは仮面を装着し、フードを目深に被って帰り支度を進める。
「いえいえ。姉が何かやったとあれば、弟である俺も無関係ではありませんから。それに、これも【ニャルラトホテップ教団】の仕事の一環ですよ」
少女達に背を向け、ジョージは扉に向かう。外から様子を窺っていた騎士達は、彼に道を譲るように下がる。
「暗黒のファラオ万歳。ニャルラトホテップ万歳。くとぅるふ・ふたぐん。にゃるらとほてっぷ・つがー。しゃめっしゅ。しゃめっしゅ。にゃるらとほてっぷ・つがー。くとぅるふ・ふたぐん。それでは皆様、ごきげんよう」
ジョージは謎の言葉──自らが崇める神を称える言葉を唱えると一礼し、【
翌朝。王城。
「さて、皆も知っているかもしれないけれど、昨日クリスちゃんと数名の騎士が【
騎士達の前で先日の件と、下された処分について全身鎧に身を包んだ女性、【
「はい。【
「2名が軽い怪我を負って、ギルドハウスに少し損壊がでたよ。賠償金のほうは、後日改めて交渉して決めることになっている」
「わかりました。自分からは以上です」
「他には?……無いようだね。そういうわけで暫く人数が減るから、その分は私達で、無理のない範囲で頑張ろう」
『はっ!』
アストライア大陸の何処かの洞窟の奥深く。
「えー、まずは皆さま、急な呼び出しに応じてくださり、ありがとうございます。全員揃ったようですので、これより緊急会議を行います」
広い部屋の中心に設置された円卓のうちの1つに座っていた俺は立ち上がり、会議の開始を告げる。
円卓を囲んでいるのは俺を含めて9人。
俺から見て時計回りに席についているのは、『
続いてノウェム。本名、
最後にギルド【ニャルラトホテップ教団】のメンバー。こいつらとは小学校からの腐れ縁だ。本名については割愛する。
「それで?私達を呼び出すということは、よほどの事態なのでしょうね?」
ティーカップを傾け、俺にそう訊ねるネネカさん。他のメンバーも、何事だと目で訴える。
「昨夜、俺の従姉であるクリスティーナ・モーガンが【
「誰かな?」
「晶さん。あなたの『プリンセスナイト』の少年です」
「んぐっ!?」
晶さんが盛大に咽た。
そして呼吸を整え、俺に詰め寄る。
「そ、それで!?彼に怪我はなかった!?」
「傷一つついていませんから、安心してください」
見たまま、ありのままの事実を伝えると、晶さんはホッと胸を撫でおろし、席に戻る。
「続けます。それで、姉が迷惑をかけたので関係各所に頭を下げようと彼の周辺の人物について少し調べていたら、ちょっと気になる人がいたんです」
「気になる人?」
「お腹ペコペコの『ペコリーヌ』。どう考えても偽名臭いので顔を見たら、血の気が失せましたね。腰が抜けるかと思いましたよ、ええ」
「名前の由来になるほどの食欲にか?」
クッキーを頬張りながら、ノウェムが茶化してくる。
「俺の記憶が正しければ、彼女の本名はユースティアナ・フォン・アストライア。王都で支配者を気取る『
瞬間、場の空気が凍り付いた。
ユースティアナ・フォン・アストライアは、この世界に2名存在する。
1人目は俺が今言った少女。彼女は本物で、この世界『レジェンド・オブ・アストルム』の出資者であるアストライア王家の娘。
2人目は偽名で、ランドソルにある王城で支配者として君臨している『
「見間違いの可能性は?」
見間違いであって欲しいという願望を込めて、ラジラジさんが俺の顔を見る。
「無いですね。あの顔立ちに髪と瞳の色は、間違いなくユースティアナ・フォン・アストライアその人でした」
『……』
そして、この場にいる全員が口を閉ざす。
「アストライア王家の娘で。彼女の実家はこの世界、『レジェンド・オブ・アストルム』の出資者。ただでさえ当時ログインしていたプレイヤーが閉じ込められていて騒ぎになっているのに、その中に出資者の娘までいたとなると世間は大騒ぎでしょうね。『レジェンド・オブ・アストルム』もそうですけど、『ウィズダム』のトップである『
『……』
ここでSANチェック。俺以外の面々が無言になり、頭の中でダイスを振るう。結果は──。
「……」
椅子から仰向けに倒れたと思いきやブリッジの体勢をとり、蜘蛛を思わせる挙動で部屋中を動き回る晶さん。
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」
椅子を部屋の隅に持って行き、パンツ一丁になって自分の尻を叩き、奇声を上げながら椅子に乗り降りを繰り返すラジラジさん。
「はむはむはむ……」
紅茶にこれでもかと砂糖を投入し、もはや『紅茶風味の砂糖』と化した物体をスプーンで口に運ぶネネカさん。
「もごもごもご……」
クッキーを口いっぱいに頬張り、まるでハムスターのようになったノウェムは、ハイライトの消えた目で遠くを見つめながらクッキーを咀嚼する。
そして、俺のギルドメンバーは……。
『……』
テクスチャが盛大なバグを引き起こし、昔流行ったらしい『頭の悪い人』に変貌していた。
「……落ち着きましたか?」
『はい』
待つこと数分。タイミング悪く晶さんの顔面をラジラジさんが踏みつけて2人とも正気に戻り、ネネカさんとノウェムも続いて平静を取り戻し、他のメンバーのテクスチャも元に戻った。
「さて、今の話を踏まえたうえでの今後の活動ですが。大きな変更点はありません。対『
『了解』
俺の言葉で会議を締めると、全員が席を立ち、行動を開始する。
全ては向こうで心配している俺の家族と大学の先生方、出席できていないせいで単位の取得が危うい講義と、冷蔵庫で腐敗しているかもしれない食材と、滞納している光熱費のため。
そのついでに、向こうで他プレイヤーを心配している人々のために。
どんな理由があろうと、俺は『