この世界はおかしい。
何がおかしいかと言われれば、何もかもがおかしい。
ランドソルの路地裏、顎に手を当てて俺は頭を回転させていた。
ゲームのテンプレ的な街並み。存在するはずのない、獣耳の生えた
俺がいまいる場所は、『アストライア大陸』にあるという王都『ランドソル』。
「(俺の記憶が確かなら、ランドソルというのはゲーム『レジェンド・オブ・アストルム』に登場する地名のはず……)」
加えて、王都の中心にある王城の玉座に君臨している王の名はユースティアナ・フォン・アストライア。その名前の人物は何度かニュースで見たことがある、あるんだが……。
「(外見と名前が一致しない。どうなっているんだ?あの時、『ソルの塔』で大爆発みたいなものがあったと思ったら光に包まれて……)」
とにかく情報が足りない。『ソルの塔』でなぜ大爆発が起きたのか、嘗てのギルドメンバーはどこに行ったのか、どうしたらログアウトできるのか。
考え事をしながら歩いていた俺は、鎧の擦れる音から人が歩いてきたことに気づき、横に少しどける。
「今の人は……」
横切ったのは、鎧を着た青年と帽子に宝石を飾り付けた小柄な女性。青年のほうに見覚えはないが、女性のほうは見覚えがある。
「失礼、そちらのお姉さん。もしや貴女は、ネネカさんではありませんか?『
俺の言葉が耳に届いたのか、2人は振り返る。青年のほうは警戒しているのか女性を守るように立ち、いつでも剣を抜けるように柄を握る。まあ、初対面だからしょうがないか。
「下がりなさい、マサキ」
「ネネカ様?」
女性──ネネカさんはそう言って俺の前に来ると、俺の顔をまじまじと見つめる。
「貴方、今私のことをなんと言いましたか?」
「『
「いいえ、それよりも更に前です。……わかりやすく言いましょう。貴方は私のことを最初、何と言いましたか?」
最初、最初というと──あ。
「『お姉さん』と呼んだはずです」
「お姉さん……」
言葉を反芻するように、ネネカさんはつぶやいたあと、小さくガッツポーズをした。
「いかにも。私こそは『
ネネカさんは腰に手を当ててふんぞり返るように胸を張り、鼻から思いっきり息を吐き出して渾身のドヤ顔で簡単な自己紹介をした。
彼女の本名は
「ネネカさん、何がどうなっているんですか?ゲームからログアウトできないし、街の人達もこっちが現実であるように振舞っているんですけれど」
「原因について大凡の予想はついていますが、対処法については調査中です」
「その話、私も混ぜてもらえないかな?」
突然、この場に響いた別の女性の声。
声のした方を振り向くと、そこに立っていたのは……
「晶さん?」
「晶……」
「やっ。久しぶり」
気さくに挨拶をしてきた赤毛の女性の名は模索路晶さん。彼女もまた『
「どうしてここに?」
「見覚えのある人影を見てね、タイミングを見計らって話しかけようと思って尾行していたんだよ。……ああっと、謝るからそう睨まないでよ。ネネカ」
ちらりと見れば、ネネカさんが眉間に皺を寄せて晶さんを睨んでいた。
「さて、単刀直入に言おう。……私と手を組まないかい?」
晶さん曰く、ゲーム世界から脱出する方法を見つけるため、1人でも多くの人員が欲しいらしい。最低でも、この世界に違和感を感じている人であることが条件だとか。晶さんは現時点で他に2名、この世界に違和感を抱いている人物と接触し、その人達とギルドを組んでいるらしい。
「出来ることならそうしたいんですけど、今の俺は【
「問題ないよ。……ネネカは?」
「引き受けましょう。但し、ギルドに所属すると少々面倒なことになりますので、自由に動いても構わないのであれば」
「味方になってくれるなら、構わないよ」
ネネカさんは手袋を外し、晶さんと固い握手を交わした。
「そういえばジョージ君、クリスの様子は?彼女はこの世界をどう認識している?」
「おそらくですけど、こっちが現実だという認識でエンジョイしていますね」
「そっかー……彼女の協力も得られたら良かったんだけどなぁ」
無理なものはしょうがない。晶さんがそう妥協したところで、この日は解散となった。
それから数か月経ったある日の夜。
ランドソル郊外にある、廃教会への道中。
「本当に現れるのでしょうか?例の人影は」
【
トモさんが言う例の人影とは、満月の夜に廃教会の墓地に現れて何か呟くと笛を吹き、終わるといずこかへと去っていくという謎の人物のこと。
何か被害が出たわけではないけれど、夜の墓地から聞こえる笛の音色というのが謎の恐怖感を感じるため、俺達が調査に乗り出すことになったのだ。万が一遭遇した場合、住民が不安がっているからと口頭で注意するよう言われている。それでも続ける場合は、実力行使に出るらしい。
「現れる。その証拠にほら、今夜は満月だ」
「ああ、とても綺麗な満月だなぁ。場所が夜の墓地でなければ、その人物が笛を吹く姿はさぞ映えるだろうに」
団長のジュンさんが言う通り、今夜は綺麗な満月が星と一緒に夜空を照らしていた。
団員見習いのマツリさんは不安なのか、団長にくっついて離れない。一方、俺の従姉のクリスティーナ・モーガンはピクニック気分で歩いている。
「着いたよ」
「っ!?」
団長の言葉を聞き、マツリさんの肩がビクッと跳ねる。
誰も近寄らない廃教会の墓地ということもあってか、墓石はどれも風化が進んでいる。苔まみれのものから、ボロボロに風化してしまっているものと様々だ。
人の気配は──うん、ある。人数からして3人程度だろうか。
薄暗いため、分かるのは人影の輪郭ぐらい。
「姉上、先程夜の墓地でなければ笛を吹く姿は映えると言いましたね?」
「ああ。それがどうした?」
「夜の墓地だからこそ、映えるものも世の中にはあるんですよ」
そう言って俺は黒のコートを羽織り、懐から取り出した仮面を被る。
「ジョージ?一体何を……いや、まさかお前が!?」
何かに気づいた従姉の言葉を無視し、俺は墓地の中心に向かった。ちょうど、月明かりがスポットライトのように俺を照らしてくれている。いいぞ、我ながらナイスタイミングだ。
「暗黒のファラオ万歳。ニャルラトホテップ万歳。くとぅるふ・ふたぐん。にゃるらとほてっぷ・つがー。しゃめっしゅ。しゃめっしゅ。にゃるらとほてっぷ・つがー。くとぅるふ・ふたぐん」
そして墓地の中心に移動し、笛を吹いた。
「♪~」
『──』
同時に聞こえる、歌声。歌声の主は3人。物影から姿を現し、俺の下に近づいて来る。
「……ふぅ。やぁ、同志諸君。よくぞ集まってくれた」
演奏を終えた俺は、近くにきた同志に声をかける。
「まったく、もう少し普通に呼べないのか?」
「すまない。少し劇的な再会を演出してみたいと思ってね、ついやってしまった。後悔はしていないが、反省はしている」
「だったら最初からするな」
仲間と少し言葉を交わした俺は、ジュンさん達の方を向いて頭を下げる。
「……とまあ、この通り、夜な夜な墓場で笛を吹いていた男というのは俺です」
「なぜこんなことをしたんだい?」
「いやぁ、俺だって手紙を書くなりして呼びたかったんですよ?でも住所が分からないんじゃあ、書いても意味がありませんから」
「……」
至極当然な(俺はそう思っている)答えに、ジュンさんが口を噤む。
「さて、姉上。俺が今年の初めに立てた『
「覚えているとも。『今年中に自分だけのギルドを結成する』だったな」
「ええ。そのギルドのメンバーは……ここにいる3名です」
打ち合わせをしていないにも関わらず、3人が横一列に並んだ。俺は彼らの姿が見えるようにどき、芝居がかったように頭を下げて3人に手を向ける。
ギルドの結成要件は、マスター込みで3人以上。それぞれ年齢が10歳以上であること。そして、何らかの社会貢献を含む活動目的を明確にすること。この時点で、要件の2つはクリアしている。
「というわけでジュンさん。俺の業務の引継ぎ、って言っても引き継ぐほどの業務なんて大して無いですけれど、終わり次第俺は【
「……すまない。私の一存で、すぐに結果は出せない。明日、改めて話し合うということでいいかい?」
遠回しに駄目と言われたような気がする。実際、本人もそのつもりで言ったのかもしれない。
「わかりました。では、また明日改めて。同志諸君。結果報告のために手紙を寄こすから、今の所属ギルドを教えてくれないかな?」
一ヶ月後。
「さて、手紙によるとこの辺りのはずなんだけど……」
長期間の話し合いの結果、俺のギルド移籍は認められることになった。そして【ギルド協会】での申請が受理され、拠点もいただいた。
そして現在俺達は、クエストに行く途中の寄り道で、ネネカさんに指定された場所に向かっていた。
「なあ、本当にこの道で合ってんのか?」
「いや合ってるよ。合ってるはずなんだけど……」
俺達が入った洞窟。指定されたルートを通った先にあったのは、まさかの行き止まり。
「遅かったですね」
突如、壁から声が聞こえた。そして壁が一瞬揺らめいたと思うと消えていき──。
「ネネカさん!?今のは一体……」
「これこそが私の権能『ミラーミラー』。能力は『分身』と『変身』。ついて来てください、案内します」
どっかの漫画のような説明をしたネネカさんの背後には、大きな洞穴が。なるほど、壁に『変身』していたのか。これはまた便利な能力だ。
「なあジョージ、ネネカさんって、もしかして『
「そうだよ」
『おおっ』
有名人に会って興奮しているのか、仲間達がざわめいている。
「晶。ジョージがギルドメンバーを連れてきましたよ」
「ありがとう、ネネカ。じゃあ、始めようか。皆、席に着いて」
案内された先に広がっていたのは、それなりの広さの空間。真ん中には円卓と、人数分の椅子。
「やべぇよやべぇよ。『
「まじか。まじだわ」
「こんな状況で言うのもあれだけど、『レジェンド・オブ・アストルム』やってて良かったぁー」
などと好き勝手に言いながら、近くの席に仲間達が腰かけていく。
仲間達の反応からわかるように、あいつらもここがゲームの世界だと認識している。
きっかけは何かと言えば、俺が吹いた笛。あれは俺がよく口ずさんでいた歌のメロディーで、こいつらはそれをよく聞いていた。まだゲームとして『レジェンド・オブ・アストルム』を楽しんでいた頃も、ギルドの歌と称して偶に合唱なんかもしていた。そのリズムを覚えていたのか、噂を聞いて墓地に駆けつけ、俺の服装を見てある程度思い出したらしい。
「さて、状況を整理するよ」
そう言った晶さんが、今回の議長を務める流れになった。そして開示された情報は──。
・ソルの塔で謎の大爆発が起こった時にログインしていたプレイヤーはログアウトできなくなった
・そしてプレイヤー達は、この世界を現実と認識して生活を送っている
・最近発生している、突然人物や記憶が消滅する「ロスト」と呼ばれる現象
・「シャドウ」と呼ばれる。人に化け、人語を発する謎の魔物
・ヒューマンの国であるランドソルの玉座に君臨する
「……といったところかな。じゃあ、まずはネネカ。君が知っている情報を可能な限り開示してもらえるかい?」
「わかりました。まず玉座に君臨しているユースティアナですが、あれは偽物です。本名は千里真那。私達と同じ『
そうか、やっぱりあれは偽物か。『
「ソルの塔での大爆発ですが。あれは、晶のプリンセスナイトの少年とその仲間達が『
「いやいや、それはちょっと雑過ぎるよ~。実際そうなんだけどさ」
「現実世界の人達と、何とかしてコンタクトはとれないんですか?」
「無理だね。そもそもログアウトができないし。私も何回か試してみたけど、エラーばっかりだったよ」
匙でも投げるように、晶さんは両手を力なく挙げる。
「次に対『
「じゃあ、ランドソルの人々の認識を変えれば勝機はあるということですか?」
「どうだろう。本物を見つけておかないと、余計な混乱を招くことになりそうだ。それに、認識を改変した方法を見つけて、解除もしないとだし」
晶さんが言う通り、まずは本物のユースティアナを見つけないといけない。それも、この広大なアストライア大陸の何処かから。
「本物のユースティアナの捜索は俺達がやります。大陸各地への布教活動と称して、昔の仲間も探すついでに」
「ありがとう。参考までに聞くけど、【ニャルラトホテップ教団】のギルドメンバーって、君達込みで何人くらいいたのかな?」
「えっと……108人。煩悩の数だけいましたね」
「そ、それは頼もしいね……」
思っていたよりも多かったのか、若干引き気味の晶さん。冷や汗もかいているように見える。
「では、私は認識改変の絡繰りの解明をしましょう」
「任せた。なら私は、戦力確保のために動くことにするよ」
これにて会議は終了。となる寸前で、晶さんが慌てたように待ったをかけた。
「ごめんごめん。一番重要なことを言い忘れるところだったよ」
「どうしました?」
「実はね、私のプリンセスナイトの少年なんだけど。彼もこっちに来る」
「こっちに来るって、まさか現実世界から?」
「いいや、彼はちょっと複雑な事情があってね。それで、もし彼に遭遇して、危機的状況に置かれていたら、守ってあげて欲しいんだ」
晶さんは手を合わせ、深々と頭を下げる。
「言われなくても、守りますよ」
『善行を積み、神の依代に相応しい機械を作り出し、地上に神を降臨させる』
「「「「それが、我ら【ニャルラトホテップ教団】の目的」」」」
こっちのネネカさんはペコリーヌに会ったらまず土下座から始めそう