翌朝早く。
拠点の一室でノウェムが黒板にチョークを走らせ、分かり易い説明をしている。
「──というわけなんだ」
椅子に座るクリス姉、コッコロさん、陛下、ユウキの4人がノウェムの話に耳を傾けていた。
話の内容はずばり、『この世界は作り物であり。本来自分達がいるべき世界が別にある』と、『打倒「
4人とも、突拍子もない話に首を傾げているが、妙に納得できるという感想を口にしていた。
「つまりジョージ。お前が【ニャルラトホテップ教団】を再結成した理由は、この大陸の何処かにいるティアナを発見し、陛下を玉座から引きずりおろすためか?」
「ええ」
脚を組んで椅子に座り、ふんぞり返っていたクリス姉が陛下を一瞥した後、俺の顔を見てニヤニヤと笑う。
「それで?この話をしたという事は、私を戦力に加えようと思っているのか?言っておくが、相応の対価が無ければ私は加勢しないぞ。場合によってはこの拠点を飛び出してランドソルに帰り、【
クリス姉は意地の悪い笑顔を浮かべ、右手をこちらに差し出した。
「こちら側にいれば、全力の団長や陛下と戦えますよ。敵対すれば、向こうは全力で姉上を倒しにくる筈です」
「乗った。団長と本気で戦える機会など、そうそうないからな♪」
俺の提示した報酬を聞いたクリス姉は獰猛な笑みを浮かべ、力強いサムズアップを向ける。
【美食殿】のコッコロさん、陛下、ユウキの3人は仲間であるキャルさんと国を救うため、協力したいと申し出た。
彼女達の動向を把握しておくためにも、その方がありがたい。実際、それを怠ったせいで陛下が捕縛されてしまったわけだし。
「では、お部屋にご案内いたしまし」
「弟くん!お部屋は私とリノちゃんと同じにしよっ!」
「いやいやお姉ちゃん!そこは常識的に男女別でしょう!」
「リノさまのおっしゃる通りでございます!ですから、主さまから離れてくださいまし!」
彼女達も暫くこの拠点で寝泊まりすることになったので、マサキさんが部屋に案内──しようとしたところでシズルさんがユウキの腕に抱きついて部屋に連れて行こうとして、リノさんとコッコロさんが引き剥がしにかかった。
どうやら、人が増えた影響で暫く拠点は賑やかになりそうだ。
わたくし達は【ニャルラトホテップ教団】の皆様の拠点に活動の場を移すことになりました。
サレンさまには、わたくし達は無事であり、クエストで遠方に向かうため暫く帰らないことを伝える内容の手紙をお出ししました。と言っても、郵便局を介せばそこから追跡される恐れがございますので、夜中にジョージさまが不思議な力で姿を消して直接郵便受けに投函されました。
暫く帰らない理由で嘘をつくことに心が痛みましたが、正直に伝えればサレンさまを始めとした【サレンディア救護院】の皆さままで危険に晒すことになってしまいます。申し訳ありません、サレンさま。この償いは、再会した後に必ず。
それから1週間程経過した、夜のこと。
「……ん!」
誰かが、わたくしの名を呼んでいます。
「……たん!」
もしや、この声は──。
「コッコロたん!」
「はっ!?」
わたくしが目を開けると、そこはどこかの庭園でした。
そして目の前には、声の主と思われる女性がわたくしの肩に手を掴み、顔をじっと見つめておられます。
「その声は……アメスさま?」
「ええ。ごめんなさいね。ぐっすり寝てるところを呼び出しちゃって」
そうおっしゃったアメスさまは、わたくしの頭を撫でると晶さまからの伝言を簡潔に伝えました。
曰く、『
曰く、事態解決のために動いているが、何やら怪しい動きをしている者の気配を感じる。
どうやら晶さまは、無事『
「それと、晶からコッコロたんにお願いがあるそうよ」
「わたくし個人に、ですか?」
「ええ。『
「そ、そのようなことをいきなり言われましても。一般市民であるわたくしにそのような事は……あっ」
ふと、わたくしの脳裏にペコリーヌさまのお顔が浮かびました。
そうでした。ペコリーヌさまの本名はユースティアナ・フォン・アストライア。
「わかりました」
「ありがと。それじゃ、また夢の中でね。その時はお茶とお菓子も用意しておくから、ゆっくりお話でもしましょ」
そして。朝。
朝食の後、とても重要なお話があるということで、皆さまの視線がわたくしに集まります。
「……という情報を、アメスさま経由で晶さまからお聞きしました」
夢の中でアメスさまより教わった内容をお伝えすると、主さま、ペコリーヌさま、クリスティーナさまを除く皆様の顔が真っ青になりました。
「すまない。念のために確認させてくれ。『
「はい。確かに半年以上とお聞きしました」
皆さまは席を立つとわたくし達に背を向けるようにお部屋の隅に移動し──
『お゙え゙え゙え゙え゙え゙……』
「きゅっ!?」
いつぞやの主さまとミヤコさまのように、虹色の吐瀉物を吐き出されました。
吐くほどのショッキングな事実が先ほどの情報にあったのか。ある程度吐いて落ち着かれたジョージさまに、その理由を訊ねてみました。
「あー、色々言ってもいまいちピンとこないかもしれないから……コッコロさんがリノさんと同じくらいの年齢になれば分かると思う。半年間何もしないことのヤバさが」
「そういうものでございますか」
「そういうものなんだよ」
ジョージ達がゲーミング吐瀉物を吐いていた頃。ランドソルでは。
「ふわぁ~……おはよぅ……」
「おやおや、アンナたそ。今日はまた随分とお眠ですな~?」
小説の執筆に夢中になった結果碌に眠れず、しかし空腹と朝食の匂いにつられて無理矢理体を起こし、リビングに顔を出す。
テーブルを見ればミツキ、ルカ、ナナカ、エリコは既に席に着いていた。
「また遅くまで起きてたの?夜更かしはお肌の天敵だって、前にも言ったと思うのだけれど」
じろり。と、医者らしい小言を口にしたミツキが睨みつける。
「すまない。しかし、我が内より湧き上がる創作欲には抗えず、つい」
「とりあえず、顔を洗ってきてください」
「洗面所までついて行ったほうがいいかい?」
「ふわ~ぁ。大丈夫だ、問題ない」
姉御の揶揄う声を流し、冷水で顔を洗って目を覚まさせる。よし、あとは朝食を食べれば完璧に目が覚める。
──だがその予定は第三者の手でキャンセルとなる。
「おや、こんな朝早くにお客さんとは珍しいね。誰か心当たりは……無いか。ちょっと見てくるよ」
扉をノックする音を聞いたのか、玄関へと向かうルカ姐と入れ替わりでリビングに戻った。
『はい。……その鎧、もしかして【
『ええ。朝早く、それも朝食時に申し訳ありません。元【ニャルラトホテップ教団】の団員であるアンナという少女は、今いらっしゃいますか?』
遂に来たか。
「ちょっと、アンナちゃん!?」
私はリビングから自室へと踵を返し、クローゼットの中からコートと仮面を引っ張り出す。
1週間程前、団長から私宛に手紙が届いた。
内容は、『とうとう向こうに目を付けられたから、もしもの時はこの魔法を使って拠点に逃げる事』
手紙に書かれていた魔法は一度しか使用できない片道切符且つ、四辻でしか使えないという妙に演出に凝った面倒くさい魔法だった。けどちょっとロマンがあるからヨシ!ただ、情報漏洩を防ぐためとはいえ『水に溶ける特殊な紙』に書き、処分方法として水に溶いて飲むことを指示したのはどうかと思った。
「いたぞ!追えー!」
「回り込んで囲め!」
窓を開けて飛び出せば、外にいた騎士に見つかり応援を呼ばれた。
だがこの区域の構造は熟知している。
道端にある木箱や樽を倒して追手に少なからず足止めを行い、或いは民家の屋根伝いに移動し、とにかく逃げ回った。そして──。
「そこまでだ!ユースティアナ陛下の命により、貴女を連行する。大人しくご同行願おう!もし断るのならば力づくで……」
四方を【
「にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!」
詠唱すると、足元に六芒星を囲むように円陣が出現する。
「転移するつもりか!?」
「そうはさせるか!」
騎士達が私を捕まえに来るよりも早く、視界が暗転した。
「向こうも動き出したようですね」
「ええ」
拠点の一画。【ニャルラトホテップ教団】の元団員達が転移した時のスペースで、ネネカさん達と今後の行動について相談を始めた。
話によれば、【
「……『思い立ったが吉日』。今日の日没と共に攻め込みましょう」
「成程、寝込みを襲うのですね」
ネネカさんの言い方に凄まじい語弊があるが、実際そうだから否定できない。
「しかしジョージ、彼らの武器はどうするんですか?見たところ全員丸腰のようですが」
「倉庫にある武器を配ります。下手な武器屋より数も種類も取り揃えてあるので、間に合う筈です」
「……わかりました。【ニャルラトホテップ教団】の皆さん。皆さんに武器を配りますので、私について来てください」
ラジラジさんを先頭に、団員達がぞろぞろと部屋を後にする。
「姉上。今夜は姉上の大好きな宴が起きますよ」
「そうだな♪とても嬉しいし、とても愉しみだ」
拠点の大広間。
「休めッ!気を付けッ!」
ジョージの声に従い、【ニャルラトホテップ教団】の団員達が姿勢を正す。もはや【教団】というよりも【軍団】に近いな。壁際で私と坊やたちはそれを見ていた。
「ユースティアナ陛下より、直々のお言葉を頂戴する!一同、静聴ッ!」
ティアナは彼らの前に移動すると、一礼して口を開いた。
「【ニャルラトホテップ教団】の皆さん。現在、ランドソルには私の名を騙り、この国を支配している魔王がいます。彼は人々から私の記憶を奪うだけでなく、大切な仲間までも奪っていきました。これ以上、彼の悪逆非道は許せません!私から奪った全てを取り返すため、どうか、皆さんの力を貸してください!」
『イエス、マム』
【ニャルラトホテップ教団】の団員達は口を揃えて賛同の声を上げ、ティアナに従うという意思を示す。
そして、ティアナが作戦の内容を壁に書かれた城の全体図を用いながら、説明を始めた。
「まず、皆さんには王都で騒ぎを起こし、【
誰も殺すな。というのは私としてはちょっぴり残念だ。本気の団長と、本当の殺し合いができるものだと思っていたからな。……まあ、ティアナから直々に『やるな』と言われたら従うしかない。私もいい大人だし、我慢するとしよう。
「作戦は日没と共に決行します。それまで各自、作戦に備えてください!」
『イエス、マム』
日が沈み、空に月と星が顔を出し始めた頃。
「では、【ニャルラトホテップ教団】捕縛部隊の指揮は君に任せたよ。オクトー君」
「りょーかい」
【ニャルラトホテップ教団】の団員達が転移した事から魔力の流れを辿り、大凡の転移位置を確認。そして都市防衛と捕縛のために人員を選別。再び転移されないよう魔道具を調達し、闘争に備えて武器の整備を進めていたら、すっかり夜になってしまった。
「じゃ、行ってきまーす」
オクトー君に続いて、捕縛部隊に組み込まれた団員達が城を後にする。
「(……しかし、今回の指令は考えれば考えるほど奇妙だ)」
オクトー君の背中を見送りながら、私は思案していた。
まず、【ニャルラトホテップ教団】の捕縛を命じられた理由は、陛下が彼らを危険な邪教徒だと判断したことによる。
一時期彼らの拠点で寝泊まりしていた身としては、彼らの思想・信仰に危険な要素はどこにも見当たらなかった。
そもそも、陛下は何時何処で彼らの教義を知ったのだろうか。城に自由に出入りできる者に【ニャルラトホテップ教団】の団員でもいたのか?であれば、その人は捕縛されている筈だが、誰も捕縛できていない。全員の逃亡を許してしまっている。
「(うーむ……何か、致命的な見落としをしている。ような気がする……)」
その根拠は何なのか。その見落としとは何なのか。出てこない解党に頭を悩ませ、首を捻っていると──。
「国盗りの時間だあああぁっ!」
夜の静寂を打ち破るような声と共に、法螺貝の音が鳴り響いた。
吐いた理由
・シズル、リノ、ノウェム、ジョージ、その他【ニャルラトホテップ教団】団員:半年勉強してない、出席してないから成績と進路が危ない
・ネネカ、マサキ:半年の無断欠勤
・ラジラジ、ダイゴ:半年トレーニングをさぼった