従者の旅支度   作:技巧ナイフ。

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お久しぶりです。ふとした思い付きで書いてみました。

魔女の旅々はいいぞ!




喫茶ボラッチャの昔日

 私には、些細だけれど忘れらない記憶があります。

 

 夕陽に照らされた丘の上。大きな木を背もたれにして、これまた夕陽に照らされた平和国ロベッタを一望しながら、私は隣に座る2つ歳上の男の子に宣言しました。

 

「私ね、大きくなったら魔女になってニケみたいに旅をするの!」

「…………」

 

 男の子は夕陽が眩しいのか目を細め、それでも穏やかな微笑みを私に向けてくれました。

 暖かで、優しくて、そんな彼の笑顔が私は———

 

「だからね…その……私が旅に出る時は…」

 

 あの頃の私は今と違って、物をはっきり言うという事が苦手でした。

 無意識にエプロンドレスの裾を掴んでモジモジとしながら、それでも勇気を振り絞った言いました。隣で微笑む幼馴染へ向けて。

 

「旅に出る時は…一緒に来てほしいの!」

「…………」

「ダメ…かな……?」

 

 彼は黙って私を見つめるだけ。

 私は彼の返事を待ちました。心のどこかでは分かっていたのです。彼が、私のお願いを断るはずが無いと。

 だから彼の口から紡がれるであろう「YES」を待ちました。

 

 ……ですが待てど暮らせど彼は微笑みを浮かべたまま、うんともすんとも言いません。

 

「ね、ねぇ……」

 

 あの頃の私は、まだ我慢できるという年齢でもありませんでした。

 勇気を出して振り絞ったお願いの返事が待ち遠しくて、彼の肩を叩きます。

 

「あの、ダメ…?」

 

 きっとこの時の私は、油断すれば世界中の全人類が思わず誘拐してしまいたくなるほど可憐だったことでしょう。

 そんな可憐な美少女のお願いを向けられた彼のお返事は———

 

 

 

「……んあ? ごめん寝てたわ。イレイナ、なんか言ったかな?」

 

 

「死ね」

 

 その日、私は初めて人の顔面に蹴りを入れました。それが原因でしょうか。

 きっとこの時の記憶を、生涯忘れることはありません。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。こちらの席へどうぞ」

 

 平和国ロベッタの市場に面した喫茶『ボラッチャ』。まぁ、僕の実家なんだけど。

 今日も今日とて、ティータイムで賑わっていた。

 

 店内を見回せば子ども連れの親子、買い物途中のマダム御一行、お喋りに興じる女学生達、デート中の男女、もしくはデート中の男男、あるいはデート中の女女、などなど。

 各々の平和な時間が穏やかな喧騒を店内に作り出している。

 

「アフタヌーンティーセット2つを3番テーブル。フエルトケーキとコーヒーを1番カウンターだ。シキ、頼んだ」

「了解だよ、父さん」

 

 平和なのは、お客様だけでございます。

 

 厨房の父さんと、ウェイトレスの母さん、ウェイターの僕ことシキは涼しい顔をしながらも内心死にそうです。

 なんでって? この時間(おやつ時)ウチ(ボラッチャ)のピークだからだよ! 

 

 というのも、僕の両親は昔どこかの名家で従者をやっていた。その経験からか、2人が淹れる紅茶やコーヒーがやたら美味しい。

 その結果、喫茶店なので軽食もあるのに、おやつ時の方が混雑するようになっちゃったわけだ。何なら昼食時とか閑古鳥が鳴いてる始末。

 閑話休題。

 

 ここまで忙しいと人は1つの境地に至る。

 心の中に、忙しくて焦ってる自分と、それを冷静に見てる自分が生まれるのだ。

 

(いやまぁ、生まれたから何だって話だけど……)

 

 冷静に見てる自分がツッコミを入れてくるのに内心ため息を吐きながら、もうひと頑張りだと気合を入れたところに、「きゃっ!」と女性の悲鳴が耳朶を叩く。直後、ガシャンとカップが割れる音。

 僕はタオルを持って悲鳴を上げた女性の元へ。

 

「ご、ごめんなさい…。手が当たっちゃって」

「お気になさらず。お召し物に飛んだり、火傷などはございませんか?」

「あ、えっと……」

 

 女性客の視線が自身の履くスカートに向けられる。その視線を追うと、彼女の白いロングスカートと靴に割れたカップの中身が飛び散って染みを作っていた。あらら……。

 

「ご安心ください。足元、失礼します」

 

 僕は手に魔力を集め、杖を取り出す。これぞ魔法使いの特権。

 取り出した杖をひょいっと振ると、あら不思議。スカートと靴の染みが、スゥと消えていきました。

 さらに割れたカップにも、えいや。バラバラになった破片がみるみる繋がり、床に溢れた中身もその元通り。

 

 時間逆転の魔法。その名の通り時間を巻き戻して、壊れた物を修理したり怪我を治したりする最高に便利な魔法です。

 実を言うとそこそこ高度な魔法なんだけど、両親の教育方針でこれだけは上手に使えたりする。逆に他の魔法はほぼ扱えず、魔法使いと言えばの箒に乗って空を飛ぶことすら満足にできない。

 

 僕は元に戻ったカップをお盆に乗せ、ニコリと女性に向けて営業スマイル。

 

「すぐに新しいものを淹れて参ります。少々お待ちください」

 

 

 

 

 ピークが過ぎ、店内にはお客さんが3人。

 どうせ夕食をウチで食べる人はほとんどいないので、僕たち家族は3人揃って空いてるテーブル席で一息ついていた。

 

「お疲れ様」

「うい、お疲れ……」

「お疲れ様〜」

 

 ベタ〜と3人揃ってテーブル席に突っ伏す。3人のお客さんは家族絡みの付き合いがあるので、大目に見てくれるでしょう。

 

「やっぱりバイト雇おうよ父さん。流石にあの人数を母さんと僕で捌くのはしんどい」

「そんな事言ったら厨房なんて1人で回してるんだぞ」

「絶対設計ミスでしょ、あれ」

「だからあの時言ったのよ? こんな狭くて良いの、て」

「店を始める時はまさかここまで繁盛するとは思わなかった……」

「「 ハァ…… 」」

 

 ウチの厨房はかなり狭く、1人用の設計になっている。

 まな板やら冷蔵箱やら作業台をコの字型に設置して、中央に立つ父さんがその場でクルクル回るだけで調理が済むという完全効率重視のものだ。

 なので、父さん以外の人間が立つとむしろ調理の妨げになってしまう。まぁ、そもそも軽食関連が大して売れないのでその心配はさほど無いけど。

 むしろ紅茶やコーヒーを淹れる手が欲しい。

 

「どこかに居ないかな〜。ウチの店の事情を知っていて……」

「昔から通ってくれていて……」

「なおかつ美人で気が効く頭の良いお嬢さんは……」

 

「「「 ねぇ? 」」」

 

 突っ伏した姿勢のまま、僕たち家族は一斉にお客さんの方———3人家族の娘さんにヌルリと首だけ回して視線を向ける。

 

「何度も言ってますが、ここでバイトはしませんよ」

 

 3人家族の娘さん———灰色の髪が特徴的な2つ年下の幼馴染イレイナがプイッとそっぽを向いた。

 

「いやそこをなんとかお願いだよイレイナちゃん!」

「バイト代弾むわよ!」

「通常の2倍以上出してくれるなら話を聞きましょう」

「……ふむ」

 

 いつもならバッサリ切り捨てるところを、珍しく少しだけ前向きな回答をしたところで父さんが真剣な顔で考え込む。

 そして考えが纏まったのか、僕に向けて———

 

「シキ、お前のバイト代をイレイナちゃんに上乗せしてもいいか?」

「いいわけないでしょ」

「じゃあ誰のバイト代をイレイナちゃんの分にすればいいんだ!」

「母さんのにすれば?」 

「私のお金に手を出したら離婚よ」

「やっぱりシキしかいないな」

「自分の分をカットすれば良いでしょうが」

「ふざけるな! まだ今年発売のローズマリーちゃんがふみふみしたワインを買ってないんだぞ!」

「あらなぁにそのワイン……詳しく聞かせて?」

「…………」

 

 何やら語るに落ちたらしい父さんを、母さんが床に投げ倒して顔面をふみふみ。店内で暴れないでもらえませんかね。埃が舞うから。

 

「で、実際働く気はある? 2倍以上は流石に無理だけど、少し色を付けるくらいならやってくれると思うよ」

「真面目な話、無理ですね。そろそろ魔女見習い昇格の試験があるので」

「あぁ…もうそんな時期か」

 

 魔法使いには大きく分けて3段階の称号がある。

 分かりやすく言うと、魔法が使えるだけの“魔導士”。そこそこ使いこなせる“魔女見習い”。めっちゃ使いこなせる“魔女”。

 ちなみに僕は魔導士だね。ていうか、魔女見習い以上は女性じゃなきゃならない。どうも魔法という技術は、男性より女性の方が向いてるものらしい。

 んでんで、魔女になるにはまず魔女見習いにならないといけない。その試験は平和国ロベッタでも不定期に開催されているんだけど、次の試験をイレイナも受験するようだね。

 

「応援してるよ」

「……本当に?」

 

 ジト〜とした目が向けられ、僕は思わずそっぽを向いた。

 ……本音を言うと、試験が行われる日は受験生の付き添いで来た人達がウチにかなり来店するので、イレイナのことを考えている余裕はない。

 個人的な感情を優先するなら、「その試験はどこか他所でやってくんない?」って感じだよ。

 

 しかし、それだけでは幼馴染としても少し寂しい。

 

「久しぶりに魔法教えてあげようか?」

「もう貴方から学ぶことはありません」

「うーわ可愛くない」

「別にあなたに可愛いとも思われたくないのですが」

「昔はシキ(にぃ)シキ兄ってどこ行くにも僕の後ろを着いて来てたのになぁ…」

「む、昔の話でしょうそれは!」

 

 あの頃は見た目も相まって本当に可愛かったんだけどなぁ…。成長するに連れて内面の可愛さが容姿に吸収されてしまったらしい。まぁ、美人は大概性格悪いものだし。

 

「ちなみにヴィクトリカさん。イレイナの魔法の腕前に関してはどうなんでしょう? 確か試験の中には魔法でド突き合うものがありましたよね?」

 

 あんまりからかうと魔法を打ち込んで来そうなので、素早く話し相手を転換。

 天衣無縫のイレイナも、流石に母親と話す相手の邪魔はできないからね。

 

 イレイナと同じ灰色の髪を三つ編みでまとめた彼女の母親———ヴィクトリカさんは指を口元に当てて軽く微笑んだ。

 

「さぁ? ここ最近イレイナが魔法を使うところ見てないからわからないわ」

「イレイナ……ぼっち極めすぎてついに家族とも……」

「違います! そもそも私はぼっちじゃありません! 魔法の練習は1人でやる方が集中できるんですよ」

「…………」

「なんですかその生暖かい目は! 大体、可能な範囲の努力すら1人で出来ない人が魔女になれるわけないじゃないですか」

 

 それは本人のやる気次第じゃないだろうか。

 キャンキャン吠えてるのが面白いので生暖かい目を継続していると……やべっ、途端に無表情になった。

 

「ま、まぁ! そうだよね! うん、イレイナの言うことが正しいと僕は思うよ! 1人で努力できない奴は、誰といても努力できないよね! ね‼︎」

 

 魔法を打ち込まれては堪らないので、慌てて誤魔化すことに。

 年上としてのプライド? そんなものは無い。痛いの嫌だもん。

 

 基本的にイレイナは理性的な人間なので、僕への苛立ちを胸に収めて着席してくれた。

 

「……シキだって1人ぼっちだったじゃないですか。初めて会った日のこと、忘れたんですか?」

「あぁ〜、ヴィクトリカさんが突然イレイナのこと連れてきたよね」

 

 両親とヴィクトリカさんは昔何かと縁があったらしく、その延長線上で僕とイレイナの繋がりがある。

 どうやら両親が、僕に友達が出来ないことを心配して同年代の娘がいるヴィクトリカさんに相談したらしい。

 べ、別にぼっちじゃなかったし! 友達とかっ、いらなかっただけだし! 

 

「いやほらよく言うでしょ。万の知人より一の親友って」

「……貴方と親友とか反吐が出るんですけど」

「ははっ、誰もイレイナの事とは言ってないよ。イレイナちゃんは自意識過剰でちゅね〜って痛ったあぁぁぁ⁉︎」

 

 素早く取り出されたイレイナの杖から魔力の塊が放たれ、僕の顔面に命中。超痛い。

 ……なるほど。この精度で魔法が使えれば、魔女見習いの試験も突破できるだろう。知らんけど。

 

 それはそれとして———

 

「おやおやごめんなさい? ちょっと気まぐれに魔法の練習をしたら、た・ま・た・ま・そこにいて当たってしまったシキ兄さん?」

「……絶対わざとでしょ」

「いやー敬愛する幼馴染に私がそんな事するはず無いじゃないですかイヤですねー」

「随分と魔法のコントロールが下手くそみたいだね。これじゃあ試験も不合格待ったなしだよ。この程度の腕前でよく魔女になるとか豪語できるね? 身の程を弁えたら?」

「あらあらそんな下手くそな私にドヤ顔で魔法の基本を教えたのはどこの誰でしたっけ〜? 我ながら師に恵まれなかった自分自身に涙が止まりませんよ」

「ははは。僕も教えたものを右から左に受け流すバカタレに根気よく教え続けた自分自身の健気さに涙が止まらないな」

「…………」

「…………」

 

 お互い目を見て黙り込み、しかし視線には刃を仕込ませて殺すつもりで睨み合う。

 そして息を吸い込み、

 

 

 

「「 上等だ表出ろおぉぉぉ‼︎  」」

 

 

 

 




はい、いかがでしたか?一通り喧嘩をした後は、2人とも普段通り接します。これが2人の日常。
ちなみに喧嘩はシキくんが9割の確率で負けます。ロベッタの魔導士がイレイナさんに勝てるわけないやろがい!

主人公の名前に関しては、花の名前で男性名に使えそうなものが見当たらなかった為、“四季”→シキとなりました。
断じて月姫リメイクが発売したからではありません。

ps.月姫リメイク買いました。
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