これは昔の記憶だ。だって、今の僕からは考えられないほどに視点が低い。
目の前には誰のものとも知れないお墓があり、僕を挟むように喪服姿の両親が立っている。
いつもは大人とは思えないほどに落ち着きのない両親が、静かに目の前のお墓へと黙祷を捧げてる。それが5分、10分と過ぎていき、痺れを切らした僕は父さんの袖を引いた。
「ねぇ、お父さん? このお墓には誰がいるの?」
僕の質問に父さんは答えてくれない。普段の僕なら子どもらしく「ねぇねぇ」とせがんだかもしれないけど、この時はできなかった。
2人とも、泣いていた。
それからさらに5分くらい経ってから、2人は示し合わせたように目を開いて顔を上げる。
「このお墓はね、お母さんとお父さんのとても大切な人のものよ」
墓石に置いた花の見栄えを少しでも良くしようと整えながら、母さんがさっきの質問に答えてくれた。
それから場面は移り変わり、馬車の中。たぶん帰り道かな。
そこで母さんは、おもむろに僕を抱き締めた。
「どんなに時間を巻き戻しても、亡くなった命は戻らないから」
「お前は、父さん達みたいにならないようにな」
今度は僕を抱き締める母さんごと、父さんが背中側から抱き締めてくる。
大人2人分に抱かれて少し苦しかったけど、それ以上に2人の匂いと体温が嬉しかった僕は……きっと笑っていた。
2人の言ってる意味なんて分からずに。
2人の言っている意味は分からなかった。けど、2人が僕に“
そんなシリアスな記憶を思い起こしたのは、目の前の父さんが珍しく真面目な顔をして語り出したのが発端だった。
「いいか、シキ。従者にとって1番必要な魔法は、時間逆転の魔法だ」
父さんは遥か昔の、しかし自分の輝かしい過去に想いを馳せるような顔で続ける。
「従者も所詮は人間。時には皿を割り、時にはバケツを倒し、時にはカーテンに突っ込んで盛大に破り、時には主人に熱々の紅茶をぶっかけてしまうこともある」
「…………」
「それを全て解決するのが、時間逆転の魔法だ」
「…………」
「
言い終わり、父さんはうんと大きく頷いて満足そうに目を閉じた。
それを見届けて、僕は厨房にいる母さんに声を掛ける。
「母さーん。父さんの戯言終わったよ〜」
「変わった遺言だったわね」
「ま、待て! 待ってくれ! 父さんは悪くないんだ! あの時……あの時ハートのAが来たら勝っていたんだ! 悪いのは父さんを見放したポーカーの神なんだ!」
「悪いのはその日の売り上げを賭けポーカーにつぎ込んで全額スってきた貴方よ。今からでもヴィクトリカさんに謝って返して貰いに行きなさい」
「ヴィクトリカさんが一度手にした金を返してくれるわけないだろ!」
まったくその通りだけど、だからと言って『はいそうですか』と引き下がるわけにはいかない。
喫茶店の経営は基本的に薄利多売。繁盛して初めてそこそこの生活水準に辿り着ける。
なので、1日の売り上げだけでも欠ければ我が家の死活問題となるわけだ。
まぁ、3日前に開催された魔女見習い昇格試験のおかげで今はさほど問題じゃないんだけどね。それはそれとして、賭博でスったという事実が許し難い。
「シキ」
「なにかな?」
「どんなに時間を巻き戻しても、無くなった金は戻らないんだよ」
いいから行けよ。
なんとか父さんがお金を持って戻ってきた午後。ピークも過ぎていつものように家族揃ってテーブル席に突っ伏していると、父さんがおもむろに口を開いた。
「そういえばイレイナちゃん、試験に合格して無事魔女見習いになったらしいぞ」
「へぇ」
「あら? 反応が薄いわね」
実のところ、イレイナなら合格するだろうなとは思っていた。
口では色々言いつつも、なんだかんだ彼女が努力をしているのは知ってたし。
でもそれを言うと、まるで僕がイレイナを信じていたみたいに聞こえるので黙って話の続きを促す。
「今は師事する魔女を探しているらしいんだが、どうもそれが上手くいってないそうだ。どうやらロベッタ史上最年少で魔女見習いになったのが原因らしい」
「うん? それってなんか問題あるの?」
「……んーまぁ、そうだなぁ」
純粋な僕の疑問に、父さんは気まずそうに目を逸らした。
魔女見習いが魔女になるには、まず現在魔女の地位にある者に弟子入りし、師匠となった魔女に認められなければならない。
逆説的に言えば、師匠が見つからなければ魔女見習いは世界中の誰よりも魔法を使いこなせたとしても魔女になれないというわけだ。
「普通最年少で合格した優秀な人材なら、『是非弟子にしたい』って声が掛かるものじゃない?」
「まぁ……そこはほら、魔女も人間ってことよ」
平和国ロベッタでも、魔女はさほど珍しい存在じゃない。なんならウチの常連にも普通に魔女はいるし。
確かに魔女って聞くだけだと、森の奥でケタケタ笑いながら大鍋で怪しい液体をかき混ぜてるイメージだけど、実際の魔女はわりと普通の大人の女性だ。一般人と同じアパートに住んでたり、市場で買い物したりするし。
そこは母親らしく、僕の想像していることが理解できたらしい。首を振って真相を教えてくれた。
「簡単に言えば、気に食わないのよ。今現在魔女の人も、当然魔女見習いの試験を受けてきたわけでしょう? その合格した年齢が自分より低いともなれば、良い気持ちはしないわよ」
「あーそういうね……。なるほど」
なんとなく理解した。魔女なんて超然的な存在のくせに、なんだかみみっちいね。
「僕はてっきり、イレイナがクソ生意気で受け入れられないのかと思ったよ」
「あの子は礼儀正しいだろ。あの年でちゃんと敬語を使えるし」
「そうね。今の若い子なんて挨拶すらまともにできない子もいるくらいなのに」
「でも生意気だよ?」
「あなたにだけよ」
意味が分からない。付き合いの長さで言えば、父さん母さんと僕はほとんど同じくらいのはずなのに。
「やっぱり下に見られてるのかな……。一発シメようかな」
「別に舐められるてるわけじゃないわ。あと返り討ちに遭うだけだからやめときなさい」
「それよりお前は、イレイナちゃんが合格したことを祝ってやれ」
「……まぁ、今度会ったらね」
一応イレイナの兄貴分として、それくらいは良いだろう。
魔女見習いの証であるコサージュをこれでもかと見せつけてドヤ顔を浮かべる姿が目に浮かんで大変遺憾だけど。ホント、めちゃくちゃ遺憾だけど。
と、思わず苦虫を千匹噛み潰したような顔になっていると———カランカラン。ドアに付けてあるベルがお客さんの来店を知らせてくれる。
こんな時間に珍しいな。
「いらっしゃいませ」
即座に立ち上がった僕は、営業スマイルを浮かべてご挨拶。
女性の1人客だ。見ない顔だな。
「こちらの席へどうぞ」
顔見知りであろうと無かろうと、客は客。
夜闇のようなミステリアスな雰囲気の女性を席へ促す。ふと胸元を見ると、魔女の証である星をかたどったブローチが付けられている。
噂をすれば、てとこだね。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
僕がお客さんを席へご案内してるうちに、父さんは厨房へ。
母さんは時間逆転の魔法を突っ伏していたテーブルに掛けて清潔な状態に戻していた。
「ロベッタの人じゃないよね?」
「そうね。初めて見るわ」
うん。母さんが見たことないなら間違い無いか。
「あ、お願いしまーす」
「はい。ただいま」
「こちらのクロワッサンとシチューのセットを。飲み物はコーヒーで」
「かしこまりました」
うん、間違いない。このお客さんはロベッタの人じゃないね。だってウチで食事を摂ろうとしてるんだもん。
オーダーを通すと、父さんはめちゃくちゃビックリしていた。ボソッと「まさかまたシチューを作ることになるとは……」とか言ってたよ。どんだけウチの食事って注文されないの。
すると、久しぶりにちゃんとした食事を提供できるのが嬉しいのか、父さんは僕にあのお客さんと親密になるよう注文してきた。なんで店側の注文も受けなきゃならんのじゃ。
とはいえ、これもまた営業努力。常連さんは多くて困るものでもないし。
「この国には観光でいらっしゃったんですか?」
突然話し掛けられた魔女さんは、アルカイックスマイルが如く細められた目を少しだけ見開いて僕に向けた。
「いえ、こちらに会いたい人が住んでいまして」
「なるほど。……失礼ですが、滞在期間はどれほど予定しているのでしょう?」
「このお店では、客にそんな事も聞くのですか?」
あまりにも直球な質問に、魔女さんは不審そうに顔を顰めた。おっとっと。
「失礼しました。私事なのですが、この間の魔術試験で友人が合格しまして。しかしどうやら、師匠となる人が見つからないようなんです。お見受けしたところお客様は魔女のようなので、何かアドバイスを聞かせていただければと」
「おや、そういうことでしたか」
「不躾な質問、ご容赦ください」
「いえいえ。そういうことでしたら構いません。ちなみに、その合格した子のお名前を伺っても?」
「イレイナと言います」
イレイナの名前を告げた瞬間、魔女さんの目がまたもや少しだけ見開かれた。
「もしかして知り合いでしたか?」
「うーん…まぁそうですね……知り合いと言うか…
「うん?」
不思議な言い回しに首を傾げるけど、女性は誤魔化すように微笑むだけ。
もう少し突っ込もうかと思ったけど、タイミング悪く彼女の注文した料理を母さんが持って来た。
「お待たせしました〜。クロワッサンとシチューのセットとコーヒーです」
「わぁ…美味しそう!」
クロワッサンが目に入った瞬間、先ほどまでのミステリアスな雰囲気が霧散して子どものような顔に。
……どうやら、お喋りはここまでみたいだね。
お腹が空いてたのか、あっという間に食べ終わった魔女さんは会計を済ませてドアを開ける。
と、いつの間にか外では雨が降っていた。
「よろしければ、どうぞ」
僕は魔女さんに、こんな時の為用に置いてある傘を差し出した。しかし、魔女さんは首を振って丁重にお断り。
「雨は魔法で防げますから。それより、この辺りに森なんてあったりします?」
「でしたら、国から少し外れたあちらに」
「そうでしたか。ありがとうございます」
そう言って魔女さんは呼び出した箒に乗り、杖を振って雨を防ぐ為の魔法を起動。
降り注ぐ雨粒が魔女さんだけをスッと避けるようになった。
「あ、そうだ。あなたのお名前、まだ伺ってもいませんでしたね」
「僕ですか?」
「はい。あなたです」
この魔女さんは喫茶店の店員の名前をいちいち覚えるのかな。別にいいけどさ。
「シキです」
「シキくん、ですね。覚えました。私はフランです。星屑の魔女フラン。こちらのクロワッサン、大変美味しゅうございました。時間があった時には、是非また寄らせていただきます」
「恐れ入ります。お待ちしていますね」
「はい。では」
フワッと箒で浮かび上がり、魔女さんことフランさんはさっき教えた森の方角へ飛び去っていった。
すぐにその姿は雨の中へと消えてしまった。
(不思議な雰囲気の人だったなぁ……)
とりあえずウチの食事を気に入ってくれたみたいだし、また会えるか。
会ったらもう少しイレイナのことを話してみようかな。なんだか食べ物で釣るみたいで気が引けるけど、それくらいの義理立てはしてもいいでしょう。当然対価は要求するけどね。
さて対価はどうしようかと顎に手を当てて少し考えていると———トントン。誰かに肩を叩かれた。
「はい。いらっしゃいま……ひえっ⁉︎」
振り向くと、そこには濡れた灰色の長い髪をダランと垂らして佇む女性の幽霊が……
「シキ……シャワーと着替えを貸してください」
「って、イレイナか。濡れねずみのコスプレ?」
「師匠になってくれる魔女を探してたら突然雨が降ってきまして……」
「傘は?」
「持ってたらこんなびしょ濡れになるわけ無いでしょう少しは考えて物を言ってくださいよ」
「魔女見習いになったなら、雨くらい魔法で防ぎなよ。さっき来てた魔女さんはやってたよ」
「……あっ、その手がありましたね」
珍しい。なんだかんだで頭の回転が早いイレイナなら、それくらいすぐに気付きそうなものだけど。
……もしくは、そんな簡単な事にすら気付けないほど参っているか。
まぁなんでもいいや。
「ほらタオル。浴室温めておくから、ある程度拭いたらおいで」
「……ありがとうございます」
いつものクソ生意気さが鳴りを潜めているせいか、張り合いが無い。つまんないの。
店内の奥———移住部に入って浴室のシャワーの蛇口を開け、脱衣所にバスタオルと僕の予備の服を置いておく。流石に下着は準備できないので、母さんに時間逆転の魔法で乾かして…というか雨で濡れる前に巻き戻して貰うように頼んでおこう。
「あ、そういえば……」
脱衣所に入ったイレイナが、扉越しに声を掛けてきた。
「なに?」
「私が魔女見習いになれたこと、知ってたんですね。まだ言ってなかったはずですが」
「さっき父さんから聞いたんだよ。午前中にイレイナの家に行ったでしょ?」
「私は会ってませんね」
「……もしかしてその時間から街にいたの?」
「そうですね。1日中歩き倒して足が棒のようです。貴方にマッサージする栄誉を差し上げましょうか?」
「足首の内側に超痛いツボがあるから、そこ押してあげるよ」
「淑女の足を触ろうとするなんてセクハラですね」
「そうだね。だからイレイナの足に触れるのはセクハラにならない」
「むしろ私すら淑女として扱えないような貴方の品格に疑問を覚えます。恥ずかしくないんですか?」
「イレイナ以外なら恥ずかしさのあまり引きこもってるよ」
扉越しに殺意を感じる。誰に負けても良いけど、こいつに負けるのは気に食わないので殺意を返しておく。
「はぁ……さっさとシャワー浴びなよ。あんなにずぶ濡れだったんだから冷えたんじゃないの。風邪引くよ?」
「お見舞いの品はパンを所望します」
「なんで風邪引く前提なのさ……。誰が看病任されると思ってんの?」
「適材適所ですよ。馬鹿は風邪引かないって言いますし」
シバき倒すぞイキリ魔女見習い。
「…………」
返り討ちになる結果を考えて黙り込むと、脱衣所からシュルシュルと衣擦れの音がする。僕を言い負かしたと盛大に勘違いしているのか、鼻歌交じりの。
「ちゃんと温まるんだよ」
「……覗いたら殺します」
「覗いて楽しい体になってから言いなよ」
「ぶっ殺す!」
口ではそう言いつつも、既に脱いでしまった為にイレイナは出てこない。
ふっ、僕の高度な作戦に引っ掛かったね。
しかし僕に対してだけは負けず嫌いを発揮してくるイレイナをこれ以上からかうと、本当に風邪を引きかねない。
ここはもう立ち去ろう。そう思って廊下を歩き出すと———
「———シキ」
「なに?」
「1日中歩いてお腹空きました。何か作っておいてください」
「わかったよ」
それだけ答えると、バタンと浴室の扉が閉じられる音が聞こえた。
確かクロワッサンがあったかな……でもあれは作り置きか。
「…………」
生地はまだあったし、お土産用に焼いておいてやろうかな。
はい、いかがでしたか?なんだかんだでイレイナさんには甘いシキくんでした。
この後はフラン先生が注文したものを提供した後、お土産用にクロワッサンをたっぷり持たせてあげます。
〉まるで僕がイレイナを信じていたみたいに聞こえるので
→めっちゃ信じてます。