「従者とは時に主人を守る盾となり剣となる存在だ。ならば、従者にとって最適な武器とは何だと思う?」
とある日の夕食。僕が自分の皿に盛られたサラダに潜むセロリをせっせと避けていると、唐突に父さんがそんな事を問いかけてきた。
「なんなのさ、急に」
「従者を雇える人間は、大半が金持ちだ。そして金があるところには人が集まる。善人でも、悪人でも」
何が言いたいのかは分からないけど、何を言ってるのかは分かる。
つまり———
「従者は主人を守る為に戦わないといけない時がある、てこと?」
「そういうこと」
そもそも僕、暴力NGな人なんだけど。まぁ、そんな深く考えないでもいいか。所詮は食事中の雑談だし。
「う〜ん……武器かぁ…。剣とか? 魔法使いなら普通に魔法もアリなんじゃない?」
「違う‼︎」
ダァン! 父さんは心底悔しげにテーブルを叩いた。
ザクッ! 母さんは心底苛立しげにフォークで父さんの手を刺した。
痛そう……。
「正解はフォークよ。正確には
唐突な凶行にドン引きする僕へ、フォークを洗いながら母さんが教えてくれた。
「……な、なんでよ」
元従者の2人が言うなら間違い無いんだろうけど、それでも食器を武器にするのはやめてほしい。
昔はどうあれ、今のあなた達は飲食店の店員ですよ?
そんな非難と呆れが混じり合った複雑な目を向けると、両親はドヤ!
たぶんドヤ顔のお手本があったらこれだろうと思えるような、完璧なドヤ顔を僕に向ける。
「「 銀のナイフやフォークで戦う従者ってカッコいいから‼︎ 」」
「———ということが昨晩あってね。どう思う?」
「いやどう思うと言われても……」
隣を歩くイレイナを見下ろすと、すごくどうでも良さそうな顔をしていた。
「1ヶ月ぶりに会った幼馴染へ最初に振る話題がそれですか」
「そういえば師匠になってくれる魔女が見つかったんだってね。良かったじゃん」
「……どうも」
本日、僕の実家である喫茶ボラッチャは週に1度の定休日だ。
なので本来ならば惰眠を貪ろうと考えていたんだけど、この隣を歩く幼馴染が昨晩
なんでも、師匠に魔法の研究で使う材料を買ってくるように頼まれたので、それに付き合ってほしいとのこと。
端的に言えば荷物持ちだ。
「まぁ必要無いのでは、と思いますね」
「あ、そう? じゃあ帰っていい?」
「いいわけないでしょう。何の話ですか」
「うん? 今の買い物だけど……」
「違います。私が言ってるのは、『従者に最適な武器』という話です」
「あぁそっちか」
そんな考えるほど高尚な話題でも無い気がするけど。
「まぁ、そもそもロベッタで戦闘が必要なことなんて起きないしね」
ここは平和国ロベッタ。平和が平和を呼び、平和の平和による平和の為の国と言っていいほどに平和な国だ。
発生する事件だって、せいぜいが酔っ払い同士の喧嘩やショボい盗み。僕の知る限り殺人事件なんて起きた試しが無い。
ここまで平和な国は世界的に見ても珍しいらしいけど、生まれも育ちもロベッタの僕にとってはこれこそが当たり前だよ。
「それもありますが、
イレイナはそれだけ言うと、今日買う物が記された手元のメモに目を落とした。
横目でチラッと覗き込むと、そこには丁寧に、しかしびっしりと箇条書きされている。
「うへぇ……それ全部僕が持つの?」
「もちろんです。何の為によんだと思ってるんですか」
「一応今日は僕にとって週に1度の休日なんだけど」
「いいじゃないですか。必要経費ですよ」
「なんの?」
「普通に生きてたら一生女性と縁が無いであろうあなたが、こうして絶世の美少女である私と並んで歩けるんですよ」
「……続けて」
「普通ならば血を吐いて喜び、衆人環視の中で歓喜の舞を踊って然るべきかと」
「ふふっ…イレイナが…女性って…ぷぷぷ」
「あ゛?」
「お゛?」
イレイナが耳を引っ張ってきたので、仕返しにぼくはほっぺたを摘む。
「
「痛たた……まずそっちが放しなよ」
互いに1ヶ月のブランクを感じさせない煽り合いと鋭い視線を交わしながら、僕らはメモの1番上に書かれた物が売られている店へ向かう。
「疲っかれた〜」
時刻は正午過ぎ。僕とイレイナは街中にある広場の一角に腰を下ろした。
僕は手に持っていた大量の紙袋を慎重に地面へ下ろす。
「お疲れ様です。どうぞ」
「ん。ありがと」
隣に座ったイレイナが、すぐそこの露店で売っていたアイスティーを手渡してくれる。
今はさほど暑い時期じゃないけど、異様に喉が渇くよ。言い合いしながら歩いてるからかな。
「昼食は私が用意してあげました。サンドイッチでいいですか? いいですね? ちなみにあなたに拒否権はありません」
「疲れ果てて言い返す元気も無い……」
「……そうですか」
「あと、はい。僕も作ってきたよ」
人魚座りの膝の上に魔法でバスケットを呼び出したイレイナは、その中から1組サンドイッチを差し出してきた。見ると中にはベーコン、レタス、トマト。ごく普通のBLTサンドだね。
対して僕も、イレイナと違って魔法で収納することができないので、ずっと手に持っていたバスケットから紙に包まれた丸いパンを取り出す。
「むむむ? これは何のパンですか?」
「ウチで出そうと思ってる新作。食べてごらん」
「……ちゃんと美味しいんでしょうね?」
「まずは食べなよ。食べ物の文句を食べる前に言うな」
「む……それはごめんなさい。いただきます」
苦言を呈しながら、僕は僕でイレイナのサンドイッチを一口……うん、美味い。
ちょっと濃いくらいに塗られたハニーマスタードがむしろ味を綺麗にまとめてるね。
僕が食べるのを見守っていたイレイナも、恐る恐る渡されたパンをひと齧り。
「んむっ! これは…シチューですか?」
「正解。正式な商品名は決めてないから、とりあえずシチューパンってことで」
「なるほど。パンをシチューに浸す食べ方がありますが、いっそのことパンの中にシチューを入れたんですね。まさに逆転の発想」
「一応カレーパンってのがあるから、それの真似だけどね。どう?」
「アリかと。ただ中のシチューが液体なので、こうやって持ち上げて食べると下に寄れてしまうのが惜しいですね。これでは味が偏ってしまいますし、シチューが溜まっているところを噛んだらブシャっと飛び出してしまうでしょう」
「ふむ……となると、もう少しシチューをドロドロにした方がいいかな?」
「そうですね。シチューそのものは絶品ですので、味は変わらないように気を付けていただければ問題ないかと。冷めても美味しく食べられるシチューというのはなかなか斬新です」
「了解。父さんに伝えておくよ」
無頼のパン好きであるイレイナは、パンの新商品を作る時には必ず意見を伺う人間の1人だ。
ちなみに彼女の母であるヴィクトリカさんも同じく。
他にも常連の中で特に古株の何人かに協力を仰ぐことがある。閑話休題。
改善点を指摘しつつも、イレイナはパクパクとすぐに渡した1個目を食べ切ってしまった。気に入ってもらえて何よりだよ。
おかわりが入っているバスケットを取りやすい場所に置いてやり、僕もイレイナ作のサンドイッチに舌鼓を打つ。
そしてイレイナが2個目の半分ほどを齧ったところで———ピタリ。おもむろに動きが止まった。そのまま成り行きを見守っていると、片手で口元を押さえてプルプル震えている。目には涙が溜まっていく。
「シキ…やってくれましたね……っ」
瑠璃色の涙目がこれでもかと睨みつけてくる。そんな彼女に、僕はにっこりスマイル。
「———きのこってさ、
イレイナの嫌いな食べ物はきのこだ。昔からこれだけは食べようとせず、父さんやヴィクトリカさんがどんだけ細かく刻んで料理に紛れ込ませても目敏く見つけて綺麗に弾いていたよ。
だから僕は、
僕がバスケットに詰めたシチューパンは5個。横並びに一列にして置いた。そしてその中できのこが入ったシチューパンは、右から2番目と左から2番目。育ちも行儀も良いイレイナは、必ず隅から食べていく。
つまり、僕が左右どちらから取り出しても、2個目には必ずきのこの入ったシチューパンを引く配置になっているわけだ。
「はっはっはっ! 優しいシキ
涙目のイレイナの頭をポンポン叩きながら2個目のサンドイッチをいただく。
緑色のソースに浸したであろうチキンが挟まれてる———バジルチキンか。薄っすらとバターの香りもするね。
見事に引っかかったイレイナの姿に上機嫌な僕は、ガブり。大きくバジルチキンサンドを齧って———
(この…強烈な……青臭さは…っ!)
———セロリ……⁉︎バジルの色と香りで齧るまで気付かなかった!
「……ふっ…!」
見ればイレイナは涙目のままだが、これでもかと勝ち誇った顔をしてやがる……こいつ!
「幼稚ないたずらを……っ!」
「どの口が…ほざいてんですか……っ!」
僕たちは大嫌いな食べ物の味に生理的な涙を流しながら、互いを殺す勢いで睨み合う。もちろん勢い余って口の中のモノを吐き出さないように抑えて。
たぶん今うさぎ程度の小動物なら、僕とイレイナの間を通っただけでストレスに負けて死ぬかもね。そのくらいの勢いで睨み合い、同じタイミングでなんとかアイスティーを使って口の中のモノを胃に流し込んだ。
そして———ガシッ! ガシッ!
左手で相手の胸ぐらを、右手でバスケット内にある相手の嫌いな物が入ったパンをそれぞれ掴み、
「「 これでも食らえぇ‼︎ 」」
文字通り
「「 ぐっ…… 」」
同時に口元を抑え、弾かれるように離れる。うぅ…口の中にあの凶悪な青臭さと刺々しい風味が充満するぅ……。
えずきながらも、口に入った部分だけはなんとか飲み込んだ。
「……やめましょう。ただただ不毛です」
「……そうだね」
イレイナが食べかけのきのこ入りシチューパンを渡してきたので、それを受け取り僕の食べかけのセロリ入りサンドイッチをその手に置いてやる。
今さら間接キスを気にする仲でも無い。
未だに口の中に残る憎き残滓へ死んだ目を浮かべながら、僕らはモッソモッソとパンを食べるのであった。
夕陽に照らされながら、僕は紙袋を両手いっぱいに持って背後からイレイナの腰にしがみついていた。あ、セクハラじゃないよ?
現在地は、ロベッタ上空でございます。
「ちょおぉぉ⁉︎イレイナ! 高い! 怖い! もっと低く飛んでよ!」
「うるさいですよ。いい加減慣れてください」
「冷静に考えるんだそもそも人は陸上生物であって空を飛ぶようにはできてない。つまり慣れる必要はないんだ」
「あなたも一応は魔法使いでしょう」
「魔法使いが空を飛ばなきゃいけないなんて決まりはない」
「便利なものをわざわざ使わない理由のほうがないと思いますよ?」
「ああ言えばこう言うね」
「お互い様です。ほら、夕陽でも眺めていてください」
「今目を開けたら確実に失神する」
僕、高いところ苦手なんだよねぇ……。だって落ちたら死ぬじゃん。
「馬鹿と煙は高いところが好きと言いますが?」
「じゃあ今証明されたね。僕は高いところ嫌いだから馬鹿じゃない」
「それで証明できたと考えるところが既に馬鹿です」
ビビり散らす僕が面白いのか、憎まれ口を叩きながらもイレイナの声は少しだけ弾んでいる。性格悪いなぁ……。
怖いのを我慢してイレイナの横顔を見れば…ほら、口の端が吊り上がってる。嫌な奴だよ。
「……ねぇ、イレイナ」
「なんですか?」
「修行は楽しい?」
「……何故そんなことを?」
「なんとなく。僕はてっきり、弟子入りしたら魔女と認められるまで顔を見せないと思ってたから」
「……っ…」
飛ぶ方向を調整したせいで黙り込むイレイナの顔は、夕陽の逆光で見えなくなっていた。
でもさっきまで吊り上がっていた口元が、横一文字に引き結ばれているのは微かに分かる。
「……別に深い理由なんてありませんよ。ただ荷物持ちが欲しかっただけです」
「そう」
無意識に、大量の紙袋を持つ手に少しだけ力が入った。
修行が楽しいかという質問に、イレイナは答えない。
「あとはまぁ……」
「うん?」
「肩肘ばっかり張っていても疲れてしまいますから。息抜きにあなたのマヌケ面を見たかったというのも、1%くらいはなきにしもあらずです」
「あらら〜? イレイナちゃんは僕のことが大好きなのかな〜〜〜?」
「16歳になっても未だに高いところが苦手なあなたのことを好きなわけないじゃないですか。精神年齢にまでお得意の時間逆転の魔法を掛けてるんですか? 寝ぼけてると落ちますよ?」
「———じゃあ、嫌い?」
「…………」
イレイナの答えを待つ。まぁ、こんなやり取り昔からやってるから聞くまでも無いんだけど。
「———別に……嫌いでは、ないです」
ほらね。
「なに笑ってんですか」
「こっち見てないのになんで分かるのさ」
「やっぱり笑っていましたか死ね!」
「うわわ⁉︎ちょっ…揺らさないで怖いから‼︎」
「お断りします」
またも僕が慌てふためく姿に、嬉しそうな顔をするイレイナ。
正直、せっかくの休日を潰されたあげくに荷物持ちとして使われたのは腹立たしいけど———
「ほら! しっかり捕まってないと落ちてしまいますよ!」
まぁ———こいつの笑顔も見られたし、良しとするか。
「おや、またお会いしましたね」
「あなたがイレイナの師匠でしたか」
僕は杖を取り出し、イレイナの師匠———星屑の魔女フランへと向ける。
「……穏やかではありませんね」
対して、初対面の時と変わらずミステリアスな雰囲気を保ちつつ彼女も杖を呼び出した。
僕が何をしても、魔女であるフランさんなら対処可能だろう。
だけど構わず、僕は問いかける。
「———あんた、イレイナに何をした?」
今日という日は、まだ終わらない。
はい、いかがでしたか?所謂デート回でした。
色気?そんなものは無い(無慈悲)
周囲から見たらこの2人、ただの仲良しです。この年まで付き合いがある幼馴染なんてこんなもんですよ
お互い嫌いな物を知り尽くしているので、まぁ2人の関係性上こういったバトルは比較的日常茶飯事かと思われます。
最後は不穏な雰囲気で締めさせていただきました。
シキくんがフラン先生と戦ったら?
→勝てません(ネタバレ)