時間は10分ほど遡り、僕がイレイナと共に彼女のお師匠が住む家に到着した頃。
「えらく立派な家だね」
「恐らくですが魔法を使って建造されています。やたら階段が多いのが困りどころです」
一本の大木をそのまま掘削してできたような家に感嘆の声を上げる僕に、イレイナはため息混ざりに返した。
魔法1つで家まで作れるなんて……魔女ってやっぱり凄い。
「荷物持ちはここまでで結構です。今日はありがとうございました」
「せっかくだからイレイナの師匠に挨拶くらいはして行こうかな」
「……必要ないでしょう」
「挨拶は基本だよ? できない奴は人間じゃないって母さんが言ってた」
「あなたのお母さんは色々極端なんですよ……」
「まぁ、本音を言うと疲れたんだよ。荷物持ちのお礼にお茶くらい出してほしいな」
手をプラプラ振って僕のお手々疲れてますアピールをすると、イレイナは心底面倒くさそうな顔に。たぶん心の中で、図々しいとか思ってるんだろうなぁ。
「それにこの手だと、帰りの箒で落ちちゃうし。イレイナも幼馴染が落花死するところなんて見たくないでしょ?」
「えっ……私が送るんですか?」
「逆に聞くけど、僕にここから家まで歩けと?」
わりと本気の顔できいてくるイレイナに戦慄した。
魔物が出るという話は聞かないけど、それでも夜の森の中は危険がいっぱいだ。転んだら膝を擦り剥いちゃう。
いやまぁ…僕が箒に乗れるようになればいいんだけど、高所が苦手な僕が乗れるようになる日が来るのだろうか。たぶん来ない。
「はぁ…わかりましたよ。だったらさっさと挨拶済ませちゃってください。私はお茶を淹れてきますから」
「あれ? お師匠さんに帰って来たって報告しないでいいの?」
「……時間短縮です。私だって夜に飛ぶのは勘弁したいので」
家に入っていくイレイナは僕の持つ紙袋一式を魔法で浮かす。
「先生はあっちです」とだけ言って、浮かした荷物を引きつれて廊下の角に消えていった。
お昼辺りから思ってたけど、魔法でそれができるなら僕が荷物持ちする必要なかったんじゃない……? 今さら言っても後の祭りだけどさ。
イレイナの指した方向に家の中を進むと、明かりが漏れている部屋を見つけた。ここだね。
コンコンとノックをすれば、「どうぞ」とどっかで聞いた記憶のあるおっとりとした声。
「お帰りなさい、イレイナ。帰って来たばかりで申し訳ないのですが、晩ご飯を用意して……あら?」
こちらに顔を向けたイレイナの師匠は———星屑の魔女フランさん。
「———あんた、イレイナに何をした?」
僕の問いかけにフランさんは……いや、フランの目はすぅっと細められた。
「……これはあの子の差し金ですか?」
「差し金?」
「ふむ、どうやら違うようですね」
何を期待していたのかは分からないが、彼女は残念そうなため息を溢した。
「あなたとイレイナの関係を聞いてもよろしいでしょうか?」
「幼馴染です。腐れ縁とも言いますね」
「恋仲ではないのですか?」
「やめてください。笑い死にします」
危ない危ない。もしここが彼女の家でなければ本当に腹を抱えて笑い転げていたよ。
今はお互い杖を向け合って言葉を交わすという、比較的シリアスな場面なんだけど……うん、既に腹筋が攣りそう。
「……その様子だと、本当に幼馴染というだけのようですね」
「むしろどこをどう見たら僕とイレイナが恋人同士に見えるんですか?」
「“魔導士が魔女に杖を向ける”。そんな事、生半可な覚悟じゃできませんよ普通」
「よく分かってるじゃないですか。僕は生半可な覚悟で聞いてはいません」
ここで魔法の撃ち合いになったら、十中八九勝ち目は無い。
魔女である彼女なら、家具の破損を気にするなんてハンデにもならないだろう。
でもね———勝ち目がないことと、負けることは必ずしもイコールじゃない。
それすら見透かしているのか、僕の目を静かに見据える彼女は杖を下ろしてはくれないようだ。
「さて、私がイレイナに何をしたかという質問でしたね」
「はい」
「つまり、あなたは私が師匠という立場を利用してあの子をいじめているのではと疑っているわけですか」
「くどい。いいから答えてください」
「せっかちですね。では、率直にお答えしましょう。答えは“ノー”です」
今度は逆に、僕が彼女の目を見据える。逸らしたり
まぁ、嘘を吐くことになれている者ならそれくらいのコントロールは難しくないし大して基準にもならないけど。
「あんたは、何もしてない?」
「何もしてない……そうですね。その通りです。私は彼女に
「……含みのある言い方ですね」
「わざとです」
「…………」
「1つ答えたので、私からも1つ聞かせてください」
「どうぞ」
「何故私があの子をいじめていると思ったのですか?」
交換条件を匂わせるような言い方のくせに、随分とつまらない質問だ。魔女らしい言い回しといえば、魔女らしいけど。
「最初に疑問に思ったのは、今日昼食を食べようとした時です」
「一緒にですか?」
頷くと、「まぁ!」と面白がるような声を上げた。まだ話し始めでしょうが。
「あいつは昼食を入れたバスケットを魔法で収納していました。まずこの時点でおかしい」
「おかしい…でしょうか? 別に魔女見習いならそれくらいできて当然では?」
「そうでしょうね。“できて当然”です。だからおかしいんですよ」
「うん……?」
「それができるなら、
「あの子の魔法の技術がそこまで及んでいないとは考えなかったのですか?」
「イレイナがその程度のこと、できない筈ない」
「断言しますか」
「一応昔からあいつの努力は知っているつもりです」
「……ていうか、あなた荷物持ちとして買い物に同行していたんですね」
「言ってませんでしたか?」
「ちなみに先ほどまでのあなたに対する私の認識は、ヌルッと不法侵入してきた不審者でした。だから怖くて杖を下ろさなかったのですが……」
あ、そんな理由だったんだ。……まぁ、言われてみれば確かに。
僕はこの人の部屋に入るなり、挨拶もそこそこに杖を向けて尋問したし、そう思われても仕方ないのかな。
「それは申し訳ありません」
「でも、杖を下ろしてはくれないんですね」
「……話を戻しましょう。イレイナは、基本的に他者を頼ることはしません。荷物持ちも昔ならいざ知らず、魔女見習いにまでなった今なら魔法も熟達していることと考えていました。そして、その推測は先ほど確信に変わりました」
家の前に着いた時、イレイナは魔法で買った物を全てをあっさり運んでみせた。
だったらもう、答えは決まってる。
「……あなたと一緒に買い物を楽しみたかったとは考えられませんか?」
「それも同じ理由で否定できる。今のイレイナは魔女見習いです。あいつは昔から魔女になって旅に出るのを夢見ていました。もうそこに片手が掛かっている状況なんです。一刻も早く帰って魔女になる為の勉強がしたい筈なのに、僕と一緒に買い物をするなんて非効率なことをするとは思えない」
これに関しては断言できる。
僕はイレイナの買い物リストに書かれた物のほとんどを理解できなかった。まだ僕がリストに載っている物がどこに売られているか分かれば、買い物に誘うメリットもあっただろう。
だから、今回僕と買い物をするメリットなんて1つも無かった。むしろ勉強時間は削られ、買い物は1日かかり、クタクタに疲れるだけだ。
だったら、答えなんて1つしかない。
イレイナは———僕を頼った。素直じゃないあいつらしいやり方でね。
「———もう一度聞きます。あんた、イレイナに何をした? 僕は同じことを3回も聞いてあげるほど優しくありませんよ。……そうなろうとは努めていますが」
イレイナに関して言えば、僕は彼女の両親の次には詳しいだろう。
あいつのことなら大体分かる。
どんな事も僕より早く上手にこなせる。誰よりも優秀なくせに、誰よりも努力している。そういう部分では、まぁ尊敬してると言ってやってもいい。調子に乗って煽り倒してくるだろうから本人には言ってやらないけど。
「青臭い戯言に聞こえるかもしれませんが、努力は報われるべきだと、僕は常々思っています。なんの努力もしてこなかったからこそ、努力する人間には敬意を払いましょう」
「……あの子は、私の目から見ても大変優秀です。天才と言ってもいいでしょう」
「だから何もしないと?」
フランはやっと杖を下ろした。ニコリと、こちらの全てを見透かすような微笑みを浮かべて。
「天才だからと言って、努力していないわけじゃない」
「えぇ、そうですね」
「イレイナの努力を“天才”の一言で片付けるような奴を、僕は絶対許さない」
「もし私がそんな奴ならどうしますか?」
「あんたにはイレイナと出会う前に
「……なるほど。ですが、それは不可能です」
僕の言いたいことは正しく理解しているようだ。その上で星屑の魔女フランは僕の魔法を対処してくるだろう。
それは、魔女という魔法使いの最高位だからこその自信からくるものだと思っていた。
だったらここで彼女が浮かべるべき笑みは、“不敵な笑み”のはず。
そう……間違ってもそのような———大切な宝物を撫でるような、ずっと独り占めしたい思い出を慈しむような、そんな優しい笑顔ではない筈だ。
「今の私があるのは、あの子がいたからです。これからのイレイナが
……まただ。1ヶ月前、初めて会った時と同じ。この過去形と未来形がごっちゃになった妙な言い回しをする時、この人はまるでやっと初恋が実った少女のような顔になる。
「私もあなたと同じですよ、シキくん」
「……何が?」
「できる事ならイレイナを傷付けたくない。でも、嫌われるのが怖くて師匠なんてできません。引き受けた以上、あの子に足りないものを全力で叩き込む所存です」
真っ直ぐこちらを見返す彼女の目には、何やら覚悟のようなものが見て取れた。
(あぁ……そっか。この人は———)
ミステリアスな雰囲気に呑まれて勘違いしていた。その勘違いを、僕は脅迫という最悪な形で相手に突きつけてしまった。
「……どうやら僕は誤解をしていたようですね。すみませんでした」
「イレイナに近しいあなただと、そちらの方が望ましいんですが……まぁ良いでしょう。どうせ明日で“何もしない”のは終わりですし」
「できれば穏便に分からせてほしいところですが……イレイナ相手だと難しいですか」
「泣くようなことはないと思うので、そこはご安心を」
「もし泣くようなことがあれば……」
「私を許さない、ですか?」
「いえ、その泣き顔を写真に収めてウチに送っていただけると助かります。煽るのに使えそうです」
「……あなた、本当にイレイナのこと大切なんですか?」
何を言ってるんだこの人は。
「もちろんです。それはそれとしてあいつの悔しそうな顔を見るのは僕の人生の楽しみですから」
「……なるほど。あのイレイナにして、この幼馴染ありというわけですか」
「ご理解いただけて何よりです」
これでも普段は接客業といえ名の遠慮とサービスを振り撒く仕事をしているんだ。
幼馴染相手くらい、そんなものは取っ払いたい。じゃないとストレスで胃に穴が空く。
少々引いてるフランさんに心外だと思っていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
『シキ、扉を開けてください』
そういえば、僕とフランさんの会話はイレイナに聞こえなかっただろうか。
本人に聞かれるとそこそこ恥ずかしいことも言ったので、できればその時だけはイレイナの鼓膜が潰れていてくれたら良かったんだけど。
すると、
「魔法でこちらの部屋の中の声は外に漏れないようにしておきましたのでご安心ください」
フランさんマジ素敵。先生とお呼びしてもよろしいでしょうか。
目礼で感謝を表し、扉を開けてやる。
そこには、意外に似合うエプロンをしたイレイナが3人分のカップを載せたトレーを持って立っていた。なにやら不満そうに頬を膨らましている。
「遅いです」
「文句言うな。こちとら1日中色気もへったくれも無い幼馴染に付き合わされた後なんだ。今くらい素敵なお姉さんとのお喋りで癒されたいんだよ」
「あらお上手」
「ふん!」
「痛った⁉︎」
カップに入ったお茶を揺らすことなく器用に僕の脛を蹴り、イレイナはテーブルにそれぞれ配膳していく。意外にも淀みない。
「……ねぇ、イレイナ? 何故か僕の前に置かれたお茶だけ、ティーカップの中でボコボコ沸騰してるんだけど、何これ?」
「親愛なるシキには1番美味しい状態で飲んでほしいので、冷めないように魔法をかけておきました。一気に飲んでください」
「口から食道まで焼け爛れるわ」
「シキ
「こういう時だけ『シキ
てかどこで覚えたの、それ。
「いいから早く飲んでください。心を込めて淹れたんですから」
「嘘くさい…。でも、なんか変わった香りだね」
「えぇ。とても上質な雑草を使ってみました」
「……このプカプカ浮いてる黒い塊は?」
「払い落とし忘れた土ですね」
「…………」
さっきは嫌いじゃないって言ってたけど、やっぱりイレイナは僕のことが嫌いなんじゃないだろうか。
てか少し怒ってない?
ジト〜とジト目を向けると、イレイナはぷいっと灰色の髪を靡かせるようにそっぽを向いてコツン。杖で僕のカップを叩いた。
すると、みるみるうちにカップの中身が変化して普通のお茶に様変わり。
あらかじめ認識を曲げる魔法をカップにかけて、今解いたのかな。
「香りは変わらないね」
「……見た目しか変えてませんでしたから」
「なんでそういう悪戯するかなぁ」
「うるさいです。私の師匠相手に鼻の下を伸ばしてるシキにはこうです」
ぺちこん。今度は頭を杖で叩かれた。
「頭に魔法をかけました。あなたは将来必ず禿げます」
「なにしてくれてんの⁉︎」
なにその地味すぎるくせにアホみたいな精神的ダメージを負わせる魔法⁉︎
魔女見習いって凄いね! そんなしょーもない魔法まで使えるんだ⁉︎
結局僕とイレイナは、やいのやいのといつも通り言い合い、最終的に胸ぐらを掴み合ったところでフランさんに止められた。
帰りの箒でイレイナが無駄に高く飛ばした恨みは、いつか1京倍にして返してやろうと思っている。きのこでいいや。
———そして月日は流れて1年。その間、イレイナが僕の前に姿を現すことはなかった。
はい、いかがでしたか?わりと面倒くさいシキくんでした。ちなみに彼の好きなタイプはフラン先生だったりします。
サブタイで長く短いと書きましたが、イレイナさんのいない1年間はカットで。