従者の旅支度   作:技巧ナイフ。

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従者の旅支度

 “魔法”という技術は、男よりも女の方が上手く使える。

 魔法に関してほとんど勉強をしてこなかった僕でも知ってる常識だ。

 どうしてなのかは分からないけど、まぁ“そういうもの”らしい。だから真正面から魔法を打ち合ったら、僕はどう頑張ってもイレイナには勝てない。魔女になったのなら、もはや勝ち目なんて無い。

 

 でも、そもそも僕は打ち合いなんてことができるほど使える魔法のレパートリーは多くない。手持ちなんて『時間逆転の魔法』しかないんだ。

 だから、これだけを応用する。

 それこそ、パンと一緒だね。小麦粉をどのようにして捏ね、形作り、焼くか。使い方次第でまったく別のパンが出来上がる。

 

 例えば、

 

「足元にはご注意、てね」

「冷たっ」

 

 イレイナの右足が踏み締める地面に時間逆転の魔法。その部分が水溜り———正確には()()()戻された。

 現在僕たちが立っている場所も、遠い昔は海だったんだ。

 

 もちろんこんなのは決め手にならない。これはただの牽制で、本命は停滞しているイレイナが放った初手の魔法。

 足が濡れるのを嫌ったイレイナはその場から数歩だけ移動して……そう、魔法が発射された地点に場所に立った。その瞬間、時間逆転の速度を上げて、最初に打ち込まれた魔法には元の位置へ戻ってもらう。現在イレイナがいる場所に。

 

「くぅ……っ」

 

 流石にこれで決着というわけもなく、イレイナは箒を呼び出して上空へ飛び上がった。

 さらに間髪入れず、今度は先端が鋭く尖った氷柱の雨を無数に降らせてくる。……これ当たったら穴あきチーズになるよ! 

 なので停滞してもらう。

 

 男の僕では扱える魔力の底なんてたかが知れてるので、さっさと氷柱の降り注ぐ範囲から離れて解除。地面に深々と刺さる氷柱に僕は戦慄した。これ殺す気じゃん。

 ……実は勝負にかこつけて僕を亡き者にしようとしてない? 

 

「こら、イレイナ! 箒で飛ばれたら僕は何もできないよ!」

「お断りします。大人しく的になってください」

「これ勝負だよね⁉︎正々堂々の勝負だよね⁉︎」

「コレは、楽しみにとっておいたパンを横取りされた分! コレは、貸した本を紅茶で濡らされた分!」

「完全に私怨だった!」

「コレは、観察していたら目の前で鳥に食べられてしまったイモムシの分! コレは、えっと……とにかく当たってください!」

 

 上空から一方的に魔法で攻撃してくる魔女とか怖すぎる。あとイモムシに関しては僕まったくの無関係なんですけど。

 

 だからといって当たったら絶対痛いので、僕は丘の上を全力疾走で駆け抜ける。どうしても当たりそうなやつだけは一瞬だけ停滞させ、直撃しない位置まで来たら解除して魔力を温存。

 

「地面に戻れ!」

 

 流石にこれでは彼女の魔法の餌食になるのも時間の問題なので、一旦リセットさせてもらおう。

 現在イレイナがいる位置から、彼女が立っていた初期位置までの空間丸ごと時間逆転の魔法を掛ける。

 どんなに抵抗しても箒に乗ったまま地面へと引き戻されるイレイナへ、僕は雑草ごと拾った泥を投げつけてやった。

 

「ちょっ…!」

「もういっちょ!」

「子どもですかあなたは⁉︎」

 

 子どもだってもう少しまともな方法で攻撃するだろうね。

 ちなみにこの泥投げ、やられるとかなりウザい。服汚れるし。

 

 再び地面に降り立つ形になったイレイナは、慌てて泥を防ぐ。

 それと同時に、僕へ向けて何の捻りも無い魔力の塊を無数に撃ってきた。

 泥投げは中断。魔力の塊を時間逆転の魔法で停滞させて、それの軌道上から退避する。

 

「面倒な!」

「では、これならどうでしょう?」

 

 魔女らしい笑みを浮かべて、イレイナが杖を一振り。

 すると、僕を中心にして全方位に様々な魔法が展開された。火球や雷、氷柱、高圧の水流、刃引きされた剣や槍、単純な魔力の塊……それらが僕を取り囲んでいる。

 

「降参しますか?」

 

 展開された魔法は、イレイナが指示すればすぐさま僕に殺到する。

 1つでも当たれば行動不能だし、もし全部当たったらなんて想像しただけで鳥肌ものだ。

 でもね? 

 

「しない」

「…………」

「躊躇っちゃダメだよ、イレイナ。僕を超えるんでしょ?」

 

 挑発。もしくは虚勢。たぶん虚勢寄りかな。

 

 男の僕では、いくら努力しても魔法の制御なんてたかが知れてる。だから全方位を囲まれると、流石にどうしようも無い。

 

「では、お望み通りに…!」

 

 イレイナの振るう杖が魔力で煌めく。

 瞬間、彼女の魔法が獲物を仕留める獣の如く僕へと殺到してきた。

 

 

 

 ……ドボン。

 

 それは、僕が()()()()()()。コポコポと泡が耳元を過ぎる。

 足元の地面を時間逆転の魔法で遥か昔まで巻き戻して、僕は全方位からの魔法を避けてやった。

 流石のイレイナも、地中にまでは攻撃してこない。

 

 そして僕の上———地上では、放たれた魔法の中にあった炎と水が衝突したことで大量の水蒸気が発生している。

 

(今がチャンス!)

 

 僕は水蒸気に紛れるようにして地中の海水から素早く這い上がり、箒を呼び出す。

 イレイナと会えなかったこの1年間、僕だって魔法使いとして全く成長していないわけじゃないんだよ! 

 いつまでも箒の操作ができないワケじゃない。

 

「……っ⁉︎」

 

 水蒸気から箒に乗って飛び出してきた僕に、イレイナは目を見開く。

 

「男子三日会わずば刮目せよ! 約365日会えなかったんだから、122と余り1回刮目しなよ、イレイナ!」

「計算間違ってますよ」

「お黙り!」

 

 このまま箒でまっすぐ突っ込んで、イレイナから杖を取り上げる。そうすれば僕の勝ちだ。

 悪いけど、まだまだ兄貴分として負けてやるわけにはいかないよ。

 

「———残念ですが、私の勝ちです」

「へ? ……ふべっ⁉︎」

 

 見えない壁にぶつかった。これは……風魔法か! 

 

「あなたの時間逆転の魔法は確かに厄介です。でも、結局それを行使するのはあなた自身。どんなに鉄壁の守りでも、見えなければ防ぎようはありませんよね?」

 

 無様にも箒から転げ落ちた僕へ、イレイナはゆったりと歩いて近寄ってくる。

 その目は、この獲物をどうやって料理してやろうかとサディスティックな輝きを灯してるし……うわぁ。

 

 イレイナの使った風魔法は、戦闘用の魔法の中でも群を抜いて汎用性が高いし簡単だ。

 そしてその何よりの利点は()()()()こと。

 どれだけ僕の時間逆転の魔法が最上の盾であっても、知覚できなければ構えようがない。そこを突かれたんだ。

 

「イレイナ、風魔法得意だったっけ?」

「おや? シキは魔女見習いの魔術試験がどういうものかお忘れですか?」

 

 ……あぁ、なるほど。箒に乗って最後の1人になるまで魔法でシバき合う、だったかな。

 つまりイレイナは、他の参加者を風魔法で妨害したわけか。なんて小汚い。

 

 どこまでも鼻につくドヤ顔でご高説を垂れ腐りやがる幼馴染は、杖を一振りしてから仰向けに倒れる僕へ跨り、さらに両手首を掴んで押し倒す形を取る。

 

「言いましたよね? 私は今日、あなたを超えるって」

 

 僕の目をまっすぐ見下ろしながら、イレイナは静かに告げた。

 

 鼻先が触れ合いそうな至近距離。

 彼女の体温やら吐息やらを間近に感じる。

 この状況で僕が今思うことは1つだけ。

 

(チャ〜ンス)

 

 今のこの体勢なら、相手が魔女だろうと関係無い。単純な男女の筋力差で簡単に逆転できる。

 どんな狙いがあったかは知らないけど、こんな状況にしたのは判断ミスだよ。

 

「よっと……っ? …あれれ?」

 

 イレイナの矮躯を力任せにどかそうとするけど、びくともしない。1年間会わないうちにイレイナが筋肉ゴリラにでもなっちゃったのかと一瞬思ったけど、どうやら違うみたいだ。

 

 これは過重力。文字通り、過分な重力を加えて相手を拘束する魔法だ。

 イレイナは僕に過重力を掛けて、その上から跨ってるわけか。

 

 過重力の下から微かな抵抗を感じ取ったらしいイレイナは、動けない僕を見て嬉しそうに笑ってる。なんて性格が捻くれているのでしょう。

 

「さぁ負けを認めてください? 私はあなたを超えましたよ」

「…………」

「早く認めちゃってください。なんだかシキ、生臭いですし」

「……たぶん磯の香りってやつだね。海水に浸かったから」

「へぇ、これがですか。海沿いではこんな匂いがするんですね」

「旅の楽しみを取っちゃったかな?」

「予習した、と考えることにします」

 

 なんだか悔しくて敗北宣言を先延ばしにするため軽口を叩くけど、彼女は乗ってくるだけ。

 どうしても僕に負けを認めさせたいみたいだ。

 確かに、ここから僕に逆転の手段は無い。どう頑張ってもどうしようも無い。

 でも、それはそれとしてこのドヤ顔にただで屈するのは悔しいことこの上ない。

 

 なので、最後の負け惜しみに……

 

「イレイナ」

「はい」

「重い。痩せろ」

「死ね」

 

 鼻っ柱に思いっきり頭突きを食らった。超痛い。

 

 

 

 

 

 イレイナとの決闘から1週間後の早朝。

 僕とイレイナは並んで喫茶ボラッチャの前にいた。見送りとして、僕達の両親が目の前にいる。

 

「うぅぅ……イレイナぁ、本当に行くのかい?」

「もう…また泣いてるの? この人ったらこの1週間ずっとこの調子なんだから」

「お父さん……」

 

 これから当分の間、大事な一人娘に会えないとあってイレイナのお父さんは号泣してる。

 同じく大事な一人息子と会えない筈なのに、ケロッとしてる僕の両親とはえらい違いだ。

 

「シキくん! イレイナを頼んだよ!」

「いや、そんな……お義父さん」

「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはあんまり無い!」

「少しはあるんですか……」

「君ならイレイナの結婚相手になっても良いと思ってるからね」

「僕は嫌です。願い下げです」

「……いい度胸だ」

「冗談ですお義父さん気軽な冗談ですから取り出したその杖をしまってくださいお願いします‼︎」

 

 どうやらイレイナの旅立ちとあって情緒不安定なようだ。下手に刺激しないよう僕は誠心誠意謝っておく。

 そしてすぐさま会話相手をヴィクトリカさんに転換。

 

「そのタキシード、よく似合ってるわよ」

「従者たる者ってことで燕尾服かタキシードの2択を迫られたんです。拒否したらメイド服になるところでした」

「あら、メイド服も似合いそうだけど」

「ご冗談を……」

 

 17歳の男がメイド服で魔女に付き従って旅をしてるとか、あまりにも面白すぎる。着てる本人以外は。

 

「イレイナのことお願いね。あの子にもよく言い含めたけど、やっぱり心配だもの」

「親として当然だと思いますよ。そのあたり、僕の両親とは違いますね。昨夜なんて2人揃って呑んだくれて帰ってきましたし」

「ふふ、そうね」

 

 ヴィクトリカさんは小さく笑って、イレイナと話してる僕の両親へと意味深な流し目を向ける。それは見ようによっては、どこか成長を喜ぶようなもの。

 

「ああ見えてシキくんの門出を喜んでいるのよ。吹っ切れたように見えて、やっぱり従者というものに未練があったようだし」

「……? どういう意味でしょう?」

「ううん。こっちの話」

「……?」

 

 何やら僕のあずかり知らぬところで、両親とヴィクトリカさんの間にも何かあるらしい。

 なんの事かと首を傾げる僕の頭に、ポン。ヴィクトリカさんの手が置かれた。

 

「ありがとね。イレイナの旅に同行してくれて」

「いえ」

 

 旅は道連れ。灰の魔女イレイナの旅物語の最初の道連れが僕というだけの話だ。

 従者という形のね。

 

「シキ」

 

 イレイナと話していた父さんが、僕に手招きをする。

 ヴィクトリカさんへ一礼して、そちらへ向かう。

 

「餞別だ。これをやる」

 

 そう言って父さんが差し出してきたのは、ガチャガチャと中から金属音が鳴る布巻き。

 広げてみると、異なる彫刻のシルバー(銀食器)ナイフが3種類6本ずつの計18本入っていた。

 

「ナイフだけこんなに持ってても仕方ないんだけど」

「食器に偽装してあるが、護身用の武器だ。昔言っただろ? 従者の武器はシルバー(銀食器)が1番カッコいいって」

「言ったっけ?」

「言った言った。言ってなかったとしても言ったことにしろ」

「あ、うん」

 

 まぁ、世の中言った言わないの論争ほど不毛なものはないし、適当に頷いておこう。

 

「昔、骨董堂とかいうヘンテコな反魔法使い団体に襲撃されてな。そいつらが使ってた武器を強盗……こほんッ! 強奪したんだ」

「言い直した意味……」

「気にするな」

「……」

「その3種類のナイフはそれぞれ不思議な効果がある。これはどんな事をしても折れず曲がらない頑丈なナイフ。こっちはどんな物でも切断できるナイフ。そっちがどんな魔法も刃を通すだけで無力化するナイフだ」

 

 えっ、凄いじゃん。てか1番最後のナイフ、イレイナとの決闘の時に渡して欲しかったんだけど。

 

「どんな物でも切断できるナイフと頑丈なナイフは魔力で取り出せるようにしておけ。特に前者の扱いには気を付けろ。指が落ちる」

「お、OK」

 

 ビビりながらも布巻きの中から12本取り出して杖や箒みたいに瞬時に取り出せるようにしておいた。

 魔法を無力化できるナイフは、適当に身につけておいた方がいいらしい。

 

「まぁ、親としてしてやれるのはこれくらいだな。使わないことが最善だがな」

「善処するよ」

「あぁ。お前が無事に帰ってくることを願ってるさ」

 

 そう言って父さんは、ニコリと笑いかけてくれた。そして、バトンタッチするように母さんへ視線を流す。

 

「母さんも何かくれるの?」

「そうね。じゃあ、お母さんからは従者の心得というやつを」

「できれば即物的な物がいいな。お金とか」

「聞け!」

「はい……」

 

 用意するのが面倒くさかったらしく、母さんは大声で誤魔化した。汚い大人だ。

 

「従者たるもの、主人の“渇き”には敏感でありなさい」

「渇き…?」

「退屈や空腹、その他諸々の欲求のことよ」

「なるほど」

「だからあなたは、いついかなる時も側でイレイナちゃんを潤す存在———泉以下、マグカップ以上である水筒(ボラッチャ)になるのよ」

「……どゆこと?」

「今は分からなくてもいいわ。こういう事は多くの経験から学ぶものだから」

 

 よく分からないけど、そういう事らしい。……もしかしてそれっぽい事を適当に喋ってない? 

 ……まぁいいや。突っ込んで聞くとたぶん来年になっても旅に出られないだろうし。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 父さんと母さんは「いってらっしゃい」と優しく頷いてくれた。

 

 

 

 

 

「ちょおぉぉぉ! 風強い! 高いの嫌だ! 速いのも嫌だ! 怖いよぉ!」

「ああもううるさいですね! いい加減自分の箒に乗ってください!」

「旅の思い出に従者の落下死が入ってもいいなら」

「……ちっ」

「舌打ちすんな」

「従者のくせに主人のする事に文句言わないでください」

「主人が嫌われ者にならないよう矯正してあげてるんだよ。感謝と共にお給金寄越しなよ」

「口の利き方がなっていませんね。立場というものを教えてあげましょうか、駄犬」

「上等だよ掛かってあそばせ断崖絶壁ペッタンコのご主人様」

「あ゛?」

「お゛?」

 

 殺伐とした山岳地帯の上空で煽り合い、小突き合い、たまに吹く強風からお互いを支え合う。

 

「で? 次の国って、あの高い壁のところ?」

「えぇ。どうやら魔法使い以外は入国お断りの国———魔法使いの国らしいですよ」

「なんとまぁ……。トラブルに巻き込まれないといいけど」

「私は魔女なので、きっとチヤホヤされまくると思いますよ。まぁ、もし巻き込まれなら……」

「大丈夫。ちゃんと見守ってるよ」

「いや見てないで助けてください」

 

 言われなくてもそうするよ。

 

 見守るのはなんの為か。それは———

 

 

 

 ———守るためだからね。

 







はい、いかがでしたか?これにて“従者の旅支度”完結です。

シキくんの魔法的に、原作に突入すると物語の前提そのものが成り立たなくなってしまうので、旅立ちまでを書かせていただきました。
個人的に王立セレステレリアの話だけは書きたいと思っているので、忘れた頃にポイっと続きを投げるかもしれません(匂わせ)

最後に、ここまで読んでいただきありがとうございました。完結まで漕ぎつけられたのも、読んでくださった皆さんのおかげです。
いつもUAを見てニヤニヤしていました。

もしよろしければ、同じ“魔女の旅々”を原作とした作品で“武士の旅々”も執筆していましたので、そちらも覗いていただけると幸いです(๑>◡<๑)
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