片時雨の下手で   作:苗根杏

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第一回公演『エンターテイナー、あらわる。』  ファーストシーズン
#1 無用途人間


 明転。

 

 

 昔、とあるお笑いコンビのコント公演を見に行ったことがある。

 

 比較的小さめの、下北沢の劇場だ。観に行くまで俺は親から、彼らについて、一欠片も情報を知らされなかった。

 

 着いてみて、初めてそのコンビのフライヤーを見た。テレビで見たことが無い人だった。名前すら聞いたことがなかった。どうやら知名度が低いわけではなく、ネットミームやサブカル界隈ではかなり人気が高いというのは、俺が10歳の時に知ったことである。

 

 後に、そのコンビののっぽの方から聞いたことがある。『電車でも、車でも、徒歩でも。舞台に来てまで見たいという人がいる。そういう方に、舞台を見せたいという人たちが僕たちなんです。その噛み合いって、劇場でしかできない、すごく素敵なことじゃないですか』────

 

 テレビで見たことがない、というのは、彼らは『舞台人』だからである。舞台を主な活動場所とするコンビだったのだ。

 

 俺が会場に来た時、舞台上には、装置らしきものが見られなかった。ただ、奥にあるシンプルな出入口。それとこれまたシンプルな、壁や床と同じ色の、直方体の箱。これだけ。

 

 手抜きか? 予算をケチっている? それとも、こういう芸風……だと名乗っている倹約家か。親はそれについても知っていたのか、黙って彼らの舞台の開演を待っていた。

 

 そう、舞台。コントではなく。彼らは演劇に近い芸風でコントをするのだ。

 

 公演が始まった。ゆっくり、ゆっくりと照明が明るくなっていく。見れば、黒い服を着た男ふたりが、裸足で箱の上に立っている。極めてシュールな光景だった。

 

 7歳だった俺からすれば、2人とも身長が大きく感じた。舞台の下の方から見るので、余計に。あまり迫力のある登場シーンではないはずなのに、漫画の『バーン』みたいな擬音が頭に浮かんだ。

 

 何章かに分けて作られた、しかし、バラバラでまとまりのない、しかししかし、それがひとつの物語のような公演。その第一章。彼らの立つ舞台上は、ほぼほぼ無音だった。

 

 というのも彼ら、言葉を発さない。感嘆詞くらいしか、口から出てこない。なので、始まって数分は、コントといっても、まるで無声映画のような動きだけの劇だったのだ。

 

 今になって驚くべきは、片方の『微動だにしなさ』。瞬きすらも注視しなければ確認できなかったし、指先まで硬直させている。数分間。集中力だとか、忍耐力だとか、そういう次元ではない。

 

 彼らはコントと銘打っておきながら、頭からつま先まで、いわゆる『演者』だったのだ。

 

 それでも観客席は、俺を含めた人々の笑い声が、間隔をあけて何回も起こっていた。凝った演技に笑って、美しくも思えるスマートな動作に魅せられ、またシュールな笑い。

 

『1』

 

 彼ら、ふたりのどちらでもないナレーションが入った。ようやく言葉らしい言葉が出てきた。十数分に及ぶ、パントマイムとユーモア、計算され尽くした笑いの応酬が始まったのだ。

 

 そこからの事は、昨日の夕飯の味よりも鮮明に思い出せる。2時間弱が、高校演劇の大会の60分以内におさめられた劇よりも短く思える。本当に、素晴らしい舞台だった。

 

 どんな劇より、ミュージカルより、落語より、能より、ダンスより、サーカスより、『ひとつ上の次元にいる』彼ら。使えるものは全て惜しみなく出し切り、それでいて無駄はない。

 

 それは彼らの事実上の最終公演だった。いきなり俺は、集大成を生で見たわけだ。後に見る前の公演の味が薄くなりそうなほどの、当時の彼らにとっての……完成系。

 

 それでも俺は、レンタルした過去の公演のDVDを、擦り切れるまで見ていた覚えがある。

 

 いい所の寿司ってのは、味の薄いネタを先に出すと言われてるが、俺はベクトルの違う味の濃いものを連続で食べているような感覚だった。愛知の味噌カツ、タレたっぷりのアナゴの寿司、家系ラーメン……みたいな。

 

 7歳の俺・『穂村 花火(ほむら-はなび)』少年にとって、理解の及ぶ、ほぼ全ての映像が衝撃的だった。中学生になって見直してからも、また別の衝撃を受けた。感情を、創作意欲を揺さぶられっぱなしなのであった。

 

 そのDVDたちのレンタル期間も、親に頼んで延長してもらい、俺は小学生ながらにして、セリフと劇伴と大まかな動きの全てを暗記していた。

 

 小学校の生徒会主催の劇で、先生に頭を下げて脚本を書かせてもらったこともあった。今となっては見るに堪えない、俗に言う自由帳のポエム的黒歴史のような存在であるが、小学生にしては頑張ってた方だと思う。

 

 古今東西、それこそ白黒映画や洋画、演劇を見続け、ようやく演じる側に回ったのは中一の時。中学演劇、そして高校演劇というのを初めてそこで知った。

 

 高校野球、その中でも甲子園なんてのは毎年どこかで必ず1回は見ているというのに、高校演劇なんて話題にも上がらない。大会すごかったねー、とか言わないじゃん。知名度低すぎじゃあないの。当時の俺は失礼な考えをしていた。

 

 だが、その考えは一週間とせず改められることとなる。さて脚本でも書こうか、それとも照明についても学んでみようか、と中学校の演劇部に入ってみたのだ。

 

 まず観せられたのは、第59回全国高等学校演劇大会優勝校『大阪桐ヶ谷高校』の舞台だった。実際に観たのは、県大会の舞台。演目は『贋作マクベス』。今となっては、エジソンが偉いことくらいのレベルの常識だが、高校演劇界を風靡した超有名作品だ。

 

 初めて観た高校演劇の舞台の『すご味』を、初めて観た『贋作マクベス』の衝撃を、桐ヶ谷高くらいの強豪校で更に倍になって受けられた俺は、これ以上ない幸せ者だと言える。

 

 そこからはもう、どっぷり。3年間をまるまる演劇部へと費やした。中学演劇も、見てみれば中々に面白いもので。当然周りは初心者上がりばかり。ある意味では対等な状態で戦える、高校演劇よりも平等な舞台だと言えるだろう。

 

 それで俺が所属したのは、役者。脚本もちょくちょく書きながら、メインの役者の仕事をがむしゃらに頑張っていた。中学3年生の時に、受験勉強のスケジュールをギリギリまで削りながら出た大会では、有難いことにナンタラ演技賞なんかも貰えたりした。

 

 何回も、何十回も。ひとつひとつを鮮明に覚えている、しかし数えるのは億劫な、自分の演技に対する疑問・挫折・後悔・試行錯誤の数々。あとは他者の演技に対する嫉妬の数々。それを乗り越えようとした足跡を記録している砂の粒の数。

 

 見事、自分流の演技を魅せ切れた俺は、清々しい気分で関東大会──事実上、俺が出た最後の舞台を終わらせた。

 

 しかし俺は、そこでまた新たな壁にぶち当たった。引退間際、これからそれを克服するには高校演劇しかない、といった状況で顧問の先生から告げられた、俺の課題。

 

『あなたは独りよがりで、目立ちたがりな演技ばかりをする。もし高校演劇に行くなら、あなたには向いていないかもしれない』

 

 高校でも演劇は続けるつもりだった。しかし、部活なんか入らなくても、1人で落語同好会なり何なりを立ち上げればいい話だ。顧問の言う通り、演劇部には入らず、同好会の部屋の中で1人練習していれば、俺の演劇欲は満たされるだろう。

 

 しかし、『演劇部欲』は満たされない。

 

 あの日、初めて校内で公演をした時、クラスメイトに後日イジられるようなクサイ演技をして、舞台でそのまんま泣くほどの達成感を覚えた時の欲。あれは演劇部でしか満たせないのだ。

 

 他の人とする演技が好きだった俺は、手始めに自分を振り返ってみた。元々ない自己肯定感が更にすり減っただけだった。本当に、俺は他の人と演技ができないのか。もっと自分が嫌いになった。

 

 俺はどうしたもんかと、高校の目立たない所で、1人で発声練習でもすることにした。このくらいなら、どこにも所属していなくてもできる。趣味の一環としての活動だ。

 

 そこで1時間ほど練習していたところ、早速見知らぬ女子生徒から声をかけられてしまった。しまった、『ここはあたし達の練習場所だよ! どいたどいた!』なんて言われるかも。入学早々、やらかし案件になってしまうのか。

 

 ところがどっこい、彼女が俺に声をかけてきた理由は『スカウト』。

 

 かつて『贋作マクベス』と共に、『高校演劇第二世代』を創った学校。俺がこの高校を第一志望にした理由。

 

 そう、『虹ヶ咲学園演劇部』への勧誘だった。

 

 もちろん入学式あたりで、色んな部活のチラシは貰った。演劇部の人からも。しかし、こんな一般生徒に一体何の用だ。演劇部の人だし、もしかして中学生時代の俺のこと知ってたりするのかな。関東大会までしか進んでないけど。

 

『……好きなんスか? 高校演劇』

『好きか嫌いかで言えば大好きです。演劇も、高校演劇も』

『高校演劇と演劇の区別がついている時点で、あなたに野暮な質問は不要。単刀直入に聞く! 誰ですかあなた!』

『桜坂しずくです』

 

『……タメじゃん。なぁ〜んだ、気張って損した。お前さんも崩しな』

『穂村花火さん』

『わ、一方的に認知されてる』

 

『私たちと、してみませんか。演劇』

『…………え?』

『これは「スカウト」です。穂村花火さん』

 

 

#1

無用途人間

 

 

 演劇部の部長に頼まれ、わざわざ俺のいるところを探してまでスカウトに来たのは、俺と同じ虹ヶ咲学園の1年生。国際交流学科所属。赤いリボンがよく似合う、黒髪ロングの清楚系。

 

 同級生だろうと、基本は敬語。優等生気質なため、女子はもちろん、男子からの評判がすこぶる良く、俺も彼女のことについてよく知っている訳では無いが、やはり好い印象を持っているのだ。

 

 言ってしまえば好きである。ああ、言ってしまった。

 

 クラスが違うため、部活に勧誘されるまでは顔も合わせていなかったのだが、現在5月時点、俺はどうしようもないほど彼女のことが好きだ。

 

 いち演劇部の仕事仲間以上友人未満の関係として。頼りになる、しっかりとした同級生として。生物学上の異性として。

 

 この世には、あまりにも言葉が足りない。なのでいつからか、『好き』には様々な意味が込められるようになった。十徳ナイフのように、その一言で如何様にでも捉えられるようになった。

 

 俺は桜坂しずくが好きだ。大好きだとも、もう何度でも言ってやる。『好き』という言葉に込められた、この世にある大体の意味を、桜坂しずくに向けている。

 

 決して、相応しくはない。俺は人間の中でもダメ人間と呼ばれる部類だ。

 

 朝、決まった時間に起きるのが嫌だ。5分刻みに設定したスマホのアラームはほぼほぼアテにならない。

 

 でも寝るのはもっと嫌だ。気絶するまで起きてたい。

 

 勉強だって嫌だ。部活と授業の時間配分が逆になればいい。

 

 嘘だって咄嗟についてしまうこともある。人並み以上にある。

 

 15年間、ただひたすらに、自分の嫌いなことから逃げてきた。俺の大嫌いな、俺、からも。やりたくない、見たくない、できないことから逃げ続けてきた結果がこれだ。

 

「穂村さん」

 

 背中側から声がした。夢で何度も聞いた声だ。振り向くと、平成のオードリーがいた。

 

「……ん。おはよーございます」

「おはよう。眠い?」

「んー、眠いかも」

「また徹夜で作業してたの?」

「学園祭のクラスTだよ。こんなに早くに作んなくてもいいのにさー」

 

 少し困ったような顔をしながら、彼女は俺の隣を歩く。口元は笑顔のまんま。目は、心做しか笑ってる。たかが仕事仲間と、俺はいつもより少しだけ口角を上げて隣同士、放課後の部室へと向かっている。

 

 はい? 敬語じゃないって? 早速嘘をついたな、だって? バカヤロウ、これは俺の努力の結晶だ。

 

 初めて会った日、自分の中にまだ残された勇気のほんのひとしずく、残滓と言っても過言ではないようなちっぽけな勇気を振り絞って……思い切って言ってみたんだよ。敬語じゃなくていいよ、って。

 

 すると、彼女はすんなりとタメ口をきいてくれるようになった。俺が確認したところ、彼女がタメ口で話しているのは今のところ、俺だけ。言ってみるもんだなあ! と、心の中で気合いの入ったガッツポーズをしたのは言うまでもない。

 

 うまくいきすぎているような気もするが。

 

 今日は飼い猫と一緒に寝ようと思う。

 

 しずくは優しい。

 

 だから、俺は、しずくの隣には立てないのだ。

 

「桜坂は、優しいな」

「えっ? そうかなあ」

 

 俺は怖いんだ。

 

 だから、まだ心の中でしか、お前を名前で呼べないんだよ。

 

 

 To be continued...

 

 

 

 




人生で初めて、明確なメッセージ性を持った小説を書くことにしました。
誤解は、誤解のままではいけない。怒りではなく、悲しみがこもっているかもしれません。


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