片時雨の下手で   作:苗根杏

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#12 化学の子

 

 

 高校生になってから、自由に苦しめられるなんてことがよくある。

 

 身分が高校生になったことに浮かれて、購買や学食に金を使いすぎてしまう新一年生を見かける。オレの後輩でも、そういうのが未だに多くいる。そしてオレも、その一人だった。

 

 若さを理由にしたいわけではない。これまで、若さを理由に非行に走った大人を、それを自慢げにひけらかす若者を、ごまんと知っているから。見てきたから。

 

 親も、先生も、そして同級生も。

 

 そもそも、大人になれば自由になれるってのがインチキなんだ。

 

 たとえば、聞こえのいい言葉に、『やりたいことをやる』というのがあるが、あれにワガママは含まれない。自由ってのは、そういうことじゃあない。やりたいことよりも、やらなくちゃいけないことのほうが多いのは学生時代とさほど変わらないのだ。そんなことを道徳の時間に、先生の話で聞いた気がする。

 

 大人になって、自由になるなんてのは。裸ん坊で、高速道路のド真ん中に放り出されるようなもの。ナイフ1本で猛獣の巣食うジャングルやサバナに置いていかれるようなものなのだ。

 

 自由帳の面積の広さが、マス目も何も無い広大なキャンバスが、どうも落ち着かないと思ったことがあるだろうか。最終的にそんな自由帳でも、何かを描くときは、隅っこに小さく無難な絵を描くだけ。

 

 大人ぶっているだけかもしれないが、今のオレには、大学ノートに刻まれた7ミリ間隔の水平線が丁度いい。

 

 さて、ここ、都立海老原学院(えびわらがくいん)附属高等学校演劇部には、ふたつの掟が存在する。

 

 ひとつは『部内恋愛禁止』。

 

 高校生のカップルなぞ、所詮は遊びに過ぎない。部内恋愛なんて尚更アレなお遊びだ。ケジメをつけられない者は部活に集中できなくなり、それでなくてもケンカをしたら悲惨なことになり、さらに別れたらなんて考えたくもない。

 

 確か一組、2年前だったか。先輩づてに聞いただけなので真相は定かではないが、3年生が地区大会直前にこの掟を破って、部活動の謹慎処分を言い渡された。

 

 誰かひとりの犯行が黙認されれば、もうひとり、またひとりと、賄賂合戦のように誰もが黙認される環境になってしまう。そのくらいの処罰は、腹を括って受け入れるべきなのだろう。

 

 もうひとつは『部員数は常に25人』。

 

 演劇部に限らず、文化部というのは、常に舐められがちである。絵を描くだけ。楽器を吹くだけ。写真を撮るだけ。舞台でなんか読んでいればいいだけ。そんな甘ったれた精神で入ってくる『文化部を舐めてる輩』が入ってきては、部としてはたまったものではない。

 

 当然として、やる気や実力のムラは出てくるし、それによって部員同士の連携だって難しくなってくる。全国行くぞッ!! と燃えている部員の傍らで、仕方なく入部したけど演劇なんかつまらないじゃん? とサボっている部員がいる。部活としては由々しき事態。

 

 そこで関東大会常連である本校演劇部の顧問は、イカれた制度を思いついた。優秀な部員25人のみで作られた都立海老原学院附属高等学校演劇部を目指したのだ。結果として、その中から優秀でない者をロケット鉛筆式にひとりずつ抜かしていくという制度になった。

 

 部員の役割の内訳は、演者15人、照明5人、音響5人、演出1人、脚本1人、道具3人。

 

 故に、初心者は入ってこない。演出だろーが、脚本だろーが、一度は中学演劇を経験したことのある者しか来ないのだ。

 

 惨い、酷いルールだと、最初は誰もが思う。

 

 かくいうオレ──『三ノ宮 光良(さんのみや みつよし)』も、その仲間ではあった。

 

 しかし、これまで数人、十数人を踏み越えてきたのもオレであって。

 

「あっ、あのォ」

「なんだ」

「はっはい! あのあのっ、あの! 私、まだ……先輩たちの顔、覚えられていなくてっ……お名前、教えてくださいっ」

 

 台本を読みながら、自分の演技で気になったところを顧問に相談しようとしたオレの前に、気づけば女子生徒がいた。

 

 今はつかの間の休憩時間なのだが、そんな隙間の時間にも、こいつは先輩の名前を覚えようとしている。なんともまあ真面目だこと。しかもご丁寧にメモ帳まで持ってきている。

 

 社会人になってから怒られる理由の代表例として、注意されたところをメモせず、また同じ注意をされる……といったものがよく挙げられる。彼女はその点では苦労しないだろう。

 

「名前は、三ノ宮光良。漢字はオレが書くから、メモ帳を貸してくれないか」

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 メモとボールペンを受け取るも、ペン先の反対側、ノックする方に何やらパンダのフィギュアがついていて押しづらい。メモもメモで、小学生がプロフィールを書いているようなキラキラした子供っぽいもの。

 

 そういえば、彼女自身もどこか幼いというか、身長だけデカくしたって印象の子だ。大きな赤いリボンが特徴的な、どちらかと言えば『カワイイ系の女子』だ(今どきの高校生はこういう表現をするんだろう? というオッサンみたいな意見は言わないでおくが)。

 

「あ〜〜……が〜〜……♪」

 

 特徴的な鼻濁音が聞こえてきた。3年の照田(でるた)先輩の声だ。合唱部みたいなチューニングをしてやがる。

 

「ちゃんとお腹、動いてるのが分かります」

「照田先輩は軽音楽部のボーカルでもあるからな。流石に声量は大きい」

「強いんですか、あの人」

「……雑魚」

「!!?」

 

 俺は彼女の耳元で、彼女以外に聞こえないように、ボソリとつぶやいた。

 

 彼女は驚きを隠せないようで、ひとしきりあわあわしてから、オレに向かってこう言う。

 

「きっ……強豪校と聞いて、来ました」

「ここが?」

「はい」

「去年は成田高校に金賞を取られている」

「その前の年も、もっと前の年も金賞は海老原でした!」

「今年は銅賞かもな」

「ど……どうして、ですか」

「お前、高校演劇の『世代』を知ってるか」

「せだい? お笑いみたいな?」

「そんなところだ」

 

 

#12

化学の子

 

 

 現在、高校演劇は(諸説あるものの)大きく分けて3つの世代に分かれている。ここはオレ個人の視点から、彼女に説明をさせてもらう。

 

 誰が呼んだか、第一世代。昭和から続く学生の演劇から、高校演劇や中学演劇、大学演劇に分岐したときをその初めとする、世代の中では一番長い『黎明期』。その更に前に挟むとされる、学生演劇の第零世代を定義する者もいる。

 

 その年数は、およそ50年ほど。1948年、戦後まもなく実業学校などを再編して高等学校ができた時から、高校演劇はじわじわとその勢力を拡大。今や約2000校という数の、全国の演劇部が、『全国高校演劇連盟』に加入している。連盟の名前、はもっと長ったらしいものだった気がするが、興味が無いので忘れてしまった。

 

 現在における高校演劇と違い、当初の学生演劇の目的は『学生運動』。個人的には、思想云々の話には手を出したくもないが、やはり当時は団塊がどうとかの時代。警察しっかりしろ、政治どうなってんだ、という主張を、演劇を使ってやっていた。

 

 オレ個人としては、そんなの高校演劇じゃあないと思っている。

 

 それはさておき。

 

 誰が名乗ったか、第二世代。かの伝説的脚本『贋作マクベス』が公開された2003年からは、第一世代がようやく終わりを迎え、満を持して平成の世に第二世代が誕生したと言われている。

 

 今の高校演劇大会の制度などがほぼ完成された第一世代に比べ、第二世代は生徒そのもののレベルが上がった。賞を貰ったり、映画化されたりするほど、社会に進出した脚本。そのままエスカレーター式にプロになる役者や音響や照明。商業演劇と見紛うほどに完成度の高い舞台装置。その出来の良さは、第二世代を黄金世代たらしめるに相応しいものとなっていった。

 

 一方、劇の題材は二番煎じのものが多くなり、飽和状態に。銀河鉄道の夜、贋作マクベスの贋作(というか古典演劇の贋作)、大人社会の風刺、とにかく犬が死ぬ、既成脚本をまんま使う、などなど……。とんでもなく出来のいい脚本があるだけに、シロートの書いた出来の悪い脚本は目立つ。生徒創作脚本のレベルはピンキリだった。

 

 さて、誰が生き残るか、第三世代。これまでの世代が作られたきっかけは、高校演劇界隈にいる過半数が納得するような、大きな影響を与えたものである。今までは、高校という制度が創設されたとき、一般的な演劇史にも残るとんでもない脚本が現れたとき、とあったが、今回も世代が分かれるきっかけが違う。

 

 今回は、千両役者の登場による、2017年度から始まった世代である。今も完全な世代交代はされておらず、現在の2019年度における高校演劇での現役は、第二世代と第三世代が入り交じっていることになる。

 

 千両役者とは、山梨の『蛇崩 神楽(じゃくずれ かぐら)』のことだ。学年はオレのひとつ上。当然ながら中学演劇の経験者であり、オレの『ライバル』が師と仰ぐ人物。上の上、さらに上の存在である。

 

「いまの3年生までが『第二世代』と呼ばれているんだ。近くにある虹ヶ咲学園で言えば、部長の『範田 紅葉(はんだ くれは)』や、脚本の『鈴虫 修舞(すずむし おさむ)』が代表として挙げられる」

「虹ヶ咲学園も、都内ではかなりの強豪ですよね」

「関東内では、だ」

「そんなに強いんですか?」

「関東大会の常連だ」

 

 流石に聞いたことはあるようだが、多少舐めているな。成田、海老原、虹ヶ咲、駒田女子。これが都内高校演劇部の四天王だ。

 

 23区内外含めた東京の雑な地図を、彼女のメモを見開きで使って書き、強豪校の大体の位置に丸をつける。彼女はまだまだ高校演劇界隈に来たばかり。図も使って、分かりやすく説明した方がいいだろうと思ったからだ。

 

「競争率にして約175倍の、全国大会の狭き門。その前に立ち往生しているのが、この都立海老原学院附属高等学校演劇部の現状だ」

「そうなんですね……で、でも! 今年こそは!」

「……今年こそは、というセリフを言えるのは、2年生からの特権だ」

「あっ!? ごごごごめんなさい!」

「オレはいいが、他の先輩は気分を害するかもだからな。大変だよなあ、1年生は……」

「に、2年生も大変ですよね」

「…………ああ……」

「たった2文字と三点リーダだけにこれまでの哀愁が詰まっているとは……苦労してるんですね、先輩も」

 

 メモを閉じ、彼女は少し落ち着いたかと思いきや、勢い任せに俺に突撃してきた。

 

「こっ……これは! 個人的な興味からの質問ですが!」

「何だ」

「先輩が思う、『高校演劇において最強の演者』は誰ですか」

「極論を言ってしまえば、演者に強い弱いはある。しかしそれも」

「質問が悪かったでしょうか。子供が遊びで話す、日ノ出春晴と黒無来智、どちらが強いか? というようなレベルの話です」

 

 オレは迷うことなく答える。頭の中に、すぐにそいつらの顔が浮かんできた。

 

「それなら3人、候補がいる」

「3人……」

「ひとりは、さっき言った『蛇崩神楽』。山梨の甲斐青沼高校にいる、3年生。今の高校演劇において、彼は……彼女は…………。……『あいつは』確実に上の存在だ」

「流石に聞いた事、ありますよ。中学演劇でも有名でした」

「関東の……東日本の高校演劇においての『絶対的最上位』は、オレからすればアイツなんだ」

 

 高校演劇界隈には『神楽以前か、神楽以降か』という言葉もあるくらいだ。第三世代の創設者──たる自覚は、あいつには無さそうだが──として、挙げないワケにはいかない。

 

「もうひとりは、兵庫。淡路帝王学院の『朱竹 柚哉(しゅちく ゆうや)』……西日本では注目株だ。なんといっても、彼は肉体美……ルックスにこだわっていてね」

「肉体美というと、痩せるというよりかは……筋肉?」

「そう。筋肉が凄いんだ。遠くから見れば肥満に見えるほどに。身長が189.9cm、体重は120kg」

「花山薫か何かですか!?」

 

 淡路帝王学院演劇部は、世にも珍しい、演劇部にしてシンクロ部の男子高校生たち。2000年ごろ、『シンクロ男子』という概念を生み出し、第二世代からは演劇にも力を入れている、運動部と文化部のサラブレッドたち……と自称している。

 

「柚哉が花山薫なら、神楽は刃牙。神楽も筋肉はそこそこあるぞ」

「はぁ……喧嘩大会でもやるつもりですか……?」

「そしたら、オレは初戦敗退だな」

 

 オレの左手首を、右手の親指と人差し指で円を作って掴んでみると、ふたつの指先は難なくくっついた。

 

 ジムでも通うか? 、といった思考が頭を過ぎる。

 

「なら、あと一人は?」

 

 彼女は当然、オレの細さよりも高校演劇の知識に興味があるようで。

 

 自分で言っておいて少し迷ったが、今後の高校演劇において、彼を抜いて話を進めるなど有り得ない。それほどまでに、オレはあいつに叩きのめされたのだ。

 

「………………『穂村』」

「え?」

「虹ヶ咲学園の、『穂村花火』」

 

 彼女は中学演劇も多少は履修しているようだが、穂村花火を知らないんじゃあまだまだだ。

 

「誰ですか、それ」

「中学演劇における蛇崩的存在と思ってもらえればいい。もっとも、蛇崩は中学演劇でも穂村を上回っていたが……彼以前は中学演劇の第一世代と呼ばれている」

 

 これは彼女に言わないでおくが、蛇崩に次ぐ第三世代の『スタァ』候補で、オレの『ライバル』だ。

 

 オレも当然ながら中学演劇を通ってからここにいるわけだが、その中学演劇の段階で、オレは穂村に会った。

 

「その穂村さんも、全国大会を目指してるんですよね……私、ちょっとライバル視しちゃいます」

「……キミ、名前は?」

「氷室古織です! 氷室京介の氷室に、古いって字に、織物の織です!」

 

 元気に名乗る彼女の両肩に手を置き、オレはゆっくりと腹から息を吐く。彼女は体を跳ねさせて驚くが、またすぐに大人しくなった。

 

「第三世代の『スタァ』になるんだ」

「…………すたぁ」

「氷室。お前には、それができるはずだ」

「先輩はどうなるんですか」

「さあな……オレに聞かれても分からない。自分から言うことじゃあない、そりゃあ、観客が決めることだからな……」

 

 休憩時間がそろそろ終わる。水分補給だけして、練習に戻ろうと彼女の隣を離れた時、後ろからよく通る声が飛んできた。

 

「私は信じてますッッ」

 

 部室にいる全員が、オレの背中に叫んだ、涙目の氷室を見た。

 

「先輩も『スタァ』です!!」

 

 オレは思わず吹き出し、振り返って彼女にこう言った。

 

 若いな。

 

 人間が何故こんなに死にやすいのか。

 

 脳や心臓は骨で護られているのに、首は無防備に等しい。食生活に気を遣わなければマトモに生きるのさえ難しい。繁殖機能もややこしいし、医療関係が発達していない国では、乳児や出産時の母親の死亡率は未だに低くない。生まれたとしても、数ヶ月は歩くどころかハイハイも難しい。野生の動物はあんなにも早く1人で立つのに。

 

 こんなにも他の動物に比べてハンデを背負っているのは、おそらく人間は知力がありすぎるからだと、オレは考えている。

 

 彼女はあまり賢くはなさそうだが、なにより勢い・熱がある。オレは少し、大人ぶっていたのかもしれないと思うほどに。

 

 

 

 

 

 

「くしゃみッ!!」

「珍しっ。くしゃみのし方」

「桜坂、ティッシュある?」

「うん。花粉症?」

「ブタクサ根絶しま〜す」




ウルトラマンは、いますか。


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