片時雨の下手で   作:苗根杏

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#14 不透明な会話

「今回は、本当にありがとうございます」

「いえいえ〜! あたしもチャレンジだらけで楽しかったわよ!」

 

 被服部との共同作業は、虹ヶ咲学園演劇部の伝統らしい。毎度毎度、質の高いコスチュームを作ってくれると評判の被服部は、なんと虹ヶ咲学園の数少ない『強化部』でもある。

 

 学園内にある部は全部で48個。同好会は81か82だったな。その中でも、通常の部活動時間を大幅に上回り、全国のその部界隈で名を轟かせているのが『強化部』だ。ぜんぶで5つあり、演劇部もそのひとつ。

 

「サマになってるわね〜ッ、花火チャン! 自分で作った衣装なのに、破いて脱がせたいくらいにッ!」

「なんですか、それ」

「イケメンって・コ・ト・よォ〜〜〜ン!!」

 

 その被服部の現部長にして、俺を正々堂々口説こうとしているのが宇迦 灯泉(うか-とうせん)さん。俺が目に着けている、オペラグラスのような仮面を外して俺の顔に急接近する。

 

 ケンカの相手にはしたくない、運動部顔負けのゴールドジム製ムキムキモリモリボディー。妙に似合っている紫色のルージュ──もちろん普通に校則違反である──が光る。身長182cm。体重非公表、彼氏の有無も非公表。そんな隠さなくても、そこまでめちゃくちゃに気になる人はいないと思うが。

 

 とにかく。この人、ゴリッゴリの女装男性(オネエ)である。

 

 被服部部室、妙にクオリティの高いヒーロースーツを着た俺の身体をベタベタベタベタ触ってくる宇迦さんは、自分の作った衣装のクオリティに自分で感動しているのか、はたまた俺の身体そのものを触っているのか。

 

 多分、ケツを重点的に触ってきているので、そういうことだと思う。

 

 いや、スーツのクオリティは凄い。個人的に有償で依頼して、この品質でキバ(エンペラーフォーム)のガワコスを作ってほしいくらいには、高い技術の持ち主。俺のケツを触る手も、よく見たら器用でテクニシャンな動き。恐ろしや、宇迦さん。

 

 スーツの特徴としては、白を基調としたタイムボカンシリーズっぽいデザイン。グレーとスカイブルーが差し色として入れられており、ツナギのように着るものとなっている。上下に分けたら早着替えしづらいからかな。

 

 そう、早着替え。本番では、俺自身がヒーローを演じるのだ。スタントマンは使わない。なので発声がしやすいように、仮面はヘルメットのようなものではなく、目だけにつけるものになっているのだ。

 

 それより、本当にその太くてゴツイ手でこの繊細なコスチュームを作ったのか。本当か、宇迦さん。

 

「あら、どうしたの? そんなにネツレツな目で見られたら照れちゃうわ……もしかして惚れちゃった!?」

「別に……?」

「あっ、今の! 今の顔ッ! クールでいてあどけなさも残った、その山の湧き水のように清らかで冷たい無表情ッ!! 本当にあたしと恋愛する気がないのが分かるわね!! 自分で言ってて泣きそうだもの!!」

「すんごい喋るなあ!」

 

 トニオさんの料理食べた時の億泰かと思ったわ。

 

「でもいいわ! ハードルは高い方が!! ゴールは遠い方が!! 恋愛は叶わなさそうな方がッ!! 燃えるんですものォォォォ〜〜〜ッ!!!」

「部長、バトンタッチ」

「えぇ〜ン、いけずゥ〜〜ッ!」

 

 しかし、桜坂相手にビビりまくってる俺からすると、これだけ直接的に自分をアピールしに行けるのは羨ましいかも。かもだけど。

 

 コミュ力はあるし、明るくて、話も面白い。俺が多少冷たくあしらっても折れない、むしろこちらが申し訳なくなって降参したくなるくらいの鋼の意志。もし俺がこういうシュミだったら、断る理由がないくらいには、既に『素材』がいいってのもあるのかも。

 

 そういうシュミの人でなくても、オカマバーに行くのにはハマるってのはずっと言われてるらしいからな。

 

 とにかく、自分を磨かないとデートにすら誘えないのは、現実もラブプラスも一緒ってことか。理系、理系、図書委員、外出。感性は高い方がよさそう。

 

「はいはい。うちの部員は1時間18,000円だよ」

「部長ッ」

「その他サービスは要相談」

「なんでそんな言葉知ってるんですか部長ッッ」

「延長、アリかしら」

「うわ〜! すっごい真面目に交渉しに行ってる」

 

 こわ。マジで怖い。主に目が据わっているところとか。

 

 これ以上いると身体を売られる。俺の中のDNA、デオキシリボ核酸がそう告げていたので、とりあえずしずくの所へ避難することにした。

 

 ドアを開けようとすると、ちょうどノックが3回鳴った。開けると、そこにはしずくと『音響神』井上先輩がいた。2人は、ちょうど女性陣の着替えの手伝いが終わったようで、男性陣更衣室に向かってきたところだったようだ。

 

「似合ってるね」

「孫にも衣装、曾孫には現金。玄孫には圧力」

「バラつきのある愛!」

 

 しずくと会って数ヶ月。さすがに社交辞令にも慣れたものだ。並の男子なら『こいつ、俺のこと好きだな……?』となりそうなところを、俺は妄想の中だけで留めている。いや、好きではある。でも、しずくが俺のことを好きかもしれないだなんて、合計でも一秒くらいしか思ったことがないねッ。

 

 イエス・ガチ恋。

 

 ノー・タッチ。

 

「なに? ほんとにそういう言葉があるの? それともそういう知的なお笑い芸人が流行ってるの?」

「ここで彼が作ったデタラメですよ。井上先輩、彼の言葉はあまり真面目に受け取らない方がいいです」

「今年一番の辛辣な言葉!」

「でもしずく、ツッコミはしっかり決まってたよ」

「このくらいのアドリブはできないと。ね、穂村さん」

「な〜」

「音響にゃ分からん絆が生まれてるな……」

 

 しずくはこちらに手を伸ばし、俺の仮面に触れる。顔のま近くにしずくの手がある。ああ、もう既に気が狂いそう。

 

 桜坂しずくという人は、服からか髪からかは分からないが、とにかく、そしてとてつもなく、いい匂いがする。甘さがくどくない、この世のシャンプーの香りのいいとこ取りをしたような。そう、無理やり言語化をするならば、そんなところ。

 

 仮面の材質の本格的さに驚きつつも、しずくはスーツの全身を見る。

 

「……細いね。ピチッとしたスーツだと体型が目立つのは当たり前だけど」

「筋肉は最低限ついてるし、食生活には気をつけてるぜ。ラーメン食った翌日の朝はバナナのみ、的な軽いもんしかやってねーけど」

 

 演劇部は吹奏楽部と同じく、舐めて入ってきた奴を徹底的にぶちのめすことで知られている『文化系運動部』である。

 

 ま、役者に限った話にはなってくるが。

 

 舞台を走り回る運動神経やスタミナもいるし、純粋に腹から声を出すので入部数日は腹が筋肉痛になる。

 

「前、リンゴ食べてたよね」

「ああ……あれはなんというか、初期衝動? ……いや、違うな……」

 

 あれは確か4月後半。家から駅に向かう途中の、商店街の八百屋のおっちゃんからリンゴを投げて貰ったことがある。そこで俺は『今の俺、サッカー部の主人公っぽくね!?』と思ってしまったが最後、我慢できなくて、家からサッカーボールを持ってきてドリブルしながら駅に向かった。

 

 食べる方法はもちろん丸かじり。なので、校舎に入る前に校門で、右手にサッカーボール、左手にリンゴで一旦ストップ。校門ということもあり、真隣に生徒指導の先生がいたのだが、風紀違反にもならない程度の、俺のクソみたいな奇行には手を出さないらしく、俺には声をかけずにスカート丈や第1ボタンのチェックを続けていた。

 

 それで、校門でシャクシャクとリンゴを食べ進めていたところを、偶然しずくに見られたんだったな。懐かしい。人生一番のプレミをかましたかと思いきや、『ジャンプの主人公みたい』と笑ってくれたんだ。

 

 そこから俺は、本格的にしずくが好きになった。

 

 スケボーとかローラースケートで登校するのも良かったんだけどな。ああ、その時も確か井上先輩は声をかけてくれたな。『いぃ〜や登校の仕方キャプテン翼!』って。東京ホテイソンにハマってたのかなあ。

 

「ま、要は……サ」

「?」

「舞台は『鏡』だぜ。常に自分がどう見えているか、気をつけなきゃならねー」

「…………穂村さん……」

「なぁに。カッケーじゃん、花火ちゃん。しずくちゃん、なんか魂抜けてっし」

 

 ちょっと、カッコつけすぎたか。

 

 魂抜け気味に女子グループへ戻るしずくと、それをおばあちゃんのように見守り、こちらにウィンクを送る井上先輩。

 

 後ろから、スーツの背中を掴まれる感覚。振り返ると、部長がいた。

 

 

#14

不透明な会話

 

 

「しかしまあ、器用だねぇ。こんなの作っちゃうなんて……」

「先輩もアレ作るの得意じゃないですか」

「何を?」

「敵を」

「お〜今少年はひとり敵を作ったね? 非常に得意みたいだね〜? 私も得意な象形拳を繰り出すしかないかぁ〜?」

「待って、トリケラトプス拳はシャレにならない」

 

 一瞬にして身体に那……いや、範馬刃牙を宿した部長は、地球史上最強の突進力に学ぶ象形拳の構えを解く。

 

「ちなみに今のは刃牙のつもりでやりました?」

「うん、宿禰戦」

「あっバキ道まで読んでらっしゃる!?」

 

 珍しっ。いや、一説には刃牙シリーズはBLだとも言われていて、そういうベーコンレタス大好き好きちゃんな女子からは中々に高い評価をされていると聞いたことがなくもないがね。

 

 絵柄の濃さを、それ以上に濃厚なBLこじつけ妄想で乗り越えられることはジョジョで証明済みだし。

 

「私も懸垂のテストで鉄棒ぶっ壊したいなあ」

「ありましたけどね。バキの序盤ね」

 

 この人、多分オレンジスターハイスクールで力抑えようとしてもどうしても超人っぷりがバレちゃう孫悟飯とかも好きだと思うな。

 

 部長はひとしきり笑ったあと、思い出したように俺に向かって、カバンから取り出した小さい手鏡を向けた。

 

 そこには、俺が地球上で一番苦手なタイプの顔が映っていた。俺は、俺の顔が嫌いだから。

 

 前髪を整える。前髪の乱れは心の乱れ。

 

 今くらいの清潔感があれば、この冴えない顔も何とかなるはずだ。俺はそう信じている。

 

 メガネを外し、仮面をつけ、それっぽいポーズを決めてみる。部長はずっと、そんな俺をニコニコしながら見ていた。いつの間にか数分が経ち、俺は部長にずっと手鏡を持たせっぱなしなことに気づいた。

 

 鏡に映る自分が、スンッとなったのに自分で気づいた。すると部長は少しだけ口角を上げ、手鏡を閉じて言った。

 

「君も、魂と自分の結び付きが弱い」

 

 も? 部長自身がそう、ということか? それともしずくのことか? そもそも、『魂と自分の結びつき』とは? 

 

「それはディスですか」

「褒めてる寄り」

「よかった、少しでも寄ってて」

 

 でも実は自分に酔ってる、とかじゃないよな。よってる違い。

 

「人によっては誰にも打ち明けることのできない、自分の中にある本当の自分であるところの『魂』。自分が他人にどう見られているかという、レッテルが貼り付けられまくった『自分』。この2つの結び付きって、本来はとてつもなく強固なものなんだ。自分を変えようとしても簡単にいかないのはソレだよ」

「それ、演技にどう繋がるんですか」

「演劇バカだね! 私もだけどさ」

「これは褒められてる気がする」

「もちろん褒めてるとも。そして、『魂と自分』の話は演技に繋がりまくってるよ」

 

 遠くで『道具神』の宮下鴻榮先輩の悲鳴と、歓喜に充ちた宇迦さんの「ヒャッホゥーイ!!!」という声が聞こえてくるのを完全に無視して、部長は話を続ける。

 

 俺を助けに来てくれたのは、まだ優しい方だったのか。宮下先輩、どうか安らかに。

 

「人によって、演じ方が異なるのは当たり前のこととして。それには大まかに2つあって……『自分が役の代弁者となる自分100%型』『演じている時に自分の魂がなくなる自分0%型』。要は、自分が役になるのか、役が自分になるのか。といった違いだ」

「部長はどっちなんです?」

「さあね。最終的にはお客さんの審美眼が決めることだが……私自身は、『自分0%型』だと思って演じてるよ」

「部長、アドリブ一切入れませんからね。しずくもそうかも」

「そうだね、私もしずくは『自分0%型』だと思ってる。だが、その点!君はバラツキがあるんだ」

「バラツキ?」

「役が花火くんの身体を借りているような時もあれば、花火くんの素が良い意味で生かされている時もある。君の演技のタイプは、なんだか不思議なんだ。私は3年間演劇部にいるが、部内でも、都内でも、関東でも、そして全国でも。君のような演技をする人は、見てこなかった」

 

 要するに。『自分0%型』の長所は、その役に忠実になりきって、舞台の上の雰囲気に馴染むことができるところ。短所は、さっき言った『魂と自分の結びつき』が強いと、自分の中にある自分の魂を0%にできず、大根役者になってしまうところ。

 

 逆に、『自分100%型』の長所は、舞台の上で自然体でいられるので緊張がなく、アドリブをバシバシ入れられたり、そのアドリブに対応出来るところ。短所は、素が悪い意味で出てしまい、役の代弁が出来ずに中途半端な演技になってしまうところ。

 

「自分、どちらにも当てはまらないんですか?」

「ウン。これが当てはまらないのを見るのは初めてじゃあない。中途半端な演技をする奴は、全員この2通りの理論に当てはまらないからね。でも、君は……完璧に『ハーフ・アンド・ハーフ』っていうかサ……」

「自分も役も出せてないんですか、俺?」

「逆だ。言わば『自分50%型』。君は、舞台の上で、『穂村花火と役の共同作業』をしているんだ」

 

 部長は俺のネクタイを掴んで、下にぐいと引っ張る。座れ、ということだろうか。俺は膝を曲げ、しゃがんでみる。

 

 すると部長は、俺の頭に右手を置き、その手を俺の頭に沿って右へ左へ。なんだこれ。

 

「私の鏡には、花火少年はずいぶんカッコよく見えてるよ」

 

 あ、これ頭撫でられてる?? 

 

「ひぇっ!?」

「……ふふ。普段の可愛い花火少年に戻っちゃったネ」

 

 俺の中のX染色体が、黄色い声を上げて歓喜しているのが分かった。こんなに俺の中のわずかな乙女心が疼いたのは、中学生時代に『君と僕』を読んだ時以来だ。あれから数ヶ月、自分の中でBLブームが来てたのを今でも鮮明に覚えている。

 

 部長。俺の事カッコイイって言ってますけどね。

 

 あなたには到底敵わないと思います。そこらの男子よりカッコイイ。

 

 

 

 

「花火少年、かあ」

「どうしたの急に。部長のマネ?」

「んーん、なんでも」




年末年始は、取材として高校演劇の関東大会に参加してました。演じる側で。超楽しかったです。


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