片時雨の下手で   作:苗根杏

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#15 やめさせないと

 

 

 

 

 学園長室に呼び出された。

 

 部活の休み時間に、マジックを披露している時だった。トランプのカードを消したり、ポケットにワープさせたり、引いたカードの数字とマークを当てたり。なんてことのない、普通のマジックだ。

 

 でも、幸せだと思ってしまった。中学時代、舞台の上でしか役に立たなかったマジックが、部員の皆さんを驚かせ、笑わせている。

 

 俺は人の感情を支配し、思うがままにしてしまう『舞台』が、特に『演劇』が好きだった。

 

 これほど嬉しいことはない。

 

 そう思ってしまったんだ。

 

「舞台を降りることになった」

「…………」

 

 学園長から、そんな事を言われた。俺が部屋に入って数秒のこと。アズスーンアズでの発表だった。

 

「誰が?」

「お前」

「……俺が!?」

「お前が降りるんだ」

「いや、俺……主役なんですけど……」

「お前の代わりは幾らでもいるだろう」

 

 状況がまるで掴めない。何があったんだ。しかも俺? せっかく顧問からもそれなりに認められてるのに、急に外部の人から『辞めろ』って言われた人の気持ち考えてよ。なんで?? しか出てこないじゃん。

 

 頭がほぼほぼ真っ白になったところで、学園長の隣にいる秘書的な方から、数枚のA4サイズの紙を貰った。

 

 署名の紙らしい。俺の名前と、『辞任』やら何やらの不穏な文字と共に、生徒や先生の名前が載っている。合計、全校生徒の5分の1の人数からの署名だ。

 

 独断で辞めさせられるわけじゃあない。まあ、それがわかった所で……って話だが。

 

 さて、理由は。

 

 どうしようもなく、身に覚えのあることだった。誰にも言ったことがないはずだが、本当にどこから漏れたのか。穂村花火が本来なら少年院行きだった、その理由たる過去が……紙面に堂々と載っている。

 

『演劇部所属・穂村花火(普通科)の学園祭ステージでの主役辞任に賛同する署名』

『穂村花火は、過去にお笑いコンビである─────の楽屋に無断で侵入したとされている』

『極めて非常識的な行為であり、法的にも云々────』

 

 読んでいて、目眩がしてきた。自分でやっておいて、なんと情けない……それと同時に、俺は心の内のほとんどを、おびただしい数の不安に支配された。

 

 演劇部もそうだが。今後、俺は、果たして胸を張って高校生活を送っていけるのか。

 

 人を裁くのは法じゃない、人なんだなあ。だって、あれ、7歳の時の話だぜ? 公訴時効とか過ぎてると思うんだよな。知らんけど。

 

 あの時の記憶は、俺の中では最初で最後の法を犯した瞬間として、同時に俺の演劇人生にとてつもなく大きな影響を与えた時として記憶されていた。それが今になって、前者だけ切り取られてばら撒かれるとは。

 

「代役を立ててなら上演してもよい。しかし、お前がこの署名による辞任を無視して、再び全校生徒の観る舞台に集まった時。劇は即座に中止となり、お前は停学処分を受ける」

「……」

「時効だと訴えたいのなら、それは誤りだと今のうちに自覚しておけ。罪は罪、どれだけ前に犯したものであろうとな。3歳で法を破った者は、たとえ80歳まで生きても、犯罪者なのだ。今すぐに停学処分という結果にならなかっただけ感謝することだ」

 

 正気かよ。

 

 正気じゃないだろうな。

 

 署名が手元に来ただけで。真っ当に見える説教浴びせて。演劇部の活動を1回も見た事がない奴が、俺に向かって『クビ』だってよ。演劇の事なんか、何も知らないくせに。

 

 全くもって釈然としない。

 

『あの人たち』の優しさまで踏みにじって。

 

「こちらから言いたいことは、以上だ。何か質問は?」

「……誰が始めたんです」

「さあな」

 

 んん。釈明の余地は端から無いと見た。この署名の紙だけ見て、俺にそのまま横流しで見せて、お前はクビ! さあ帰れ! って感じだ。こちらに目線を向けやしない。

 

 退屈そうに頬杖をついて、書類に目を通している。俺の相手をしていること自体が、面倒で、面倒で、仕方がないんだろう。

 

 話し合いで解決できたらよかったんだが。いや、俺も手を出すなんて選択肢は最初っから除外している。だから何をするかってぇと、あちらを『話し合いができる状態』に持ち込むこと──それくらいしかない。

 

 だって、こんな終わり方。あんまりじゃないか。

 

「貴方の代わりだっていると思うんですよね」

「何?」

 

 あくまで俺は、この人に怒鳴ったりとか、殴ったりとか、そういうことをしたいわけじゃあない。話し合いで、解決しよう。

 

 過去の罪についての弁解をするつもりはない。しかし、『最初っから真っ白な人間なんているはずがない』じゃあないか。

 

 この世の人間、ほとんどが過去に何かしらの罪を、重かれ軽かれ犯している。法に触れないくらいの些細な炎上。出頭すれば懲役数年になるような立派な犯罪。取り返しのつかない過ちのひとつやふたつくらい、誰にとってもありうるし、あるのだ。

 

 俺は、そうやって過去の過ちを掘り返してまで誰かの足を引っ張る奴が大嫌いなんだ。

 

 あの人も。とっくに表舞台を去ったのに。

 

「学園長は貴方ではなくとも、虹ヶ咲学園は成り立つでしょう。首相が変わっても、国は……」

「…………?」

「『他の人が代われない仕事』なんて、あってたまるものですか」

 

 俺の代役は、それこそごちゃまんといる。それでも、俺は『選ばれた』んだ。だから辞めたくないのは当然で。こんな形でやめさせられるのは尚更嫌なんだ。

 

「そんなものは仕事として崩壊しているも同然なのです。自分にしかできない仕事なんてない、天才じゃあない限り」

「ならば、自分が天才だとでも?」

 

 誰がそんな事を言った。

 

「俺は、あの部で唯一の凡人です」

 

 天才集団に巻き込むな、人生のしぼりカスめが。今のは、ちょいとばかしカチンと来た。カチンとどころじゃあない、ガチーンと。

 

「しかし、俺も演劇人のひとりです。こんな形で終わらせられるのは、こちらとしても納得がいきません」

「さっきから聞いていれば偉そうに。仕事仕事と、たかが部活に社会人の喩えを持ち出して。大人ぶりたい時期なのは分かったから、部活は部活だということを弁えて喋れ。お前は自分を役者だと言うが、役者というのは、舞台で金を稼いでいるやつの事じゃあないのか」

「…………」

 

 何を言っているんだ。

 

「偉そうなお前に問う。演劇人とはなんだ?」

「一般的には、演劇と名のつく舞台に関わる、全ての人を指します。中学演劇、高校演劇……大学演劇。社会人なら、プロアマ問わず」

 

 質問に答えてから、俺は釈然としない所にツッコミを入れた。

 

「たかが部活ってェ、学園長が言ってもいいんですね」

「ン?」

「『何が間違っているのか分からない』って顔ですね」

「どういう事だ」

 

 最初っから生徒に向き合ってねーってことだよ。と叫びたいのを必死に飲み込み、俺は話を続ける。

 

「概念としてでは無く、俺が思う『演劇人』とは。言語や血の繋がりではない。その地や歴史に縛られたりするものでもない。演劇人とは、心にある『柱』です!!」

「演劇部と言いつつも、特に社会問題に対して疑問提起をするようなものでもなく、かといってそこまで面白いわけでもない。なんの意味があるんだね」

 

 俺は思わず、1分近く黙り込んでしまった。

 

 学園長は『アングラ演劇』や『学生運動』と……『高校演劇』の見分けもつかないクセして、俺に向かって偉そうに振る舞ってたワケだ……。

 

 そこまで面白いわけでもない、ってのは、こいつがいかに無趣味で、今まで漫画やアニメに一切目を通してこなかったカタブツなんだろうと俺に確信を持たせる発言でしかない。

 

 去年の学園祭の映像なら見せてもらったぞ。生徒、教員問わず、文化部発表会場のホールに虹ヶ咲学園の笑いが満ちていた──だからこそ、俺みたいな犯罪者に主演を務められるのは嫌だったのかもしれない──し、それを見た演劇部員まで笑っていた。特に2、3年生は、既にやったことのある劇なのに。

 

 仮に学生や若い世代にしか受けない劇だったとしても、こいつが自分の価値観だけでものを語っているのは確か。

 

 呆れ返った。言葉も出ない。

 

 この人が思う高校演劇ってのは、高校演劇第一世代ってとこか。今の高校演劇界隈は、第二世代を引きづる奴らと、第三世代に馴染む奴らが混じってるような状態だ。そこに第一世代の概念を持ち込むだなんて、時代遅れもいいところだ。iPhone11か12が主流って時代に、ポケベルが入ってきたぐらいの感覚。

 

 俺の師匠は、かつて高校演劇の『第三世代を創る』と言った。その理由の一つに、『界隈全体が凝り固まって、堅苦しく、審査員は老害ばかり、テンプレを作れば大会で勝てるような塵芥の集まりになってきている』とあったのだ。

 

 目の前にいるのは、審査員ぶった老害だが。

 

「分かりやすく言えば、アンタらの頃から変わったんだよ。『学生演劇』は。月日が経てば、映画やアニメを通して、大衆に刺さるツボが違うのも自然なことだろう?」

 

 俺は無駄にデカい学園長の机に手を置き、目を合わせて言う。

 

「電影少女は、80〜90年代には早すぎたと言われている」

「…………?」

「あまりよく知らないものを、偏見で語って誹謗中傷するようじゃあ、すぐに炎上するぜ」

「説教か?」

「説教だよ。アンタはどちらかというと、俺よりも部員を、部活に励む生徒をバカにしてる」

「サッカー部やバドミントン部は頑張ってるじゃあないか」

「俺らが頑張ってないとでも言うのかッ!!」

 

 自然に、腹から声が出た。

 

「価値観が古いンだよ!! 少し足が速くて、少し球の扱いが上手くてモテるのは小学生までだッ!!」

 

 

#15

やめさせないと

 

 

「日本人に根付いた差別の文化は留まることを知らない!! 髪の色に目の色!! 肌の色や血液型!! 体型、学歴、趣味、老若男女、洛内洛外!! そして文化部と運動部!!! これは学生にとって、一番身近で一番酷いッ!!!」

 

 これを読んでいて心臓の辺りが少しでもズキンとした方は、どうか、その心を無くさないように。

 

「そして集団による同調圧力!! 声をあげられないよう、何も見えなくなるよう! 舌を切られ、目を潰され!! その喉を……掻っ切られた!!!」

 

 おかしいことをおかしいと言えない。

 

「人は天の下に平等だ」

 

 そんな世界は間違っているのだ。

 

 学園長は俺がまくし立てているうち、みるみる眉間にしわが寄っていき、ついにはため息をつき始めた。ほんとに聞いてんのか。わざわざ早口にならないよう、この俺が滑舌よく『間違い』を訂正してやったってのに。

 

 俺と学園長が睨み合っていると、ここまで黙って見ていた秘書的な人がそれを制し、机から俺を話そうとする。

 

「お前のような者を、学園祭の表舞台に出す訳にはいかない」

「俺が昔やらかした事は事実だ。それに今更、どうこう言い訳をするってんじゃあない」

「黙れ。こちらは謝罪を要求している」

「謝って何が変わる?」

「誠意が無いのか? お前には……ン?」

「アンタこそ、生徒……特に演劇部に対する、誠意も敬意も無いくせに」

 

 背中を向け、俺はドアに向かって歩き出す。

 

「……ああ、ああ。お前と話していると神経が苛立つ」

「図星を突かれているからだろう!」

 

 手をかけようとしたが、やたら腹が立っていたので、蹴って開けてやった。

 

「表面だけキレイにしたって無駄だ。見えてるものを見えなくするだけで満足か」

 

 俺は決心した。

 

 まだ、演劇の面白さを知らない人がいる。それがどうしようもなく悔しくて。俺が舞台に上がれないことと、同じくらい、みっともねえ。そう感じたのだ。

 

 俺は無力だ。でも、うちの演劇部は、必ず全国大会の舞台で、会場にいる全員を笑顔にしてくれる。そんなコメディを繰り広げてくれるはずだ。

 

 俺も頑張るんだ。今回は部の皆さんに多大なる迷惑をかけてしまった。せめて大会では、部の役に立てるように。

 

 そして、あの日────

 

『君は役者になった方がいい』

『俺たちの舞台に、また来てくれるかい』

『はい……はいッ!! 俺、ゼッタイに世界一の役者になります!! 2人みたいに、お客さんを驚かせて、笑わせて! そんでッ!! ────』

 

 そのためにも。

 

「いつか、アンタらを笑い殺してやる」

「不謹慎な言動を慎め。ボウズ。お前を、社会的に殺してやるぞ」

「……失礼しましたァ、学園長殿ォ」

 

 廊下に出て、左側。走ってくる足音が聞こえたので、鉛のように動きが重い身体の一部をなんとか動かしてみると、部長がこちらに向かって走ってきていた。

 

「花火少年」

「……本当にごめんなさい。いまさっき、降板の連絡が入りました。なんでも俺が過去に──」

「私もその話を聞いたんだ。だから抗議しに来た」

 

 どうやら、ほぼ同時に知らされていたらしい。そうでなきゃ、部長が先に言ってくるもんな。

 

「話なんか通じませんよ、あのボケ老人」

「……ダメだった、のかい」

「しずくなんかがいいと思います」

「君以外の誰も、あのヒーローはできない」

「…………ありがとうございます」

 

 俺は部長の言葉に一礼し、さっき学園長に言った言葉を返す。

 

「ですが、『代役の立てられない役割』があるってのは、組織として成り立っていませんよ」

「それでも! 花火少年──君は、それで本当にいいのかい」

「俺の代わりなんて、いくらでもいるじゃありませんか」

 

 そして俺は、部長に背を向けた。

 

「ごめんなさい」

 

 向かうのは玄関。

 

「役者・穂村花火は、しばらく活動休止となります」

 

 今日は演劇部の活動日だ。

 

「ホールで!!」

「!」

「待っているぞ!!! 花火少年ッ!!!」

 

 胸が、締め付けられるように痛かった。俺だって本当は、今すぐに皆のいるホールに戻りたいさ。でも、いつも通りに皆の前で普通に演技するなんて、できっこない。

 

 それなのに、部長のなんと優しいことか。本当は部員の皆だって、俺の事を心配してくれているんじゃあないか、そんな思い上がりさえ許されるような……今にでも回れ右してしまいたい。

 

 しかし、俺は一本、スジを通さなきゃいけない。俺は歯を食いしばって、玄関に向かい、無駄に広い校内を走った。走りまくった。

 

 17時半ば。主に部活の時間ということもあり、人が少ない。俺は息切れして、立ち止まった。くそっ、広すぎだろ校舎。

 

「クソジジイ……」

 

 ありとあらゆるものに腹が立ってきた。俺は弱すぎる。あまりに、みっともない。

 

 自分自身に気合いを入れ直すと共に、空き教室のドアを思い切り蹴って、再び俺は走り出す。もう一度、俺は舞台に立たなくてはいけない。あの日、あの時、あの場所で、あの二人に誓ったんだ。

 

『スタァになりますッ!!!』

 

 蹴ったドアの教室の、またひとつ奥の教室から、生徒が出てきたのを、視界の端にとらえた。

 

「1年生……治安、悪いなあ」

「ゆ、侑ちゃん。早く行こ。なんか怖いよ、あの人」

「うん…………あっ……?」

「どうしたの、知り合い?」

「いや……」

 

 黒のツインテールが、こちらをやけにじっと見ていたのが分かった。恥ずかしさはなかったが、また別の胸騒ぎというか、怪しさを感じる。

 

 

 

 

 

 

 ────「花ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 暗転。




ナマモノじゃないです。断じて。


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