片時雨の下手で   作:苗根杏

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#18 Paper Runner

 

 

「なぁ──知ってたか? プッチ──」

「かすみんです」

「おじゃる丸のOP──、実はテレビサイズで流れているのは原曲の2番なんだそうだ──」

「かすみんですぅっ」

「それ、そんなに大事──?」

「はな男だって、雑にaikoとかDaokoとか言われたらちょっとムッてなるでしょ」

 

 だとしたら、『はな男』よりはいいな。1文字違ってたら、佐賀をディスってたところだ。ただでさえ大阪大学基礎工学部卒業してそうな名前なのに。

 

 あだ名で呼ぶなら、俺のことはMr.Childrenと呼べ。お前のことはDIR EN GREYって呼ぶから。

 

 さて、長野に向かうバスの車内。俺たちは外のクソミドリもとい自然豊かなガタガタの山道を横目に、暇を持て余していた。

 

 虹ヶ咲学園の学年別にある一大行事。3年生が受験及び就活、2年生が修学旅行だとするなら、1年生は『林間学校』がそれにあたるだろう。

 

 我が校の林間学校は1泊2日。学園祭に向けて、未だ出会って2ヶ月のクラスメイトとの絆を深める潤滑油になると共に、責任感や集団行動においての心がけを学び、さらに山中で体力の向上を目指し、健康増進的な何かを目的としている。らしい。知らんけど。

 

「あ、トランプ持ってきてたんだった」

「いいね──。いかにもバスの中の学生っぽい」

「本当にアニメしか見てこなかったんだね」

「俺、人に向けられて一番嫌な感情って、怒りよりも哀れみなんだよな」

 

 そうだよ。中学1年生の時は中止になったもんで、林間学校のイメージはいちご100%からぐらいしか得られていないんだよ。

 

「適当にババ抜きする?」

「俺、宇宙人だからァ、ババ抜きってゲーム知らないんだけど──」

「バレバレの嘘!」

「これはまだ俺がFBIにいた頃の話なんだけどォ──」

「バレバレの嘘!」

「いいツッコミィ──!」

「最近ザ・ファブル読んだ!? 文面だと思ったより鬱陶しいんだけど、その伸ばし棒!! やめてくれるかな!!」

 

 どこまでが本当の伸ばし棒なんだろうな。作者さん曰く、間をとっている、とのことらしいが。

 

 あと、ふたりでババ抜きって正気か? ハングマンでもするのかよ。

 

「その地の文で喋るのも分かりづらい」

「これは西尾維新先生の影響」

「影響受けやすいのは分かりやすいけど、分かりづらい」

「お前もちょっと影響受けてるだろ」

「作者が同じだからね」

「あっバカやめろ」

 

 お前、そんなこと言うタイプだとは思ってなかったぞ。好き嫌い分かれるからやめとけ。

 

「むぅ、ふたりで出来るトランプ遊び……大富豪?」

「革命起こり放題じゃん!? 諸国民の春か!」

「教わったことすぐ言う〜」

「まだ教わってねえだろ。今ちょうどバビロン捕囚あたりだぞ」

「はぁ〜あ、なんかこうやって話してるだけで着いちゃいそう」

「あと1時間と30分で着く予定だそうだ」

「……なんで分かるの?」

「予定だから分からない。だが、しおりに書いてあった」

 

 9時までに着く予定だからな。これくらいは覚えているだろうと思ったのだが。逆にしおりを一切見ないことで、ライブ感というか、アドリブ感を楽しむ林間学校にしようとしてるのか? 

 

 リスキーすぎだろ。ないない。いくらこいつとはいえ、ない。

 

「今夜の入浴時間とか、覚えてたりする?」

「覚えなきゃダメだろ」

「……どのくらい?」

「科は大まかにふたつに分けられている。普通科・ライフデザイン学科・国際交流学科・情報処理学科・福祉科の、出席番号が奇数の男子及び奇数女子は20:00〜20:20。偶数男子及び偶数女子が20:25〜20:45。音楽科・農林科・工業科・人間文化科・航空科の奇数が20:50〜21:10。偶数が21:15〜21:35。その次に通信制・定時制、男子と女子まとめて21:40〜22:00。先生の入浴時間はその次で、引率の……」

「待って、カギカッコが苦しそう」

「ん?」

 

 かすみが俺の喋りを制する。なんだよ、聞かれたから喋ったのに。

 

「ねえ、演劇バカ」

「えへへ」

「褒めてない! あのさ、しおりは台本じゃないよ?」

「…………ん??」

「何言ってんのか花火くんわかんないなぁ〜? じゃないよ!!」

「そんな可愛こぶってねーよ!?」

「そんな覚えてどーすんの!? 女風呂覗くの!?」

「バカ、そんなことしたら捕まるだろ!」

「じゃなきゃ他の科の時間なんて覚えなくてもいいじゃん!」

「だって、しおりはよく読んどけって」

「限度が!! ある!!」

 

 つっても、林間学校のしおりは目次を含めて全40ページ。そう、40ページ『しか』ないのだ。

 

 林間学校のしおりならもっとしっかりした内容を書いて分厚くしろ! って言ってるんじゃあないぞ、この俺は。むしろ林間学校用に作られた冊子としてはなかなかに作り込まれているほうだ。全1年生から募集した、しおりの挿絵コンテスト優秀賞が所々に載っているのも面白い。

 

 しかし、中学・高校演劇の大会用台本は、およそ60分ぶんの長さにわたって進行させ舞台を作り上げるだけの長さ、ページの多さが必要なのだ。

 

 その場面がいつでどこなのかなどを示す柱、登場人物のセリフとアクション、照明や音響に対しての指示などが書き込まれている。

 

 なんだか上から目線な物言いになってしまうが、そんな大会を中学から続けてきた俺からすれば、『それに比べたら……』となるのだ。

 

 それに、配られた台本は、本番直前まで『姿を変え続ける』。台本は初めから完璧ではない。我々の望む最善最高の劇にするためには、アドリブを正式に台本に採用したり、部員たちの考える修正すべき点を話し合って取り入れたりと、台本の情報量自体が変わり、物語の細部も次々変わっていく。

 

 創作台本で大会に出た時は、台本のバージョン1.1が改めて配られた時もある。修正箇所が多すぎて──決してその台本が劣悪だったのではないことを、当時の台本担当の方の名誉のために言っておく──もう書き直して配り直した方が早いんじゃあないか、と気づいたからだ。

 

 地区大会、都道府県大会、地方大会、全国大会と進むにつれ、創作の台本にしろ、脚色した既成の台本にしろ、必ずと言っていいほどバージョンは更新され続ける。成長し続けるのだ。それに加え、二度と同じ演技はない、というところからも『舞台は生き物』と言えるだろう。

 

「世の中には、活字を読むのが好きで好きでたまらない人が、キッチンにある調味料の原材料を長々と読んでいたら火事になったって事件もあるけどさ。はな男は違うね、演劇の台本の感覚でしおりを暗記した演劇バカだから」

「よせよ、照れるだろ」

 

 本気で恥ずかしい。かすみは何気なく言っているが、俺らの界隈ではご褒美だからな。あたしだけ意識してるみたいじゃない……! って感じ。

 

 純粋な子供がクジラについて話してるつもりで潮吹き潮吹きって言ってるのを、大人が変な妄想しちゃってる……みたいで、そういう意味でも恥ずかしい。

 

「わかんないなあ、演劇バカ」

「見てみるか? 高校演劇……しずくを理解する第1歩にもなる。中学演劇でもいい……」

「かすみん、全くの門外漢……ってか門外美少女だからさ。楽しめるか不安なんですけど。特にそういう芸術系」

 

 にわかが美術館行くのと、美大生が美術館行くのとでは、楽しみ方からして違うもんな。芸術系は敷居が高そうだし。

 

 でもまあ、最初は誰もが『にわかファン』だ。それを頭ごなしに忌避することをせず、どれだけ笑顔でようこそと言えるかが、布教をするオタクにとって重要だ。

 

「余程尖っていなければ大丈夫さ。去年の福岡の江航高校や、静岡の静真高校くらいのヤツは……アングラだな、ありゃ。演劇としてのジャンルが違う……」

「尖ってる、って?」

「江航は爆竹使って、全国大会失格になってたな」

「かすみんでも分かる。ウソでしょ、流石に」

「…………」

「えっなに!? ホントなの!?」

 

 ガチだ。

 

 

#18

Paper Runner

 

 

 福岡県立福岡江航高校。高校演劇界隈において、ある意味では知らない者はいないくらいの強豪校。

 

 だが確実に山賊とか海賊とかの類である。部員に超ヒゲもじゃオッサンがいるわけではない。笑い方も普通である。

 

 ただの高校生に見えるのに、中身がマーシャル・D・ティーチだから怖いのだ。アウトローすぎる。劇のテイストもアングラだし、何より話しかけづらい。

 

 見た目普通なのにだよ? なんで? って思ったけど、そういう問題じゃあないらしい。同じ会場で会った時、当時1年生だったうちの部長はガチでビビり散らかしていたという。劇の完成度の高さには畏敬、話しかけたら金品を取られると思う気持ちは間違いなく畏怖。

 

 劇のクオリティは世界と勝負できるほどに高い。日本海と瀬戸内海と太平洋、3つの海を股にかける高校だ。

 

「それに高校演劇は、案外見えるミスが少ないんだぞ」

「そうなの?」

「そうなの。関東大会出場校の劇くらいハイレベルになると、金を払いたくても払えないというもどかしい状況になる」

「そんなに!? だ、だって部活じゃん!」

「μ's見てみろ」

「む…………」

「……ふふ。ああいうグッズなんかは無いけどな」

「はぁ〜、深いなあ」

「コメントは浅いな」

 

 同じ部活という類では、演劇部はスクールアイドルよりもずっと前から舞台に立ってきた高校生集団だ。歴史も長いし、話すこともそれなりにある。演劇について話しているうちに、長野県に入っていた。かすみも聞き上手だから、ついつい長話になってしまった。

 

 そう考えると、しずくは偉いなあ。未来の大女優としての演劇部の演者と、みんなの理想の女の子であるスクールアイドル。二足のわらじ。ずっと舞台に立ち続けているのもすごいし、そもそも、どうやって両立してるんだ。ここ最近は割と毎日のように見てるぞ、アイツの姿。

 

 ああ、そうだ。前話から俺は、いまだ演劇部に復帰しきれていない。行く理由もあんまり無くなっちゃったし、基礎力を落とさないために、毎日個人的に体力作りと発声をしてるくらい。あと、たまに先生のアトリエで台本作りの手伝いしたり、ラーメン食べたりもしてる。

 

 まあ、正確にはまだ行く必要はある。しかし俺には、とあるわらじを履く用事ができたのだ。学園祭が終わるまで。

 

 演劇部での役割がほぼほぼ無くなっても、裏方のサポートくらいはできる。学園祭は、調光卓から指しゃぶって見てますよ。ちぇっ。

 

「……でも、切り替えは大事だよな。中須の姉御」

「ん? 何の話し? いや、大事だとは思うけど」

「よし。切り替えて……行くぞ……」

「??」

 

 深く鼻から息を吸って、吐く。もはや腹式呼吸などと情景描写をするまでもない。俺は常日頃から腹式呼吸を行っているのだ。

 

 そして俺の吐く息は、いつの間にか深いため息に変わっていた。

 

 目の前の課題は山積みだ。マトモに舞台に立てるのは8月から。学園長から大会の出場も禁止されるかもしれない。また署名が集まるかもだし。次もまた学園祭のように主役に選ばれるかも分からない。これは俺の実力次第にはなるけどさ。

 

 目を瞑って項垂れていると、そんな俺の肩を持ち、背中を無理やり座席の背もたれにつけようとする手。脱力しきった俺は、素直にそれに従って姿勢よく背中を背もたれに戻す。

 

 上唇に、そよ風とも呼べないほどの、小さな小さな風が当たる。爽やかな空気だ。今の季節だと、薫風ってところか。初夏の青々しい新緑の中を渡る、まるで夏のはじまりを告げるような風。

 

 あっ、嗅いだことある。この匂い。

 

 キシリトールだ。

 

 気づき、慌てて目を覚ますと、俺の眼鏡にかすみの前髪が当たっていた。そして俺の唇あたりに当たっていたのは、かすみの息。

 

 お前、なんでそんないい匂いなんだよ。マシェリ? 

 

「あ、これおでこ出さなきゃダメなんだった」

「!?!?」

 

 そういう問題じゃねえだろ。つか普通にバカか。色んな意味でバカか。

 

 かすみはバスの座席からはあまり離れず、しかし俺の方に極限まで近づいて、自分のおでこを俺のおでこにくっつけている。

 

「ん〜、熱はないみたい。保健室行っとく?」

「なななな何をしとるだぁ〜お前はッ……!?」

「明らかに元気ないじゃん。……もしかして、貧血?」

「いや……気の所為だよ……体調は至って健康さ、ただ今朝、妹に青汁を飲まされただけだ……思ってたよりも不味いんだなありゃあ」

「あー、そゆこと? この前ようやくいつものはな男に戻ったのに、また元気なくなったかと思った」

 

 その元気が戻ったのも、お前とお前の友達のおかげだけど。

 

「ちげえよ」

「そっか、よかった!」

「いや、ちがくて」

「だから、元気あるんでしょ?」

「余裕だよ。だからそうじゃなくて、俺が言いたいのはだね」

「なーに」

「誰にでもそれやってんの? お前……」

「ん……友達なら、別に普通だと思うけど。なに? かすみん、はな男のことは友達だと思ってたんだけど」

 

 人差し指を顎あたりに当てて、いかにも可愛い考え方って感じのポーズをとるかすみ。しかし、そのハテナだらけの頭の中は自然に整理されていったようで、次第に彼女の顔はニヤニヤ顔に変わっていった。

 

 そして、先程と同じように近づいてくるかすみ。

 

「もーしーかーしてっ」

 

 かすみは俺の伸びきった前髪を息で浮かせる。その後、目を細めて勝ち誇ったように笑うのが、なんだか無性に……エッチだった。

 

「ドキッとしちゃった? かすみんの可愛さに♡」

「誰が……誰がッッ」

「むふふ、しょーがないなあ〜? スクールアイドルのかすみんとデートはできないから、せめて同じクラスのよしみで親友になったげる!」

 

 あっ。

 

 そうか。

 

 スクールアイドルとデートなんて、できないのか。前回のしずくのショッピングモールデートは、あくまで特別な例。ましてやクレープを一緒に食べたり、抱き合ってプリクラ撮るとか、普通は無理なんだ。

 

 一気に現実見せられちまった。

 

「お前そーゆーとこ可愛くないんだよ」

「グーで殴る!!」

「顔はやめて! これでも演者なの!」

「チョキでも殴る!!」

「チョキはただの目潰しだろ!?」

 

 まあ。それでも。

 

 かすみが俺のことを『親友』と認めてくれたのは、間違いなく嬉しい。上から目線だけど。

 

 そうこうしているうち、バスが停まる。前日の結団式から林間学校は始まっていると、うちの担任は言っていたが、俺たちの体感からすりゃ、本格的な林間学校はここからだ。

 

「さ、降りるぞ。まずは飯盒炊爨だったかな」

「その前に山登りだよ?」

「……なんでそこまでバスで行かないの??」

「かすみんに聞かないでよ。まあ、おおかた体力向上的なアレじゃない? 知らないけど」

「…………」

「ほら、みんな山に登り始めてる」

「飛んだ……」

「だからしおりは台本じゃないってば!?」

 

 完全にセリフ飛ばしちまった気分。

 

 まあ、仕方ない。この山を越えないと、俺らはカレーを作れない。ああ。下り坂だけの山があればいいのに。いいのに団。

 

「まあ、かすみんはスクールアイドルですから? 余裕で登れますけど?」

「演劇部舐めんな! 体育会系だぞ、こっちは!」

「演者だけでしょソレ!」

「俺がその演者だろ!?」

「えーっ、そうだったんですかぁ〜」

「……えっ、マジで言ったことなかったっけ」

「うーん、しらないしらない」

「今のクソ演技で確信した。何回も言ってるよなァ〜ッ!?」

「かすみんが大根ですってぇ!?」

「そうだ! 演技も足も大根!」

「えっ足!? 足が大根!? その例え、野原みさえ以外にも使う人いるんだ!? あー怒った! ほら! この足のどこが大根なんですかぁー!」

「やめろ近づけるな誤解される!」

「変なところで意識しないでよ変態!!」

「なにぃ!? 元はと言えばお前がだな……」




ニャンニャン。ムラムラ。


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