片時雨の下手で   作:苗根杏

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#20 TAKE OFF

 

「学科混合肝試し大会!! 開幕であるッ!!」

 

 しおりに無いイベントもまた、行事の醍醐味ってか。睡眠時間前に長すぎる自由時間があったのが気になっていたが、肝試して。中学かよ。

 

 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。そうだ。ボクシングに蹴り技はあるし、肝試しも捨てたもんじゃあないんだ。

 

 そろそろ俺は異世界に転生しないタイプのトラックに轢かれて息絶えるんだろうか。

 

「…………」

「な、なんか聞こえない? 穂村さんっ……」

「ん……いや…………なんか、自分の心音で聞こえねー……」

 

 お化けに呪い殺されるんじゃねーかってくらいの豪運。

 

 九蓮宝燈より嬉しい。

 

 さて、豪運とは。

 

 この記念すべき『第1回虹ヶ咲学園林間学校肝試し大会』は、タッグデュエルである。つまり、2人のペアで巡る肝試し。誰だ。こんな陽キャ専用イベントみたいなのを提案したバカは。

 

 肝試しのコースは、我が校・虹ヶ咲学園の場合は1年生だけでも数がとんでもなく多いので、5つに分けられている。そしてゴールも5つ。置いてあるスタンプを、配られたカードに押印して帰ってくるといったものだ。

 

 しかし、そこに学科ごとの境目はない。全日制・通信制・定時制の全てを合わせた12の学科たちがひとつにまとめられ、5つのコースに再分配、って感じだ。

 

 俺的にこういうイベントって、あくまでも差別じゃなくて区別として男女に分けた方がいいんじゃあないかって思うんだよ。俺自身は、特に1年生の中に仲悪い奴がいるわけでもないので、特に不自由はしないんだが。

 

 頭脳明晰、秀外恵中、質実剛健、風林火山、金声玉振、そして極めて察しも良いという、素晴らしい読者の鑑をそのまんま体現したような皆様におかれましては、もうお気づきでしょうと同時に、平素からお世話になっておりうんぬんかんぬん申し上げます。

 

 そう、お察しの通り。俺はコミュ障です。どのくらいコミュ障かというと、電話が苦手です。顔を合わせないコミュニケーションさえも億劫なんですよね。人間関係が増えるのも少し面倒だなあって思っちゃう。

 

 しかし、それは『穂村花火少年』の性格。そしてその穂村花火は、かれこれ数年演者をしている人物である。

 

 つまり何が言いたいかというと。俺は『エチュードだと思い込めば、知らない人との会話でも余裕のよっちゃん』なのである。素晴らしき読者様の方々、心配には及びません。

 

 それに、例の件に署名した人に会う確率だって低い。むしろそんな人とタッグになったら、自分は今は人畜無害ですよってアピールもできるじゃあないか。悪いことなしじゃん。

 

 あれ? いいイベントじゃあないのか? 肝試しって。

 

 さあ、誰が来ても完璧に『理想の陽キャ』を演じきってやるぜ。俺がキョドる可能性はしずくでもない限り、一切なーい。俺は一番くじの数倍の量のバカデカくじを引き、同じコースかつ同じ番号の人を探す。

 

『コース4、3番ー!』

『あっ、こっちです! コース4の3番ですっ!』

『どもどもお願いしますー! 俺、普通科の穂村って言います!』

『私は国際交流学科の桜坂です! よろしくお願いしますねっ』

『…………』

『……途中から気づいてたのに、通そうとしたね。穂村さん』

『いやいやだってだって!! えぇ〜〜〜!!? そんなことあるぅ!?』

『いじわる』

『それはごめん!! でもさぁ!! えっ!? ええ〜〜!!?』

『……イヤ?』

『いえいえまったく!! 滅相もナッシング!!』

 

 脳内にドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』第四楽章が流れてるわ。衝撃的すぎて、嬉しさとほぼ同じ値の怖さが襲ってきている今の状況には、ピッタリの曲だろう。

 

 嬉しいんだけど、なんか怖い。数年ぶりに秒速5センチメートルを見直す時の感情に似ている。ほら、あの映画見直す時って、あの映像美をもう一度味わえるのか! という気持ちと、俺は明日からどういう感情で生きていけばいいんだ……? という気持ちがごっちゃになるだろ? 見直したいけど、見直したくない。複雑。

 

 いやあ、それに比べれば嬉しいよ。さすがに嬉しい。しずくと? 夜の森の中? ふたりっきり? 最高じゃあないか。吊り橋効果も狙えるし、マンガみたいなイベントをしずくと楽しめるのは素晴らしいことだ。誇るべきことだよ。

 

 でもな。

 

「ヴェゥエエエエッッ」

「ひっ!? た、食べないでぇっ!!」

「あっやめてそんな……」

「な、なんか思ったよりも怖いね……!」

「…………怖いぜ、フツーに」

「言ってる割には冷静じゃん、穂村さん!」

 

 違うんだ。自分の理性がきちんと仕事してくれるかが怖いんだ、俺は。

 

 

#20

TAKE OFF

 

 

 現在のしずくは、ところどころで出てくる──俺の推測では100mおきぐらいに出てくるから、あらかたタイミングは分かっているが──どこで練習してきたのか、演技派でも何でもないようなお化け役の先生にビビり散らかしているのだ。今のところ毎回。

 

 で、俺を思い切り盾にして進んでいる。抱きついてはいないが、俺のジャージの脇腹の布をガッツリ、いや、ガッッッツリ掴んでくっついてきているので、まあ、密着しているといえばしているんだろうな。

 

 まあ、意外ではある。しずくはホラー系には強いと思っていたし、暗闇で視界が悪いとはいえ、やはり今のお化け役みたいな大根には心を動かされないと……確信までしていたんだが。まあ、仕方ない。あまりにホラーが苦手なのだろう、調子が狂ってしまっているのだ。

 

 冷静になれ。色々と。しずくが俺にくっついているのを忘れるんだ。全身の感覚を麻痺させろ。

 

「あれは……元ネタが分かってたんだ、そう。あのコスプレの元ネタはめちゃくちゃ有名な海外のホラー映画なんだよ。人形が暴れだしてどうこうってやつだ。そう、それだけ」

「ん……この前、テレビでやってたやつ?」

「そうそう。瀬名先輩がめっちゃ興奮しながら見どころ語ってたやつ」

「あの人、ホラー好きだもんね……」

「あれ、続編出たらしいな。今度見てみたら?」

「絶ッッ対やだ!」

 

 適当に話題を変えてみると、どうやらしずくも少し落ち着いたようだ。

 

「穂村さん、なんでも知ってるんだ」

「なんでもは知らない。知ってることだけ」

「多分それもアニメのセリフなんだろうね」

「なぜバレたし」

 

 まあ、俺のホラー映画の知識って、9割がZ級のクソ映画なんだけどさ。

 

 トマトが暴れだしたり、1時間半に及んで女の死霊の踊りをただただ見せつけられたり、およそターミネーターとは呼べないボロ雑巾かぶったおんぼろロボットが出てきたり。メタルマンは殿堂入りだ。

 

「俺が知ってることなんて、あとは、初代ポケモンの中で、同じ電子音の鳴き声のポケモンくらいだよ。確か、メタモンとニョロモ、リザードンとサイホーンだ」

「へぇ……遊んだことないから、ピンと来ないけど」

「ま、ゲームボーイだしな」

「いや、ポケモンがもう分からない」

「え"ッ!!?」

 

 でかい声出しちゃったよ。腹から。でかい声。

 

 ごめんよ、しずく。あと、そこら辺にいるであろう先生。驚いちゃったかな。

 

「お前……!!」

「なに!? そんな哀れな目で見られるほど不幸なの!? あっ、すごい! 穂村さん、そんな顔できるんだね! 初めて見た! 嬉しくないけど!!」

「今度、DS貸すから一緒にやろうぜ……」

「あっ、DSなら触ったことあるよ」

「ちなみにソフトは何やったの?」

「脳トレ」

「そこら辺だろうとは思ったけどさあ……!? こう、マリオとか、ピクミンとか、どう森とか! そこら辺はやったことないの……?」

「ピクトチャットが楽しかったなあ」

「無課金装備ィ〜〜〜ッ」

 

 確かに当時の小学生はピクトチャットがスマホ代わりだったらしいけどさ。にしても俺らは厳密には3DS世代に近いので、いつの間に交換日記か、フレンドリストのみんなにひとこと機能がSNSみたいなもんだったんだが。

 

 なーんか遅れてるなあ。なんならゲームボーイ系統の方が詳しそうまである。

 

「楽しいでしょ。ピクトチャットは」

「ギリ世代じゃないでしょう。ピクトチャットは」

 

 あのGBAのカセットも挿せる分厚いDSを想像してるぞ、俺は。

 

 あの初期のDSで母さんがひたすらにバンブラやり込んでたのが懐かしい。既にその頃は新しいDSも出てたけど、なんだかんだゴツめのシルエットは好き。

 

「ヴァァ……」

「まっ!? い、いた! いたぁぁっ!」

「気は紛れたが、振り出しに戻ったか」

 

 目を背け、こちらに顔ごと向き、俺の腕をひしと抱きしめるしずく。

 

 その目は、暗闇の中でも、わずかな月明かりを反射して光っていた。半泣きでうるんでいるのもあるだろうが、それでも、眩しい。光も、色も、魅力もない、俺の瞳よりかは。

 

 舞台から見える細部のディティールってのは、ある程度の限界がある。オペラグラスという発明がされたように、遠い席からでは、表情の細かい変化を見ることすらままならない。

 

 しかし、しずくの瞳は、遠くの席からでも輝いている。少なくとも、うちの学園のホールの最後部座席からでも、しずく自身の輝きに負けんばかりに光っている。

 

 目の色と言うと、髪の色や皮膚の色と同じ差別的な意味を含んでしまうが、俺が言いたいのはそうじゃあない。魅力のある人は、誰でも目に何かが宿っている。

 

 しずく曰く、普段の俺の目は死んでいるが、俺を初めて見た時や、舞台で極度に集中している時、一瞬だけ……奥に『炎』が見える。らしい。流星が燃え尽きる瞬間みたいな感じ、とも。

 

 そろそろ自分で言っているのが恥ずかしくなってきたな。

 

 しずくの発言という点からしても、マジに適当かましてるとは思えんが、それでも過大評価だ。

 

 そんな俺に比べて、しずくの綺麗さといったらない。普通の女の子とは違う『オーラ』があるんだよなあ。シャララ〜ン、って感じの。

 

 お前はこんな真っ暗闇の中でも、美しい景色をその目のホリゾントに映しているんだろう。綺麗な、真っ白のホリゾントに。

 

 俺はローホリもつかない、ズタボロのホリゾントに、お前みたいな世にも美しい女性を映している。他の人なら、もっと綺麗に、お前が映るんだろうなあ。

 

 いいなあ。

 

 しずくの見ている、キレイな世界に、俺も映りたいなあ。

 

「……穂村さん」

「ん?」

「見すぎっ」

 

 ぐい。しずくが俺の顔を持ち、遠ざける。

 

「ごめん。嫌だったか」

「なんか、照れちゃって」

「そか……」

「ねえ、髪とか変?」

 

 そうじゃあない。髪も綺麗だよ。全てが綺麗。額に光っている冷や汗さえも、ダイヤモンドに見えるね。

 

 こんなキザなセリフを真っ正面から言えるわけもなく。しずくも少し気まずかったのか、俺の腕につかまるのをやめる。少しだけの沈黙が、ふたりの間を隔てた。

 

「…………穂村さん」

「何さ」

「明日も天気、いいって」

「へえ。そりゃあ何よりだ」

 

 そういえば、今日もこれ以上ないくらいの快晴だった。絶好の林間学校日和と言える。

 

 俺が次に繋げても不自然ではない話題を探していると、しずくの一度離した手が、もう一度俺の方へとやって来た。しかし今度はしがみつくというよりかは、つまむ、という表現の方が相応しい。俺の二の腕を、親指と人差し指でつまむのだ。

 

 同時に足を止めるものだから、どうかしたのか、足でも竦んだか、と振り返ると、しずくは天を仰いでいた。しかし、それにしては顔が絶望って感じじゃあない。恐怖のあまり神頼み的なことをしているわけではなさそうだ。

 

 しずくの表情は、まるで、初めて教科書でしか見ない名画に、直で対面した時のように、恍惚としていたのだ。

 

「だから……上、見て」

「ん……?」

 

 しずくが俺のジャージを二の腕ごとぐいぐいっと引っ張るものだから、何事かと見上げてみると、肝試しコースの森の中、先程まで木々の枝や葉やで覆われていたはずの上の方の視界が妙に開けている。

 

 プラネタリウムのように丸く、切り抜かれたように天が見える。

 

 そして、今日も明日も快晴。すなわち、初めに目についたのは、春の大曲線であった。

 

 ちょうどよかった。こんな涼しい夜は、ふたりで天体観測と洒落込むのもアリだと思っていたところなんだ。望遠鏡とラジオが必要か? しずくはきっと『念の為』と大袈裟な荷物を持ってくるだろう。

 

「絶景かな……絶景かな……」

「……それ、演劇じゃないよね?」

「最近見て、ちょっと演りたくなった。いいだろ? 舞台に立つことなら、俺は全てマスターしたいまであるからな」

「ふふ。いいんじゃない? 舞台でやるのには変わりないからね。落語も、演劇も、歌舞伎も」

 

 夏の大三角のひとつ、ベガが、木の葉でできたアイリスアウトのような夜空から顔を出している。

 

「独壇場だ」

 

 少しは、『説得力』を見せなくっちゃあな。俺が演劇界隈に入ってはや3年という実績、それをうらづける『説得力』を。

 

 二十話やってきて、俺が演技する描写ってェのが殆どなかったもんで、主人公としてどうなのか心配になってきたってんじゃあないぜ? マジだ。

 

 それに、しずくにも見せてやろう。俺の腕は中3から一向に鈍っていない、どころか上がってすらいるんだぜってところを。

 

「カカカカッ!! 『絶景ィ〜かなァ〜ッ!! 絶ッ〜〜景ィィ〜かなァァ〜〜ッ!!』『春の眺めはァァア(あたい)千金たぁ〜〜!! 小ィ〜〜せェ〜小〜せェ〜〜〜ッ!!』『この五右衛門にぁ〜〜ッ!! 価!! 万両ォォ〜〜ッ!!!』」

「よっ! 穂村屋ぁっ!」

 

 掛け声が『2代目!』じゃなくてよかった。冗談でも嫌だわ。

 

 突然『楼門五三桐』を演り出した生徒にビビったのか、その後は先生が顔を出すこともなく、しずくもノリノリで真柴久吉をやり出すなど、終始明るめのムードで肝試しが進んでいった。

 

 他人がいるところで堂々と暗記した『楼門五三桐』を、しかも大声で演じつつ進むという、おかしな状況。普段から人前、それも舞台に立たない人からすれば、別の意味で肝が試されるだろうが、ここにいる2人は根っからの演者である。そう、まったくもって問題ナッシングなのだ。

 

「手裏剣持ってくればよかった」

「そこら辺に鷹いない? 手紙運ばせたいわ」

「ふふ」

「っはは!」

 

 国語系の先生がギリ分かるであろう五右衛門ジョークを挟みつつ、目的地へと向かう演者ふたり。

 

 次は、しずくが五右衛門役でやろうか。そうだ、この前話したオペラ座の怪人もしたいな。しずくといると、『演じる自分』を、演じて隠す必要がなくなるからいい。

 

 ああ。

 

 死ぬには、いい日だ。

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